269 詠唱します
香坂 遊真が顎に手を当てて笑う。
「冗談だ、今日の涼姫の思考はエレガントじゃないな。俺がストーカーなどする訳がないだろう。俺も航空ショーの人員だ。マイルズが呼ばれて俺が来ないわけがないだろう」
「アンタなら『CMを頼りに』とかやりかねないから、冗談に聞こえないんだよ! ――てか、この大惨事の原因はクナウティアさんか。あとアンタは、涼姫って呼ぶな」
私がおちおち魔法少女もしてられないと頭を抱えるのに、男二人が会話をする。
「香坂 遊真、お前は冗談が言えたのか」
「お前はユーモアなんて名字の癖にな」
「口の減らないやつだ」
「お前こそな」
するとアリスが、氷点下の目つきになる。
「なにをイチャイチャしているのでしょう、あの二人は」
「あれはイチャイチャしているの?」
「では、スウさん。マイルズさんにこのオムライスと紅茶を――」
逃げ出そうとする私はみずきに捕らえられて、無理やりマイルズの方へ向かわされる。
私は渋々マイルズにオムライスを運んで、彼の前に置く。
「あ、貴方のために持ってきたんじゃないんだからねっ」
「いや、ボクが食うんだが? これはどうやって食べるんだ。オムレツがライスの真上に乗って、丼と言うやつか? しかしどんぶりに入っていなくて、オムレツが転がり落ちるだろう。随分食べにくそうだが」
私が、ナイフを取り出すと、マイルズが「ムムッ」という顔になった。
マイルズが、刃物を警戒している。
「これで、こうするんだよ」
私は言って、サッとオムレツに切れ目を入れる。すると黄色い花が開くようにオムレツが開いて、半熟玉子の流れがライスを花畑のように覆った。
「ほほう、これは見事なサプライズだな」
「ども」
「ん? なぜお前が礼を言う」
「ああ――これ、私が作ったから」
「お前が・・・・作った? この見事な半熟オムレツをか? ――まさか、ライスもか?」
「野菜を切ったのと、お肉を焼いたのは私じゃないけど」
「ほう・・・なら味は――」
「まった」
「ん? 腹が減っているのだが」
私はケチャップを取り出して、マイルズに尋ねる。
「なにか絵を描く?」
「そういうサービスも有るのか。そうだな、では妖精でも描いてもらうかな」
「却下!」
なんて恐ろしいことを言い出すんだこの人!
「お前は、妖精を仲間だと思っているのではないのか?」
「ちゃ、ちゃうわ!! あの写真集のタイトルを付けたのは何処かの知らない人、衣装を選んだのはカメラマン! というかマイルズ、まさか写真集を見たんじゃないでしょうね!?」
「見たぞ。基地で回ってきた」
「視るなああああああ!」
マイルズは耳を抑えて、私の悲鳴をかき消した。
「では、フジヤマを描いてもらおうか。ここに来る途中に視えてな。少し感動したぞ」
「お・・・・おっけ。絵はうまくないんだけど、そこは気にしないこと」
私は富士山をささっと描く、出来た。
「ほう、これは見事な葛飾北斎の〝富嶽三十六景、神奈川沖浪裏〟だな」
「ここは神奈川県だからね」
「そうだったな。しかしこれでは、フジというより波がメインだな」
「主張をしない、侘び寂びだよ。日本を味わって行って」
「ふふっ、お前らしいウィットの効いた言い回しだ。では食――」
「ま、まだまって――」
私は背後を振り返る。不思議の国でも旅しそうな魔法少女な格好のアリスが、心配する母親のような目でこっちを見守っている。OKこうなったらもう、毒を喰らわば皿までよ。
「さ、最後にやることがるから」
「まだあるのか」
「うん、〝あいこめ〟」
「愛込め? ほうLoveか」
「うん。行くね」
私は見様見真似で、胸の前で両手の指をふる。
「も、もえもえキュンキュン。ふわふわ――」
「お前は、何を言って・・・・?」
胸の前で両手を小さく合せて、上半身を左右に揺らす。
「――トロトロしあわせハートで。大地母神ヨルミルよ、その慈悲で我らが聖餐に恩寵あれ。今ここに立ち戻り、その愛を示されよ。――愛は悉皆者皆ゆき亘り――。我は真の愛により、ただ静かに、ここに福音をもたらそう――」
「な、なんだその訊いたこともない神とやらは、八百万か!?」
最後に心臓の前でハートを作って、オムライスに込めるようにハートを突き出した。
「即ち! ――おいしくな~れ、萌え萌えキュン♥」
「お、おう」
「――ゼェゼェ、ハァハァ」
アリスはこんな事を、よくも恥ずかしげ無くできるな。羞恥心が身を引き裂いて、外に飛び出るかと思ったんだけど。
私の勇気は、もはや欠片も残っていない。
私がアリスを振り返ると、彼女は親指を立ててこっちに微笑んでいた。
〔可愛かったです〕
ありがとう。――だけどさ、マイルズの頬が引き攣ってるんだけど。
「こ、これでやっと食えるのか?」
「はい。どうぞ、召し上がれ」
マイルズが一匙すくって、口へ。
「―――ん!?」
マイルズの目が「カッ」と見開かれた。
「美味い―――、コイツは紛れもなく絶品だ!」
「・・・・そ、それはどうも」
マイルズが飢餓でも起こしていたかのように、ガツガツとオムライスを掻き込んでいく。
「美味い、美味いぞ! 絶妙な溶き加減の卵と、程よい味わいのケチャップライス。素材を活かす火加減、全ての食材が絡んで口の中で渾然一体になり、一つの宇宙が出来ている。食材が奏でるオーケストラが聞こえてくる様だ!」
「大げさすぎるって」
「いいや、大げさなどではない。こんな美味いライスを食うのは初めてだ! こんな物を作るとは――スウ、お前は何者なんだ!? 本当に魔法使いなのではないだろうな! さっきの詠唱のせいか!?」
いや、量子魔術なら使えるけど。
私が若干頬を赤らめていると、頬の熱い私の顔をマイルズが見て ふわり と微笑んだ。
「しかし、いいな。今日のお前はなんだか肩の力が抜けていて、愛らしい格好が似合っているではないか」
「―――」
間。
(ふ、不意打ちやめろーーーッ!)
イケメンの不意打ちとか威力有りすぎて、即死レベルなんですけど!?
――アンタはアサシンかなんかなのか!?
私が心の中で大声で叫びまわり、心のなかに巻き起こった台風にふっ飛ばされていると、香坂遊真がまた問題を起こし始めた。
「おいスウ! 俺もオムライスだ!」
すると、アリスがオムライスを運んでいった。
「違う! お前ではない! スウを寄越せ、スウの〝あいこめ〟とやらが行われるまで何度でも俺はオムライスを注文するぞ」
「あ、スウさん。バイトお疲れ様です。上がって下さい」
「き、貴様!!」
叫ぶ香坂 遊真を無視して、私はアリスに会釈。
「はい。じゃあマイルズごゆっくり」
「ああ、旨いものを御馳走になった。今度なにかお礼をしないとな」
「学祭ですから、お気になさらず。では」
こうして喚く香坂 遊真を後にして、私は更衣室に向かった。
ほんとに残念イケ面だな、香坂 遊真。奴は不意打ちが出来ないみたいだから、いつもノーダメ。
私は再び更衣室に入って、衣装を脱ぐ。
そうして「ここに返却しておいて」と言われた籠に、畳んで入れておいた。
普通の女子高生に戻って、廊下に出る。
「にしても、そろそろ私が展示の門番をする時間だなあ。――あ、アルカナくんもいこう?」
私が呼ぶと、アルカナくんが すすす と寄ってきて、頭を下げた。なにか思い詰めている雰囲気を醸し出してる。なに、どうしたの? なにかあったの? 話きこうか?
そんな事を思っていると、アルカナくんが重々しく口を開いた。
「涼姫様。あの香坂という男、生かしておいても宜しいので?」
「――!? いや、変な人だけど、生かしておいていいから!」
こ、こわっ。私の現実、早く日常に戻って!?
私が大慌てなのに、アルカナくんは頭を下げたまま、重々しい口調で続ける。
「・・・・ですが涼姫様。彼奴めはいずれ必ずや、涼姫様に災いを為す存在かと存じます」
どこの悪の参謀ですか、君は!?




