268 似合います
私は履かされた極端に短いスカートの下から伸びる足を内股にして、怯えるように震える。
というか上半身も「どこのお姫様だよ」みたいなデザインで、出来るだけ誰にも見せまいと体を抱いている。
こういう時、無駄にデカい胸の脂肪がうとましい。
しかも恐ろしいことに、この服、凄まじい枚数のフリルが搭載されている。
誰だよ、こんな鬼畜なデザインをした人。
この魔法少女服とやら、生クリームやホイップみたいなフリルが、とにかく全身を覆っている。
そこに苺みたいなトッピングがなされ、優しいスポンジ色の布地をベースしていた。いちごのショートケーキか!? みたいなデザイン。
なんで、寄りにも寄って一番私に似合わないタイプの甘ロリ風なんだ。
胸焼けしちゃうよ、こんな甘そうな服。
私と甘ロリだけは、絶望的に相性が悪いんだよ。
ちなみにアルカナくんはこの部屋にいない。
いくら小学生くらいの年齢だとはいえ、ここは女子更衣室だ。
男子禁制で神聖領域なのだ。
「かわいい!」
アリスが嬉しそうに胸の前で手を組んだ。
私に衣装を貸してくれた人も微笑む。
「似合うー!」
どこがー?
詳しく言ってみてくれ、ほんと。
ほら、みずきの死んだ魚を視るような細い目!
あれはきっと「うわぁ・・・キッツ」って言いたい顔だぞ!
普段から歯に衣着せない、さしものみずきも、そこまでエグい言葉は放てないみたいだけど。
私はなんとか装備を外そうとして、事実を言ってみる。
「そ、そんな・・・私こういうの、似合わないから」
「にあうってー」
「本当に、かわいいですよ!」
駄目だ、のろわれた装備は外せないんだった。
ごめんなさい二人共。私には二人の言葉が、いかにも女子な、空虚な褒め言葉に聞こえてくる。
でもさ、この人たち一度、生魚に生クリームを塗って食べてみてほしい。
そしたら私に、どれだけこの衣装が似合わないのかが分かるから。
このままじゃ、フリルが私を殺害しそう。
フリルに溺れて、息ができない。
私が丘に上げられた魚みたいに口をパクパクと動かして(そろそろ刺し身になるかな)と思っていると、みずきが顎に手を当てて頷いたあと、口を開いた。
私は若干怯えて、みずきの言葉を聞く。
「姿勢が悪い」
凄まじい暴言をぶつけられると思ったのに、あまり大したことない言葉が出てきた。
「え・・・・?」
「姿勢が悪いから、着こなせていない」
すると現役モデルのアリスが神妙な顔になった。
彼女は3歩下がってみずきと並んで、みずきと同じ姿勢になった。
「確かに」
「涼姫は運動をしない上に、自分に自信がないから姿勢が悪すぎる。もっと胸を張って背筋を伸ばして」
みずきが近づいて、私の背中を擦る。
私はビックリして、胸を張るようにした。
「ちがう、それは胸を突き出している。自然体で――耳肩肘膝を揃える――そう、そして腰を少し突き出す、少しだけ顎を引く。頭蓋骨と首筋を繋いでいる部分の力を抜くのが大事」
アリスまで寄ってきた。
「頭の天辺を、上から吊られているイメージをしてください。そうして、まずは肩の力を抜いて下さい。難しいですか? では一度、腕を広げて上半身をくるくるーって腰で回ってみて下さい。指先の遠心力を感じて重みを憶えるんです。そして腕を垂らして、腕が重いって感るのです。能動的に重さを感じて下さい。そうしたら重い物を降ろすように肩を降ろすんです。力を抜くというより肩を降ろして下さい」
「そう、脱力が大事。肩で感覚がわかったら、胸も首も力を抜く」
「こ、こう?」
私がグイグイと、自分の体の鋳型にはめるように無理やりきれいな姿勢にすると、みずきが首を振った。
「それは力で無理やり姿勢を整えてる、力で整えれば緊張になる、不自然。まず脱力には姿勢が大事で、姿勢には脱力が大事。禅問答とかじゃなくて、簡単な話。例えば上半身の姿勢が右に偏っていると、上半身を支えるために左側の筋肉が緊張する。だから前後左右で綺麗な姿勢にしないと、緊張は解けない。立つのに必要な筋肉だけを使って姿勢を支えて、要らない筋肉は脱力する。最初は力で無理やり姿勢を整えてもいい、形が出来たら脱力する」
「なるほど・・・脱力するために姿勢を整えて、姿勢を整える為に脱力するんだね」
みずきが、今度こそ頷く。
「そう。目をつむってイメージしてみて、体が透明できれいな水になる、力で水平を保とうとしないこと。そして体の緊張した部分から気泡が出る。力が気泡になって抜けていく」
ここから現役モデルと、武術家による、徹底的な私の姿勢矯正が始まった。
しばしして、
「まあこんなもんかな」
「初日ですし、仕方ないですね」
許可が降りた。
――って待って「初日」ってなに。二日目、三日目があるの!?
もう免許皆伝じゃないの!?
「すごく良くなったよ、鈴咲さん!」
私に衣装を貸してくれた女の子が、錬成でもしそうな感じに手のひらを合せて、目を輝かせた。
「はい。もうどこに出してもいい、立派な魔法少女です」
どこにも出さないで下さい、引こもり気味なんで、どこにもでたくないです。
アリスが言いながら近づいてきて、私の頭にピンクのウィッグを乗せた。
「これで、素敵な魔法少女の完成ですね!」
魔法も使えないのに魔法少女って・・・・――いや、魔法、使えるな。なんなら超能力も。
そうしてアリスが〈時空倉庫の鍵〉からクシを出して、ウィッグを梳いた。
「じゃあ、お店に行きましょうか!」
それは嫌だ!
「い、いいえいいえいいえ!」
「ここまでしたんですから、行かないと!」
「こんな姿を客の前に出すくらいなら、舌を噛み切ってやる!」
「舌を噛み切っても死ねませんよ、痛いだけです。いいから行きましょう」
「え、なんでこの子、そんなに舌の事情に詳しいの!?」
すると私に衣装を貸してくれた女の子が、鏡を持ってきてくれた。
「でもほら、ほんとに可愛いよ?」
言って全身を映してくれる。そこに映っていたのは、結構悪くない魔法少女。これなら画面の前のお友達も泣かなくて済む。
「――えっ、あれ? ちゃんとしてる」
私は思わず呟いていた。
姿勢が良くなっただけなのに、本当に私の生魚感が消えている。これならホイップも合うかも知れない。
するとアリスが私の頭を優しく撫でた。
「涼姫、信じて下さい。涼姫はかわいいんです」
「ヨグ・アリース様!」
そうだった、かわいいは作れるんだった。
私を救う魔法の言葉を、ヨグ・アリース様が授けてくれた。
この言葉をヨグ・アリース様の書に記すのが、魔法少女となった私の役目。
それでも若干怯えながら、私は3組の教室に向かう。
だけどいつかは、私だって人前で堂々としたい。
それが今かは議論が白熱しそうな所だけど。
(嘲笑されるかな、侮蔑の笑みを投げかけられるかな・・・・視線の矢と言葉のナイフが私を抹殺してきたらどうしよう)
なんて3組の教室の扉の前で震えていると、アリスがまた私の頭を撫でてくれる。
「ほら、深呼吸――肩の力を抜いて」
言われて私は深呼吸。さっき教わったばかりのやり方で力を抜く。
「よしっ」
覚悟を決めて、扉を開く。そして一歩踏み込んだ。
「お」
「おおっ」
(あっ、なんか、思ってたより反応が悪くない?)
するとアリスが、再び私の耳元に唇を寄せた。
〔ね、涼姫は可愛い。とっても可愛いんですよ〕
「救い主様?」
私はアリスを一度振り返り、続いて3組の教室を振り返った。
え、なにこれ――可愛いは作れるじゃなくて、可愛いは救える?
「・・・・いいんだ? 私は、ここにいていいんだ?」
「おめでとう」「おめでとうございます」
「いや、それは前やったから」
一応ツッコミを入れておく。
「スウお姉ちゃん可愛い!!」
おや、知ってる声が?
振り返ると、眼を輝かす舞花ちゃんが。
「舞花ちゃん、来てたんだ!?」
「うんうん! アリスお姉ちゃんに誘われて!」
舞花ちゃんが口の前で手を組んで、私をキラキラした眼で視る。
なんだい? 『奇跡も魔法もないんだよ?』
――いや、印石と魔術ならあるけど。
「モデルみたい。――凄いね、なんか昔の地味さが全然ない」
「じ、地味・・・?」
私がお地蔵様みたいに固まると、舞花ちゃんが慌てたように手を ひらひら させた。
「そうじゃなくて、えっとこうヒル・・・アンドン? みたいな」
ヒル・・・アンドン? ――ああ、昼行灯か。
舞花ちゃんの声だと、(ヒル=アンドン1350-1850)みたいだよ。
アンドンさん、長生きだな。
もしや舞花ちゃん、昼行灯の意味分かってないな?
普段は立たないけど、やる時はやる『ヤン・ウェンリー』みたいな人の事って意味だよ。
――え、違う? アニメに染まりすぎ?
良いんだよ、サブカル好きにはこれで通用するから!
舞花ちゃんがスマホを取り出す。
そうしてカメラを私に向――あー! ダメダメ!!
アリスも慌てる。
「あ、舞花!! 校内での撮影は禁止です!! 一発レッドカードで、即退場ですよ!!」
「そ、そうなの!? で、でも涼姫お姉ちゃんとは知り合いだし、黙ってて・・・」
私は少し厳し目の声を出す。
「だーめ! そんなの身内だから余計許しません!」
「うっ、・・・はぁい」
舞花ちゃんが、渋々スマホを仕舞う。
そうだよ、絶対駄目。――こんな姿を記録に残されて堪るか。
アリスがカウンターから、オムライスの乗ったお皿を私に持ってきた。
「じゃあ、このオムライスをあのお客さんに持って行って下さい」
まあ、――よしっ、頑張ってみようか。
「うんっ!」
私が若干朗らかに返事をすると、アリスがオムライスを私に渡そうとしながら言う。
「ちゃんと可愛く、萌え萌え詠唱もして下さいね」
私は脱兎の如く逃げ出した!
しかし、みずきに回り込まれてしまった!
「『知らなかったのか? 魔法少女は、契約からは逃げられない』」
「契約など、しておらぬわ!」
「良いから役目を果たせ、バイト。社会の歯車」
「貴様は、たまには言葉を選べ!」
アリスが私に寄ってくる。
「スウさん、勇気を出してあの人にオムライスを届けてみませんか?」
言ったアリスが指差す先には、椅子が低すぎると言わんばかりに長い足を組んだ――香坂 ゆ――香坂 遊真!? ユーじゃん!
どっから涌いた、あの人!!
ほら、アリスもキョトンってしてる。
アリスが突き出した指を収めた。
「すみません、アイツには届けなくていいです」
「だよね」
「間違えました。涼姫が運ぶのはあちらです」
アリスが指差す先には、気だるげに机に頬杖をついた――マイルズ・ユーモア。
やっぱり居たんかい、あの人!
ふと、香坂 遊真がぼそりと呟いた。
「そうか、スウは涼姫という名前だったのか」
「アリス! アイツに本名知られた! どうしよう!」
アリスが大慌てになる。
「わ、わたしの、不注意でした! この上はこの腹かっさばいて!」
「それは要らない!」
私は教室の中を指差す。
「てか、なんであの二人は私の学校を知ってるんだよ!!」
ストーカーなんか!?
するとマイルズが溜め息を吐いた。
「勘違いするな。俺はクナウティアに呼ばれてきた。銀河連合の機体で航空ショーをしてほしいらしい」
「ああ・・・流石にまともな理由だった」
じゃあ、香坂 遊真も案外まともな理由でここにいるのかな。
香坂 遊真が、長い脚を組み替える。
「俺は、一式 アリスのCMにチラリと映り込んだスウの姿を頼りにここまで来た」
「お前は、完全にストーカーだーーー!」




