265 文化祭が始まります
さて、いよいよ文化祭当日。
にしても高校の文化祭って、恋の祭だったんじゃないの?
浮いた話の欠片すらない私の人生どうした。
なんて自分の青春を後悔しても、後の祭り。
私達のクラスは展示なんで、ほぼ誰も何もすることがない。
一時間に一回交代する門番くらい。
なるほど、研究発表にもこんな良さが有るのか。
という訳で1日ほぼフリータイムとなった私は、みずきと食べ歩きをしていた。アルカナくんも今日は学校に入れるので護衛に着いてきている。
「涼姫! 今度はあれ食べよう! 焼きそば!」
「良いね!」
「色々食べたいから3人で分けよう!」
「妙案!」
アルカナくんが後ろで若干引いている中、私とみずきはグラウンドの露天で、パックと薄焼き卵に包まれた焼きそばを買う。
そうして備え付けられたベンチ(教室のイスを横に繋げたもの)にみずきとアルカナくんと座って、焼きそばを三分こする。
ちなみに今日の文化祭は市の全面協力の下、衛生問題も指導してもらって実に沢山の食べ物の屋さんが出店してる。
先生が社会勉強だと言うことで、食べ物屋さんの出店を推したのもある。
なんかクナウティアさん関連で色々面倒だったけど、こうして友達と美味しい焼きそばを食べられれば全ては報われるという物である。
ソースも麺も市販の物なのに、露天で食べる焼きそばは何故こんなに美味しいんだろう。
みずきに、紅しょうがの全てを私の領域に放り込まれながら考えていると、露天にキャベツの追加を持ってきたヒヨコのエプロンを掛けた3年生に話しかけられた。
「あ、スウちゃんだ。色々ありがとねー。お陰で今まで面倒だった食べ物やさんが簡単にできるよ~」
なんて声を掛けられて、ちょっと怯えながらペコペコ頭を下げておく。
すると、みずきが胸を張った。
みずきのおでこで、なんか日曜の朝6時位に会えるヒーローっぽいお面が揺れている。
「あはは、リッカさんだ。なんでリッカさんが誇らしげなの」
三年生は使い捨て手袋で覆った手を、マスクを付けた口元辺りまで持ってきて笑った。
こうして私達は美味しい焼きそばに舌鼓をうったあと、テンション高く歩みだす。
「お次は何を食べようか!」
「ジュースが飲みたい!」
私が尋ねると、みずきがのどが渇いたと言った。なので私が案内する。
「じゃあ、こっち! スーパーとかで税抜き70円で売ってるジュースを120円で売ってたよ! 仕入れ値は50円だったらしいよ!」
「細かい!」
「あのグッピーとかクマノミとか、魚介類を描いた看板のお店!」
「その辺りの魚を、魚介類って言う人初めて!」
笑いながら、青と白の水玉模様の屋根の店に駆け寄った。
しかしテンションが可怪しい時の私達は、会話までおかしいな。
ふと、視界の端に厳しい顔でイカ飯を食べているマイルズを発見した。
私は氷水に浸されたジュースを選ぶ。
「どのジュースに――ん?」
私は今一度、過去の視界に目を向けた。
厳しい顔でイカ飯を食べているマイルズが、厳然と存在した。
「――え、あの人なんで居るの?? アメリカからわざわざウチの文化祭に来たの!?」
「どうした?」
みずきが、いつの間に買ったのかわからないチュロスを両手に持って頬張りながら、ビックリしている私に首を傾げた。
「いや、ほら、あそこにマイルズが・・・・あれ? ――いない?」
「ははは、マイルズは流石にいないだろ~。あの人はアメリカ人だぞ~。バーサスフレームで入ってきたら、不法入国だ~」
「だ、だよね・・・・?」
夢でも見てたのかな・・・?
「私ってば現を抜かしてたのかな」
「はしゃぎ過ぎだー。この大うつけめー」
「いや・・・お面被って、チュロスを両手に握って、ジュースを選んでる人にうつけって言われたくない」
とりあえず私は八街じ――爽ソーダを購入。
両手が塞がっているみずきの分まで、持つこととなった。
「諸手が冷てぇ」
「心頭滅却すれば火もまた涼姫」
「すごそうな涼姫さんだなそれ」
「わたくしが持ちましょうか、涼姫様」
「いや、ほんとに冷たいから私が持つよ」
「そうですか」
ちょっと残念そうなアルカナくん。
「いや役に立ってくれようとするのはありがたいけど、君ずっと年下だからね。お姉さんにも君をいたわらせて」
「そんな、勿体ない」
「私は子供好きなんだよ。と言うわけでみずき、チュロスを一本私の口に寄越すんだ」
「なにが『と言うわけ』なのか分んないけど、やーだー」
みずきは拒否を宣言してるのに、私にチュロスを向ける。
一口もらう。おいひい。
私がふと「これ間接キスじゃん!」と気づいて赤面していると、みずきはアルカナくんにも向ける。
「アルカナもどうだ?」
「いやまって、流石にまって!? アルカナくんにもあげる流れには納得だけど、間接キスだよ!?」
「気にすんな」
相変わらず豪放磊落だな、このちびっ子!
「相手は男の子なんだからそこは気にしよう!? 噛んでないとこあげるとか!」
私が慌てているとふと、声を掛けられた。
「おっ、涼姫じゃん!」
「あ、スウさーん!」
振り返ると、制服の空さん――星香さんとスーツのコハクさん――小森さんが居た。
「あれ、お二人共?」
スウさんと呼ばれた私に、ジュース屋さんの1年生が「あー、この人が」みたいな視線を向けてくる。
空さんが「に゛ゃははは」と笑いながら校舎を指差し、さらに上に向かって手を振った。
「うちの親戚が爽波にいるんよ。名前は・・・・あれ? 名字なんだっけ」
と言って、星香さんが紙の手帳を取り出す。
今どきめずらしい。
それをこっちに向けてきた。
「この子」
渋谷 彩。
「なるほどぉ。親戚さんは渋谷って名前なんですか?」
「しぶや あや。ね」
「しぶや?」
「え、しぶたにって呼んでるの冗談じゃなかったの? ――渋い谷って書いて、しぶやだよ・・・?」
私は宇宙の真理に気づいたような猫の顔になった。
「大丈夫か、爽波の首席」
みずきが、私に疑懼の視線を向けて言った。
星香さんが私の背中をバンバン叩く。
「あ゛っはっは! 涼姫は、本当に都会の事を何も知らないんだな。今度案内してやるわ! ――んじゃあちょっと親戚の店見てくる。妖精喫茶とかやってるらしいから」
「・・・・妖精喫茶――」
私はしばしフリーズする。
「――あの一味の一人ですか」
「い、一味?」
私が一味唐辛子を飲んだみたいな顔で星香さんを引かせていると、みずきが眉をひそめる。
「どうした涼姫、なんか人間性を失ったような顔になってるぞ」
「いや、なんでも」
コハクさんと星香さんを見送ると、アリスの声が聞こえてきた。
「魔法少女喫茶、どうですかー! 今ならオムライスが魔法の力で美味しくなりますよ~!」
JAROが助走をつけて殴って来そうな誇大広告だなあ。
見れば、アリスが看板を持って客引きしていた。




