255 文化祭の準備をはじめます
◆◇◆◇◆
ある日の学校の2時限目の休み、私はアリスとパックジュースを、廊下の窓際でちゅーちゅーしてた。
「いよいよ文化祭ですね」
「文化祭・・・」
私はアリスの呟いた言葉に、ちょっと震える。
「どうしたんですか?」
「・・・・ウチのクラスの出し物が、ちょっとね」
「なんなんですか? メイド喫茶とかですか? 涼姫のメイド姿なら見たいんですが」
「まだそっちの方がマシだったよ」
「メイド喫茶じゃないんですか。残念です。ちなみにウチのクラスは魔法少女喫茶です」
「・・・・アリスのクラスも危険だなあ。でもアリスの魔法少女姿は見たい」
「涼姫のクラスは何をするんですか?」
「フェイレジェ研究発表」
「・・・・それは、もしかして」
「うん・・・・私がみんなを、フェイレジェのあちこちに連れて行かないといけない」
「うわぁ・・・・涼姫には辛いやつですね・・・」
アリスが頭をナデナデしてくれたので、隣に立つ彼女の肩に頭を乗せて甘えてみる。
ホント、なんでこんな私だけが消費MP高すぎる出し物になったんだ。
私は思い出す――昨日のホームルーム――その、前を。
「鈴咲さん、ハイジャック犯を掴まえて、旅客機で戦闘機を撃墜して、翼と車輪が壊れた状態の飛行機を無事に着陸させたって、本当ですの!?」
「うん・・・まあ・・・ホント」
昨日なぜかホームルーム前に、何時もは話さないクラスメイト達が私に話しかけてきた。
というか、チグ以外のクラスメイト全員と話した事がほぼないんだけども。
私が答えると、私の机を取り囲んだクラスメイト四人が、目を大きく開いた。
「鈴咲さんって、本当に凄いのね」
豪華な巻き髪をした、実家がお金持ちのお嬢様らしい西園寺さんが口元を抑えて驚いた。
ちなみにフーリとはライバル関係にあるらしい。誰かが言ってた会話を盗み聴きした。
続いて長い黒髪をカチューシャで止めておでこを出しててる、茶道部所属で、和服が似合いそうな御子柴さんが清楚にたずねてくる。
「鈴咲様。FLのプレイヤー様は、誰もがそのような事をできるのですか?」
私は、囲まれライトで照らし出される捕らえられた夜行性小動物のように怯えながら答える。
目がキョドるのが抑えられない。絶対、眼球がぐるぐるになってる、。
助けのチグとアリスはいない。
チグは風邪で、アリスは別クラスでしかも撮影で、昼食時にも居なかった。
多分二人が居ないから、今話しかけられてるんだろうけど。
「が、頑張ればできるかも?」
私は、意見の定まらない疑問口調で答えた。
すると陸上部で、日に焼けた黒田さんは短い髪を揺らして笑う。
「俺もフェイレジェやってみようかなぁ。でも怖いんだよなー」
この人は俺っ娘さんなんで、私は一目置いている。
黒田さんの言葉に、文芸部でメガネっ娘で三つ編みの綾野さんが、眉尻を下げる。
「でも最近はフェイレジェでも、実は死ぬんじゃないかとか言われてますよね?」
綾野さんはブルッと自分の肩を抱いた。
西園寺さんが、豪華な巻髪を指でまきまきしてから、閃いたように指を離して私に尋ねてくる。
「ねえ、鈴咲さん。わたくし達に、プレイヤーとしての活動方法を色々教えてくださいませんこと?」
(え―――この人、なんて恐ろしいことを言い出すの!?)
西園寺さんの言葉に、私はさらに眼球をキョドらせる。さっきからずっとグルグルしてるから、変化はわからないだろうけど。
無理だよ、知らない人にコミュ障の化身が色々教えられるわけ無いじゃん! そういうのはコミュ強の化身に頼んでよ・・・・!
どうしよう、拒否しなきゃ。無理だって言わなきゃ。
「む、むむむむむ――」
しかし日本人の遺伝子の特性〝イエスマン〟が私に「り」を言わせない。
ガクガクと震える私の む はどんどん小さくなり、無に近づき り を言う時には蚊の鳴くような声になっていた。
「――りぃ」同時に教室に響く「キンコンカンコン」。――私の声は、虚空に呑まれて消えた。
やがて始まったホームルーム。今日のお題は「文化祭の出し物」。
黒板に学級委員の井上さんが「出し物案」と書くと、やおら手を挙げたのは西園寺さん。
この時、私は猛烈に嫌な予感がした。
なんなら〖第六感〗が反応を示して、耳鳴りがしていた。
しかし、もし彼女が凶行を行っても、私には彼女を止める権利はない。
(神様神様神様! どうか西園寺さんの提案がフェイレジェ関連では有りませんように! 私が、明日も笑っていられますように! 明日が、木漏れ日の日々でありますように!)
「フェイテルリンク・レジェンディアの研究発表が、よろしいと思いますわ!」
(神様・・・・?)
見捨てられた子羊の耳に、クラスメイトの「おおっ」という盛り上がりが届いた。
「みなさん、フェイテルリンクには興味がお有りのようですが、一歩を踏み出せない感じだと思いますのよ」
「だな」
「そうだったんだよね」
なんて声が教室に渦巻き、私の心には不安がとぐろを巻く。
「しかしご安心ください! わたくしたちのクラスには鈴咲さんがおりますのよ!」
西園寺さんが、花弁でもばら撒くように手を降って私を手のひらで指し示す。
「そうだ」という声を共に、クラスの一斉に視線が私に向く。
私はもう、膝に置いた拳を見つめながら、どうかこの案が却下になることだけをひたすら願う。
西園寺さんは満足そうに大輪の笑みを咲かせると、大仰に頷いて続ける。
「さきほども鈴咲さんに頼んだ時、何度も頷いてくださいましたし」
(!? 頷いて・・・なに言って? まさか―――いや、あれは怯えて震えてただけで!!)
私は教室を見回した。暴走エ◯ァンゲリオンでも中和できそうにないATフ◯ールドを持つ私が、この陽キャの群れを相手するの!? ――恐怖のあまり、失禁しそうなんだけど!!
いけない、このままでは木漏れ日の日々が、尿漏れの日々になる!
私は一度も自主的にやったことない、挙手などというラフプレーを敢行。
学級委員に、指される。
大丈夫、まだ目はある!
私に青春があるのかは知らないけど、普通の人なら「ウェーイ」と青春楽しむための文化祭。それもたった一度の十六の文化祭。
そんな貴重な宝石のような時間を、研究発表会なんてしょうもない物で浪費する頭の悪いヤツなんていない。
先生の命令以外で、研究発表会なんて選ぶ高校生達がどこにいるのか。
なんといってもココは陽キャの本場、湘南にある高校! みんな「ウェーイ」派のはず!
ならばまだ勝てる――コマは有るんだ!
「鈴咲さん、どうぞ」
「はい! メイド喫茶が良いと思います!!」
どうだ、文化祭での定番なメイド喫茶だ!
萌えアニメを一度でも見たなら、この魅力を知らないわけがないだろう!
一度は、やってみたいだろう!!
私は周りを見回すが、クラスメイトの反応は様々あれど、漏れなくかんばしくない。
(あ・・・・あれ? どうなってるの・・・・?? メイド喫茶だよ・・・?? メイド姿を見たくないの・・・!? 私は喉から手が出るほど見たいんだけど・・・。ほら、眼福だよ―――!? 女子に着せても、――男子に着せてもいいし。男子とか笑い合う中で、凄く似合う男の娘が出てきて、男子が惚れちゃうのは青春の定番じゃないの―――!? 茅野くんとか十十くんとか似合いそうだよ!?)
私の思いとは裏腹に、誰もが微妙な表情で黒板に書かれた「メイド喫茶」の文字を見ている。
(い―――いけない・・・・何か、何か手を打たないと! このままでは、私のあだ名が尿漏れになる)
思い出される小学校での悪夢――あの日、涙とともに溢れた物で、すずさ菌がパンデミックを起こしたんだ。
「じゃ、じゃあ、お化け屋敷!」
これならどうだ! 高校の文化祭とは、それ即ち恋のお祭り。
お化け屋敷は吊り橋効果抜群、そして抱きつくハプニングが起きてお互いを意識し合うようになって、やがて手を繋いでお化け屋敷から出てくる――これぞ青春!!
私が自信を持って周りを見回すのに、なぜかみんなが首を傾げている。
「じゃ、じゃあバンド演奏!」
これだってド定番! き◯ら系を見たら絶対外せない!
しかし誰かが、困ったように呟いた。
「いや、それは・・・軽音部がやるものだし」
確かに。
「じゃ、じゃあ・・・・」
アニメで見た、思い出せる限りの出し物を挙げていく。
「・・・・――焼きそば! クレープ! たこ焼き! ワッフル! カレー! チュロス! タピオカ! 執事喫茶! 着包み喫茶! 漫才! 迷路! ダンス! 演劇! カジノ! バルーンアート! カラオケ! 宝探し! 上映会! 合唱! 美人コンテスト! デッキ展覧会! 天下一武道会!」
なんか最後の方、意味解んなくなってきた。
「すげぇ・・・この短時間で、よくあんなに思いつくな・・・・」
「やっぱFLのプレイヤーって凄いのな」
「後半、変なの混じってたけど」
まってまって。そこでなんでフェイレジェに、興味持ってるの!?
褒めるならアニメでしょ!?
私は頭を抱えて、机の木目を見た。
「ぅぅぅう――チグ助けてぇ」
しかし居ないものは、どうしようもない。
かくして、私の挙げた出し物は見向きもされず、フェイテルリンク・レジェンディアの研究発表会に可決されました。
研究発表会を選ぶなんて、どうなってんのこのクラス!
次の日――つまり今日、私はチグに頭を撫でられながら「ごめんなあ」と言われました。
貴女は悪くないです・・・全てはノーと言えない遺伝子のせいです。
チグは一応、さっき「鈴咲さんに負担をかけすぎないように」と、みんなに釘を刺してくれました。
「なんというか、ご愁傷さまです・・・・」
昨日のホームルームで遭った事をアリスに告白し終えると、アリスは生暖かい表情で私を見ていた。
私はアリスに涙目で抱きつく。
「アリス、助けてぇ」
するとアリスが私を抱きしめながら、頭をナデナデしてくれた。
「わたしもさすがに、他所のクラスの出し物を止める権利はないので・・・涼姫のお手伝いくらいしかできませんが」
私は膝から砕けて廊下に座り込む。アリスが「あ、ペタン座り」とか言ってるけどそれどころではない。
私はパンツがよごれるのも忘れて、泣く。
「だから目立つのは嫌なんだよお」
「目立ちたくないと言われましても、世界で10番目ほどのプレイヤー配信者なんですけども」
「あ、私って10位そこそこなんだ?」
「まあ、海外とは母数が違いますからね。海外は登録者数が億超えですよ」
「億・・・・」
「でも、日本のプレイヤーとしては一番ですね。とにかく困ったら言ってくださいね――遠慮なく言うんですよ?」
「――うん」
さて、放課後。クラスのみんながフェイレジェのプレイヤー登録を始める。
私は、ネットでの登録方法や、私を通じて申請する方法を説明。
「――という感じで登録します。あとは向こうのAIが合議でプレイヤーの資格が有るかを判定するらしいです」
こうしてネットで申請したり、私に申請を頼んだりするクラスメイト達。
徐々に、結果が報告される。
「わたくしも行けましたわ!」
「私もいけました」
「俺も!」
「私は落ちちゃいました」
西園寺さん、御子柴さん、黒田さんは受かったみたいだ。
「あたしは前に駄目だったんだよねえ」
チグも申請してる。
「あら? 今回は、通った」
「チグ通ったの?」
「みたい」
私は嬉しくて、チグの手を取って頬を紅潮させる。
「やった! チグとFLやれるなんて、凄く嬉しい!!」
これからの事なんか、全部どうでも良くなるほど嬉しい。
するとチグが私の頭を、また撫でた。
「ははは、普段自分からスキンシップしない癖にこういう時はしてくれるなんて。可愛いなコイツ」
「えっと―――」
慌てて手を離す。
「スズっちは、全然スリスリしてこない猫みたいなんだよなあ。ずっとゲージの端で怯えてる――」
いや、猫みたいに可愛いものじゃなくて、アホウドリかマーモットかマンボウ辺りだと思うけど。
アホウドリとマーモットとマンボウごめんなさい。
「――でスズっちって、黒猫の赤ん坊かな? って思ってたら、黒豹だったという」
「黒豹・・・?」
黒は好きだけど、豹?。
「となると、スズっちは女豹のポーズするのか・・・」
「し、しないよ!?」
「アッハッハ」
教室に、チグの快活な笑いがこだました。




