254 発覚
◆◇Sight:三人称◇◆
銀河の中央付近――卵の殻を被った少年が、破壊されたコロ二ーの中にある、古びた壁の上で、片膝を突いて座ってVRのウィンドウを眺めていた。
彼が見ているのは、連合のデータベースから盗んだプレイヤー達の遺伝子情報だ。
特に有名なプレイヤー達の物を眺めていた。
今は涼姫の物だ。
「これは・・・・強いわけだ、彼女の遺伝子には数々のスポーツ選手の物が混じっているのだろう。特に母方が凄いな――レスリング向き、卓球向き、ボクサー向き・・・・反射神経が凄まじい訳だ。身体を鍛えれば、筋力も凄まじいポテンシャルを見せるだろうな。――父方は数学やボードゲーム向き、パズルに向いている。なるほど戦いですぐさま解決策を思いつくのはそのせいか。しかしハゲの遺伝子があるな、女で良かったな。クックック」
少年の座る壁の下で、人形のように二人の少女が壁に凭れ掛かっていた。
豚のアニマノイドのようだ。
だがその姿は、妖艶だった。理知的瞳を持っていた。
「愛しいハンプティダンプティ、楽しそう」
「大好きなハンプティダンプティは、敵の遺伝子を見てるのね」
卵の殻を被った少年が答える。
「ああ、二人共憶えておくんだよ。情報は戦いの基本だ」
「トゥイードルダは憶えたわ」
「トゥイードルテも憶えたみたい」
卵の殻を被った少年の瞳が、少し優しいものになった。
「いい子だ」
少年は、ウィンドウに視線を戻す。
「――八街 アリス、これは見事にスポーツに向いた遺伝子だ。鈴咲 涼姫を凌駕している。それから太りやすいな、ククッ」
少年が、膝の上に乗せた腕に顎を置いたまま、愉快そうに笑う。
その時、トゥイードルダとトゥイードルテの双子が同時に銀河の外側を向いた。そこには少年の座っている壁があったが。
少年が、壁を凝視するような双子に尋ねる。
「どうしたトゥイードルダ、トゥイードルテ」
双子が壁から首をめぐらし、二人で顔を見合わせた。
「スウが50層を攻略したわ」
「スウが50層を攻略したのよ」
卵の殻の穴、左目の位置に唯一空けられた穴の向こうの瞳が見開かれる。
「なに? ――それは本当か? ――本当にクリアしたのか、スウが? ・・・・50層を?」
「愛しいハンプティダンプティ――本当よ」
「大好きなハンプティダンプティ――本当なのよ」
「核パスタゴーレムのいたダンジョンの反応が消えたわ。側にスウがいたわ」
「核パスタゴーレムのいたダンジョンの反応が消えたのよ。側にスウがいたわ」
「ア、アイツ、本当にクリアしやがったのか! ・・・・星団帝国ですらクリアできなかった、50層を・・・」
少年が、卵の殻の中を反響する不気味な声で笑う。
「クククッ――凄いよ、アイツ! 本当にアイリスを助けるつもりなんだ?」
少年が、さらに大きな声で笑う。
「クハハッ!! ―――す、凄い馬鹿だよ! そんなの不可能なのにさ! クハハ――ッ」
少年はしばらく馬鹿にするように笑っていた。
けれど突然――ブレーカーが落ちるように、興味を失ったような瞳になり、ウィンドウを操作して次の遺伝子を表示させた。
「立花 みずきか」
その遺伝情報を感情無く眺めていた少年だったが・・・・徐々にその顔色が変わる。
少年が慌てるように、何度も何度も立花 みずきの遺伝子情報を上下にスクロールさせる。
そして壁の上で立ち上がった。
「なんだこれは・・・・馬鹿な――そんな事、有り得るのか!?」
「ハンプティダンプティが可怪しくなった」
「ハンプティダンプティが壊れたのね」
双子の軽口にもハンプティダンプティは反応しない。
血相を変えて、何かの遺伝子と立花 みずきの遺伝子を照らし合わせる。
そうして、一致率をコンピューターに演算させ始めた。
返ってきたのは――
〝100%の一致〟
少年が目を見開く。
「いや、そうか――戦争ばかりだったボク等の世界は、科学の進み方が早すぎたのか」
卵の殻がなければ、少年が目を見開いまま口を笑みにしていたのが見えただろう。
少年はもう一度、立花 みずき遺伝子を上から下まで見る。
「・・・・間違いない」
「誰と同じ?」
「何と同じなの?」
少年が壁から飛び降りた。
「どこへいくの? 愛しいハンプティダンプティ」
「なにしにいくの? 大好きなハンプティダンプティ」
「立花 みずきを、救いに行く」
「浮気?」
「浮気をするの?」
「違う――このままでは立花 みずきは、ベクターに攫われかねない」
「どういう事?」
「立花 みずきは、マザーMoBになれる。―――適合者だ! 〖ゲート・テレポート〗」
少年が腕を振るうと、時空に穴が空きその中から槍が出てきた。
先端がビームになっている、ビームスピアだ。
「二人共、ボクの肩に触れろ」
「了解よ」
「分かったわ」
「〖テレポート〗〖テレポート〗〖テレポート〗」
少年は双子と、自分自身をそれぞれのアクティブアクターに送った。
破壊されたコロニーから卵のようなアクティブアクターと、黄金と銀の豚のような2機のアクティブアクターが飛び出した。
◆◇Sight:トゥイードルテ◇◆
暗い暗い部屋。
私――トゥイードルテはもう、何年もここにいる。
一昨日は痛い事をされた。
昨日は無理やり子を宿された。
双子の姉――トゥイードルダの顔はもう、何年も見てない。
でも怖いことをされているって知っている。
昨日もトゥイードルダの恐怖に慄く叫び声が、施設に響き続けていた。
トゥイードルテ達は、ここに何時まで?
わからない。
わかることは、用済みになるまでここに居ないといけないことくらい。
早く用済みになりたい、無価値になりたい。
檻の外から声がする。
研究員の声だ。
「実験用の豚の様子はどうだ」
「健康であります」
「よし、そろそろ次の段階に入るか――宇宙空間の耐久度実験だ」
次の段階? もしかして――もっと痛い事されるの?
トゥイードルテは、自分の身体が震えるのが分かった。
「VRで窒息の感覚を与え続ける。不死身だったとして宇宙空間で無限に窒息し続けても、それで生き残れるのか。――不死身の身体でも精神はもつのか」
そ・・・そんな!
「一ヶ月は放置するか」
やめて! そんな事をされたら、トゥイードルテは本当に狂ってしまう!
トゥイードルテが檻の端に下がって震えだしていると、変な音がした。
ビームの音だった。
「なるほ――ぐぁっ」
「侵入者――!?」
「ゲス共、お前等が宇宙の彼方で窒息しろ。――〖テレポート〗〖テレポート〗」
急に静かになった――でもそのあと、ゆっくり軽い靴音がトゥイードルテの檻に近づいてくる。
―――やめて! ずっと窒息なんてさせられたら、トゥイードルテは壊れてしまう―――!
お願いだから、トゥイードルテにもう酷いことしないで・・・!
「君、大丈夫かい?」
トゥイードルテが檻の端で耳を抑えて震えていると、優しい声がした。
「大丈夫。ボクは君たちをここから助け出しに来たんだよ」
「え・・・・?」
トゥイードルテが顔を上げると、卵の殻を被った少年がいた。
彼の顔で唯一見える左目が、優しくこちらを見ている。
彼はトゥイードルテに、柔らかく話しかけてくる。
「怯えないで。――ボクと、一緒に来る?」
トゥイードルテは、涙で滲んだ視界に映る少年に、何度も頷いた。
「よし」
少年が檻に手を触れると、トゥイードルテを、逃さないようにする為の檻が忽然と消えた。
トゥイードルテは少し落下して、尻もちを突く。
「痛かったかな、ごめん」
トゥイードルテは首を振る。
トゥイードルテは、痛みならこの位なんともない。
少年が手を伸ばしてくる。
「だけど、もう大丈夫だよ。――さあ行こう、君は自由だ」
トゥイードルテが取った少年の手は、暖かかったの。
―――とてもとても。




