253 かくして命理ちゃんの刻は動き出します
何もない。でも、明らかな宇宙空間。まるで宇宙の超空洞――ヴォイドに紛れ込んだよう。
星の一つもない。
しかし、暗――くないんだ。
私達の前に、恐ろしく明るく――青白く発光する人型が一つ。
あまりにも眩しくて、遠くて人型が見えにくいけど――なんとか人型が光ってるのが分かる。
やがて敵の名前が表示される。
『50層ボス ニュークリアパスタ・ゴーレム』
こいつがこのダンジョンのボスにして、この層のボスか。
――つまり、コイツを倒せば、51層が開放されるわけだ。
❝ニュークリアパスタ・ゴーレムって・・・・おいおい❞
❝ニュークリアパスタってなに?❞
❝原子核パスタってやつ。中性子星の中央にあるって言われてる、この世で最も硬い物質❞
「パイロットスーツに放射線対策してきてよかった・・・・あんなのと対峙したらヤバすぎたよ」
命理ちゃんが真空中を渡り、ゆっくりと前に出ていく。
通信から、命理ちゃんの呟きが漏れてくる。
『やっと・・・・やっと見つけたわ・・・・ここに居たのね50層・ボス。――やっと、やっと一人じゃ50年掛けても、見つけられなかった50層・ボスを見つけられた。――スウ達となら、みんなとなら見つけられた!』
命理ちゃんが固く拳を握って、震え―――叫ぶ。
それは、まさに千代に求め続けたからこその、魂の叫び。
「やっと見つけた―――ッ!!」
命理ちゃんが思いを込めるように、瞳をとじて胸の前で左手で右拳を握った。
それは思いを握るような――祈るような仕草だった。
「スウ、真空回帰砲行くわ。容赦は要らないわよね」
「うん、命理ちゃんのやりたいようにして」
命理ちゃんが目を見開き、獣のような姿勢になる。
命理ちゃんの腰から柱のようなもので構成された翼が出現、紫電を放つ。
命理ちゃんが、口を大きく開いた。
『〈真空回帰砲〉――!! ―――発射ッ!!』
祈りを叫ぶような一撃が飛ぶ、なにもない空間に放たれた紫電を放つ漆黒の閃光は――
(―――えっ!?)
〝ニュークリアパスタ・ゴーレムが放っていた光が消えた〟。
まさか――ワープした!?
私達の右側に、波紋。
(―――不味い!!)
ここにワープしてくるつもりだ!!
核パスタなんて、超高温の物質が側にきたら私達は消し飛ぶ!!
「ティ、ティタティー!!」
「うん!」
すぐさま私の意図を理解したティタティーが、私達を黒体の繭で包む。
だけど、繭の中に居てはニュークリア・ゴーレムに手を出せない。
そしたら敵に繭を砕かれて、みんな焼け死ぬだろう。
だから、私は繭が閉じる前に外へ抜ける。
もちろんイルさんドローンも、ティタティーの黒体の繭の中に置き去りだ。
いくらなんでも、彼を連れていく余裕はない。
「スウさん、何をしてるんですか!!」
「なにしてる、スウ!!」
「スウ!?」
「いけない・・・!」
「コケ!?」
みんなが叫ぶ中、ティタティーの繭が、私の後ろで閉じた。
❝死ぬ気か!?❞
❝溶けてなくなるぞ!!❞
私は〈変圧トランサー・ブラック〉のスイッチを入れて、黒くなった場所から〖触手を出す〗。そうして自分を、〖触手〗の黒体で覆った。
これでも熱い、早くしないと焼け死ぬ――。
私は、アリスと印石を交換して貰ったスキルを使う。
「〖透視〗」
見えた―――けど眩しい。〖透視〗で黒体を透かして、外の光景が見えたけど、ニュークリアパスタ・ゴーレムの放つ強烈な光で見えにくい。
光の中から、なんとかヤツの本体を見つける。
さて見つけたのはいいけど、コイツには〈真空回帰砲〉以外のどんな武器も通用しないと思う。
なにせ宇宙一硬い物質なんだ。
それはもう、バーサスフレームでも容易に切り裂くオリハルコンですら足元にも及ばないはず。
つまりは、私の手持ちの武器全てが通用しない。
というかケンタウロスのユニットも、消し飛ぶだろうし――〈時空倉庫の鍵・大〉も開いた瞬間、中身が全部消し飛ぶ。
ニュークリアパスタ・ゴーレムの腕が、私に近づいてくる。
躱そうとするけど、眩しすぎて距離感がおかしくなって、足を掴まれた。
やばい、触手が――黒体が蒸発し始めた。
黒体を蒸発させるって、何その馬鹿げた熱量。
熱が飽和してるの?
「でも、ゴーレムなら・・・」
私は、こちらに迫ってくるニュークリアパスタ・ゴーレムの体を〖念動力〗や〖超怪力〗などで押さえつける。
ある、額に熱の低い場所が。
そこに文字が。
伝説のゴーレムの額には、אמתという文字が書かれている。これは〝真理や真実〟を表す言葉で、〝命を吹き込む〟という意味もある。
これのאを消してמתにすると〝死んだ〟という意味になる。
ゴーレムの倒し方といえば、これ。
「よし・・・〖洗浄〗!」
私はニュークリアパスタ・ゴーレムの額の文字を〝〖洗浄〗〟した。
すると〝א〟は見事に消え去り、〝מת〟(死んだ)になった。
(・・・・どうだ!?)
私が不安に駆られていると、私の足を握る力が弱くなった。
次の瞬間――まるで爆縮するように、文字があった辺りに青白く輝くゴーレムが吸い込まれて――消えた。
熱も消え去ったようだ。
そして出てきた、ボス・コアだ。
私は、それを〖念動力〗で握りつぶす。
『50層ボス、ユニークモンスター・ニュークリアパスタ・ゴーレムを撃破しました。
ボスをソロ撃破しました。
でかでかダンジョンをクリアしました。称号〖でかでかダンジョンの踏破者〗を取得しました。
効果:アクティブにすると、クエストの目的地までのラインや、説明が表示される。
クエスト〝深層に潜むモノ〟をクリアしました。
銀河クレジット2000万。勲功ポイント350万を入手しました。
ソロ撃破ボーナス。銀河クレジット2000万。勲功ポイント350万を入手しました。
51層が開放されました。
50層ボスを、倒したことで、★1 コモン称号:〖疾駆〗を手に入れました。地面を蹴った時の加速上昇10%
星団連合が倒せなかった50層ボスを撃破したことで、★★★★★5 SSR称号:〖前人未到〗を手に入れました。
貴方の要求は、銀河連合から、まず拒否されないでしょう。
ボスをソロ撃破したことで、★★★★★5 SSR称号:〖ザ・ワン〗を手に入れました。
銀河連合の人間が、畏怖すら覚える。
ボス・コアを壊したことで、★★★3 レア称号:〖半額〗を手に入れました。
連合でのお買い物が半額になる』
え、報酬が多すぎて、ちょっと何言ってるのかわからない。
称号4つとか。
――とりあえず〖半額〗を使って物を安く買って、それを売って延々とクレジットを増やすなんて事は――やっちゃ駄目なのは何となく分かる。
・・・・まあ、超困ったらやるかもだけど。
『マイマスター、印石が出たようです』
あ、本当だ。真っ白な印石が浮いている。
こんな印石、初めて見た。本当に真っ白で、星みたいな輝きが浮いていない。
「えっと――〈白紙〉の印石? なにこれイルさん」
『我々も初めてみます。解析開始――・・・マイマスター、どうやらこの宇宙のどんな印石にも変化できる印石のようです。この宇宙のどんな印石とは、つまりマザーMoBアイリスから発生した印石なら、という意味です』
「えっ――どんな印石にも変化できる?」
な―――なんじゃそりゃ。
「す、すごくね!?」
『何か有ったんですか、スウさん!?』
『またスウいか!? スウい事したのか!?』
『スウが嬉しいなら、当機も嬉しいわ』
『なにがあったんでしょう』
『コケー?』
そこで、みんなの通信が止んだ。
どうしたんだろう。コメントも止んだ。
しばらくして、命理ちゃんが呟く。
『ねえ、スウ・・・・スウ? ――今、アナウンスがあったわ・・・・』
「あ・・・・―――うん」
ティタティーが尋ねてくる。
『黒体を消しても、大丈夫?』
「うん、熱も収束して消えたから、大丈夫」
黒体の繭が消えていく。
見えてきた命理ちゃんは、小さく震えていた。
『とうとう―――倒したのね?』
「うん、やったよ」
『じゃあ―――やっと・・・・前に進んだのね――やっと、1100年・・・・ずっと止まっていた時が―――動き出すのね・・・』
感極まったような声の後、鼻をすする音がしてきた。命理ちゃんが涙を流して、組んだ手を胸に押し当てた。
うつむいて、瞳から光る雫を降らせる。
そうして私にだけ聞こえる通信に、何度も『ありがとう、涼姫。ありがとう、涼姫――』という小さな声が響いて来ていた。




