219 50層の攻略をはじめます
明日は11時半、12時半、いつもの時間の3本立てになります。
そして9月も半ば、紅葉が始まる頃、いよいよフェイレジェの50層ボス攻略の前哨戦が始まった。
「ここが50層かあ」
一見、平和な惑星だった。
銀河の中央も近づいてきて、星も多いしそろそろ危険な宇宙線も強くなってきているので、惑星のオゾン層が厚くされていたり、磁場が強化されてたりするんだとか。
惑星のコアの回転を早くしたらしいんだけど星団帝国どうやったの? ――今の銀河連合には出来ないらしい。
あと、危険な宇宙線が多い日は天気予報で警報が出るらしい。
んで、あんまり脆弱な電子部品は持ち込んじゃ駄目という情報が、この階層に来る時にVRに表示されました。
スマホは、銀河クレジットで買ったケースに入れました。
もちろん、危険な天体現象対策済み。
あと、この惑星何故か地上にMoBはいない。
なんだけど、平穏そうに視えるのは地上だけで、この惑星のあちこちは別空間の巨大なダンジョンに繋っている。
しかもボス層だから、めちゃくちゃ強いザコも居る可能性が有るんだとか。
銀河連合的には既に3つのダンジョンを発見しているそうで、そのうち2つは一番下の階までプレイヤーが最近攻略した。
一つは20階。もう一つは35階まで有ったらしい。
で、三つ目の超空洞ダンジョンという名前の奴が本命と言われていて、現在45階まで潜ったクランがあるそう。
星の騎士団とかいう勇者達。
やっぱ、星の騎士団は凄いね。
「すごいねウェンターさんたち」
「ですね。元・クラメンとして誇らしいです」
「うん、すごいわ」
今は私、アリス、命理ちゃんでダンジョン前に作られた街を歩いているんだけど、露天とか一杯並んで縁日みたいになってる。非プレイヤーの人が、大勢商売していた。
ユニレウスの首都を取り戻したことで食料事情が大分改善され始めたらしく、地球の料理も並び始めてる。
「なんか食べる? 命理ちゃん、アリス」
「私は、涼姫が食べたい物を食べたいわ」
命理ちゃんが、私に判断を任せてくる。
「え、私が決めていいの?」
「わたしも、それでいいですよ」
アリスまで私に任せてきた。
なら、優柔不断な私だけど、流石に決めてみよう。
「じゃあ、今は口がジャンキーな気分だから。ホットドッグなんかどう?」
「それで良いわ」
「アメリカの国民食ですね」
ふと私は急に、好きな子にちょっかい出したい男の子みたいな感覚になって、アリスにちょっかいを出してしまう。
「イギリスの国民食は――」
「・・・」
「――ご、ごめんて。でも私は白身フライも、ポテトのフライも好きなんだけど」
タルタルソース掛けたら、めちゃウマやん。
私は、指折り数えるようにする。
「それに、イギリス料理も美味ものいっぱいあるじゃん。ミートパイとかスコッチエッグも美味しいし、チェダーチーズとか」
私がイギリス発祥の食べ物を挙げてみると、アリスがそっぽを向いた。
「きっとスウさんの思ってるのは、ほんとのチェダーチーズじゃありません。ぷい」
「わーん、アリスを拗らせたあ」
「わたしを拗らせるってなんですか・・・・」
「ウナギのゼリー寄せだけは、無理だけどぉ」
人が考えたとは思えない見た目なんよ。
アリスが「ムキー」となる。
――私の言葉に、アリスの反論がすぐさま入る。
「いや、イールゼリーは保存食なんですよ!」
保存食? ――あっ、そうか。
「なるほど、ゼラチンが真空パックと同じ効果を作り出して、保存期間を長くするんだね・・・・熱処理したうなぎをゼリーに閉じ込めることで、真空パックにするのか――考えた人すご・・・瓶詰めも無い時代に、瓶詰めと同じ様なやり方の真空パックを考えちゃうなんて」
「そ、そうです! 流石スウさん――よく、今の短い言葉から見抜きましたね・・・!」
なんかアリスに抱きつかれた。
アリスに抱きつかれてちょっと嬉しくなった私は、鼻をピノキオみたいに伸ばす。
「ふふん。科学は結構、得意だからね! ゼリー部分には出汁を使ったりするらしいし、寒天みたいな感覚で案外美味しいかもしれないね。醤油を掛けたら美味しそう」
日本とイギリスの出会いだ。私とアリスだ。
「スウさんのそういうフラットな目線で見抜く所、大好きです!」
にしてもイギリスさん、ウナギ輸出してくれないかなあ――無理かなあ。ウナギって、世界的に減ってるんだっけ? 他の魚でもいいし、日本人は魚が大好きやのに漁獲量減って困ってるねん。
ユニレウスで魚取って、日本に輸出するかなあ――でも、こっちからだと関税がなあ。高級魚になっちゃう。フーリに相談してみようかな。
考え、アリスに引っ付き虫されたまま、食べ歩きにホットドッグを買ったんだけど。
アリスはとろけたチーズが、ガッツリ掛かったヤツを買った。
あと、アリスが露天の隣の自販機で爽やか炭酸を買ってきてくれた。
命理ちゃんには「何を飲みますか?」って訊いたのに、私には何も尋ねないで爽やか炭酸を買ってくるのは、最早見慣れた光景。
爽やか炭酸が無かったら、昼Tea。
なんていうか、好みを完全に把握されてる。
私もアリスには緑茶を買うし。阿吽の呼吸?
「『全集中、阿吽の呼吸。爽やか炭酸!』」
とか言いながら、ボトルのキャップを捻ってみると、アリスに「?」みたいな顔で見られた。
命理ちゃんには優しく微笑まれた。ハズカチッ。
というか日本の飲料メーカーも、ここに自販機を設置するとかしっかりしてるなあ。
下まで潜っていくことを考えて2リットルペットボトルもちゃんと売ってるし、品揃えはスポーツ飲料が多い。
で、アリスはホットドッグを味見みたいに食べて、すぐに尋ねてくる。
「スウさん、一口いりますか? ――黄色いチェダーチーズですが」
「ま、また間接キス?」
ちょっぴりチェダーな恨み節が混じってるアリスの言葉だけど、私はそれよりも横浜以来の間接キスに反応してしまう。
ちなみに横浜で間接キスした時は軽く流しているフリをしたけど、実は心臓バクバクでした。
あの日は変なテンションだったからなあ。
私が少し頬を熱くして呟くと、アリスが眉尻を困ったように下げた。
「涼姫は、ほんとよく分からないところが純情なんですよね・・・」
私が照れて俯いていると、反応したのは命理ちゃんだった。
「アリス、当機はそっちも食べてみたいわ」
「あっ、良いですよどうぞ」
命理ちゃんが、小さく一口。
口元を押さえて微笑む。
「美味しい。はい、アリスもどうぞ」
ケチャップたっぷりホットドッグを、アリスも一口。
「あ、これ、ケチャップじゃなくてサルサソースなんですね」
「うん。サルサソース好き」
サルサでござったか。
ちなみに私のホッドドッグの上には、大量のマスタード。
私が、なんとなくサルサのステップを踏んでいると、アリスが私にホットドッグを向けた。
「――涼姫もど――。・・・・なんの踊りですかそれ・・・MP減りそうですよ?」
「サルサの舞いだよ・・・ラテンの情熱に乗せてるのに・・・・むしろハッスルするダンスなのに。じゃあ・・・一口もらおうかな」
するとアリスが、お金を取れるようなマジ踊りを始めた。
「いや、手足をジタバタするのはサルサじゃないですよ・・・ハッスルするならこうですよ」
アリスが手本の様に タタン っと情熱的なダンスでホットドッグを、私に届けてくれる。
見事な腰つきで足を交互に入れ替え前に進み、扇情的に――挑発するように指を動かして腕で空気をかく。
うわーん、情熱的。私の駄々っ子ダンスとは、格が違いすぎる。
歌って踊れるモデル、ダンス巧すぎ問題。
私は、アリスが情熱的に届けてくれたホットドッグを、ぱくり。
まろやかで濃厚なチーズの旨味と、プリプリのソーセージとしっとりしたパンが口の中で一体になって、スーパーノヴァな完成度。
「うん! やっぱりチーズは合うね。美味しいチーズを研鑽してくれたヨーロッパ人にかんしゃ~」
私は地球の方向――を適当に選んで、空に感謝の祈りを捧げた。
ちなみに空、ヤバイですよ。もう天の川を覆うガスを大分抜けてきたのと沢山の恒星が近い事もあって、昼でも空が宝石箱。
特に天の川で最も星が多い場所は本当に凄い、天の川の真ん中を走るガスの裏にはこんなに星が隠れてたんだなあ。
「今度涼姫に、本物のチェダーを贈りますよ」
「それはありがたし~。――じゃあアリス、私の食べる?」
「是非もなく」
アリスも私のホットドッグを、ぱくり。
あーあ、もう完全に間接キスしちゃった。
「やっぱりこの黄色いの、マスタードだったんですね」
「そるぁ、どうみてもマスタードだからね。でも実は私、ホットドッグにマスタードではなく辛子を塗るのが好きなんだよね」
「えっ・・・、珍しい食べ方するんですね」
「というか、売ってるマスタードにも辛子を混ぜると美味しいよ。売ってるマスタードって、私にはちょっと甘いんだよね」
「ふむ、なるほど。Mは辛いものが好きって言いますね」
アリスの眼が怪しく輝く。
「止めよう!? そのドSの目で私を観るのは止めて!?」
私はアリスから逃げるように、命理ちゃんと一口をしようとする。
しかし横を振り向くと、命理ちゃんが居ない。
「命理ちゃんも――。命理ちゃん?」
私が命理ちゃんを探して振り返ると、命理ちゃんは立ち止まって空を見上げて、青く滲む衛星を見ながら、なにかを思い出すようにしていた。
そして彼女の歯車のような虹彩が回転したかと思うと、「ハッ」っとした顔になった。
「そうだわ、そうよ――」
えっ――、な、なにか思い出した感じ?
「どうかしたの? 命理ちゃん」
私が尋ねると、彼女は私に向かって頷いた。
「涼姫。普通は1階から始まるダンジョン攻略を、当機達は151階から始められるかも知れない」
「―――え!?」




