216 涼姫の元・義母を拒絶する、沖小路 風凛
その日、スウチャンネルの事務所の電話が鳴った。
事務所には現在沖小路 風凛と、アルカナ・フェルメールしかいない。
涼姫も桂利も、フェイレジェに行ってしまっている。
アルカナが受話器を取ろうとしたが、銀河連合から来た彼では対応が難しいこともある。
風凛はアルカナを止めて「なんで私はプレイヤーになれないのよ」等とブツブツ文句を言いながらも、受話器を持った。
「はい、スウチャンネル事務所」
『本当にこの番号だったわ!』
「どなたですか?」
『ああ、わたしスウの母、鈴咲 佐里華よ』
この言葉を聞いて、風凛は一気に警戒のレベルを上げた。
風凛は涼姫の様子から何らかの異変を察知して、自分の執事に涼姫の身辺を調査させた。
すると出てきたのが、この佐里華という人物の涼姫への仕打ちであった。
一緒に暮らしていた頃も、ほとんどネグレクトに近い。この佐里華という人物も、間違いなく涼姫の対人恐怖症の一因を担っているだろう。
それでも、涼姫はよく耐えたものである。
さらに涼姫のお金である両親の遺産を使い込み、それが無くなったら涼姫を追い出すという暴挙に出た。
しかも涼姫が追い出されて間もない頃は、涼姫が両親の口座に振り込んでいたお金も使い込んでいた。
執事の調査結果を知った風凛は、直ぐ様涼姫の両親の口座へお金を振り込むのを止めさせた。
またこの佐里華という人物は、以前の豪勢な暮らしが止められず、多額の借金を抱えた事も調査済みだ。
風凛の瞳が鋭い刃物のようになる。
「はい、どの様な御用でしょうか?」
『こちらで鈴咲 涼姫という者が働いているそうなのだけれど』
「はい。働いています」
『私は彼女の母親です――涼姫はまだ16歳です。私は、あの子の儲けた分を管理する義務があります』
風凛は鼻で笑いそうになったのを、なんとか我慢した。
「その様な義務は、日本にはありません」
この事務所には、お金の管理に関してはチート性能を持つ江東 桂利がいる。
風凛はいずれ涼姫の母親が接触して来るのではないかと予想して、対策をしておいた。
『何言ってるのよ! 私は涼姫の保護者よ!?』
「保護? ――ではお尋ねしますが――』
風凛はここで言葉を切って、続く言葉を叱責するように続けた。
『――涼姫さんを家から追い出しておいて、何を保護しているというのです?」
『――っ!?』
風凛の言葉に佐里華は詰まる。風凛は白けた頭で思った。相手は恐らく「なぜ知っているのだ」等と思ったのだろうと。
「貴女の行為は保護責任者遺棄罪に当たります。こちらは訴えても構わないのですよ?」
『んなっ』
「また貴女は涼姫さんの資産を勝手に使用しましたね。この行為には、横領罪や背任罪が適用されます」
『なによそれ!?』
「これらの事情から、貴女の様な人物に、大事な涼姫さんの資産を預ける訳には行きませんし、信用もできません」
『お前、ふざけんなよ!?』
とうとう怒声を挙げだす佐里華。
「あとひとつ、教えてあげますね。涼姫さんの口座のお金を使い込んだようですが――それ、贈与税が掛かります」
『えっ!?』
「税金を払わなかった場合、脱税になって、追加徴税になります。日本の財務省はしつこいですから逃げられませんよ」
『ちょ・・・・なによそれ。そんなの知らないわよ!?』
「そうですか。では、さようなら」
風凛は、まだ相手何かを喚いている声のする受話器を充電器に置いて、ため息。
彼女は鋭い目のまま、アルカナに向き直る。
「アルカナ」
「はい」
風凛の様子を怪訝な表情で見ていたアルカナが、椅子から立って寄ってくる。
そうして胸に手を当てて、風凛に頭を下げた。
「スズっちに害を為す人物が、今後接触してくる可能性が高いわ」
「えっ、涼姫様に害をなす人物がですか!?」
「そうよ。こいつと、こいつ」
風凛は、入手済みの佐里華と折姫の写真をアルカナに見せる。
「親だの姉だの家族だの言って近寄ってくると思う。だけど絶対にスズっちに会わせないで」
「はっ、はい!」
「あと金の無心に来るはずだけど、優しいスズっちは渡してしまうと思うわ。でもそんな事を一度でも許せば要求はエスカレートしてスズっちが苦しむ羽目になる。一円もこの二人には、スズっちにお金を渡させないようにして」
風凛にとってこの二人は敵以外の何者でもない。
風凛はこの二人を、絶対に赦さないと心に決めている。
「かしこまりました」
アルカナは胸に手を当てたまま、深く頭を下げた。
(これ以上、僅かにでもスズっちを利用させるものですか)
「スズっちが拒否できればいいのだけれど・・・あの子には無理ね――そんな所もスズっちのいい部分だから変えさせる気もないし――私達が守ってあげないと」
風凛は南窓から空をみて、未来の宇宙を飛んでいるであろう涼姫に想いを馳せた。
◆◇◆◇◆
一方、涼姫の元・義母の佐里華はよくない場所から借金をしてしまい、だんだんと借金が増え始めていた。
「・・・・なんとか連絡を取って、アイツに借金を払わせないと。そうだ、学校よ! 学校に連絡すれば!!」
ところが、涼姫の学校に連絡を取っても既に保護者ではない人物を、生徒に会わせるわけにいかないという返事が返ってくるばかり。
それというのも爽波高校の教師の間では、鈴咲 涼姫の以前の保護者が彼女の口座のお金を使い込んで学費を払えなくしたのは有名な話だったからだ。
「なんでよ、私はアイツの親戚よ!! どうして会わせられないのよ!!」
「学校側が取り合ってくれないのなら」と、直接学校などに向かう佐里華と折姫だったが、アルカナという少年に追い返される。
強硬手段に出ようとしても、このアルカナという少年が強すぎて瞬く間に取り押さえられる。
少年に暴行を受けたと訴えようとしても、アルカナが門衛に「侵入しようとした不審者を取り押さえてくれて有難う」と言われてしまう。
実際に不法侵入しようとしたのは自分たちだから、警察にも行けない。
ならばと涼姫の登下校を狙おうとするが、何故か涼姫を待てど暮らせど門からでてこない。
それもその筈、最近の涼姫は〖飛行〗を使って登下校しているのだ。
しかも学校側がバーサスフレームでの登下校を許可してしまい、涼姫はすぐにハイレーンに行ってしまう。
それ以外の日はアリスと風凛まで涼姫と登下校し、アルカナがハイレーンで購入した高性能ドローンで様子を見ていた。佐里華と折姫を見つけると、即座に風凛に連絡する。
アルカナの情報を聞くと風凛とアリスは「今日はあっちの道から帰りましょう」とか「急いでるんで〖飛行〗で飛んで帰りましょうか」などと、徹底的に接触を避けさせていた。
さらにアリスが仕事や部活の時は、風凛やチグ、カレンが涼姫をガードする。
すると涼姫は瞳を輝かせるのだ。
「最近、みんなが一緒に帰ってくれて嬉しい!」
などと微笑む。
風凛はそんな涼姫を見て、
「何も知らない、無垢な天使の笑顔!」
「おい風凛、鼻血を拭け!」
鼻血を出した風凛が、カレンに言われるやり取りが有ったという。
佐里華と折姫は登校前や放課後、涼姫がどこにいるのか探し回ったが、どれだけ地球を探しても見つかるわけ無い。
自分たちが、涼姫から地球での居場所を奪ってしまったのだから。
こうして涼姫とまるで接触できない佐里華と折姫の2人は、遠くの町に夜逃げをしてしまい、学校に押しかけることはできなくなった。




