214 みんなの命を預かります
飛行場が見えてきた。
現在、私達の乗る旅客機の両サイドには、護衛の戦闘機が飛んでいる。
戦闘機好きの私でも名前を聞いた事のない戦闘機だ。
だけど私の知識とかどうでもよく、今はとにかく着陸に集中しないといけない。
すでに滑走路を開けてもらえてるし、消防車も、救急車も、いっぱい用意してくれている。ありがとう管制官さん、皆さん。
あっと、そうだ。大事なことを管制官さんに伝えていない。
「アリス、管制官さんに伝えてほしいの」
「えっ、なんですか?」
「前輪が無いこと、あと垂直尾翼も無いこと。それから、機体がダメージを受けているので、燃料を消費している時間が無いこと。できるだけ早く胴体着陸か二輪着陸をしたいこと。できれば二輪着陸がいい事を伝えて」
「なるほど・・・・そうですね。分かりました」
アリスが管制官となにやらやり取りをする。彼女は、やり取りをしながら私に振り返る。
「――スウさん、この旅客機は燃料を捨てながら飛ぶ事が出来るらしいです」
「そ、そうなの!? じゃあ燃料の捨て方は聞いて貰える?」
「了解です。――それから、スウさんは二輪着陸の方が得意なんですね?」
「うん、二輪なら飛ぶ要領で水平を保てばいいだけだと思うから。
「分かりました。Control, this is (管制官、こちら)―――」
アリスと管制官のやり取りが暫くあって、二輪着陸の許可が出た。
私は管制官さんとアリスに教えてもらった方法で、火災が起きた場合の被害を最小にするため燃料を減らそうと、海の上で燃料散布しながら飛んで空港に向かう。
そうして飛行場の上空に着いたら――かなりの低空を旋回し続ける。
胴体にダメージを与えないように、できるだけGを掛けないよう大きく円を描きながら飛ぶ。
その間に消防車などが、飛行場に準備完了した。
すると客室乗務員さんが褒めてくれる。
「流石ですね、凄く飛ぶのが上手いです。垂直尾翼が無いのにこんなにスムーズに飛べるなんて――」
多分私に自信を付けさせて、落ち着かせようとしてくれてるんだと思う。
「――スウさん、乗客が後方に移動し終えたたという連絡が入りました」
乗務員さんが教えてくれた。燃料は主翼にあるんで、火災が起きたら中央が一番危険らしい。だから移動してもらったんだとか。
「じゃあアリスそろそろ、着陸したいと伝えて」
「はい。Control(管制室)――」
『Checking―――』
私は管制官の指示通り、計器のランプなどをチェックしていく。
滑走路に消火剤が撒かれた。
管制室から着陸の許可が出る。
そして最後に管制官から、求められる。
『You Have Control(貴方が操縦して下さい)』
あの宣言だ。――操縦する者は宣言を求められる決まりなのだ。
自分に伸し掛かる重圧。
でも、今この宣言が出来る人間は、私しかいない。
私が操縦して、皆さんを無事送り届けないといけない。
私は一呼吸置いて、宣言をする。
「I Have Control(私が操縦します)」
私は宣言したら、深呼吸。
「行きます――」
操縦桿にキスをして、閉じた歯の間から息を吐く。
「入れ! ――ゾーン」
視界が青くなった。
鋭敏になる――視覚も、触覚も、嗅覚も、聴覚も。
後ろの様子まで視える。
みずきが唇を噛んで、その後ハイジャック犯を睨みつけた。
アリスは、心配そうに私を見ている。
横にいる乗務員さんは、私の変な儀式を見ても訝しがる顔もしない。なんとなく、何をしているのか察してくれているのだろう。
むしろ頼りにしているような視線が向けられた。
だけどこれらはまだ雑念だ。私は今、沢山の命を預かってる――もっと集中しなきゃ。
私は、ゾーンへさらに深く潜っていく。
集中すればするほど、情報が、世界から取り除かれていく。
消える雲や空の様子。
消える飛行場の様子。
消えるハイジャック犯の気配。
消える乗務員さんの気配。
消えるアルカナくんの気配。
消えるみずきの気配。
消えるアリスの気――あれ?
・・・・ア、アリスの気配だけが消えない。
い、今は消えて。
・・・・消え――駄目だ、アリスはどうにか消そうとしても、消えない!
(――わ、私よ、もっと深く潜れ!)
無理だ、消えない・・・・、アリスが消えてくれない!
な、ならもう一度!
(入れ! ――ゾーン)
私はもう一度、自分に合図。
すると風に吹かれたように消えるアリス。
やっと、集中しきれた。
私の世界が、私と飛行機と滑走路だけになる。
まるで飛行機に一体化したような気分だ。翼が、自分の腕になったような感覚。
・・・・よし、これなら行ける。エンジンの出力を下げて、下げて。
白い、太めのラインに向かって飛ぶ。
私は、滑走路に入ることを管制官に伝える。
「Running」
管制官から距離が伝わってくる。
私は、その声を少し遠くに聞く。
『200
150
100
50』
着陸の瞬間に、水平にしないと。
ゆっくり、ゆっくり。
『0』
――――――今!
風を掴むように、やさしく。ふわりと、超低空飛行の要領で車輪を地面に着けた。
私は自分に言い聞かせる。
(二輪着陸の経験はない――だから今、私は地面を走っているのではない。地面スレスレを飛んでいるんだ)
そんな気持ちを、自分に念押して飛ぶ。
垂直尾翼がないから、左右に機首が自由に振れない。
左右の向きが安定しない。
飛行機を滑走路から出すわけには行かない。
なにかに衝突したら大変な事になる。
主翼の動翼を操作して、機首を振らせる。
旅客機が、速度を失って来た。
私は(そろそろ機首を地面につけないと、いきなり落下する事になるから危険だ)と思い、優しく機首を下げていく。
機首が地面を擦った――振動が激しくなる。
火災を起こしてはいけない。燃料は全部を捨てたわけじゃない――絶対に火災だけは駄目だ。
私は、本当に優しく機首で地面を撫でる。
すると飛行機は、機首を中心に少し回転しただけでなんとか止まった。
無事―――着陸した。
こうして私は、長い長い溜息を吐いた。
ゾーンを解く。
「やりましたね、スウさん!」
「少しヒヤヒヤしたけど、出来ると信じてたぞ!」
「流石、わたくしの主様です!!」
「お、お上手です!」
アリス、みずき、アルカナくん、客室乗務員さんの気配が順番に戻ってきた。
やがて景色も見えてくる。空港では沢山の人が大急ぎで動いている。
「はい、上手く着陸できてよかったです・・・・」
すると、客室乗務員さんがマイクを持ってきた。
「スウさん、アナウンスを」
「あ、そうですね――」
私はマイクを握った。
『当機は、無事着陸いたしました。乗客の皆様、慌てず――しかし迅速に飛行機を降りて下さい』
マイクを客室乗務員さんに返すと、英語に訳してくれた。
2輪で着陸したので、火災もなく私達は無事飛行機を降りることが出来る。
それでも一斉に非常口が開かれ、乗客たちが空気で膨らんだすべり台で降りていく。
警察っぽい制服の人たちが乗り込んできて、テロリスト達を連れ出していく。
とにかく私達も降りようと立ち上がると、別の客室乗務員さんが飛び込んできて、
「機長と副機長が、目を醒ましたわ!!」
という声が聞こえてきた。窓の外を見れば、操縦士さんが担架で震える腕を上げていた。
ずっと私に付き合ってくれた客室乗務員さんが、彼に向かって走り出す。
(よかった、本当に)
私は安堵しながらアリスやみずき、アルカナくんと急いで降りる。
客室乗務員さんは担架で運ばれる男性に、すがりついて泣いていた。
私が飛行機を降りると、一斉に拍手が巻き起こった。
「可愛らしい英雄だ!」
「スウが旅客機に乗っていたなんて、私達はなんて幸運だったんだ・・・!」
「ありがとう!」「ありがとう!」
沢山の感謝の言葉が掛けられた。
私はビックリして、ペコペコお辞儀を返す。すると笑いが起きた。
爆発の危険があるんで、乗客は急いで飛行機の側を離れる。
で、その後。不時着した国は、私達が向かっていた国と友好な国だという事で、VIP専用の小型ジェットで目的の国まで送迎されました。
VIP専用の小型ジェットの中は、最早ちょっとした王侯貴族の客間状態で、ソファとかふっかふか。
出された飲み物のグラスは、ガラスではなくクリスタル。
私達の安全を任されたらしい人から「この国では、皆さんの年齢でも飲酒は可能です。上等のシャンパンを用意しましたが、いかがでしょうか?」と尋ねられたけど、丁重にお断り。
この国、どっかで油とか売ってそう。
そんなわけで私は、リンゴジュースを飲みながら、VIP専用の小型ジェットの客室のソファの真ん中に座り、アリスとみずきに挟まれていた。
すると右隣に座るアリスに「スウさん、あんな奴に胸を揉まれて気持ち悪くないですか?」と病み気味の目で尋ねられた。
「ちょ、ちょっとだけ」
と、私が答えると、
「上書きしますね」
とか言われて、アリスに胸を揉みしだかれました。
右からアリスに、左からみずきに。なんで加わってる・・・このちびっ子。
私は思わず叫んだけど―――まあ、お陰で気持ち悪いのは無くなった。
――で、ハイジャック事件と、私が旅客機を操縦して色々したのが、また大変なニュースになったりしました。
よし、・・・・FLに引きこもろう。




