213 旅客機を操縦します
「ロックオンされた!!」
「え」
「ロックオンですか!?」
みずきとアリスが驚愕する。
私も「旅客機にもミサイル警報装置が備わっているんだ」という驚き――というか、なんでロックオンしてくるの!?
飛行禁止区域でも飛んだ!?
――いや、ここ、海の上だよ!?
しかも、警告も無しにロックオンしてくる!?
「なんなの!!」
私は、急いで操縦桿を握る。
すると、ハイジャック犯が「クックック」と笑った。
「どうやら、口封じだな。お前達も道連れだ」
戦闘機から、当たり前のようにミサイルが発射された――正面から飛んでくる!
――私は旅客機の車輪を出し始める。
「〖透視〗〖超怪力〗〖怪力〗〖念動力〗! ――やっぱり駄目だ、ミサイルが止まらない!!」
ミサイルの速度は緩んだけど、止まらない。
私はマイクを口元に近づけて、アナウンスで言う。
『Please hold on somewhere!! Missile evasion!!(どこかに掴まって下さい! ミサイルを回避します!!)』
オートパイロットを切って、機体を横倒しにすると、客室の方から、怒号のような悲鳴が聞こえてくる。
「無駄だ無駄だ、チャフも無い、図体もでかい。こんな旅客機でどうやってミサイルを躱すつもりだ。終わりだよ、お前等は。―――フハハハハハハハハハ!!」
私は飛行機を急上昇させる。
――そうしてミサイルを前輪にぶつける。
巻き起こった爆風を飛行機の腹で受け流しながら、機首を上げ続けた。
すさまじい振動が足元から伝わってくる。
「ハハハ。被弾したようだな!」
勝ち誇ったような、ハイジャック犯の顔。
ミサイルの爆発で壊されたのは車輪だけみたいだけど、爆風にあおられて――姿勢が戻らない。
「やっぱり図体がデカすぎる――失速しそう!!」
このまま機首を上げすぎる訳にはいかない。
旅客機に、コブラみたいな変態機動は絶対できない。
あれは高性能な戦闘機にしかできない。
戦闘機なら、失速を利用してマニューバとかも出来る。
だけど旅客機には失速はただの事故だ。旅客機で失速すれば、そのまま墜落しかねない。
というかFLの機体じゃないのに、旅客機をこんな速度でコブラみたいに機首を立てたら主翼がポッキリいく。
私はペダルを踏みつけながら、暴れる飛行機に言い聞かせるように叫ぶ。
「大人しくしろ! 言うことを聞け!!」
「スウ!」
「スウさん!!」
「主様!!」
「お願いしますスウさん!」
みずき、アリス、アルカナくん、客室乗務員さんの声が私に掛かる。
私の叫びは乗客には聞こえてないはず――聞こえてないよね?
「だ、大丈夫です――あと、ちょっと!!」
私がスロットルを上げて操縦桿を押すと、飛行機はなんとか姿勢を取り戻した。
すると、可笑しそうに笑っていたハイジャック犯の様子が変わった。
私・・・飛行機の姿勢制御が得意で良かった。
もう異常は、前輪の状態を示すランプが赤くなっただけ。
飛行機が平然と飛び続けているからか、ハゲのヒゲが首を巡らせた。
「なぜだ・・・なぜまだ飛んでいる? どうなっている・・・・何が起こった・・・どうして無事なんだ・・・」
ハゲのヒゲが目を見開いて、窓の外を見回している。
私は彼を無視して、窓の外を視る。迫ってきていた戦闘機の姿が見えない。
「どこに行った!? 〖マッピング〗〖超聴覚〗」
「――スウさんあっちです」
アリスが指をさす。〖透視〗でみてくれたんだと思う・・・・にしても、旅客機の上!? なぜ――あ。
「ミサイルをタイヤで避けられないように、上に回り込んだの!?」
「ハハハハ! なるほど、タイヤをぶつけてミサイルを躱したのか、ふざけた真似を――だが今度こそ終わりだな!」
でも戦闘機に乗ってるパイロットには、こっちから姿が視えないと思ってるだろうけど、私には〖マッピング〗と〖超聴覚〗、そしてアリスの〖透視〗がある。そこに勝機があるかもしれない。
「アリス、戦闘機の位置を指で指し続けて!」
「任せてください!」
ハゲのヒゲが笑う。
「ククク、死ね!!」
再び、けたたましい警告音。
(また、ロックオンされたっ!)
私はアリスの指と〖マッピング〗を頼りにスロットルを最大にして、機首上げ。
「無駄だ無駄だ、この距離から撃たれるミサイルが避けられるものか」
ハゲのヒゲが言うように、敵は相当近い――なら!
「旅客機に、武器が無いとでもぉ!!」
私が今度は機首を、思いっきり下げる。
前にもちょっと言ったけど。機首上げ機首下げは、本当は飛行機の機首が上がったり、下がったりしてるわけじゃない。
尾翼が下がるのが機首上げで、尾翼が上がるのが機首下げなんだ。
これは揚力の関係なんだけど、とにかく――機首を下げれば尾翼が上昇する。
私はイルカが尻尾を叩きつけるように、飛行機の後ろにある縦の翼――垂直尾翼を戦闘機に叩きつけた。
後方から、伝わる振動。命中した!
「こちとら2万時間以上も翼を敵にぶつけ続けてきたんだ、舐めんな! 〖マッピング〗〖超聴覚〗――」
アリスの指を追えば、ヒラヒラと落下していく戦闘機。
「――っし!!」
「やりましたね!!」
アリスと腕を組み合わせるようにして、勝利のポーズ。
窓の外を見れば、開いたパラシュートが視えた。
「戦闘機を、旅客機で墜としたのか!? な、なんなんだこの女――一体、お前は何なんだ!! ――」
そこでハイジャック犯が、大きく目を見開いた。
「――いや、お前その顔――知っているぞ!! スウ――・・・・フェイテルリンク・レジェンディアのプレイヤー、スウか―――お前スウなのか!? ――」
私は返事をせず操縦に集中する。アリスもみずきも返事をしない。
垂直尾翼と方向舵が壊れたんだ――飛ぶことは出来るけど、もうオートパイロットには任せられない。
操縦中も、集中を切らすと機体が横滑りしそうになる。
垂直尾翼がない今の状態、いつ水平のスピンに陥るかも分からない。
この状態で水平スピンに陥ったら一巻の終わりだ。乗客全員が助かるかわからない。
なのに横滑りさせてくる偏西風が面倒くさい。
大型旅客機ではあまり大きく行わない、横転からの方向調整も必要になる。
というか若干機体を傾けたほうが、偏西風の影響を避けられる分、安定する。
でもダメージを受けている機体がへし折れたりしないように、できるだけ機体は水平にしないといけない。
水平に飛ぶとスピンしやすい――だけど水平に飛ばないと機体が崩壊しかねない。・・・・そんな二律背反。
(本当に勘弁して!)
私は、思わず心のなかで叫んでしまった。
すると私の気配が伝わったのだろうか、周囲にいるみんながちょっと ビクッ となった。
「厳しい状態なんですね」
「涼姫が辛いほどか」
「主様・・・」
「頑張ってくださいスウさん・・・」
私が不安になったせいで、アリス、みずき、アルカナくん、客室乗務員さん――みんなも不安にさせてしまった。
駄目だ、頑張らないと。
それにまだ、やらないといけないことは有る。
機内の圧力と外の圧力の差で飛行機が崩壊しないように、高度を下げないといけない。
私が飛行機を傾けていると、男がうなだれて泣き始めた。
「――なんで・・・・なんでお前が今日この場にいるんだよ!! ――どれだけ俺達は不運なんだ!! どれだけこの計画に時間が掛かったと!」
「しらないよ」
私は吐き捨てた。
さっき客室の方から、小さい子どもの泣き声も聞こえてきていた。
あの子達も巻き込んで殺そうとしてたんだ。
あの子達の時間を、奪おうとしたんだ。
こんな奴の泣き声なんか知ったことではない。
私はとにかくできるだけ高度を下げていく。そこで、急に思い出した。
そうだ、『メーデー』を送らないと。
メーデーは、航空機が付近の管制室に緊急事態を知らせる言葉だ。
でも、そんなのフライトシミュレーターに無かった。――やり方がわからない。
(ど、どうしよう・・・)
そこで、このハイジャック犯は飛行機を操縦していたので、「元は正式なパイロットなのでは?」と思って彼に〖サイコメトリー〗を使う。
やっぱり、あった!
・・・・なるほど、パイロットだから頭が良くて日本語も堪能なのか。
頭がいいのに、なんでハイジャックなんて愚かな真似を。
とにかく私は、ヤツの記憶から見つけたやり方で、メーデーを送信。
無線を開いて三度繰り返す。
「メーデー、メーデー、メーデー!」
返ってくる返事。―――私は、少しの安堵。
『What's wrong!?(どうしました!?)』
(無線が届いた! よかった・・・)
「こちら――えっと」
・・・・あ、識別番号とかが分からない!
私が詰まると乗務員さんが教えてくれる。
「スウさん、エアクラフト781、NH155便です」
「ありがとうございます! ――こちらエアクラフト781、NH155便です。さきほどハイジャックを受けました。ハイジャック犯は鎮圧しました。しかし現在、機長、副機長共に意識がありません。緊急事態により私が操縦しています」
しかしここで無線の向こうの管制官が一瞬、黙る。そうして、
『Do you speak English?(英語は話せますか?)』
う・・・・英語で返せって言われてる・・・。一般高校生の私に、管制官とやり取りするような難しい英語は無理・・・・! どうしよう!
私が詰まった時だった。アリスが私からマイクを奪って、英語で大声を出した。
「Of course!(もちろん!)」
え、なにこのイケメン。―――キュン。
「――涼姫、相手が尋ねています。操縦できている貴女は誰だって」
「ス、スウって答えて」
「I 'm Suu!」
『Oh! FL hero, Suu! I appreciate your bravery. Please stay calm and assess the situation carefully. Together, we will overcome this situation!(おお! FLの英雄スウ! あなたの勇気に感謝します。どうか冷静になってください。共に苦境を乗り越えましょう!)』
そこからアリスと管制官とのやり取りが始まる。
どうやらハイジャックに襲われたり、戦闘機に襲われたことも理解して貰えたようだ。
『(スウ、貴女は旅客機を操縦した事は?)』
「は、初めてです!」
『(では、何か有れば尋ねて下さい)』
「はい!」
『(それから我々は貴女の操縦している飛行機の位置を、常に追い始めました。また、空軍から護衛の戦闘機がスクランブル発進しました。もう安心して下さい)』
「あ、ありがとうございます!」
『(最寄りの空港に誘導しますので、そこで着陸して下さい)』
「お願いします!」
緊急事態の便という事で、常に状態を追ってもらえるし、空軍が護衛してくれるらしい。
これは頼もしい。
でも、着陸か。
・・・私は、唸る。
飛行機で一番怖いのは、着陸なんだ。しかも私がやるしか無い。
やがて一番近い飛行場まで、あと10キロの距離までやって来た。
あとは着陸だけ・・・・でも、一番難しい瞬間。
・・・全く油断ができない。
しかも車輪が一つ無いんだ。
難しい着陸を、車輪一つない状態。
どうしたら良い・・・・胴体着陸は、さすがにFLでもやったことがない。
というかFLの離着陸は簡単なんだ。普通の飛行機は、この着陸の時間が最も怖いって聞くし。
「できる―――? いや・・・・成功させるしか無い・・・!」
アリスもみずきもアルカナくんも、他の乗客や、乗務員さんも。小さな子供も。
私が失敗したら、全員が命の危険に晒される。
成功させないと!




