206 アリスと横浜に行きます
というわけで、アリスとのデートを続行。徒歩で横浜の海岸付近を二人で歩く。
その後『マリンタワー』をふたりで「ポカーン」と見上げて、写真をパシャ。
そして海沿いにある公園の薔薇園へ。
秋の薔薇が満開になっているのを眺める。私の鼻腔をくすぐる高貴な香り。
写真をパシャ。
「薔薇のいい香り・・・潮の香りもするけど」
「海が近いですからねぇ。――ねえ、涼姫。ここで涼姫に。満開の赤いバラの花束でもプレゼントしたら一体どうなったでしょうか?」
「それは、周りの人の視線が突き刺さると思うよ『あの子バラを切ったの―――!?』って」
「・・・・」
アリスが空を見上げた。そして何かの映像を思い浮かべているのか、眼を瞬かせて。
「・・・・やらなくて、正解でしたね」
「せやな」
なぜか関西弁で返した私でした。
その後『大さん橋』という、でっかい桟橋でお食事。
ちなみに大さん橋は、涼姫が横に100人くらい並べそうなほどでっかい桟橋でした。
カフェに入って、私はハンバーガーとフライドポテト、アリスはカレーを注文。
「ハンバーガーですか」
「うん、なんか私カレーばっか食べてる気がして」
「加齢臭になってしまいますか」
「ならないよ!?」
今日食べたのは、いつも食べてるハンバーガーみたいなジャンキーな物とは一味違う、本格的な味のハンバーガー。
写真をパシャ。
その後、私が店の窓からオーシャンビューを眺めながら、ハンカチで口の端に付いた卵の黄身を拭いていると、桟橋に船が入ってきた。
「おーっ、でっかい!」
タイタニック号かと見紛うばかりのサイズ感。
写真をパシャ。
「この桟橋って、凄く古いんだよね?」
「ですね、江戸時代から有るらしいです」
「今でも現役バリバリなんだねぇ」
「そう考えると、凄いですねぇ――涼姫、どうしました?」
私は芳しい香りを放つ、アリスのカレーを見ていた。
ルーの中になにかの白いソースが波を描いていて、美味しそう。
「いやっ、カレーも美味しそうだなって」
「あはは、カレーの香りには抗いがたい物がありますよね。一口どうですか?」
「えっ・・・いいの?」
「もちろん。その代わり、わたしもハンバーガーを一口」
「うんうん。――では、ご一緒にポテトもどうですか?」
「それもセットでお願いします。あとスマイルも一つください」
「あははっ」
私はアリスがカレーとライス、あとお肉まで乗せてくれたスプーンを ぱくり うーんデリシャス。
あと間接キス。
アリスもハンバーガーを もぐもぐ こちらも間接キス。というかわざわざ私の食べた所を狙って齧ったよこの人。
あとは、ポテトもゆずマヨネーズと一緒に。
写真をパシャ。
「このマヨネーズ、ゆずが入ってるんですか」
「香りが良いよね」
「涼姫は柑橘系、好きですものね」
「だからほんと美味しい」
こうして食事を終えて(アリスに奢られた)。さて映画館へ向けて再び進撃開始。
「あっ。ロープウェイがあるんですね、楽そうですね。涼姫もちょっと疲れてきたですよね・・・? 乗りますか?」
「うん。そろそろ体力の限界で、床ペロしそう」
「それは経験値減りそうですね。では乗りましょう」
さて、お気づきの方もおられるのではないでしょうか。
そう・・・最近マシになってきたとは言え、アリスは高所恐怖症なんです。
「し、失敗しました・・・こ、こ、こんなにロープウェイが恐ろしい場所とは・・・」
「アリス、顔真っ青だよ、大丈夫!?」
モノレールですら無理なアリス。
頼りないガラス張りの箱が、揺れるワイヤーに吊るされて高い場所を移動しているんだ。
耐えられるはずがなかった。
「だ、大丈夫です。――たとえ、いきなりワイヤーが切れても、途中で支軸が折れても、突然始まった第三次世界大戦の流れ弾でこの箱が落下しても。――・・・・わたしには涼姫に貰った〖飛行〗があるので、生存可能です」
「ア、アリス気を確かに・・・、第三次世界大戦はまだ大丈夫そうだから。――というか常に〖飛行〗掛けておいたら?」
「あっ・・・さ、流石涼姫、和マンチを考えさせたら右に出るものがいない」
「褒めるなら、普通に褒めて?」
アリスが〖飛行〗を使うと震えが収まってきた。
椅子の上でちょっとだけ浮いてる。
〖飛行〗があっても多分箱から脱出できずに海にドボンなんだけど、そんな事実は言わない。
そこそこ落ち着いたアリスが、憎々しげに言葉を吐く。
「モノレールにロープウェイ・・・・なぜ人類は、これほど悍ましい発明を繰り返すのでしょう」
「便利だから・・・・じゃ、ないかなあ?」
「便利だからで片付けられたら、こっちはたまったものじゃないですよ」
「そこは、たまってあげておいて」
アリスの心配を他所に、ロープウェイはワイヤーが切れることもなく、第三次世界大戦が始まることもなく無事駅に到着。
アリスは開口一番、
「地面を取り戻しました! 愛おしい地面です」
凄い喜びよう。それはもう、秘宝でも見つけたかのような。
「『ひとつなぎの大秘宝』でも見つけた?」
私が尋ねると、アリスはいい笑顔をこちらに向けて頷く。
「はい。涼姫のビキニこそ、『ワンピース』だったのです」
「ややこしいな、それ。あと今日は水着から離れよう」
「そうですね。着衣ズムを確かめに来たんですものね」
そのせいで散々着せ替え人形にされましたからね。
「あそこが映画館ですね」
「おー、でっかい」
ロープウェイの駅を出ると、すぐ目の前に映画館のある大きなビルが見えた。
見上げるほどのビル。
「色んなお店が入ってるね。ここで服を買っても良かったんじゃ」
「まあ、そうなんですけれど、店主の実力を見極めて買いたかったですので。あとせっかくのデートなんですから、横浜の観光名所巡りもしたかったですし」
「確かに、ここまでの道中も楽しかった」
「そう言ってもらえると、プランを立てた甲斐がありました」
「やってることが完全に彼氏なんよ」
「ふふふ。さて、何を見ますか?」
「あ・・・胡蝶のドリームエフェクトの映画やってる」
「あーーー。それにしますか? 実はわたし、出演してるんですよ。ティキって役で」
「え!? まじで!?」
「はい。新キャラのヒロインですね。あとエンディングテーマの『おはよう』も歌ってます」
「うおおっ、見よう見よう、ぜひ見よう!」
「アニメに詳しい涼姫にわたしの演技を見られるのはちょっと怖いですが、そうですね。せっかくですし」
という訳で二人で映画を鑑賞。
大画面で展開する、世界系ストーリーの巨大ロボアニメ。
それを見上げながら、予定通りポップコーンをシェア。
もぐもぐ キャラメルポップコーン美味しい。
じゅー コーラ美味しい。
にしても・・・なんだろう今回の胡蝶のドリームエフェクト。
「なんか・・・、ドッグファイト多くない?」
「監督がスウさんに感化されたらしいです。わたしが演技したキャラのティキは、スウさんをモデルにしてるらしいですよ」
「えっ・・・。――だからドッグファイトをあんなにしてるの!? ・・・な、なんとまあ」
まさか、私が、自分が大ファンのアニメに影響を与えてしまった。
「音響監督も『次作があったら、スウさんも出演してくれないかなあ』と私に相談して来ましたよ。話題作りにもなりますし」
「・・・・わ、私が声優!? ・・・無理だよ! そんなの!」
「涼姫の声はよく通るし可愛いので、演技の練習さえすれば大丈夫だと思うんですけどねぇ」
かくして映画は終わったんだけど、エンディングのクレジットが流れる中、そこかしこから鼻をすする音が。
もちろん私もその一人。
う゛あ゛ー、えがった、えがったよぉ。
最後に主人公を助けるためにループを繰り返したヒロインと、主人公が抱き合うシーンが本当に良かった。
「でも、ヒロイン途中で死んじゃったけど、なんで普通にループを繰り返せたんだろう?」
「そこがちょっと謎ですね。考察動画が流行りそう予感がします」
ちょっとした齟齬のような、謎のような物を残して、見終わっても視聴者に考えさせる内容だった。
その後、私とアリスもしっかり罠にはまって、二人で「あーでもない、こーでもない」と話し合ったんだけど、結局謎は謎のままだった。
考察動画に期待しよう。
だけどそんな帰り道になる前、映画が終わって、出口からゾロゾロと人が出ていく訳なんだけど。
さっき見ていた映画に出演していた人が、その中に紛れ込んでいるわけで。
今まさにみんなが興奮した映画に出演していた人がいるわけで。
「い、一式 アリスさん!?」
誰かが叫んでしまった。
見事に私とアリスの世を忍ぶ仮の姿を貫通して、正体を見破った人がいた。
「いえっ、違います!」
アリスは言うけど、ちょっと前まで聞いていたまんまの声で否定しても後の祭り。
「一色アリスさんだ!」
「一色アリスさんがいる!」
「パ、パンフレットにサインしてください!」
私もこれには流石にアリスに同情。
「ア・・・アリス・・・がんばってぇ」などと他人事のように言っていたら。
「スウさんだ、スウさんもいる!」
「監督が言ってたティキのモデルのスウさんだ! パンフレットにサインしてください!!」
監督、なぜ言った!? なぜ私がモデルだとバラした!?
というわけでいきなり始まったサイン会。
人の流れの妨げになると、別の場所に移動させられて、私とアリスはしばし拘束されました。
その後アリス涙目。
「て、手首が痛いです」
「アリスも簡単なサインにすればよかったのにねぇ」
「スウさんはなんですかあれ、手抜きにも程がありますよ」
「まあ・・・手抜きにする為に考えたからね・・・」
なんて一悶着ありつつも、楽しい思い出になった日でした。
今日沢山撮った写真は、あちこちの保存媒体にコピーして宝物にするんだい。




