203 雲の恐ろしさ・・・そして
リッカが呟いた時だった。
ビジィの様子がおかしくなる。
『なんやこの風・・・まともに舵が効きはらへん』
スウが飛び込んだのは積乱雲の真っ只中。内部では恐ろしい風が吹き荒れている。
かつて150メートルもの風の中を、戦闘機に翼を付けたまま飛んだことの有るスウには何ともない風だが、普通の人間には風速25メートルですら危険だ。ましてやここは風速50メートル近い。
『くっ、なんちゅう飛びにくい風・・・、このオナゴ余裕で飛んではりますけど、どうなってますのや!!』
さらに、積乱雲の頂上付近では、頻繁に雷の様な物が発生している。
雷がビジィを何度も舐めて、バリアが破壊された。
黒体を持たないビジィの機体にダメージが入り始める。
「あ、あかん、こんな場所とんでたら墜落してまう!」
ニクサが急いで雲から上空へ脱出しようとした時だった。
ビジィに異変が起きた。
『ん・・・・なんや、どないしはりましたんやビジィ! 急に言う事を聞きはらなくなって!』
ビジィの機首が下がっていく。上向きにできない。
やがて機首は完全に下を向き、落下していく。
そうして風に煽られ姿勢を失い、スピンし始めた。
『なんやこれ、なんや、言う事ききはらんか、ビジィ!』
慌てるニクサに、スウから通信が入る。
「着氷による失速ですよ。――貴方は雲の中を飛びすぎた」
『は!? ――着氷!? ――失速!? ――なんですのん、それ!』
「普通、飛行機は翼がないと飛べません」
『そらそうやろ!』
「飛行機の翼はとても繊細に設計されてます。そして雲の中には、沢山の水滴がある。その水滴が凍るとどうなると思います?」
『は? ・・・どうなりますのや!』
「翼の形が変わっちゃうんですよ。貴方の翼はいま、雲の中の水滴をまとい、寒い空の上で水滴が凍ってしまった状態になった。バーサスフレームだって凍りやすい場所には着氷対策はしてありますが、貴方の機体はこの嵐の中を飛べる状態ではない」
『なに言うてはりますんや! あんさんかて、ずっと雲の中を飛んではりましたやん! なんでそっちだけ、何ともないんや!』
「この機体には、翼に〈神の裁き〉というのがあるのを忘れましたか? 翼に熱を纏う事ができる。そっちは機首にしか纏えないみたいですけど」
『・・・・はぁ!?』
「ビームを纏う〈神の裁き〉を使えば、氷どころか、水滴も一瞬で蒸発してしまう。――というわけで、さようなら」
揚力を再び手に入れられないビジィが回転しながら落ちていく。
最早多少の腕では、姿勢を戻すのは不可能に近い。
『頑張って着陸してくださいね――まあ脱出するのをオススメしますけど、着氷状態でスピンからの着陸とか、絶対したくないです』
「く、くそ・・・くそぉ! ビジィを失ったとか、皇帝はんになんて報告するんや・・・くそぉぉぉ! だ、脱出や!」
ビジィには転送装置が無いのか、ビジィのコックピットのハッチが開いて、そこからニクサが飛び出し、パラシュートが開くのが見えた。
コメントがざわつく。
❝勝ったよこの子❞
❝¥40000:絶対にドッグファイトで勝てない相手を、撃墜した・・・❞
❝¥30000:何あれ怖い❞
リッカも、呆然と呟く。
「はは・・・勝った・・・・」
❝¥10000:私、〈励起翼〉で攻撃とか出来ないけど、今後は装備しとく・・・着氷対策に・・・❞
❝俺も❞
❝ワイも❞
❝マロも❞
❝朕も❞
スウは(なんか位の高そうな人がいる)と思いながら着陸。
❝まあ、連合のバーサスフレームは熱を吸う黒体が塗られてるから着氷起きやすくて、滅茶苦茶着氷対策されてるから安心しな❞
急いでグロウ王子の助命を嘆願するため、王様に飛んだ。
王様は、表情が消えた顔で戦いを見詰めていた。
「バ、バルバロン様―――!」
「ああ、スウ殿か。空中戦見ておったぞ。・・・しかし、あれはどうやって勝ったのだ・・・?」
「そ、それはまた後でゆっくり――それより今は少し、ご相談があります」
「ふむ。なんなりと、申してみよ」
「グロウ王子の処遇なのですが、捕らえても暗い地下牢に繋ぐか処刑になるのですよね――?」
「その通り。――でなくては、また罪を繰り返すであろう」
「あの、流刑とかじゃ駄目なんですか?」
「流刑?」
「遠く遠く、二度とリメルティアに関われないほど遠くへ王子を運びます。具体的には極東のウブスナ辺り。『神も、王子ができるだけリメルティアに関われないようにしよう』と返してくれました」
「神が?」
「はい。私は一応、神に選ばれた勇者らしいので」
あれ――断ったっけ?
「神に選ばれた?? ・・・・・・なんと―――そうであったか。しかし、言われて驚きよりも納得が先に来てしまった。――そうか」
バルバロンⅡ世は、しばしのあいだ瞑目していた。やがて大喝する。
「双方、矛を収めいッ!!」
辺りをビリビリと揺らすほどの声量で放たれたその言葉に、怒号が瞬く間に収まった。
時間が止まったかのように正規軍、反乱軍のリメルティアの兵士達、双方が固まっている。
「今、神よりお言葉を賜った。グロウを流刑とする。グロウよ、今や逃亡するしかないお前がここまで来て、よもや拒否すまいな―――!!」
遠く遠くで、グロウ王子が項垂れるように頷いた。
スウは声高く、宣言する。
「では王様、あの白いアーティファクトでグロウ王子をウブスナへ運びます!」
「ああ、頼む。きちんと遂行されたか確認する騎士を同行させるが構わぬか?」
「はい!」
「親衛隊長!!」
「はっ、ここに!!」
「スウ殿に同行し、グロウの流刑が完了したか確認し、余に伝えよ!!」
「ご命令、承りました!!」
「じゃあ行ってきます」
「委す」
「親衛隊長さん掴まって下さい」
「はっ!!」
スウがサルタの下へ戻ると、サルタはグロウ王子を抱くように庇い、周囲を囲む兵から王子を守っていた。
「おまたせしました。さあ行きましょう」
すると、サルタが涙を拭った。
「もう駄目だって思ってた・・・・。グロウは生き残れるのね? ・・・ありがとうスウさん、ありがとう」
「・・・・いえ」
スウは、グロウ王子に向き直る。
「グロウ王子も遠くの地で平民として暮らすのは大変かもしれませんが、大丈夫ですか?」
「ああ、最早俺にはそれしか無い事くらい理解している。サルタを守って生きていくつもりだ」
スウは頼りがいのある言葉を訊いて、少し安心して続ける。
「本当に二度と、リメルティアに関わらないで下さい」
「――わかっている」
「良かったです。では行きましょう」
スウはサルタ、グロウ、監視役の親衛隊長を乗せたフェアリーテイルでウブスナ国に向かった。
こうして、グロウ王子の簒奪の事件は解決したのだった。
その後、スウはお礼を貰って帰った。
スウ曰く(帰りに、ミスリルを貰って帰りました。これでロイトさんに銃を強化してもらうんだい。バレルとか作ってもらおっと!)
なんて話が有ったとか。
◆◇◆◇◆
ある日、ウブスナのある村に、男女二人組が現れた。
彼らは開拓村に参加して、森の開墾に勤しんでいた。
そんな中現れたオーガを、やって来た女剣士が切り倒す。
「せぇい!」
女剣士はロングソードという武器で、オーガを切り倒した。
しかも、細い片手でオーガの攻撃を受け止めながら。
目を見開いたまま地響きを立てて、倒れるオーガ。
「流石サルタ、一太刀でオーガを切り捨てるとは」
どこか気品のある男が、彼女を褒め称えた。
村人たちも、女剣士を やんややんや と褒め称える。
「すっげぇなぁ姉ちゃん、オーガの攻撃を食ろうても何とも無いんけ?」
「あんたが来てくれて、本当に助かったってもんよ」
「ありがてぇ、ありがてぇ」
「やけど、細い娘っ子なのに、なんでそんなつよいんじゃ?」
サルタは鍬や鎌で武装した村人たちに、向き直る。
「〖次元防壁〗と〖怪力〗っていうスキルのお陰ですよ」
「なるほどなぁ」
「スキル持ちかぁ、さすがだべ」
気品のある男も納得する。
「そうか・・・・。やはり、俺も早くスキルを手に入れないとな」
「ならば頑張りましょう、グロウ」
「ああ」
サルタは思い出す。彼――グロウと出会ったあの日を。
(あの日もそうだ。私はこうして、森の中でオーガを斬り伏せていた)
「せぇい!」
地響きを立てて倒れるオーガ。
「・・・・はぁっ、はぁっ―――上司の顔思い出したら思わず思いっきり、切り倒してたわ。ったくあんなブラック企業、こっちから願い下げよ。もうこっちに住む!」
(――まあ、それもちょっと面倒なんだけど)
マゼルナの騎士になったのは良いけれど。
大臣のダギシスだっけ?
「隣の国リメルティアのスパイになれ」・・・・ねぇ。
私が隣国に顔を知られていない上に腕が立つからって、プレイヤーになんて事を命令してるんだか。
(今日、ここらに来るかも知れない王子ねぇ)
「まあ、私がそれだけ有能だから仕方ないか――ほんと、地球よりこっちでやっていく方が、私に向いてたり?」
サルタがオーガにトドメを刺してジルコンの様な物にしていると、後ろから拍手が聞こえた。
油断なく振り返ったサルタの目に、黒馬に乗った気品のある男が映った。
「たまには遠駆けをしてみるものだな。――大した腕だ女剣士よ」
あの豪華な洋服。まさか、王子? ――連れもなく、一人なの?
サルタは、しっかりと頭を下げて答える。
「どうもありがとうございます」
頭を下げたサルタの頭上に、気品ある人物の声がかかる。
「女剣士よ、我の騎士とならぬか?」
「へ?」
カモネギ!?
いやいや、見ず知らずの人間にいきなり騎士になれとか声を掛けるとか。
この王子ボンクラなの!?
「我が名はグロウ・リメルダ。リメルティアの第三王子」
「わ、私はサルタです」
スパイを自ら引き入れるなんてねぇ。間抜けすぎない?
「えっと・・・」
サルタは少し考える。
スパイになるくらいなら良いけど、戦争の原因になるとかは御免こうむるんだよねぇ。
どううまく立ち回ろうかと考えていると。
「サルタよ、見ず知らずのお前をいきなり騎士に取り立てるなど、俺を滑稽な王子だと思うか?」
「えっ、いえっ、滅相もない」
グロウが、サルタを振り返って微笑む。
「今リメルティアは危機に瀕している。この国で唯一機神を持っていた第二王子が失脚し、この国の戦力はほぼなくなった。今は他国同士が牽制しあっている事で平穏無事だが、いずれはどこかの国に併呑される」
「そ、そんな事は」
サルタは発した言葉とは裏腹に(よく分かってるじゃん)と考えた。
「全く、名ばかりの貴族の騎士に機神を任せるからああなる。私は名よりも実を重んじる」
「だから私ですか」
「そうだ。しかし併呑されるにしても、パウ帝国だけは駄目だ、あそこの圧政は酷い。できればマゼルナがいい。――あの国は圧政を敷けば神の使いが降臨すると言われているだけあり、民に優しい。リメルダとは親戚筋にもなっているからな」
「なるほど。一応、民の事を考えているんですね」
「リメルダは、元はこの地にあった集落を護るために雇われた冒険者だった。それがいつしか人々を導くリーダーになり、王家となったに過ぎない。今でもリメルダはこの地の守護者なのだ。兄上――第二王子は血の意味を理解していなかったけれど」
「第三王子は、臆病者って聞いt――」
サルタは言いかけて、口を抑えた。
(―――しまっ)
「――も、申し訳ありません!」
「はっはっは! そうだとも、俺は臆病者だ。この命の意味が無為になるのだけは――何も成さないまま死ぬのだけは嫌だ。この命で、何かを護りたい」
「何かを護る――なるほど・・・です」
そこでサルタは言葉を切って、自分の心を覗く。
うん、間違ってない。これでいい。
「王子」
「なんだ?」
「私を、貴方の騎士にして下さい」
「ありがとうサルタ―――! ではこれより汝は、我の騎士だ!」
「お任せ下さい!」
「よし、俺の後ろに乗って付いてこい。振り落とされるなよ!!」
「はい!」
サルタは王子の手を取って、黒馬の背に飛び乗った。
(黒馬の王子様ってのも、悪くないかな)
「さて、オーガもおらんようなったし、畑仕事にもどんべ」
「んだんだ」
村人たちが村に帰っていく。
サルタが村人たちの背中に眼を映せば、彼らの向こうに黄金の絨毯。
ウブスナはいよいよ秋だ。稲の収穫の時期だ。
グロウが黄金の地平を望みながら、サルタに語りかける。
「サルタ、初めて会った日。俺はお前に言ったな」
「・・・何をですか?」
「何も護れないまま、死にたくないと」
「・・・はい」
「民はあの兄上と姉上が護るだろう――なら俺は、お前を護ろう。お前を護るために、この命を燃やし続けよう」
「グ・・・グロウ」
グロウが、戸惑うサルタの手を取り、賑やぐ黄金に向かって駆けていく。
「ゆこうサルタ!」
「はいっ、グロウ!」
二人はこの地で、幸せに暮らすだろう。
生きて、生きて、生き抜いていくのだ。
「スウに感謝しないとな・・・誰を殺すこともなく、こうしてサルタを護りながら生きていけるとは・・・・夢にも思わなかった」
グロウが星滲む青空を見上げた。
「そうですね・・・本当にありがとうね。スウちゃん!」
「この恩は忘れないぞ、学士スウ!」
笑顔を向けあった二人は、昼間でも白く浮かぶ星々を見ながら、もう二度と会うことも無いだろう、気弱そうな少女に感謝の念を向けた。
ここらで一度、更新を一休みさせてください。
すぐに再開します。
あとちょっと更新量も減らさせて下さい。
今の調子だと、ストックに迫りそうで、書き直しの猶予も欲しいのですみません><




