200話 西の森の開戦
三日後の夜、私達は準備をして、第三王子の私室に向かっていた。
すでに先触れは行ってもらっている。
隣国の大臣ダギシスになっている私と、護衛の騎士の姿になっているリッカとメープルちゃんと一緒だ。
変装時の二人の名前は、ランスロットとシンドバット。
どっちがどっちかは分かると思うけど一応、ランスロットがリッカで、シンドバットがメープルちゃん。
ランスロットが欠伸をしてから尋ねてくる。これから大事な交渉するっていうのにこの大物感はすごいな。
「スウがこういう事、率先してやるのって変な感じがするな」
私は前を向いたまま答える。
「隣国の都合に振り回され、殺し合わされる王様や王子があまりに不憫だから」
「まあ、気持ちは分かる。それに、スウは自分より他人に迷惑掛けられると怒るからなあ」
シンドバットが「ウンウン」と頷く。
「そういう所ありますよね」
私は、ちょっと首をふる。
「まあ気が狂ってるから・・・」
「いや、良いと思うぞ~。多分」
「でも、ご自愛下さいね」
なんて事を話していると、慌てて私達を迎えに来たサングラスを掛けた騎士さんと合流、部屋に案内される。
「ダギシス大臣はん、ごぶさたさん」
「久しぶりですな、ニクサ殿」
サングラスで目が見えないけど、なにか窺うような視線を向けられた気がする。
もしかしなくとも疑われてる?
「こっちどす」
「ああ」
「そういえば大臣はん。こだいだもろたウブスナの茶器いうの、ありがとさん。あのウブスナの――なん言はる鳥やったかな?」
これは、試されてるっぽい? ――私は〖サイコメトリー〗で一気にニクサという人の記憶を探る。
どこだ――茶器、茶器、茶器、――無くね?
――茶器なんて、ダギシスは渡してない。
私は首を傾げる。
「おや――妙ですな」
「どないしはりましたん?」
ニクサが振り返って、サングラスで読めない視線で私を見詰めてくる。
「私が贈ったのは、ハバールの短剣でガルダの彫刻が彫られた物だった気が。それもニクサどのにではなく、グロウ王子にですが」
一拍ほどの間があっただろうか。
ニクサという男性が、口元に手を当てて笑う。
「悪ふざけしてみてん、堪忍やで」
「ニクサ殿もお人が悪い」
「次は、あても贈り物ほしいわあ。ダギシスはん意地悪やから、言うてしもたん」
「はっはっは。それでは、次回は何か見繕っておきます」
「えろうおおきに。こっちどす」
とりあえず危機は去ったようだ。贈られてない物を持ち出すとか、完全に疑われてたじゃん。
〔ランスロット、この人の翻訳、京言葉に聴こえない?〕
〔聴こえる、公家みたいな言葉でも使ってるのかな?〕
〔なんだろうね〕
「王子はん。言わはれた人を、連れて来ましたで」
「入れ」
私はニクサさんに導かれ、グロウ王子の私室に入る。
グロウ王子は、手を軽く払うとニクサさんに告げる。
「お前は下がっていいぞ」
「ほな」
ニクサさんは軽く頭を下げて、部屋を出ていく。
扉が閉じると、私はフードを外す。
出てきた顔を見て、王子が破顔した。
「おおっこれはダギシス殿! よく来られました!!」
私は王子の満面の笑みに、こちらも満面の笑みで返す。
「突然の訪問申し訳ない。アーティファクトで飛んで参りました。事が完了したと聞き及びましてな!」
「はいっ、遂にやりました! 最大の懸念であったセーラを討ち取りました! あの女の実家の強さと言ったら本当に面倒で、なにせ我が国の二分の一もの勢力を誇っていたのですから。それに比べて我が方は四分の一以下」
「我が国とは、正に言い得て妙!!」
「はっはっは! 正しく!」
「よくぞ、そのお力で成し遂げましたな。グロウ王子のような人物を傑物と申すのでしょう!!」
〔なあシンドバット、これ本物のダギシスなんじゃないか? 怖いんだけど。どっかで入れ替わって無い?〕
〔私もちょっと怖くなってきた。私達、二重に騙されてないよね?〕
やめて、私も自分の言葉が嫌なんだから。
グロウ王子が吐き捨てるように謂う。
「これであの薄汚い血の第一王子には、最早手を差し伸べる者はなし。強力な軍事力の後ろ盾もない」
私は、ダギシスとして返す。
「最早第一王子を守る盾はないのですから、すでに王手。――あとは王をとるだけですな」
「はっはっは、愉快です。しかし現王の暗殺に失敗したのは、痛かったです」
「ご心配召されるな、ここまでくれば現王など何するものぞ。王子たちがすでに現王の権力はバラバラにしておるではないですか」
「セーラが死に、候爵の血が王家に関われない今、侯爵勢力も分裂を始めています。しばらくは奴等がこちらに手を出すこともないでしょう。しかし、何が起こるかは分かりませぬ。侯爵勢力が混乱している間に、できるだけ早く動いたほうが良いですな。すでにアンドリュー王子は実家に到着しているそうですし」
「よし、村一つしか領地を持たぬ男爵など、我が勢力の全てを以て――」「いやいや、それには及びません」
「ふむ・・・・なぜ?」
「相手は、小さな村を管轄するだけの男爵ですぞ。それほどの大軍勢を使う必要が、どこにありましょう。それよりも、小さな部隊で秘密裏に動いてアンドリューに感づかれる前に打ち取るのが、上策かと」
「なるほど、一理ありますね」
「更に、我軍も秘密裏に動かしましょう。そうして私が直々に軍を率います」
「なるほど、では私も出ましょうか。あのアンドリューにこのグロウのほうが上なのだと教えてやりたい。――ですが、しかしなぜ貴国が兵を? そこまでしてくださるので?」
「もちろん我が国マゼルナも、最後の最後くらい存在感くらいは見せておかねば、他の国々にリメルディアにマゼルナありと示しがつかんですからな」
「なるほど、ありがたい」
いいのか王子様、アンタを使ってリメルディアを傀儡国家にする宣言されてるんだけども。
まあ、そんな事分かっててこの簒奪を行おうとしてるんだろうけど。
「話は決まりましたな。では〝信用できる者だけを〟50騎ほど連れ、明後日コルドの森で落ち合いましょうぞ。合計100騎で村を落とすのです」
「承知した! やっと、やっと俺が生き残ることができる世の中になる」
◆◇Sight:3人称◇◆
グロウ王子は言われた通り、アンドリュー王子の故郷の村近くの森でダギシスとその手勢の到着を、今か今かと待っていた。
そこへ、騎馬に乗ったダギシスが悠々と現れた。
「おまたせしました。グロウどの! 今日は空の雲行きが怪しいですな」
「おおっ! これは、これは――確かに、嵐が来そうですな・・・・」
そこでグロウは訝しむ。
ダギシスの連れている者がおかしい。
ダギシスとの後には――馬車と、無数の兵。
50どころではない――1000はいるのではないだろうか。しかもリメルティアの旗を掲げている。
ダギシスが空を見上げた。
「まるでこの国の状態を暗示しているよう」
女性のような口調のダギシス。
「ダギシスどのその喋り方は? ・・・それに、その手勢は一体。約束とは違い、多すぎませぬか――それになぜリメルティアの旗を掲げて――」
ダギシスが馬を止める。グロウとの距離100メートルほど。
ふと、ダギシスの後の馬車から、一人の人物が降りてきた。
グロウはその人物に目を剥く。
「セ、セーラ!? き、貴様――何故、生きているんだ―――!? 」
さらに、別の馬車から引っ立てられて出てきたのは、セーラの暗殺に使った者。そして自分が抱き込んだ、父の主治医。
その後、父バルバロン王まで別の馬車から降りてきた。
ダギシスが手を掲げ、大喝するように声を張りあげる。
「グロウ・リメルダ!! 貴様を、セーラ様殺害未遂容疑、バルバロン様殺害未遂容疑、アンドリュー様殺害未遂容疑にて、捕縛する!! ゆけ、騎兵達よ!!」
「「「おおおおおおッ!!」」」
1000の騎兵達が、グロウとその手勢に襲いかかってくる。
その光景に血管に冷水でも流し込まれたかのように凍りついて動けないグロウの視界で、ダギシスの姿が揺れた。
今まで老人だった〝ソレ〟は、男装のうら若い少女になった。
それは、父の私室で見た――宮廷内で噂の的になっていた流れの学士スウだった。
「謀かったな!? 貴様、学士スウ!! 我を謀ったな!?」
狂ったように叫ぶグロウに向けられたスウの視線は、冷たくも悲しい瞳だった。
彼女は二、三度首を振って、何かを振るい去るようにして空に飛び上がった。文字通り飛び上がっている――上空にいる。
そうして、彼女は空から軍隊に命令し始める。
「右翼もう少し広く展開して下さい。敵が逃走しようとしています!」
更に疾駆してくる三つの影。
リッカ、ハクセン、メープルだ。
彼女たちはスキルを混ぜた凄まじい剣技で、前に出た騎士達を素早く圧倒し始める。
放たれる水の斬撃、大剣の攻撃を物ともしない防御力、上空からの弓による狙撃。
元々の技の腕も凄まじい立花家の女傑による、スキルを利用した戦い。
普通の騎士では、まともに太刀打ちも出来ない。
更に、氷の妖精族が騎士足元を氷で覆い、その動きを阻害してくる。みずきの放った水を利用していた。
さらにスウのニューゲーム1110の命中精度を活かした狙撃が、次々と兵士の腕や足に命中する。
弾丸はあっさりプレートメイルの鉄板を貫いて、兵を無力化していく。
グロウは歯ぎしりしながら、スウを指さした。
「落とせ、あの学士だけでも――何としても。弓兵!!」
グロウが叫ぶが、彼の配下の騎士がグロウの前に出る。
「お、お下がり下さいグロウ様!!」
「サルタ黙れ!! 俺を騙したあの学士だけでも――」
グロウに駆け寄ってきたのは、妖艶な美貌の女騎士サルタだった。
「王子、ここは一旦退いてくださいませ! あの流れの学士の持つアーティファクトは、何か様子がおかしい! 当たりすぎる! ――お、お乗り下さい!」
女性騎士が、馬の後を示す。
「サルタ、俺に恥を――」
「マゼルナの兵が、今国境近くに向かっているはずです!」
「なに!? なぜ・・・」
「私は――マゼルナともパイプがあります。グロウ様にもしもの事があった時の為に用意したパイプです」
「サルタ・・・お前?」
「ダギシスを名乗る者が現れたので怪しいと思って、本物のダギシスに連絡を送りました。『王子に接触したダキシスが偽物であれば、挙兵してください』と――そうして、やはり偽物だった。ならば、国境付近にダギシスが挙兵しているはず!」
サルタは連絡を送ったが、連絡に時間の掛かるこの世界では、三日で真偽の情報の行き来などできない。
ごく少数の通信機などは大きな砦などに配置サれているが、そこまでは二日ほど掛かる。
そこでサルタは、ダギシスに事の次第だけを伝える手紙を出した。
ただサルタの思いはともかく――マゼルナがグロウを守ろうとするのは、グロウの為などという慈悲の心ではない。
マゼルナの考えをサルタが、あえてグロウに伝える。
「グロウ王子こそは公爵の血を引く、リメルティアの正当なる後継者です。グロウ王子さえ生きていれば、リメルティアを必ずや取り戻せます。今は退いて御身をお守り下さい!」
要するにマゼルナは、たとえアンドリューが王になっても、グロウを正統後継者などと宣言し擁立して、大義名分の下に戦争を仕掛けようという腹積もりなのである。
これはAIのいう、大戦争の口火にもなる。
「しかし」
グロウがなおも否定しようとすると、サルタの悲痛な叫びが返ってきた。
「どうか、お逃げ下さい―――!!」
この叫びには、マゼルナの考えではない。サルタの〝まこと〟が籠もっていた。
だからグロウは、躊躇いながらも頷いた。
「あい分かった」
グロウは頷いて馬後方、サルタの後に跨る。
サルタが馬に鞭打った。
「はいやー!!」
駿馬を駆けさせるサルタ――だが、それを見逃すスウではない。
「グロウ王子が逃げます!! 彼を取り逃がせば戦争の口実を与えてしまう――なんとしても捕らえて下さい!!」
だが、グロウの手勢はたった50人とはいえ精鋭中の精鋭、簡単には王子を追わせない。
だからスウは、自分で王子を捕らえることに決めた。
拳銃状態のニューゲーム1110を〈時空倉庫の鍵〉から取り出して、よく狙って狙撃する。
スウは、馬が可哀想なのでスナイパーライフルではなく拳銃を選んだ。
というよりも距離が100メートル以内なら、量産品のスナイパーライフルより、ロイトの最高傑作であるニューゲーム1110の方が命中精度は良い。
「ごめんね、お馬さん。後で〖再生〗するから!!」
スウは馬の足に向かって弾丸を放つ。
流石のロイトの傑作品。違わず馬の太ももに吸い込まれていく――が、弾丸が弾かれた。
「なっ――バリア? スキル!?」
祝200話、行きました。
ありがたや!!! めでたや!!!
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