190 とんでもない大魔道士と出会います
「〖永久凍土〗」
声とともに、恐るべき冷気が私の上空に流れた。
視界が真っ白になるほどの、
ゾ――――――――――――――――――――――――――――――――――――
白い空気が流れて、やがて止む。
私が白い空気の向こうを視ると、古竜が上空にいた。
古竜は、ブレスを吐く姿勢のまま、真っ白に凍っている。
あ・・・あれが放たれてたら何人か死んでたかも。
真っ白に凍ったウィルムが、落下して砕けて消えた。
でも、そもそも
「なに・・・・なんで古竜が凍ったの?」
私は目の前の現象が一体何なのか理解できず、かすれる声をだした。
すると、念動力で持ち上げた女の子が答えを教えてくれた。
「これは、古代魔術・・・ですわ」
「え、これが―――量子――じゃなかった古代魔術・・・!? 威力おかしくない!?」
―――私の使う量子魔術とは、威力の桁が違う。
なにをどうしたら、〝あの〟量子魔術で、ここまでの威力を出せるの!?
私なんて、ほんの僅かな個体ヘリウムを作り出そうとしただけで意識を失いそうになったのに。
――いや・・・・個体ヘリウム作りは、流石にやっちゃ駄目なことだったのかもしれないけど。
にしたってこの威力は、ただ事ではない。
私が魔術を使ったとおぼしき人物の方向に目をやると、そこには水色の髪の男の子――いや女の子? 性別の分からない――私より随分下の年齢に視えるけど、あの子の耳は尖っているからエルフだろうか? だとしたら年齢も分からないかもしれない。
彼? が眠そうな目を私に向ける。
「いい反射神経。でも油断は禁物」
「す、すみません」
「無事で何より」
戦闘が終わったので、とりあえず私は安堵する。
ヴァンデルさん、トリテさん、バルムさんが駆け寄ってくる。
私は現れた謎の妖精族さんに頭を下げる。
「ありがとうございました。私はスウっていいます」
「ボクはティタティー。氷の妖精族」
氷の妖精族さんかあ――確かに、短い髪の色から、表情まで氷ってイメージの人だ。
私がどうやって量子魔術であの威力を出したのか尋ねたくて、口を開こうとすると、驚愕の声が後からした。
「ティタティーじゃと!? ――いや、こやつ本物のティタティーじゃ!! ・・・・血の色の瞳を持つ、氷の妖精族・・・・!!」
「なっ、あんたティタティーだと言うのか!?」
「ま、不味いヤツに会ったにゃ――!! 〝終わりの魔法使い〟ティタティー! 世界最凶の氷魔術使い!」
(えっ、〝不味いやつ〟とか、〝終わりの魔法使い〟とか言ってるけど、怖い人なの!? ――助けてくれたんだけど??)
ちょ、ちょっと〖第六感〗を使わせてもらおう。
(〖第六感〗!)
(お腹へった)
――・・・・なんで文章で返ってきたの?
なにこの人・・・・心がオープンすぎるとか?
全然怖そうじゃないけど。
むしろ間抜けというか・・・。
しかしヴァンデルさん、トリテさん、バルクさんがそれぞれに怯えの反応を示す。
「一人で一国を滅ぼしたという〝終わりの魔法使い〟」
「破壊を得意とする恐怖の氷魔術使いニャ・・・」
「かつて一国の軍をたった一人で相手取り、最後には、ティタティーに敵対した王が泣きながら土下座したという」
3人が後ずさっている。
ティタティーさんは静かに、後ずさる彼らを見詰めた後、踵を返した。
そうして森に向かって歩いていく。
まって、今のは〖第六感〗なんて使わなくても分かる。
あの子の表情は雪原みたいに静かで変化がないけど、心は多分、泣いてる!
でも、あの子は「3人の近くにいて迷惑を掛けたくもない」とも思ってる。だから何も言わず立ち去ろうとしている。
ボッチの私だから凄く分かる!
「ま、まって!」
私がティタティーさんの背中に声を掛けると、彼が振り返り首を傾げた。
えっと、なんて言ったら良いんだ。フル稼働しろ私の脳細胞、いつもみたいな話題振りの失敗するなよ??
「えっと、えっと――――――そうだ、ご飯! ご飯を、一緒に食べませんか!」
さっき、心のなかで(お腹へった)って言ってたし!
ティタティーさんは暫く目をしばたたかせた後、静かに頷いた。
「でも大丈夫かな。これで足りる?」
街までの帰路、ティタティーさんが革袋を懐から出して広げる。
そこには、古びて黒くなったらしい銀貨や、青くなった銅貨があった。
にしてもこんなに変色しちゃうと――通貨としての価値が下がってたりしないんだろうか。
「そんなに強いのに、お金あまり持ってないんですね」
「ボク、お金はあまりない。怖がられてるから。街に入りづらいからお金を手に入れられない。使うことも滅多にないし」
な・・・・なるほど。
「私が奢りますよ!」
「いいの?」
「はい!」
ティタティーさんが胸で拳をギュっとした。
なんかかわいいなこの生き物。
でも恐れられているって言ってたし、食堂に入るのは拒否されるかもしれないな。
冒険者のギルドの食堂使わせてもらおうかな。
露天とか有るのかな。あるなら私が買ってきて持って来るっていう手もあるけど。
あとで銀河連合でクレジットを金塊に替えてしまおう。3000万クレジット――3億円有るんだし。
なんなら国交が始まった今は、日本円もクレジットに替えられるからプラス1億くらいある。
リイムはとりあえずまたお留守番で、街の入口まで来ると、衛兵の人がティタティーさんを見て「ギョ」っとした。
「血の色の瞳の氷の妖精族・・・・お、終わりの魔法使いティタティー? ――」
ティタティーさんが悲しそうに俯いた。
「スウ。ボク・・・・やっぱり――」
「聴いて下さい衛兵さん!」
私は勢い込んで衛兵さんに語りかけた。
「私ウィルムを倒しに行ったんです!」
「おおっ、貴女が噂の勇者スウさんですか! あのウィルムを!? 見事討伐なさったのですか!?」
「はいっ! もう街道にウィルムの危機はありません!」
「なんと・・・先程出ていったばかりなのに、もう・・・」
「はい、すぐに倒せましたよ!」
衛兵さんが、私に欽慕の視線を向けてくる。
(よし)
「するとですよ! 油断しました――ウィルムは、もう一匹いたんです!」
「なんですって!? そんな報告は! 国が滅ぶような一大事じゃないですか!!」
「私も完全に油断していました。もう一匹いると感じたときには、さしもの私も死を覚悟しました」
衛兵さんが「ゴクリ」と硬い唾を飲み込む。
「その時です!」
私はジャーンという感じに、スポットライトの形に腕を広げてティタティーさんに向ける。
「現れたのが、ティタティーさんです! 私の危機、そして街や村の危機を察知したティタティーさんがもう一匹のウィルムを倒してしまいました! こうして私の危機も街や村の危機も、ティタティーさんの活躍で守られたのです!!」
私は街や村の危機をティタティーさんが救ったことを、とにかく強調した。
「な、なんと・・・・その様な事が・・・・」
衛兵さんが、恐る恐るティタティーさんを見る。
怯えは残っているけれど、少し尊敬する視線だった。
「話してみると、案外気さくな方ですよ、ティタティーさんは!」
「そ、そうですか・・・?」
「通っていいですか? 通行料とかいるんでしたっけ」
「冒険者の方は要りませんが―――」
衛兵さんが、チラリとティタティーさんを観る。その表情は、言うべきか言わないべきかという感じだ。
ティタティーさんが財布を取り出そうとするけど、あの変色した銀貨や銅貨なんだよね。
「銅貨10枚でしたね」
私はさっさと払ってしまう。
「確かに、どうぞ。英雄のお二人――あっと、一応冒険者カードを確認させて貰えませんか?」
「あ、はい」
私は四角い金属のプレートを、衛兵さんに渡す。
衛兵さんがプレートの裏表を確認していると、彼の顔がだんだん青ざめ、徐々に細動しはじめ――最後には歯を鳴らして震えた。
「び、敏捷402・・・スキル数・・・・何だこれは、何かの間違いじゃないのか?」
衛兵さんが、瞳に涙の滲を滲ませる。
「し、しかし正式な冒険者カードに間違いはない・・・・間違いにしたってここまで極端な間違いなど、有るはずがない――というかもう、終わりの魔法使いより、この人のほうが恐ろしいんじゃ・・・?」
「あー、っと、えっと、入っていいですか?」
私が尋ねると、衛兵さんが「ひぃ」っと一歩下がり、急激に直立に変化して敬礼した。
「どうぞ!」
「じゃ、じゃあ入ろうか。ティタティーさん、みなさん」
「・・・うん」
「おう」
「じゃな」
「ニャ」
みんなで街に入ると、ティタティーさんが後から早足で歩いてきて告げてくる。
「スウ・・・ありがとう」
「お金は一杯あるから気にしないで」
ティタティーさんが首をふる。
「庇ってくれて」
「ああ、間違った認識は正さないとね」
ティタティーさんが、俯いて呟く。
「うれしい、初めて友達ができた」
えっ――?
今、ティタティーさん、なんて言ったの?
と、友達って言わなかった?
友達・・・・なんだっけその言葉。
えっと、ともだちともだちともだち・・・。
って――あの、〝友〟に〝達〟ってかいて「ともだち」って読む、友達!?
私は一瞬立ち尽くした後、崩壊した。
「そ、そんなぁ、友達だなんてぇ―――デュフフフフフフゥ」
顔面を溶かして、体をナメクジの交尾が如く螺旋を描くように捻り回す私をみたティタティーさんが、怯えるように一歩後ずさった。
あ、不味い嫌われてはいけない!
「うん! 私達友達だね! これから宜しくね! えっと、ティタティーさ――ティタティー!」
「うん。スウ、宜しくね」
私とティタティーは、握手を交わした。
ちなみにヴァンデルさんとトリテさんとバルムさんは、私が螺旋を描き出した時点で、私からかなり距離を取った。
あっ、そうだ。
私は瞬間移動みたいにバルムさんに寄る。
「バルムさん。お願いがあるんです」
言うと、若干体をのけぞらせたバルムさんが返してくる。
「む――むむっ、ゴキじゃなかった――我が勇者どのの願いは無碍には出来ぬ。どんな願いでございますかな?」
「ティタティーの歌を作ってくれませんか? それもティタティーの優しさを強調するような」
「そ、それは―――待ってくだされっ。ワシは神に勇者の勲しを紡げと言われたのであって! シャミルの使徒の誉れは、自らの選んだ勇者を称える歌を世の中に知らしめる事であって! それも、あの終わりの魔法使いの歌をなどと――!」
いや、その勇者って神様を名乗ってるAIが選んだだけだし。
私はバルムさんからそっぽを向いて、頬を膨らます。
「じゃあもう、私の歌を作ることを許しません。同行もさせません。私が本気になったら私は貴方の前から、瞬く間に行方をくらませますよ?」
「そっ、そんな!! それだけはどうか! 我が魂の価値が無くなってしまう!」
「じゃあ作ってくれますね? ティタティーの歌も」
「しょ・・・承知いたしました」
苦虫を噛み潰したような顔で頷くバルムさん。
そこまで嫌な事なのか・・・・でもゴメン。これは譲れない。
すると、ティタティーだ。彼はバルムさんに向き直る。
表情筋が弱い彼は、
「無理はしなくていい」
と言って、無理やり唇の端を上げた。唇がピクピクしてる。
そんな言葉にバルムさんが驚愕したように目を見開く。
そして・・・・、
「そうか」
・・・・呟いて。
箱型のギターみたいなのを抱え、じゃらーんと鳴らした。
「まかせておけ、氷の妖精族の子! ワシの偉大な作詞と清らかな歌声で、お主の汚名なぞ瞬く間に洗い流してやるわ!」
「い、いいの?」
「カッカッカ! 子供が無理をするでない!」
「ありがとう・・・おじさま」
「うむっ」
あ、ティタティーの方が年下なのか。私にはどっちが年下とか年上とか全くわからない。
「二人共、何歳なの?」
私が尋ねると、ティタティーが自分を指差す。
「102歳」
「ワシは、一番脂の乗った150歳ですじゃ! 何を驚いているのであられる? まさか知らんのか・・・? ――我ら、妖精族の平均寿命は200歳前後ですじゃ。人間の4倍は生きる。しかも人間でいう第二次性徴は100歳前後じゃ」
まじか・・・・時の流れがぜんぜん違う。
さて、冒険者の店に入ると、一人の冒険者が私をみて「おおっ、勇者どのウィルムを退治して――」そこまで言って「ひぃぃぃぃぃぃ」と叫んだ。
他の冒険者もティタティーを見て、奇声を挙げている。
金切り声を挙げて泡を吹く女性冒険者までいた。
受付嬢さんも両手を広げて、背後の壁に背中を付けて震えている。
あまりの拒絶反応の激しさに、私は手短に衛兵さんに話したのと同じ様な内容をみなさんに話す。
すると、少し落ち着いた反応が返ってきた。
「・・・・な、なるほど、そうか」
「終わりの魔法使いによって、ウィルムの脅威が街や村から去ったのか」
「た、助かった・・・ぜ」
みなさん一応納得はしてくれたけれど、やはり怯えが止まない。
ティタティーが俯いている。
その肩は、酷く寂しそうだった。
すると、だ――恐怖に淀んだ空気を切り裂くように じゃらーん という音が酒場に鳴り響いた。
「〽氷のティタティー、炎のような瞳が睨むは、恐るべき竜の始祖――」
朗々と謳い上げられる、ティタティーの武勇伝。
優しさを強調するような歌詞で、さらにはティタティーのどこか愛嬌のある部分も語られた。
なんだか話が盛られているけど、ナイスバルムさん。
するとトリテさんが前に出て踊りだす。
情熱的なダンスで、先程の戦いを抽象的に表す。
即興でこんなに踊れるんだ? ・・・・すごい。
やがてヴァンデルさんが、曲の調子に乗せて手を叩きだした。
すると、酒場の人も手を叩き始める。
手を叩く人、樽の椅子を叩く人。
やがて歌が終了する。
「かくして二人の英雄は、友となり手を取り合った~♪」
バルムさんが歌い終えると、割れんばかりの拍手が巻き起こる。
酒場の冒険者たちが、口々に今の歌の感想を述べる。
「・・・なるほど」
「思っていたのとぜんぜん違うじゃないか」
「噂とも違う、なんだ・・・・ただの子供じゃないか」
バルムさんが歌っている間、ティタティーは俯いて杖を握ったまま微動だにしなかった。
恐らく、微動だに出来なかったのだろう。
しかし歌が終わりしばらくして、何かに気づいたように顔を上げると、バルムさんに向き直って頭を下げた。
「おじさま、ありがとう」
そんな風に告げると、さらなる拍手が酒場に巻き起こった。




