187 本物の冒険者ギルドを見つけます
◆◇Sight:鈴咲 涼姫◇◆
これは、夏休みの最後にあった短い出来事。
私は、ファンタジーみたいな世界になっている惑星ファンタシアに来ていた。
「たしかこの星はホムンクルスの人が、ほとんどなんだよね?」
私だけに聞こえる通信で、イルさんが教えてくれる。
『イエス、マイマスター。この惑星ファンタシアの人間はほぼホムンクルスです。一部、獣人としてアニマノイドが繁栄しています』
「3種族とはどう違うの?」
『ホムンクルスは、炭素などの合成で作り出された人間です』
「私達ヒトとは違うの?」
『種の起源を、海とするか、試験管とするかの違いだけです。学名はホモフェキオ「作られた人々」という意味です』
「要は、私達と変わらない人間なんだね」
『はい』
なぜファンタシアに来ているかと言うと、お姫様に「助けて欲しい」と呼ばれてやって来たのだ。――で、レッドドラゴンを倒してきた所。
ただいま時間は、お昼頃。
お城で褒美の金貨を受け取って、「脅威は去ったし、ファンタジー世界の見学でもして行くかあ」という感じで街を歩いていた。
「にしても、本当にファンタジー世界だねえ」
まるでスイスの首都ベルンみたいな、古い街並みが続いてる。
オレンジっぽい屋根に白い壁、可愛い街の大通りを歩いていると、「冒険者ギルド」と書かれた建物を見つけた。
「・・・冒険者ギルド」
凄い、本当に有るんだ?
でも、モンスターがいる世界ならこういうのが有ってもおかしくないか。
だけど冒険者ギルドだよ? 凄くない? ストライダーとかじゃなくて、直球に冒険者ギルド。
つまりこの星には、冒険者がいるってことだよね?
私は思わず感動して、窓から建物の中を覗いてみる。
(おおお! 鎧を着た戦士風の人とか、魔法使い風の人とか、ドワーフっぽい人とか、エルフっぽい人とかいる)
「この惑星にはエルフとか、ドワーフとかいるんだ?」
私の疑問の呟きに答えてくれる、イルさん。
『どうやらこの世界の神となったAIが作り出したようです。この惑星の環境を司っているテラフォーミングナノマシンに対して、強く感応する種族のようです。ちなみナノマシンはこの惑星では、精霊と呼ばれています。あの尖った耳の人々の種族名は森の妖精族エルフ、大地の妖精族ドワーフです。あとは草原の妖精族リリパットや、氷の妖精族フラウという種族もいるようです』
「なるほどねえ。お店に入ってみようかな――」
『お店に入るなど、マスターらしくない発言ですね』
「だって興味あるし。・・・冒険者ギルドだよ?」
異世界転生物をいっぱい読んできた日本人なら、入らずにはおれないでしょう。
って、受付嬢さんと目が合った。なんか微笑まれた。かわゆい。
私は光に引き寄せられる蛾のように、フラフラとお店に入っていく。
あゝ、そうか。燃え死ぬことが分かっているのに炎に引き寄せられる蛾ってこんな気持なのか。
ドアを開くと、楽しげな音楽が聞こえてきた。
羊の鳴き声のような笛の音に、可憐な虫の羽音のような弦を弾く音。
そしてリズムよく木を叩く音。
見れば、小さな笛を吹くエルフの女性に、和琴を小さくしたみたいなをの抱いてギターみたいに弾いているドワーフの男性。
そして樽を再利用しているらしい椅子の胴体を叩いている、私達人間と同じ様な見た目の人の姿が視えた。
さらに音楽を奏でる人々の前で、猫みたいな獣人の女性が、際どい衣装で扇情的な踊りを舞っている。彼女の近くの鉄のヘルメットには、沢山の銀貨や銅貨。
酒場はお昼時で満席。お客はジョッキを掲げ、肩を組み、みんなで何やら歌っていて、凄く楽しそうだ。
歌い方も、なんだか遠くまで届けと歌う感じ。
――本当にファンタジー世界の酒場に飛び込んだような光景に、私はしばし見惚れる。
私が3秒ほど固まっていると、受付嬢さんに声を掛けられた。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルド、エルパダの街支部へ」
「あ、よろしくお願いします」
私はペコリと頭を下げる。
「あはは、店員にお辞儀とは変わった人ですね。今日はどの様な御用でしょうか?」
「えっと、じゃあ、冒険者登録とか出来ますか?」
「もちろんです。では、スキルと能力値を見ますので、こちらの水晶に手をおいて下さい」
「はい」
私が水晶に手を置くと、ライオンみたいな見た目をした、一人の獣人の男性が笑った。
「ぶっはっは。おいおい、あの体で冒険者だって? 貴族のお嬢ちゃんか何か知らないが、この稼業を舐めてんのか?」
口は笑ってるけど、目が笑っていない。
彼の言う通り、運動をほとんどしない私の体は不健康そのもの。
腕とかぷにぷにだ。いかにもひ弱そう。
で、でもドラゴンに勝てるし、登録してもいいよね・・・?
できれば登録したい。冒険者とか日本人の憧れの職業No.1みたいなトコ有るし?
だけど「駄目なのかな」って思って。私がしょんぼりすると、踊っていた獣人の女性が、笑った男性を宥めてくれた。
「まあまあヴァンデルそう言うニャ、魔法使いかもしれないじゃないかニャ?」
「はあ? じゃあトリテ、あの馬鹿デカいハンマーは何だよ」
「つ、杖?」
「ぶっ、ぶはははははは! あんなデカい杖を使わないと魔法が使えないなんて、大した魔法使いだよ! ぶはははははは!」
笑った後、獣人の男性が急に真剣な顔になり、声を低くして唸るように言った。
「――嬢ちゃん、悪いこたぁ言わねぇ。帰ぇんな」
「そ、その――」
だよね、冒険者の厳しさとか全然分かってないし、単なる憧れとかで登録しようとしたら怒るよね。
「――すみません」
私は項垂れ、回れ右。
猫獣人さんが、ライオン獣人さんの頭を叩いて「ヴァンデル、お前は酷いやつニャ!」とか言ってくれてるけど。
多分あのライオン獣人さんは私の為思って言ってくれたんだし、申し訳ない。
私がギルドのドアに向かおうとすると、私の左腕がグイっと引かれた。
ビックリして振り返ると、受付嬢さんの目が見開かれ、首を振っていた。
悚然? とした様子で、唇を震わせている。
「だ、だ――」
すごくどもっている。彼女は喉が詰まって声が上手く出ないのか、つばを飲み込んでから言葉を続けた。
「――だめ・・・駄目です。あ、貴女を、帰すなんてとんでもない!!」
「とんでもない」という部分は最早、叫び声だった。
歌っていた酒場の人が「一斉に何事だ?」という顔で、私と受付嬢さんを交互に見た。
沢山の視線にさらされ、自己プロフィールに「苦手なもの:視線」と書けるレベルのコミュ症である私は、思わず顔を背ける。
「新人様! キ、ギルドマスターを呼んできます! 少々お待ちください!!」
〝新人様〟? 変じゃない? その呼称。
転びそうなほど慌てて奥に入った受付嬢さんの声が聞こえる。
「マスター! ギルマス! いいから、鉢植えの水やりとか後でやっときますから! つべこべ言わず来て下さい!」
ややあって、寝癖を掻く無精髭の男性が欠伸をしながら出てきた。
もう昼だったと思うけど、寝てたのかな。
「なんだカレン、お前はルーキーの登録も一人で出来ないポンコツに成り下がったのかよ」
「良いからギルマス! この水晶を視て下さい!!」
「いや・・・・だからお前は、さっきからなにを慌てて――」
水晶を見たギルマスが捻るように首をひねって、水晶を凝視しながら徐々に大きく目を見開いていく。
「――なっ!?」
大きな声を出した。
「ななな、なんだこのスキルの数は!? たった一つでも持っていれば、王家が放って置かないってのに1、2、3――幾つあるんだこれは――20!? 20って、そんな馬鹿な!? 世界最高にスキルを持っていた、かの勇者スムスですら5つだ。ほとんどの英雄が3つ以下だ。20ってのは、何なんだこの馬鹿げた数は!」
「それに、敏捷力も見て下さい!」
「び、敏捷力402!? なんだこれは、人間の数値じゃねぇ―――!!」
あれ?私の敏捷は300ちょっとの筈――私は雪花で自分の敏捷を調べてみる。
・・・・うん、330だ。――なんで? 計算方法が違うとか?
あいや、もしかしてステータスアップの分も加算されてる?
じゃあ筋力とか知力も、ちょっと高めに出てるのかな?
私が首を傾げていると、ライオンの獣人さんが、机を叩いて立ち上がった。
「水晶がおかしい! ――」
獣人さんが私を睨んでいる。
「――たまにある鑑定ミス、それだろう!」
ざわついていた酒場から、同意の声が聞こえてくる。
「確かに」
「鑑定ミスによる事故は怖いんだよな」
「勘違いしたルーキーが偶に死ぬし」
「それでも、ステータスも10前後高く出るだけだし、スキルも2、3個多く表示されるだけだがな――20ってミスは前代未聞だ」
ライオンの獣人さんが、ギルマスを睨む。
「お前も分かっているだろう、アイレイン。多めにスキルがされることは偶にある。が、ことごとくが、判定ミスだと。そもそもスキルとは戦いの中で手に入る物だ、そんな若い嬢ちゃんが持っているはずがない」
「そうだな。ヴァンデルの言うとおりだ。カレン、流石にこれは明らかに水晶の故障だ・・・・俺の時間を無駄にした事は不問にするが、二度とこんな馬鹿げた用件で俺を呼ぶな・・・眠たいんだこっちは」
「え、そうなのですか・・・・水晶の故障があるなんて知らなくて・・・・すみません」
受付嬢さんが辛そうに俯いた。
・・・・え、いや、私は確かにスキルを20個持ってるんだけど。
だから間違ってるのは受付嬢さんじゃないし。――故障があるりえるっていうのを教えるのはいいけどさ。
でも受付嬢さんがイレギュラーで謝るなら、怒ってる方もイレギュラーで謝るべきじゃないかな。今がまさにそのイレギュラーなんだよ、ギルドマスターって人や獣人さんも真実を知って謝るべきじゃないの?
「すみません、その水晶は間違ってません。事実です」
「ん?」「は?」
ライオン獣人さん、続いてギルマスさん疑問の声を挙げた。
酒場もざわつく。殆どは笑い――というか嘲笑だけど。
「私は、20個のスキルを所持しています」
私がギルマスさんに言った宣言に対して、反応したのはライオン獣人さんだ。彼は机に手のひらを叩きつけた。
音に反応して私が彼の方を視ると、山が動くようにゆっくりと立ち上がり始めるライオン獣人さんがいた。
「嬢ちゃん、わからないと思って、適当な事言っちゃなんねぇ。どうあっても20個はない。これはただの故障だ」
「いいえ、私は20個のスキルを持っています――」
受付嬢さんの名誉の為にも、断言する。
「――故障のことを知らないのは、確かに受付嬢さんのミスかもしれません。ですが今は、20個のスキルを持つ人間を知らない貴方たちがミスをしているのです。受付嬢さんに謝らせたなら、貴方方は受付嬢さんに謝るべきです」
「はっ!! 何言ってやがるんだ! じゃあその20個を見せて貰おうか! 嬢ちゃんみたいな人間が、1つすら持っている訳がない!」
獣人さんが突進してくる。
「〖念動力〗」
「んなにっ!?」
まず〖念動力〗で彼の突進を止めた。
「どうですか?」
「そ、そうか・・・・一つは持っているようだな。なんだ弱い弱いモンスターをたまたま倒して、スキルを手に入れたのか? 確かにそういう事はある。だが、お前は20個あると宣言したんだぞ!」
言いながらライオン獣人さんは、私の〖念動力〗の拘束から抜け出し始める。
すごい力だ。〖念動力μ〗でも押さえ切れない。
「〖超怪力〗」
私が次のスキルを使うと、男性の体が微動だにしなくなる。
「どうですか?」
「2個目か・・・・だが2個あるからどうした。ちゃんとアンタが冒険者として通用すると俺に示せ!」
獣人さんが、〖超怪力〗混じりの〖念動力〗から抜け出し始める。
・・・なんて力だ・・・・最早、人間とは思えない。
この惑星の冒険者っていうのは、ここまで凄いのか。
「・・・もっとスキルを見せろと言われても、今ここで意味のあるスキルは少ないんです」
「なら、俺の腹を全力で殴ってみろ!! お前の力がモンスターに通用すると見せてみろ!!」
流石にそれは不味くない? 私のパンチって結構ヤバイんだけど。




