173 フーリと江東の会社経営
◆◇Sight:三人称◇◆
フーリは、学校で思いついたアイデアが可能か江東に尋ねてみる。
「私達の依頼を、ストライダー協会に出せないかしら」
「私達の依頼を、ストライダー協会に!? ――またどんな妙な商売を思いついたんですか、沖小路専務」
「妙とは失礼ね。――思ったのよ、プレイヤーって、結構クレジットや勲功ポイントがゼロになる人がいるそうじゃない? 彼らを救済できないかって。そこで運送を手伝って貰えないかと」
「なるほど――つまり、バイトをしてくれる人を探しているのですね?」
「――まあそうよ。ほら、惑星ユニレウスが開放されて若干ゴールドラッシュじゃない? しかも近々首都まで開放されるとか」
「開放されるかは、プレイヤー達の頑張り次第なんですけどね」
「スズっちさんがいるんだから、開放されるわよ。――で、私達、スズっちさんにタンカーや航宙輸送艦を3隻も貰って、今こそ沖小路宇宙運輸の活躍のときなのよ。でも地球人じゃ宇宙での操舵に慣れてないし、だからってプレイヤーが欲しいのってバーサスフレームなのよね」
「ですね」
フーリが事務所の壁に掛かっている大型モニターを点ける。
画面の向こうでは、勲功ポイントが底を突いて、バーサスフレームもロストしたという配信者が、戦場の薬莢拾いに明け暮れていた。
「なのでクレジットを報酬にしても駄目だと思うのよ――で、私達に勲功ポイントを発行する手段はない」
「そこで、ストライダー協会を介そうという訳ですか?」
「だって連合市民の依頼も、ストライダー協会は受け付けているそうじゃない? なら私達の依頼も受け付けて貰えないかと思ったのよ」
「うーん、どうなんでしょうね」
「私達が駄目なら、命理ちゃんのから連合に頼んでもらうのも良いかも知れないわ」
「なるほど、彼女は連合の市民らしいですし・・・・可能かもしれませんね」
「いけそうなら命理ちゃんを、沖小路宇宙運輸の社員にしてしまいましょう」
「抜け目ないですねえ」
「で、タンカー等は私達の物を使ってもらえば、結構楽にプレイヤーに借金やバーサスフレームの買い戻し方法を提供できるはずよ。今のプレイヤーは、凄く大分危ないか、凄く効率の悪い方法でバーサスフレームを買い戻してるそうじゃない?」
「プレイヤーも助かって、我々も助かる。プレイヤーがバーサスフレームを買い直せれば、銀河連合も助かる――三方win-winですね。よし、早速ちょっとストライダー協会に行ってきます」
「頼むわ、桂利」
フーリが、涙目の配信者が映っていた画面を消した。
江東は上着を羽織ながら、フーリに尋ねる。
「あ、出張手当は」
「ただの外回りの距離――ではないけれど。時間――もなんだか可怪しいけれど、とにかく行ってきなさい。成功報酬くらいなら出すから」
「よしっ、行ってきます!」
「えっ、地球の方の依頼ですか!?」
江東がネズミの耳をした受付嬢に相談すると、彼女はかなり驚いたような表情で聞き返した。
「ちなみに、沖小路宇宙運輸は特別権限ストライダーの関係者です」
「そうですねえ・・・お話の内容はコチラにも悪くない――というか助かりますし・・・・分かりました、連合に連絡を入れてみます」
「お願いします」
そうして受付嬢はしばらく連合と通信をする。
「はい、ユタ中将――そうです。っこれなら安全にプレイヤーさんが、勲功ポイントを貯められます。確かに他のクエストがおろそかになると問題ですが、それほど人数のいるクエストにはならないようなので――はい。了解いたしました」
受付嬢が江東に向き直る。
「許可が出ました」
「おおっ、それはありがたい! ――では早速」
「はい」
こうして沖小路はフェイテルリンクの世界にまで乗り出し、プレイヤーの評判も良くなるのだった。
その後、地球人もストライダー協会から依頼を出せる事を知ったプレイヤーや、一般人も連合に依頼を出すようになるのだが、――それは少し先の話。
◆◇◆◇◆
「よし出来た」
夕方、江東 桂利がスーチャンネルの事務所でキーボードにフィニッシュブロウでも叩きつけるかのように、エンターキーを「ターン!!」とやったところで、沖小路 風凛が、入れたばかりの紅茶の香りを嗜みながら歩み寄ってきた。
ちなみに茶葉が缶に入っていて、英語ばかりが書かれている本場の高級ブランド紅茶である。
「何か、作っていたの?」
風凛は、江東の机の上にも、自分が飲んでいるものと同じ物が入ったカップを置いた。
「これは沖小路専務。ちょっとしたサイトなのですが」
言って上司にお礼をしながら、江東は紅茶を口にして「熱っち」となる。しかし紅茶の味は流石、完璧な出来栄えである。
「サイト?」
温かいものを飲んで、色っぽくため息を吐いた風凛の疑問に、桂利は説明する。
「FLのアイテムをやり取りするオークションサイトが有るのは、知っていますか?」
「ええ、もちろん」
「地球のオークションサイトは基本的に出品者が出したいものを出して、購入は目についた物を買う事になりますよね」
「基本そうよね」
「しかしFLに求められているのは、欲しいものを提案して、持っている人が提供する。交換サイトなのだと思うのです」
「ふむ」
「しかもFLのアイテムをやり取りするにも関わらず、どのサイトも地球のお金でしかやり取りが出来ない。もうFLの世界に住んでしまっている人もいるのに」
「確かに」
「そこで、銀河クレジットでもアイテムをやり取りできる、交換所を作ってみました」
「へえ、目の付け所がいいと思うわ」
「はい。必要な物を、必要な場所に届けるのが商売の基本ですからね。さらには、必要な機能があればこれからもどんどん追加していく予定ですよ。サイトの機能もまた、必要な物を作るって届けるの一部だと思うのです」
「そういう見方もあるわね。流石、わたしの見込んだ人間だけあるわ。わたしって凄いのよ」
「はは・・・そこでなのですが」
「そこで? ――なにかしら?」
「私は現在、スウチャンネルの裏方仕事に、沖小路宇宙運輸の相談役に、FLでの活動と――やることが多くてですね」
「ああ、確かに。業務の一部はなんだかスズっちさんに教えてもらった、訓練シミュレーターの時間が三倍の世界でやってるみたいだけれど」
「はい、そうなのです。しかし、このサイトの運営までしていたら流石に時間が足りなくなると思うのです」
「なるほど、そこでこのサイトを預けたいと?」
「そうです。スウチャンネルに預けたいと思うのです。スウさんの『交換所が有ればいいのになあ』という一言から生まれたサイトですので、スウチャンネルに。というか私は基本的にスウさんの為にこちらに来たので」
「ふむ――」
「しかし、沖小路運輸に商品を届けて貰いたいとも思っています」
「運営と運送を分割するの?」
「沖小路宇宙運輸はスウチャンネルの子会社ですし」
そうなのだった。スウが航宙タンカー等を渡しているので、譲渡の際に大きな株式がスウチャンネルに渡ってしまい、スウチャンネルは沖小路宇宙運輸の筆頭株主になっているのだ。
「それはそうね。まあ、じゃあ誰かを雇って管理運営は任せようかしら」
「会社の方針は――」
「いや、貴方が社長になって、方針を社員に伝えなさいよ」
「え」
「社長、やりなさいよ」
「あー・・・私が社長ですか」
風凛は、ティーカップの薄い縁に唇を当てながら「当然よ」という視線で頷いた。
「社長かあ――」
以前の会社で働いていた頃は、自分が社長になるなんて思いもしていなかった江東だった。
だから今も、そんな可能性を微塵も想像していなかった。
しかし、社長をやってみるのも一興と思い、江東は頷く。
「――やってみますか」
こうして江東も社長になり、スウチャンネルはスウの知らない所で勝手に儲けて益々隆盛を極め、スウに還元していくのだった。




