172 本気のドッグファイト
スウがフェアリーテイルの下の翼をパージ。
世の中には様々な戦闘機があるが、そんな戦闘機の主翼は――胴体の上部に有るものや、胴体の下部に有るものが存在する。
〝胴体の上部に主翼がある場合〟横転すると、『胴体を重力に逆らって、空気の力で持ち上げる形』になる。――つまり、重心を持ち上げる形になる
逆に〝胴体の下に主翼がある場合〟横転すると、『胴体は重力に任せて、倒れる形』になる。――こちらは、重心を振り下ろすか、重心を基準に回転できる。
持ち上げるより、倒れるほうが力はいらない。重心の位置も良い。
だから胴体の下に主翼がある場合、横転が容易になり空中での格闘戦に強くなる。
その代わり、主翼の下に胴体がある時は安定が良くなる。
助平が訝しがる。
『スウ、なぜ上の翼を残した。それでは運動性ではなく安定性のある形になったぞ』
『さて、何故でしょうね』
今、フェアリーテイルは主翼が上のみになったことで、安定性を手に入れた。
フェアリーテイルが、上昇しながらUターンを始める。
上昇を始めたフェアリーテイルだが、胴体上部に主翼があり、尾翼は胴体中央にある。
こうなると上にある主翼の生んだ気流が、下にある尾翼に若干当たる。
すると尾翼が、揚力やマイナスの揚力を得やすくなる。
今、大きなマイナスの揚力を得た尾翼が一気に沈み込み、フェアリーテイルに素早く半円の宙返りをさせた。
上昇からのUターンの途中である――半宙返りしたフェアリーテイルは、背面飛行状態だ。
背面飛行という事はフェアリーテイルの胴体は、主翼の上に来る。
翼の上下が入れ替わった。
そんなフェアリーテイルが、背面飛行状態を正常に戻すため横転する。
胴体が倒れ込む形で横転するので、フェアリーテイルが素早く回転して姿勢を戻す。
『なるほどな』
同じく上昇からのUターンをした助平が、納得した。
『背面飛行すれば、低翼機になるという訳か? それに、素早い上昇を狙っていたのか?』
ハンマーヘッドも、フェアリーテイルに向いていた。
『どうでしょうね。――にしても、またヘッドオンを挑むつもりですか・・・・』
スウが、苦々しい顔になる。
『危険なヘッドオンをするくらいなら――』
スウは、わざと後ろを見せて飛び始めた。
まるで尻尾を巻いて逃げているように視えるが、逆だ――あえて相手に有利を取らせる大胆な行為。
『スウ! 俺に後ろを取らせて勝てるとでも!?』
スウがハンマーヘッドに背後を取らせると、すぐさまフェアリーテイルのコックピット内にロックオンの警告が鳴り響いた。
『・・・来た』
『シールド、貰った!!』
飛んでくる大型ミサイル1機。
『・・・攻撃力の高い、大型タイプ』
スウがエンジンを一気に絞る。
さらに機体の腕を広げたりしながら、機体を減速させていく。
そうしてスウは、すぐさま左横転を始めた。
フェリーテイルのエンジンの熱を頼りに迫ってくるミサイルが、フェアリーテイルの噴射口に近づいてきた。
胴体の上に主翼がある機体には、もう一つ特徴がある。
飛行機は横転を行う際、左右にある主翼の揚力をコントロールして横転する。
つまり下げたい側の主翼の揚力を失わせ、上げたい側の揚力を増大させて横転するのだ。
今フェアリーテイルは左横転している――つまり左主翼を沈め、右主翼を持ち上げた。
この時、揚力を失った左の翼は風の抵抗力が弱くなり、揚力を得た右側の翼の方が風の抵抗が強くなる。
だから右の翼を軸に飛行機が、水平に回転をしようとする力が生まれる。
飛行機が、水平にカーブしだすのだ。
つまり、左に横転しようとしているのに、右に機首を振ろうとする力が生まれるのだ。
主翼の下に胴体がある高翼機は、横転が苦手だ――だから水平カーブが起こりやすい。
スウはこの水平カーブを利用することにした。
左横転を行いながら、水平カーブの力に逆らわないように機首を右に振りつつ、機首下げを行った。
さらに推力偏向ノズルや、ジャイロも使う。
するとフェアリーテイルが、慣性を無視したような急激なカーブをした。
だが、ミサイルはスウの様な急旋回などできない。
ミサイルは勢いが止められず、そのままフェアリーテイルとすれ違って遠くに消えていった。
リザードガングが叫ぶ。
『な、なんだよ今の躱し方!?』
スウが答える。
『噴射口受け流しですよ』
『受け流しって、ボクシングとか剣術の技だろうが!! そんなもんを噴射口でやるなよ、ふざけんな!!』
助平の顔の真剣さが増す。
『まさか、今ので終わらないとはな。逆・ヨーを利用してカーブしてくるとは思わなかったぞ――流石、俺の認めた女だ。だがどうやって俺の後ろを取るつもりだ?』
言ってから助平は、姿を消したミサイルが新たな目標を見つけて追わないように自爆させた。
スウは、さらなる本気を出そうとする。
『・・・・入れ―――ゾーン』
『変身か』
『違います』
瞳の光の消えたスウが、操縦桿を右斜後ろに引く。
左斜め上に上昇していくフェアリーテイル。
『スウ、お前の必殺技、ハイ・ヨーヨーか!! 俺に背後を与えたのは、ハイ・ヨーヨーさえすれば後ろを取り返せるという自信か!? ――だがこの佐々木 助平、ただのハイ・ヨーヨーに狩られるほど、甘くない!!』
言った助平だったが――助平は、スウのハイ・ヨーヨーがおかしな軌道を描いていることに気づく。
フェアリーテイルが背面飛行状態から、一気に沈み込んだ。
そうしてフェアリーテイルは瞬く間に地面に対して、逆立ちになったのだ。
フェアリーテイルは、お腹に猛烈な風を受けて、空中で刹那の停止。
『逆立ち・コブラだとぉ!?』
ハンマーヘッドの上で、逆立ちのコブラを行ったフェアリーテイル。
こんな相手、普通のパイロットにAIMで追えるわけがない。
(だが)と、リザードガングと、フロッグガングは思った。
(スケの腕なら当てられる――)
助平も十分当てられると踏んで、推力偏向ノズルを背中へ。急な旋回で照準の真ん中にスワローテイルを捉えようとした。
両者、コブラ機動で向かい合おうとする。
逆立ち・コブラと、直立・コブラのヘッドオン。
助平が、ニヤリと笑ってから叫ぶ。
「貰っ――、なに!?」
助平は〝取った〟と思った。――しかしスウはコブラの失速を利用し、新たな機動に入っていく。
だが、それを見た綺雪が悲鳴を上げる。
『スウさん、危ない!』
綺雪は青ざめた――なぜなら、スウが陥っている状態は綺雪がスウと初めて出会った日、事故を起こした時の自分の状態とそっくりだったからだ。
綺雪には(事故が起きる)―――そう思えたのだ。
だが、ちがう。
『綺雪ちゃん、大丈夫。事故みたいな動きでも、狙って出せて制御できるなら――それは空中戦機動になるんだよ!』
フェアリーテイルが、横向きに回転しながら落下していく。
まるで真上に投げたフリスビーが、回転しながら落ちてくるようにハンマーヘッドの隣をかすめていく。
助平が、スウのやったことに気づく。
無茶苦茶な機動だが、これは別にスウのオリジナルの機動とかではない。
『この機体に乗る俺に、その空中戦機動を使ってくのか―――スウ!』
助平が、野獣のような笑みになる。
スウが行った空中戦機動の名は、
『ハンマーヘッド・ターン!』
助平が叫んだ。
それはハンマーを振り下ろす時のような動きをする事から、ハンマーヘッド・ターンと呼ばれる空中戦機動。
助平が乗る機体の名前の元になった、空中戦機動。
失速・ターンとも呼ばれる、揚力を失った飛行機が落下していくのを利用した、危険な機動。
縦に回転しながら落下していく、フェアリーテイル。
さしもの助平も、すれ違うようにこの機動をされてはAIMが合わせられない。
『ぐっ』
助平が呻きながら、宙返りでフェアリーテイルの後ろに着き直そうとする。
しかし瞬く間に姿勢を取り戻したフェアリーテイルから、〈汎用バルカン〉の乱れ打ち。
スウの本当の恐ろしさは、多彩な空中戦機動よりも、むしろこの不安定からの回復の捷さにある。
これは、摩擦のない宇宙空間でも正確無比に動くほど繊細なコントロールができるスウだからこそ、なせる技だった。
スウが全力でAIMを合わせて、ハンマーヘッドを撃つ。
――だが、スウも必死だった。
(コブラとハンマーヘッドで、フェアリーテイルは完全に速度と高度を失った。スケさんの方が、高度と速度は上だ――ここで倒せなきゃ負ける!)
今倒しきらなければ、勝てる相手ではない。
しかしループ中であり背中を晒してしまってハンマーヘッドは、沈み込みや横滑りで躱す事もできず、シールドが砕かれた。
助平のAIが、告げる。
『助平、お主の負けであるぞ。カッカッカ』
ギリギリではあったが、勝負は決した。
かくして、二人は互いに通信ウィンドウを開いた。
ウィンドウ越しに互いに見つめ合う。
『俺の負けだ、スウ』
『私も危ない所でした』
『言うか、まだまだ余裕だっただろう』
『余裕はあんまり無かったですよ。最後にシールドを砕けなかったら、私の負けでしたから。――それに、助平さんがもっと良い機体に乗ってたら分かりませんでした。今回は私、かなりフェアリーテイルの性能に助けてもらいましたので』
『その性能も、自分でカスタムしたものだろう・・・大したものだぜ。流石、俺が認めた女』
『はは・・・』
『そうだな、俺は勲功ポイントを貯めてもっと良い機体を手に入れよう――今度15世代機も出るという噂もあるしな。その時はまた、手合わせ頼むぜ』
『はい、ぜひ!』
助平が、何かの仕草をした。まるで通信ウィンドウの下に腕を潜り込ませるような。
スウは気づく、〝握手だ〟と。
スウも同じ仕草をして、二人は通信ウィンドウ越しに熱い握手を交わした。
別れ際スウと助平は、戦闘機を並べて飛んで互いに手を振って、左右に散開して別れた。
(綺雪ちゃんが襲われていた時はヒヤヒヤしたけれど、結果的に良い出会いになったなあ)と思ったスウであった。
ちなみに後日、動画が綺雪に送られてきた。
リザードガングとフロッグガングがゲンコツを食らい、悶絶している動画だ。
中学生のアルゴはシリに張り手で勘弁してもらっていた。
その後リザードガングと、フロッグガングは「綺雪様ごめんなさい」と謝らせられながら、腹筋200回に挑戦させられていた。
中学生のアルゴは100回で勘弁してもらっていた。
ちなみにリザードガングと、フロッグガングは腹筋200回が終わった後「アルゴに攻撃したからさらに100回追加な」と言われ、絶望に凍るのだがそれは別の話。
綺雪には、善いお兄ちゃんができた。
助平は、そのカリスマ性で元PK達を纏めている漢である。
そんな漢が綺雪を「妹」と呼ぶようになって、綺雪に手を出す者は誰もいなくなった。
むしろ空挺師団第2小隊のアイドル的存在になって保護されるようになるのだが、それは少し先の話。




