171 助平な男
リザードガングと、フロッグガングが尻尾巻いて逃げ出した。
しかし・・・・
『お前、何をウチのクランメンバーに手を出しているんだ!』
「えっ」
『スケちゃん!』
『クランマスター!』
『ウチのクランメバーに手を出すって意味分かってるのか。このスケ――本名佐々木 助平を相手にするってことだぞ!』
どうやら、空挺師団第2小隊・紅蓮のクランマスターが来てしまったようだった。
(というか、えっ、なんでこの人いきなり本名を明かすの!?)と混乱するスウ。
「この佐々木 助平、逃げも隠れもしねぇ。どんな勝負からも逃げねぇから、どこからでも掛かってこい!」
あ、そういう事!? 逃げないから本名明かすのね!?
納得したスウは、慌てて否定する。
「あのっ、違います。このリザードガングって人と、フロッグガングって人が、先にウチのクランメンバーを襲ってたんです」
『そうです!』
スウと、綺雪の言葉に慌てだすリザードガングとフロッグガング。
『おっ、お前スウ、バラすな! スケちゃんにそんな事が知れたら!』
『何しやがんだ、オマエ!!』
とんでもない怒声が、通信から漏れる。
『なんだとトカゲ、カエル。あの人の言うことは本当かーーー!!』
『す、すみません!』
『ほ、本当ですーーー!』
「しかもお前、相手は女じゃねぇか! 後で鉄拳制裁だから覚悟しろーーー!」
『ヒッ―――。ス、スケちゃんの鉄拳はマジで鉄みたいだから、勘弁してくださいぃ!!』
(ちょ、ちょっと怖いけど、話は通じる人かな・・・)
スウが空挺師団第2小隊のクラマスは、まともそうな人で良かったと安堵していると、スケという人の機体――ハンマーヘッドのキャノピーが突然開いた。
〝空中で戦闘機のキャノピーを開ける〟などというのは、大変危険な行為だ。
パイロットが外に吹き飛ばされかねない。
戦闘機のコックピットと外気は、旅客機ほどの気圧の差はなくとも、それでも危険なことには変わりはない。
(全然まともじゃないぃぃぃ!)
とんでもない行動に、スウはドン引き。
でも、凄まじい突風も曝されているはずの佐々木 助平という男は微動だにしない。
微動だにしないで、コックピットに起立をしている。
やおら、佐々木 助平は頭を下げると、スウと綺雪のコックピットまで響くような大声で。
「すまなかったーーーーーー!」
と謝った。
突風の中で微動だにしないもの大概だが、コックピットまで貫通してくる大声というのも凄まじい。
この佐々木 助平という男のフィジカルの凄まじさが知れた。
(全然まともじゃないけど、悪い人では無さそう)
スウは思って返す。
『い、いえ、大丈夫ですよ! ――というか危ないので早くキャノピーを閉めて下さい!』
スウが返すと、頭を下げたまま助平が、
「ありがとーーーーーー!」
と叫んで、キャノピーを閉めた。
そうして通信ウィンドウを開いて、
『このトカゲとカエルの馬鹿二人は、俺が責任を持ってクランハウスへ連れて帰――』
助平はスウと綺雪の名前を呼ぶためにIDを確認、そして綺雪という名前に気づく。
『なんだ、綺雪という名前は本名か? だとしたらその綺雪も、逃げも隠れもしないって訳か』
すると綺雪が、手を顔の前でヒラヒラと振る。
『・・・いえ、そんな獰猛な生き方はしてません』
『違うのか、あと、そっち――ん!?』
助平が自分の隣を飛ぶ、スウの名前を見て驚愕する。
助平のハンマーヘッドが、急にハイ・ヨーヨーを開始する。左斜め上へ上昇しつつ、後ろに向かって旋回、背面飛行に入っていく。
異変に気付いたスウ。
何事かと思っているスウに、助平が謝る。
『スウ、突然、悪い、』
理解したスウが、インメルマンターンで対応。正面へ弧を描きながら上昇していく。
『悪いのは、重々承知で言う』
悪びれはあった。本当に悪いと思っている気持ちが籠もっていた。
だが、
『俺と戦え!!』
止められなかったのだ。最強を目の前にして、それに挑まずにはおれない――この助平という男は〝そう〟であった。
するとスウは、
『正々堂々な挑戦なら、受けますよッ!』
この言葉に、驚いたのは綺雪だ。
普段優しく温和なスウの言葉とは思えない、好戦的な言葉だった。
『う、受けるんですか!? スウさんが!?』
『え・・・・? うん。あっ、もしかして綺雪ちゃんって、私が試合とか嫌いなタイプだって思ってた?』
『・・・・はい、争い事は全部嫌いなのかと』
『綺雪ちゃん、私ってね。元・FPSプレイヤーなんだよ』
そう、スウだって元はFPSのトップ帯にいたプレイヤー。
〝せいくらべ〟が嫌いではないのだ。
『迷惑なのとか、殺し合いはゴメンだけど――私と戦える人との試合なら全然ウェルカム。助平さん、シールドが割られた方が負けでいいですか!?』
『応! 俺はスケ、本名佐々木 助平! ――クラン空挺師団第2小隊・紅蓮の頭を張ってる!』
『私はスウです。配信者やってます――本名は勘弁してください』
スウが何気なく言った先程の言葉に、綺雪が「ハッ」とする。
『〝私と戦える人〟? ――え、あの助平って言う人、スウさんと戦えるほど強いの!? ――変な名前なのに!?』
若干、かなり失礼な綺雪であった。
まず、スウがハンマーヘッドの背後を取る。
リザードガングが憎々しげに呟く。
『スケちゃん、無理だよ・・・フェアリーテイルと、初心者クエストで貰えるハンマーヘッドじゃ性能に差が有りすぎる』
『いくらスケくんの腕がクラン最強でも、フェアリーテイルの加速と旋回力、それに上昇力が相手じゃ勝負にならないよ・・・!』
リザードガングとフロッグガングの心配気な声に、助平は大声で返す。
『心配すんな―――!!』
助平がフェアリーテイルに向かって真っすぐ飛びながら、操縦桿から手を離して腕を組んだ。
『スウ、今から俺の得意技を見せる』
『と、得意技ですか』
『そう、必殺技と言っても良い。必ず殺す技と書いて、必殺技だ――スウを殺しはしないがフェアリーテイルのシールドには死んでもらう』
スウがゴクリと、硬いツバを飲む。
『スウ、お前の必殺技はなんだ』
『わ、私の必殺技ですか?』
(この人は、誰でも必殺技を一つは持っているみたいな調子だなあ)と、スウはちょっとたじろいだ。
スケが腕を組んだまま、前をまっすぐ見据えながら続ける。
『スウ、必殺技の一つくらいは持っておくべきだ』
『そ、そうなんですか? ――じゃあ、あえて言えば、〈励起翼〉でしょうか?』
『それはフェアリーテイルの必殺技であって、スウの必殺技ではない』
『え、じゃあ・・・必殺技ではないですが・・・・得意なのはハイ・ヨーヨーでしょうか』
『なるほど。確かに、お前のハイ・ヨーヨーは完璧だ。機体に掛かるGを限界にして上昇カーブからの背面飛行、そこからの高速の刺し込み。あのハイ・ヨーヨーから逃げられる奴は、そうそう居ないだろう』
『まあ、だいたい後ろを取れますね』
『そう、ドッグファイトは後ろを取るもの――だが、俺はもっと男らしいのが好きだ』
『え、まさか貴方の必殺技って・・・・』
『もちろん、真っ向勝負だ!』
ハンマーヘッドがフェアリーテイルの、真正面から突っ込んでくる。
『ちょ・・・・!』
本来、ヘッドオンは非常に危険な行為である。
相手を破壊しても、破片が飛んでくるのだから。
だから普通は、ヘッドオンは避けるものだ。
『こちらの機体の性能の足りなさは、ヘッドオンで補う!』
『正面から戦うことで、こっちの速度を利用するって訳ですか!?』
スウが〈汎用バルカン〉を連射する。
弾丸の速度、スウの戦闘機の速度、相手の戦闘機の速度――全てが合計されているのに、躱し切る助平。
助平からも弾丸が飛んでくるが、スウも躱し切る。
リザードガングが唖然とする。
『ヘッドオンの時の弾丸って、自分のと敵のが混ざって訳わからなくなるんだが・・・あの二人よく判別できるな・・・』
スウも、助平に感心する。
『避けますね・・・』
『そっちもな!』
スウが照準を僅かにずらした。
『ですが、芯を捉えた攻撃はどうしますか? ――回転する飛行機の中心を撃たれたら避けられませんよ。横滑りの機動でも、翼が広い飛行機だと躱しにくい!』
スウが〈汎用スナイパー〉で、ハンマーヘッドの芯を捉えた弾丸を放つ。
横転では躱せない一撃だ。
また、機首上げでも躱せない――機首上げは機首が持ち上がるのではなく、尾翼が沈むのだ。
機体の後ろが下がって、その後、機体全体が上昇していく。だから、飛行機の動きが弾丸の軌道に被ってしまう。
機首下げ――これも飛行機の尾翼が浮く動きだから、躱せない。
『ス、スケちゃん!!』
『当たる!!』
ところが、ハンマーヘッドの機体全体が急に沈み込んで、スウの弾丸を躱した。
スウの弾丸が、ハンマーヘッドの上をかすめて飛んでいく。
綺雪と、リザードガング、フロッグガングが驚愕に眼を見開く。
『え、なんで!?』
『な・・・なんだ今のスケちゃんの動き!!』
『か、躱した・・・? あんな動き、見たことない』
スウが種に気づく。
『スポイラーで躱しましたか』
PvP大会賞品である改造の時、スウもフェアリーテイルに追加注文したスポイラー。
スポイラーは揚力を失わせ、飛行機を沈み込ませる装置だ。
これと同時に全ての水平の動翼を上に上げれば、飛行機はかなり一気に沈み込む。
スウもまた、今助平が行った動きをするために、フェアリーテイルにスポイラーを追加注文した。
『あまり舐めるな、スウ!』
今度は助平が、ガトリングを放ち始める。こちらも芯を捉えた攻撃。
『なら私は――』
するとスウは、フェアリーテイルを左に横転。フェアリーテイルを横倒しにして、
『はいぃぃ!?』
『なんだよそれ!?』
『ちょちょちょ、なにやってんだ、スウは!?』
フェアリーテイルの動きに驚愕する綺雪、リザードガング、フロッグガング。
なぜならフェアリーテイルが横倒しのまま、左右に移動し始めたからだ。
横倒しのフェアリーテイルが、〝レレレ〟の動きをしている。
これは、今助平のやった躱し方の応用だった。
動翼を上げ下げして、左右に動いている。
スウが大型化した動翼たちの効果が、覿面に出ていた。
『やるな、スウ!』
『そちらこそ! ――ですが、』
スウが「ふふふ」と笑う。FPSで勝ち確になった時の表情だった。
『私にヘッドオンを挑んだのは間違いでしたね。この機体には〈励起翼〉があるんですよ――さっき私の必殺技だって言ったじゃないですか!』
フェアリーテイルの4枚の翼が輝き出す。
そして、フェアリーテイルとハンマーヘッドがすれ違う瞬間。
『その翼、貰いました!! ――シールドだけじゃ済まないかもしれませんが、良いですよね!!』
スウが叫び、2機が交差するようにすれ違った。
『えっ』
スウが相手の被害を確認するため後ろを振り返って、眼を丸くした。
ハンマーヘッドの翼は無事。翼どころかシールドすら破れていない。
『なんで・・・?』
するとリザードガングだった。
『スウが驚いてやがる。ザマァないぜ。スケちゃんは今、上下の二枚の翼の間に、ハンマーヘッドの翼を滑り込ませたんだよ』
『な―――っ』
(互いに物凄い高速で飛んでいるのに、すれ違う瞬間にそんな繊細な飛び方を・・・)
スウがもう一度後ろを振り返る。
(やはり・・・この人は、強い)
スウは、助平に宣言する。
『なら、翼をパージします。そうすればこちらの戦闘機の性能が変わります』
『変身か』
『違います』




