169 綺雪の危機
◆◇Sight:3人称◇◆
それは、ハイレーンの空で起こった。
綺雪は、何時ものようにスウに言われた練習メニューを青いスワローテイルでこなしていた。
今日は空中戦機動の横滑りの練習である。
「うーん・・・今のは右翼の風が回りすぎてたなあ。そろそろ電子制御を弱めようかなあ。でも、前進翼って本当に横に滑りやすいんだねぇ。でもこれってスピンしやすいって事だよね。不安定な機体ほど運動性が高いかあ・・・・スウさんは、よくこんな機体でAI補助を切ったまま飛べるなあ」
綺雪がコックピットで計器を見ながら呟いていると、近づいてきた戦闘機があった。ジェットタービンの真ん中から機首が伸びているような機体だ。プレイヤーIDは『アルゴ』とある。
アルゴが、綺雪に通信を入れてくる。
『スワローテイルとか、なにイキってんの(笑)』
どうやら初心者マークを付けたスワローテイルが、おかしな空戦機動をやっているので、からかってやろうと近づいてきたようだ。
近づいてくる機体から綺雪の眼の前に開かれたウィンドウに映ったのは、綺雪より年上の中学生くらいに見える少年の顔。
最近ではスワローテイルを使うプレイヤー = 実力もないのにスウの真似をする、勘違いプレイヤーと見られるようになっていた。
しかしこれは正しいようで、正しくない。
確かに、スワローテイルでスウの真似をするプレイヤーは多くなった。
実力がないのにスワローテイルを使い続けるプレイヤーも、居ることには居る。
だがほとんどのプレイヤーは、まずスウの使う機動などを実践してみようとして、宇宙や弾幕の中では出来ない事に気づいて諦める人間が三分の一。
そして機動ができたとして、命を掛けた実戦で使おうとして、それがあまりに危険で、現実的ではない事に気づいて諦めるのが、残りの内の半分。
残りの内の半分が、更に機動だけではスウの真似は出来ないことに気づいて諦め。
残りの内の半分の半分程度が、スワローテイルを及第点で扱えるようになる。
そして及第点で使えないけれどスワローテイルに乗り続ける人間――実力が無いのにスワローテイルを使い続ける人間は、スキルや改造で様々にスワローテイルの弱点を補い、もはや普通のスワローテイル使いとは別物のスワローテイル使いになっている。
シールドドローンやヒールドローンを駆使する人間が多いが、ヒールタンクを詰んでヒーラーになったり、バリアを搭載する改造を施したり、アカキバがやっていた、チョバム装甲で覆うしてしまう人間も少なくない。
そんな中、スウの真似をかなり完遂しているのは両手の指で数える程。
その1人がさくらで、その域に今もっとも近いのが――
綺雪は相手にしない。
こんな相手に自分の時間を消費するのが勿体ない、それよりスウさんに教えてもらった技を完璧にできるようになりたい。
「バーサスフレームは、地球の戦闘機には出来ない空戦機動が出来るんだよね。例えば今日教えてもらった〈励起翼〉を利用した反復横跳びみたいなやつ。――だけど油断しちゃいけない。スピンの危険がある――本来進むのに向かない方向に進むわけだから、風の感覚をもっと感じ取らないと危ないなあ」
『おい、無視かよ。つかその名前女だろ』
アルゴが無視されて、よりエスカレートした行動をしだした。
綺雪の戦闘機の後ろに張り付く、ジェットタービンの真ん中から機首が伸びているような機体。
綺雪は、ため息を吐きながら背後をみる。
(機体名は、KDー74カリンドロス? 一応あれもジョイント翼になるのかな? ――どんな角度に傾けても操作感変わらないから扱いやすそう。それに誘導抗力が起きないから揚力は得やすいのかな? でも機首上げとかどうやるんだろう。あと、あんな大きなタービンが右に回ってるから機体を右に傾けるのって、大変なんじゃないかな―――それから翼が輪っかだと、風を感じにくそう)
などと、綺雪は相手の機体の特徴を見抜いて評価を考えていた。
『テメェ、無視すんなよ! こっちは空挺師団第2小隊・紅蓮のクランに入ってんだぞ!』
(無視はしてないよ、相手にしてないだけ)
というか、相手にされないからってクランの威を借るとか、自分が注目にも値しない大したことない人間って宣言してるようなもんじゃん。
綺雪は、相手が年上でも、心根が小さいと思った人間に容赦しない。(体が大きいだけで心が小さいとか)などと蔑む。
「ダッサ」
綺雪が思わず呟くと、コックピットにけたたましく鳴り響いたのは、警告音。
(は――? こいつ、ロックオンしてきた!?)
急いで旋回を始めるスワローテイル。
『ぶはははははは! 躱そうとかビビってやんの!(笑) ――やっぱお前、女かよ(笑)』
水色のスワローテイルは円を描くように逃げるが、カリンドロスが追尾してくる。
『怖がりすぎ、逃げんなって。怖いならスワローテイルとか乗ってんじゃねーよ(笑)』
「無視してるんじゃなくて相手してなかっただけど。いいよ、相手してあげる。その小さな脳味噌だと自分が、私を相手にしちゃいけない人間って分からないみたいだから。分からせてあげるよ」
綺雪は右に旋回していたのを、急に左旋回に変える。
カリンドロスが苦手な旋回だ。
『ちょ、お前、なんで急に速く!!』
(こっちが速くなったんじゃないよ。アンタの機体が遅くなっただけ)
カリンドロスが、スワローテイルの急旋回に着いてこれない。
アルゴはアフターバーナーを噴かすが、アフターバーナーは速度が上がる機能であって、旋回力が上がる機能ではない。
むしろ旋回力は落ちる。
素早く旋回したいなら、速度は落とすべきなのである。
綺雪は(何をやっているんだ、アイツ)と溜め息を吐いた。
「そんなトイレットペーパーの芯みたいな翼じゃ、風は切れないでしょ」
そもそもと、綺雪は思う。
(あの飛行機は、安定感は有るかも知れない。だけど、小回りが効く機体じゃない。ピーキーな事ができないなら、玄人向けじゃない。素人向けだ)
『女でスワローテイルとか、雑魚のくせに!』
「その女の使うスワローテイルにも勝てないのは、どんな気持ち? あと、『雑魚などという魚は、いない』ってスウさんが、拳を構えながら言ってた」
『はあ? スウの配信でも見てたのかよ。つかスウ、拳構えてポーズとか相変わらずキモオタすぎ(笑)』
(あ。コイツ、スウさんを馬鹿にした・・・・)
綺雪は、カリンドロスのパイロットにお仕置きをすることに決めた。
彼女はスウに、幾つかドッグファイトのコツを教えてもらっているのだ。
綺雪は、スウとの会話を思い出す。
「綺雪ちゃん、戦闘機の戦いはねロジカルなんだよ」
「そうなんですか?」
「うん、考えられる時間が長いからね、考えてから行動ができる」
「弾除けは・・・?」
「あれは・・・・別。だけどドッグファイトを知らない人にはね、上昇旋回――つまり斜め上に向かって飛んで、一回転したら勝てるよ」
「一回転するだけで良いんですか?」
質問すると、スウが指を立て、指先を上昇させながら一回転させた。最後に指先を下降させる。
「こうやって回転しながら上昇して速度を緩め相手の後ろに周りつつ、相手に追い抜いてもらうのが大事」
「あー! なるほどです」
「でも強い相手にはバレルロールって言う手になる」
「バレルロールってなんですか?」
「上昇しながら横転するの。左右に軸がズレるから当てにくいんだよね」
「本当に、それでいいんですか?」
「うん。でも、ドッグファイトを分かってない相手にはとりあえず、上昇旋回って覚えてたらいい。さらに相手の描く軌道の円の内側を取れれば尚良し、こうなったらもう相手はこっちに攻撃ができない。特にスワローテイルは飛行機の中では旋回力抜群だからね。斜めに上昇して背面飛行に入るを繰り返せば、速度で負けてても、旋回性能でそのうち勝てる」
「そう言えば現代の戦闘機も、ドッグファイトが予想される機体は旋回力とか重要視されるって聞きました」
「そうそう。あと、戦闘機での近距離戦――つまり格闘戦が始まったらフラップを下げる。これ忘れないでね」
「フラップって離陸時に揚力を強くするための、離陸装置じゃないんですか?」
スウが首をふる。
「旅客機とかではそれでいいんだけど、戦闘機の格闘戦ではフラップは重要な武器だよ。速度の代わりに揚力をくれる、だから旋回力も高めてくれる。ドッグファイトで速度を緩める人がいるけど、フラップは速度を緩めつつ高さを溜めてくれるんだ。だから必要なときが来たら高さを一気に速度に変えられる」
「そんなにちがうんですか・・・?」
「うん、かなり違う。だってフラップって最大まで下げたら、横転に使う補助翼と同じくらい効果があるんだもん。スワローテイルでも、相手にフラップ下げられて、こっちが下げてないと性能で補いきれないからね。ただ、戦闘速度でフラップを下げすぎるとフラップが壊れるから、ほどほどにね」
「翼の奥にある小さな装置なのに、性能差をひっくり返すくらいなんですか」
「うん、だから軽視しちゃ駄目。――ただ、これらはドッグファイトを分かってない人に通用する戦い方だからね。分かってる人が相手だと、互いに上昇旋回をしちゃって、シザースっていう状態になったりするから。まあスワローテイルならシザースを、延々とやってれば後ろを取れるよ」
「なるほどです!」
カリンドロスに後ろを取られている綺雪は、スウの教えに従い、上昇して旋回。
それだけで、カリンドロスはスワローテイルを追い越してしまった。
瞬く間にカリンドロスの背後を取る、水色のスワローテイル。
ハイ・ヨーヨーすらいらない事に、呆れる綺雪。
カリンドロスのコックピット内が、警告音に包まれる。
『ロックオン!?』
「フォックス3、ファイア」
『お前、馬鹿やめ!!』
「ビビってやんの、ダサ」
『ウゼェぞ!!』
「煽り耐性低すぎ。ほら、空挺師団は戦闘機が得意な人が多いんでしょ。私の後ろを取り返してみなよ。出来るもんならね。でないとその機体壊すよ? 機体は壊してもBANされないし」
『空挺師団なめんな! ドッグファイトくらい、できるに決まってんだろ!』
しかしカリンドロスがどんな動きをしても、綺雪のスワローテイルの後ろを取り返せない。
そもそもカリンドロスのパイロットは、空中戦機動すら知らない。
綺雪の背後を取れない理由が、分からない。
もちろん綺雪はその理由を彼に教えてやる必要は無いと思うし、こんな人間に教えるのは危険だと感じるので教えない。
『なんでだよ、なんでお前を正面に捉えられないんだよ! どうやっても視界から消える!』
「私のお尻を追いかけてるだけだからだよ。アンタそんな腕で、あんな機動の練習してる人間を煽るとか馬鹿? スワローテイルでアレをやる難しさ、知らないの?」
『知るかよ!』
「そりゃあ、弱いわけだ」
前進翼は本当にバランスを失いやすい。――だからこそ面白い。
綺雪は思い浮かべる。スウが翼を操作して行う、フィギュアスケーターのような姿。
今自分がやっている単純な空中戦機動など、スウならあっさり破ってくる。
綺雪は、スウと何度か模擬戦をやったけれど勝てた試しがない。というよりも足元にも及ばない。
スウは機体のバランスの悪さまで、武器にするんだ。
綺雪はスウに、途方もない実力でやられる度に鳥肌が立つ、感動する。
自分もあんな風になりたい。
そしてスウの乗っていたスワローテイルという、この力強くも繊細で、速力と旋回に振り切った悍馬を乗りこなすのが、本当に楽しい。
しかし、綺雪がカリンドロス追い回していると、右側から飛んでくる二機の戦闘機があった。
彼らから通信が入る。
『なにウチのクラメンいぢめてくれちゃってんの? いぢめをする悪い子は、オシオキしちゃわないと』
『シャカイのヘーワのために~』
テーパー翼の機体。
機体の頭上に、プレイヤーIDがリザードガングと、フロッグガングと書いてある。
言いながらバルカン砲を撃ってくる、謎の二機。
「ほんとに撃ってきた!?」
綺雪が慌てて上空に避ける。
その様子にアルゴが嬉しそうにした。
『あ、先輩!』
どうやらアルゴと同じクランの先輩のようだ。
『セーギのミカタ参上~』
『さあ、アルゴ君、今のうちにニゲルンダ!』
スワローテイルを追ってくるガトリング弾。
綺雪は弾丸を錐揉み回転で躱すのが、まだスウ程は上手くない。
けれど綺雪は、スウに錐揉み回転を使わなくても弾丸を躱すコツも教えてもらっている。
殆どの機体は、機首振りが苦手だ。だからできる躱し方。
常に、相手の機体のサイドに回るように躱す。
もちろんこの時、自分は相手に戦闘機の背中や腹を晒すことになる。
通常、戦闘機の腹や背中を見せるのは、相手から見た的が大きくなるため危険だ。
けれど、機首振り旋回が苦手な機体相手なら苦手な方向に逃げれば、そもそも銃口が追いつかないので当てられない。
そして相手がこちらを素早く追うために戦闘機の姿勢を倒すなら、こちらは戦闘機の姿勢を水平に戻す。
こうして射線から逃れたら、相手が地面に縦になった瞬間、宙返りして背後を取る。
綺雪は相手が水平に飛んでいるので、まずは機体を横倒しにして相手のサイドに飛ぶ。
すると謎の二機がスワローテイルの移動を追う為に、ロール回転で機体を倒した。
瞬間スワローテイルは、姿勢を戻して上昇。
相手からは追いにくい上に、スワローテイルは横向きに見えていた。
謎の二機は的が小さくなったスワローテイルを、苦手な機首振り旋回で追う必要が出てきて、もはや当てられる訳が無くなる。
『お、なんだコイツ』
『誘いに乗るなよ』
しかしリザードガングと、フロッグガングは綺雪の誘いに乗るような容易な相手ではなかった。
というよりも、綺雪の手強さにすぐに気づいたようだ。
「この二人はカリンドロスのパイロットみたいに、間抜けじゃなさそう――それに相手がこっちより人数が多い、早く逃げないと」
『あのパイロット、ウザくね?』
リザードガングがいうと、フロッグガングがコックピットを蹴る音がした。
そして、フロッグガングは綺雪が驚くような行動を取る。
カリンドロスの方を向いたかと思うと、
『お前のせいだろ』
言って、ガトリングを連射。
『え、先輩――!?』
不意打ちをまともに食らって、瞬く間にカリンドロスが爆散。
幸いアルゴは脱出ワープに成功したようで、ワープの光が見えた。
しかし一歩間違えば、クランのメンバーを殺していた行為なのだ。
「な・・・・なにやってんのコイツら!? というか、なんでこんなイカれた奴らがプレイヤーになれてるの・・・銀河連合は審査してるんじゃないの!? シルフィなんか分かる!?」
『―――マイパートナー・・・・プレイヤー審査は合議なのよ、としか言えないわ』
「つまり、ああ言うプレイヤーでも欲しがってる人が居るってこと・・・?」
深い理由は分からないけど――とにかく今、自分の命の危険が迫っているのだという事は分かる。
ちゃんとした腕のプレイヤー二人相手に、初心者の自分が身を守れるのだろうか・・・とにかく逃げるしか無い。
「機体名は、両方ガディム? 今はテーパー翼に視えるけど、多分可変翼だ。複葉機状態のスワローテイルじゃ追いつかれそう」
綺雪は、シルフィの翼をパージして単葉機形態にする。
(あの翼回収できないよね――補充に勲功ポイントがいるのに・・・・でも、今はそれどころじゃない)
『お、単葉にして高速戦闘でもするきか?』
『ニュービーが、オッモシレー』
ガディム2機がアフターバーナーで加速しつつ、翼を動かしてデルタ型にする。
「やっぱり、あの機体も可変翼機なのか―――スウさんの好きなトムキャットみたいな感じ? ああいうの使う人って、飛行機の事分かってそうで怖いな・・・・とにかく戦う必要はないんだから、基地まで逃げよう!」




