167 アリスとみずきがバーサスフレームで試合します
◆◇Sight:鈴咲 涼姫◇◆
最近、湿地のロッジをよく訪れる人がいる。
「涼姫どの~」
「あ、結菜!」
インターハイ準決勝でアリスと凄い戦いを繰り広げた、白泉 結菜。
クラン〝空挺師団第3叢雲小隊〟のクラマスでもあるらしい。
毎日のように来るので、もうすっかり顔見知り。
結菜は、いつも通り右目だけを閉じて、着流しに左腕を着流しの中に入れている。懐手と言うらしい。
普通、懐手は刀を抜くのが遅れるので相手を舐めている時とかにするらしいんだけど。
でもよく見たら、結菜は何故か刀を右に差している。
そして懐手の左手が、ものすごく柄に近い場所に有る。
結菜は手が両利きだし、あれだとめちゃくちゃ早く刀を抜けそう。
舐めるどころか、常時戦闘態勢じゃんあんなの。
さらに右目を閉じているのは、聴覚や嗅覚を鋭敏にするためらしい。――怖いって立花流。
「お、涼姫どのは今日も農作業でござるか?」
立花流は怖いけど、結菜は怖くない人なので、私は軽口で返す。
「ござる~」
私は麦わら帽子に手ぬぐい、つなぎ、長靴という出で立ちでスコップを持ってロッジに戻ってきている。
私は汗を拭いながら、結菜に尋ねた。
「今日も稽古?」
「うむ。あの二人と戦うと強くなれるのでなあ」
「なら今日は、あの二人、多分VRではなく南の山でやりあってるよ」
「ほう、実戦形式でござるか! それは拙者も是非参加させてもらわねば!」
「じゃあ、案内するねー」
私は時空倉庫から、空飛ぶボードを取り出して結菜に渡す。
「ほう、この様な物をどこで?」
「ちょ、ちょっと秘密の場所で」
「ふむ――拙者だけが使って、大丈夫なのでござるか?」
「私〖飛行〗手に入れちゃって意味なくなっちゃったんだよね、それ」
「なるほど」
「じゃあ行こっか」
「うむ」
私と結菜は、空を飛んで南の山に向かった。
道すがら、〝空すがら〟かな?
結菜に話しかける。
「結菜はなんでマスターやってるの?」
「スウどのは、何故副マスターを?」
「マ、マスターやるのが嫌だから」
「・・・・なるほど。拙者は、空挺師団第1鋼小隊のマスターの考えに共感したからでござるな」
「どんな考え?」
「初期の頃、別のプレイヤーに襲いかかるプレイヤーが結構いたでござろう?」
「ご、ごめん・・・・全く知らない・・・」
「そういえば、スウどのはずっとシミュレーターに籠もっておったのでござるな」
はい、初期の外の世界を全く知りません。
「FLは、他人の戦闘機を壊してもお咎めが無いのでござる。それでFLが始まって1年経った頃に、PKのような物が流行って、結構困った状態になっていたのでござる。もちろん、プレイヤーに怪我させたり、殺してしまったら即BANなのでござるので、正確にはPKではないのでござるが、一方的に攻撃を開始したり、不意打ちをしたり――あの頃は本当にここをゲームみたいに思っているプレイヤーが多かったので」
PKっていうのはプレイヤーキラーの略称。つまりプレイヤーを殺すプレイヤーということ。
だだまあFLの場合、相手のバーサスフレームを壊すだけだったみたいだけど。
「―――それは危険だね。その頃にシミュレーターの外にいなくて良かった」
「ははは。PKもプレイヤーの命まで奪う気は無かったようでござるが、それでも誤って殺してしまうことがござった。その場合もちろんPKはBANでござるし、殺された側も生き返ってくる。死んでも傷が大したことがなければ、そこを回復するだけで済む。けれど空挺師団第1鋼小隊のマスターは、FLが始まってすぐに、プレイヤーの脳などを消し飛ばしてしまうことの恐ろしさに気づいて、PKみたいな事をしているプレイヤーから他のプレイヤーを守るクランを作ったでござる。それが空挺師団第1鋼小隊でござる」
「PKK・・・?」
PKKはプレイヤー・キラー・キラー。つまりPKを殺す人達。
FLでは本当に殺すんじゃないだろうけども。
「そうとも言えるでござるが、第1小隊のマスターはできるだけ攻撃は行わず被害者を逃がすことに徹しておったでござる」
「それは、すごい勇気だよね・・・・自分も危険なのに守りに徹するなんて」
「拙者もそう思ったでござる。しかしある日、第1小隊のマスターが守り切れず、とあるプレイヤーの体が消し飛んでしまい、守る方法では駄目だとマスターは思ったそうでござる。――そこで、方向転換をして危険な行為をするプレイヤーを取り込むクランを作ったらしいござる」
「そ、それも怖いね・・・」
「もちろん危険なので、第1小隊をメインにして同盟という形で沢山のクランを作ったでござる」
「そんなクランの一つが結菜のクラン、空挺師団第3小隊・叢雲隊?」
「そうでござる。ウチはPKを止めた人間やPKからPKKに宗旨変えした人間を受け付けているでござる。しかし問題が起きることもあるので、拙者の腕が欲しいと第1小隊のマスターに頼み込まれて、マスターを引き受けたのでござる。すると、何故か一般人まで拙者のクランに入ってきて、いつの間にかFL日本4大クランなどという規模になっていたんでござるな」
「怖い人が一杯入ってくるんだよね? ――怖くない?」
「いや、これが・・・・むしろ平和なんでござるよ・・・ウチにいるのは宗旨変えした人間なので、自分の過去を悔いている人間が多いのでござる。冗談では済まないことをしていたとPTSDを発症している人間までいるでござる。むしろPKからプレイヤーを守る時に、命を投げ捨てかねないほどの無鉄砲さを発揮する人間を諫める方が大変でござる」
「逆の意味で怖いね・・・」
話しながらしばらく進むと、全高16メートル程の巨人が二体にらみ合うように向かい合っているのが見えてきた。
ダーリン・インフィニティと、ショーグン・ゼロだ。
今日の得物は、ダーリンは洋風弓。
ショーグンは、大太刀を持っている。
リッカの弓は、普段使ってるものじゃないと思う。
そもそもリッカはMoB相手とかなら、レザーみたいな弓を使うんだけど、バーサスフレームに熱武器は通用しないから、あの弓は実弾系のはず。
いつの間に買ったんだろう?
ちなみに二人がVR外でやってる試合の勝ち負けの決し方は、相手のシールドを割った方が勝ち。
機体を壊すような怖いことはしない。
コックピットも絶対狙わないし。
そもそもほぼVRで対戦してて、こうしてリアルで戦うことが滅多にない。
私達が近くの崖に登ると、リッカに話しかけるアリスの声が聞こえてきた。
『おや? なんですかその武器は』
するとリッカが『カッカッカ』と笑いながら返す。
『アリスは遠距離苦手でしょ。遠距離ならわたしが有利!』
『小賢しい事を考えたみたいですけど。何を言ってるんでしょうか。私の機体は弾丸より速いのですよ』
『じゃあ掛かってきなよ』
アリスのショーグンが姿勢を低くすると、言葉通り弾丸なんか目じゃない速度で加速。
みずきがアリスのあまりの速度にビックリしたんだろう、VRが反応してショーグンがのけぞった。
『そんな速度で動いたらGが・・・!』
みずきは、言いながらも弓を構え始める。
ショーグンは改造で、スワローさん並の加速が可能となっている。
でも、みずきの言う通りGがやばい。
スワローさんもショーグンも宇宙空間なら、1秒で時速3000キロに達せる。
この時の重力加速度は、なんと84G。とんでもない。
もちろん重力制御装置でGは抑えられる。
――しかし標準で付属してくる重力制御装置じゃ、10分の1にしかならない。いや10分の1でも凄いことだけれど。
84Gを10分の1――つまり8.4G。
5Gも掛かれば、人間は意識を失う可能性が出てくる。
7Gにもなれば軍人さんでも耐えられる人間なんて、ごく僅か。
トップクラスのパイロットさん達でも、さらに訓練しないと耐えられない事がある。
なんなら、骨が折れる可能性まで出てくる。
10Gに耐えた人がいるらしいけど、当然普通じゃない。
それを8.4G。
超未来のパイロットスーツも有るから、一般人でも耐えられる人もいる。
でも、私には無理だった。
私は昔、検証と称して、スワローさんの最高加速を体感してみた事がある。その時に、見事に意識を失ってしまった。
アレは本当に命の危機だった。
機体の緊急制御装置が働いて、機体を制御してくれ無かったら死んでたと思う。
そうしてパイロットスーツの収縮で強制的に覚醒させてもらい、事なきを得た。
でもGが酷くて、操縦桿を動かすのも必死だったよ。
にしてもアリスは地上とは謂え、あんな加速をしながら、さらに加速中に地面を蹴ってジグザグに移動したりしている。
重力制御装置が無ければ、100Gを軽く超えてると思う。
でもアリスがあんな事を出来るのは、ショーグンに搭載された高級な重力制御装置と、パイロットスーツと、アリスの筋力。
そして何より大きいのは、彼女の持つスキル〖重力操作〗。
これらの合わせ技で、あんな高速戦闘が可能になっている。
そういえば、私やコハクさんたちが持ち帰ったパイロットスーツを改造したシルバーセンチネルを手に入れてからは、さらに加速するようになった気がする。
アリスは、瞬きする間もなくみずきに接敵。ダーリンが構えていた弓を、大太刀で弾き飛ばす。
みずきに弓を引く時間なんか、全く無い。
『ぐ―――っ、銃にすればよかった!』
『銃とかそんな物に当たるなら、ランカーになんかなれてませんよ。当てれても1、2発くらいじゃスワローさんのシールドすら破れません!』
「なんか流れ弾で、私の昔の愛機スワローさんがディスられている」
私が頬を膨らますと、結菜が笑った。
「まあ、スワローテイルは紙でござるからなあ」
納得するしか無いので、私は頬を膨らませたまま、眼の前の巨人の戦いに意識を戻す。
あの二人が剣道で戦うと、インターハイ以降も今だにみずきがアリスを圧倒する事が多いんだけど、バーサスフレーム戦になると、立場が完全に逆転する。
バーサスフレームの戦いで、みずきがアリスに「いい線行ってる」ってなる事は、10回に2回くらい。
みずきが勝ったのなんか、今までやった全ての試合を通してたった1回。
「しかし、本当にアリスどののバーサスフレーム捌きは凄まじいでござるなあ、人体の構造を利用して戦う拙者等の剣術では、なかなかああはいかんでござる」
「それでもやっぱりみずきや、結菜さんは滅茶苦茶強いですよ。みずきの成長速度とかおかしいレベルです。あの人、バーサスフレームに乗り始めて2ヶ月位しか経ってないんですから。もはや化け物」
「あのアリスどのが手も足も出ない、トップクラスの化け物の涼姫どのが、そういうのでござるか」
「私30000時間くらい戦闘機扱ってるんですよ―――期間だと12年ですよ、12年。バーサスフレームだけでも20000時間」
「まあ、拙者等も10年以上剣士をやっておるからなあ。バーサスフレームだけで20000時間というのはドン引きでござるが」
「アハハハハ・・・・」
みずきが、背中の大剣を取り出してアリスと打ち合う。
『やっぱり、人間みたいに関節が動かない!』
ちなみにみずきが使うバーサスフレームで姿を消す技は、アリスに全く通用しない。
生身ですら視えるようになってしまったアリスには、バーサスフレームではもう微塵も通用しないらしい。
『みずきの技は繊細すぎるんです! バーサスフレームならバーサスフレームの機能を活かすべきです。たとえば――』
アリスが腕を振ると、ショーグンの腕が外れる。
合体する際パーツになるのを利用して、外したらしい。
あの腕には合体の時につかう、姿勢制御用のマイクロスラスターが付いている。つまり小さなロケットエンジンが付いているんだ。
ミサイルみたいに飛んでいく、ショーグンの腕。
みずきは「ぎょ」っとしながらも、盾で受け止めるのは流石。
しかし、その間にアリスが地面スレスレにしゃがむ。
『消え――』
みずきがアリスを見失った。
『盾って便利ですけど、気をつけないと視界の邪魔過ぎませんか?』
みずきは西洋ファンタジーが大好きなので、慣れない武器や防具を使っている。
この辺りがみずきの成長を妨げているけど、本人が絶対変えたくないらしいから、誰も変えさせるつもりはない。
『さらに、反トルク――つまりタービンが回る方向と逆に機体が回ろうとする力があります! FLの足についているエンジンのタービンは左右で回転方向が違います。例えば、ショーグン右足は左回り。なら片足で立てば右に回る力が発生』
ショーグンが右足立ちになったことで、エンジンのタービンが回転する方向と逆――つまり右に機体が回ろうとする。
さらに左足のジェットの勢いで、独楽のように高速回転。
ショーグンが、ダーリンを足払いした。
転がるダーリン。
倒れたダーリンに降り注ぐ、アリスの大太刀の連撃。
みずきは立ち上がろうとするけど。
『〖重力操作〗』
ダーリンが、ガクンと揺れてなかなか立ち上がれない。
〖重力操作〗も、なかなかにチートスキルだからなあ。
『ズ、ズル』
『みずきは、本気でやらないと泣くじゃないですか――バーサスフレームには、人間に存在しない関節や、構造があります。それを利用し始めて、やっと猛者としてのスタートラインですよ』
容赦なく大太刀が振るわれる――アリスのショーグンの動きは、確かに人間なら曲がらない場所が曲がったり、おかしな曲がり方をしている。
猛烈な勢いと化した大太刀が叩きつけられて、ダーリンを覆うシールドが粉々になった。
ダーリンの機体から、AIの声で『姫、アリス殿の勝利であります』という声がした。
『うううう。勝てないぃ。前に1回勝ったのにぃ!』
『ふふ、調子に乗って現実で私に挑むのはまだまだ早いですよ。でも、みずきはバーサスフレームに乗って、たった二ヶ月程度なのに相当強くなってます。というか二ヶ月程度で何回も負けたら、トップランカーとしての私のプライドが粉々ですよ』
でもホントにみずきは化け物進化してるから、末恐ろしいよ。




