157 実力を試されます
推定ハンプティダンプティの仲間と対峙する、私達。
私の顔色が悪いのを見た、さくらくんが尋ねてくる。
「スウさん、ジャバウォックってなんですか? ジャバスクリプトみたいな?」
「んっと、鏡の国のアリスに出てくるキャラ。ハンプティダンプティと同じだから――仲間かも」
「帰ってもらおうか。ここのブラックボックスには、マザーMoBを作る方法が眠っている」
マザーMoBを作る方法とか、滅茶苦茶重要な情報じゃん。私達、そんなの取りに来てたの?
でも引く気はない。
「はいそうですかと、退くと思いますか?」
「退かぬか? ――お前は殺したくない」
「・・・・殺したくないなら、戦わないでおきましょうよ」
「だが退かぬなら、貰い受けようか」
「貰い受ける?」
老人が地を蹴る。
拳を大きく振り上げる。
「ちょっ――」
「その咎は、俺が負う! 〖スキルドレイン〗――〖再生〗を頂こう!」
ふぁ!? 〖スキルドレイン〗!? スキルを吸い取るスキルって事!? ――滅茶苦茶おっかない事言いだしたよ!?
〖再生〗は、絶対に奪われるわけには行かない!!
でももう老人は眼の前、躱せるタイミングじゃない。
「〖気合〗!」
老人の凄まじい大振り、さらになんか気合を入れてきた。真上から降ってくる拳。
私は、
〔〖超怪力〗〖怪力〗〖念動力〗〖空気砲〗〖前進〗〕
なんかヤバ気なんで、スキルてんこ盛り。
私もアッパーで拳を振り上げる。
もちろん拳同士をぶつけたりしない。そんな事したら、私の細腕じゃ関節が逝くし、多分スキルを取られる。
体全体に〖念動力〗のクッションを作って、更に拳の前にも〖念動力〗の膜と〖空気砲〗を被せた。
私の拳と、老人の拳がぶつかる(実際にはぶつかってないけど)。
すると、
ドォン
側に雷でも落ちたような――人間の体から出て良い音じゃない轟音が鳴り響いた。
そして建物全体を揺らす。
振動が治まると、私の足元がひび割れていた。
ちょ・・・・64mm機関銃でも無傷だった床がひび割れるって、この老人のパンチどうなってるの!?
「スウさんが、あんな音を鳴らすパンチを、パンチで受け止めましたぁ・・・!」
「とうとう肉体まで人間やめ始めたよ、あの娘・・・・」
「あの細腕のどこに、あんなパワーが・・・!?」
❝スウたんが、本当の化け物にぃ❞
違う違う、これはスキル――それも全開で受け止めたの。
というか私のスキルが出したパワーは、人体をマンションより高く飛び上がらせるようなエネルギーを遥かに超えてるんだよ、これ。
こんなパンチと拮抗してる、老人の方にビックリして。
「どうしても退かぬと言うなら、動けぬようにしてからスキルを奪おう。避けられるか? 〖エレクトロキネシス〗」
相手が電撃を放ってきた。
電気はほぼ光速で進む、そんなの流石に避けられない。
「!」
当たり前だけど、電撃が私に命中する。
「スウさん!」
「スウ!」
「スウさん!」
けど、なんとも無かった。パイロットスーツが弾いてしまった。焦げ目がパイロットスーツにちょっと付いたくらいだ。
「アリスウツすげぇ」
私が両手を広げアリスウツを眺めながら言うと、ライオンみたいな老人がニヤリと笑う。
「なるほどな」
「どうやら貴方の攻撃は、私には通用しないようですよ」
「そうかな?」
老人が両手を広げ、廊下中に電撃を放った。
私の周囲で雷撃が暴れまわって、私の身体も舐めていく。おしりの破れてるところを狙われたら、ちょっとヤバいけど、とりあえず大丈夫。
「効かないんですよ」
老人の余裕の笑みは変わらない。
ただまあコハクさんたちには危ないみたいなので、3人はすんごく遠くへ下がっている。有り難い。
老人が急に何やら説明を開始する。
「雷が落ちる時には、周囲の空気がイオン化する」
「急になんですか? ・・・・知ってますが」
「水分子は電気を通さない絶縁体だが、イオン化すると電気を通しやすくなる。例えば水分子が電気を受けると、酸素と水素に分離する。――俺は今電撃をコントロールしてこの現象を起こした」
「それも知ってます。イオン化は学校で習ったんで」
水に電気を流して、水素と酸素を分離した電池をつくった。
――にしてもなんかおしりの上が急にひんやりしてる。なんでだろう、周囲の気温が下がってる?
「お前の周りは今、酸素と水素のガスで満たされている。パイロットスーツで匂いも温度も分からんだろうが、さて」
「いやというか、酸素と水素なんか分離してもすぐ結合するのが普通じゃないんですか? どんなコントロールしたんですか!?」
「〖気合〗」
「気合でそんなことしちゃ駄目だと思うんですが!」
――そこで、私は老人がやろうとしていることに気づいた
いまここは、湿度がめちゃくちゃ高い。
そんな中で、水分が酸素と水素に分離された。――酸素と水素は結合しやすい。この2つの結合はあまりに早くて激しくて――、
「〖飛行〗!!」
私は急いで後ろに下がる。
老人が強烈な電撃を放つ。
あの電撃がきっかけになって、今から酸素と水素が再び結合するんだろう。なら、
「!」
目も眩むような白熱する爆発がおきた。
❝スウたん大丈夫か!?❞
爆発が狭い廊下に広がり、圧力のせいで起きた爆轟を、私は身体にモロに受けて吹き飛ばされた。
床をバウンドするように転がって、滑ってさくらくんに受け止められる。
「だ、大丈夫ですか、スウさん!!」
「足の骨が・・・・折れたみたい。――薬液のお陰で、痛みはないんだけど」
❝スウたんが酷いダメージ受けた・・・・❞
❝ヤベェって、なんだよあのジーさん❞
❝足が折れたって大変じゃん❞
「いえ、大変ではないんですよ〖再生〗」
❝あ、そっか〖再生〗か❞
「しぶとい奴め。しかし今の爆発でその程度とは、そのパイロットスーツはずいぶんと強靭だな」
「友達の愛が籠もってますので」
「だが、ヘッドギアにヒビが入っているぞ――一酸化炭素には耐えられるかな」
「いや、私〖毒無効〗なんです」
ライオンみたいなおじいさんが、おでこに手を当てて笑う。
「カッカッカ。お前は無敵か? 気が変わった。お前の力を見てみたい」
「なんですかそのバトル漫画みたいなセリフ。少年漫画に帰ってくれませんか!?」
老人が後ろに下がると、窓の外の景色が動き出した。
前方に流れていく――いや、部屋が動いている?
この建物、外観が細かいルービックキューブみたいな見た目だったけど、本当にルービックキューブみたいに動くの!?
驚いていると、瞬く間に私達の居た場所が大きな広間になった。
そして、老人が手をかざす。
「〖召喚〗」
「また、ヤバイ気がする!」
さっきから嫌な予感がしっぱなしだ。
巨大なゲートが開いて、中から出てきたのは――〈アトラス〉だった。
『マイマスター、難易度〈発狂〉レベルの〈アトラス〉です』
え、〈発狂〉!?
それは本当に不味い!!
老人がアトラスの肩に当たるような位置に立って腕を組み、私に告げる。
「さあ、スウよ。お前が本当にアイリスを笑顔にできるのか、俺に見せてくれ」
アイリスさんを・・・・笑顔に? この人はアイリスさんを笑顔にしたいの?
――そういう事ならいいよ、見せてあげる。
❝おい、〈発狂〉って――!!❞
❝つか、バーサスフレーム無しで〈アトラス〉とかどうすんだよ!!❞
私はコハクさん、リあンさん、さくらくんを〖念動力〗で有無を言わさず、バーサスフレーム用の時空倉庫に放り込む。
「ス、スウ!?」
「え・・・・どうするつもりですか!」
「相手、〈発狂アトラス〉ですよ――!?」
時間が止まってるから声が消えた。ちゃんと生きている人を入れても大丈夫なのは確認済み。
私は、シールドドローンの2人と、64mm機関銃と、162mmキャノンを取り出して時空倉庫を閉じさせてもらう。
悪いけど、3人は邪魔になる。
最悪この私が死んでも、配信を見た誰かか、コピーの私が3人を助けに来るだろう。
『母様!!』
『よんだでありますか母上!!』
「行くよ二人共」
『応よ!』
『承知であります!』
右腕の側に機関銃、左腕の側に162mmキャノンを念動力で浮かべた。
「〖飛行〗〖前進〗!」
宙に浮き始めた〈アトラス〉に対して、私も光の翼で浮かび上がる。
弾幕を放ち始める〈アトラス〉。
大丈夫、弾幕の動きはVRと同じだ。
〈アトラス〉にランダム性はない。
なら負けない。
「入れ――ゾーン」
私は、機関銃を連射しながら弾幕を躱していく。
〖飛行〗持っててよかった。〖念動力〗の飛翔じゃ、こんなに複雑な飛び方は出来なかった。
アトラスならパターンさえ覚えれば、知ってる迷路の路を歩くような物だ、被弾しない。
❝生身で〈発狂アトラス〉――行けるのか? 脳の強化無しだろ?❞
❝でも、マジで躱してるよ、この子❞
❝スワローテイルより、生身のほうが小さいから避けやすいのかも❞
❝しかし生身だと、弾幕にかすっただけで終わりだぞ❞
❝スウたん、頑張ってくれ!!❞
❝死なないでくれ!!❞
162mmキャノンを、〈アトラス〉に隙を見つけて打ち込んでいく。
〈アトラス〉が怯む。
❝いけるか? にしても――光の粒が尾を引いて弾幕の間を回転しながら縫う姿が、本当にフェアリーみたいだ❞
やめてフェアリーとか呼ぶの、集中力乱れるから本当に。
❝ティンカースウだ❞
本当に止めて・・・!
というか老人が立っている肩みたいな場所って弾幕来ないみたいだから、反対側の肩に張り付けば弾幕が来ないんじゃ・・・・なんて〈アトラス〉の左肩にあたる場所をみたんだけど、老人が銃を出してサイドに構えた。
ズルは駄目らしい。
前にゴブリンに銃で撃たれた時、弾丸が貫通はしなかったけどめり込んだからなあ。
しかしここで、私は根本的に油断していた事に気付かされる。
自分が生身だという事、つまりバーサスフレームでは来ないはずの攻撃が、今は来る可能性を失念していた。
背筋がヒヤリとした。〖第六感〗に警告。
〈アトラス〉が私の方向を向いた。
胴体のような場所の真ん中が裂けて――レンズのような物が出現。
レンズ――ここで気づく。
――そうか、今の私には黒体塗料がない!!
私は必死でレンズの射線を回避。
放たれる閃光。
やっぱりレーザーだった。
いまのレーザーは躱せた――でもアトラスの弾幕を躱す安全ルートを外れてしまった――言ってみたら、迷路の路を間違ったようなもの。
弾幕は迷路のようなものだ。
パターンが有る迷路だから、正解ルートを進めば問題ない。だけど、いま私が居るのは不正解ルート。
そして、私の入ってしまった路は――。
❝やばい、弾幕にぶつかる!!❞
(しくじった――!!)
『母上!!』
間一髪――リンクスがシールドで、私にぶつかりかけた弾幕を消してくれる。
「あ、有難うリンクス!」
今のは相当危なかった、消し炭になる所だった。
でも、助かればピンチがチャンスになった。
私は、〈アトラス〉に向き直る。
「脆そうじゃん―――そこ!!」
162mmキャノンで、晒してくれたレンズを砲撃。
弱点でしょ、そこ。
「やっぱり、ね―――!」
軽々と砕ける、レンズ。
私は、空気抵抗を減らせる姿勢――腕を下げた姿勢で弾幕を躱しながら〈アトラス〉に接近。
両腕付近に浮かべた二本の武器を、レンズの砕けた場所に突っ込む。
ゼロ距離から一斉掃射。
「――っけぇぇぇ!!」
巨大な太鼓を打ち鳴らすような音が〈アトラス〉の中から響いて、私のお腹の底にまで響く。
弾丸が打ち込まれる度、膨れ上がっていく〈アトラス〉の体。
爆炎と煙が、広間に立ち込めていく。
〈アトラス〉の弾幕が来る度一旦離れて、再びヤツのレンズがあった場所に砲身を突っ込んで打ち込むを繰り返す。
するとやがて〈アトラス〉の弾幕が止んだ。
――そして〈アトラス〉は、ジルコンみたいになって、粉々に砕け散る。
『〈発狂〉アトラスを撃退しました。50万銀河クレジットと100万勲功ポイントを手に入れました』
「おお、流石〈発狂〉の報酬は高い」
もうクレジットとポイントの価値はちゃんと理解してるから、この報酬が凄いことは分かる。
❝この子、生身で〈発狂〉アトラスを撃墜しちゃったよ―――❞
❝生身でバーサスフレーム並の戦闘力の人間って・・・・❞
❝――それも〈発狂〉相手だぜ❞
❝・・・・下手なパイロットが乗ったバーサスフレームだと、スウたん生身で勝っちゃう・・・❞
いや、FLはプレイヤー同士で戦わないから。
・・・多分。
『マイマスター、印石が出現したようです』
「え、なに?」
『〈黄金律〉です』
「あー・・・・そう来るのか」
デスロードに出てきたのと同じ敵から〈黄金律〉が出てきた――という事はもしかして〈奇跡〉を出すのって、〈発狂〉ヴィーナス?
〈発狂〉ヴィーナスかあ・・・戦いたくはないな・・・・フェアリーさんに乗っても、30回に1回くらいしか勝てないからなあ。
〈アトラス〉が砕け散り、老人は腕を組んだままトンボを切って床に立った。
なんか立ち姿がスラっとしててカッコイイ。
「―――ほう・・・〈発狂〉アトラスを、まさか今のを生身で退けるとはな。お前なら、本当にアイリスを笑顔に出来るかもしれんな・・・・。また会おう」
「できれば、もう会いたくないです」
「〖召喚〗」老人の足元にゲートが開いて、老人はその中に消えた。
追っかけたら駄目だよね。あのゲート入っちゃ不味いと思うし。
どこに跳ぶかもわからないのに、飛んだ場所で無数のMoBが「いらっしゃーい」なんて洒落にならない。
❝スウたん追わないの?❞
❝いやいや危ないって❞
❝チャンスじゃん、逃すの?❞
やっぱ、追うべきって思う人もいるよね。
でもアニメや漫画でもよく言うからなあ「深追いは無しだ」って。
「ふ、深追いはなしです!」
❝さすがオタク。きちんと戦記物を履修しておる❞
「任せて下さい、戦記物は大好物です」
って、3人を出さないと。
私は時間の止まった倉庫の中から3人を出す。そして探索を再開した。




