135 はしゃぎます
インドア派の私は、山登りなんて流石に勘弁してほしいので、なんとか川遊びにしてもらった。
で、比較的安全な流れの場所でアリスに渡された水着に着替える。
――というか、これフェアリーテイルの撮影に使った水着じゃないか。
緑色の、どこから買ってきたんだっていう際どいビキニ。
わたしの水着はこれしかないし、仕方なく着てから「なんでアリスが、これを持ってるの?」と、首を傾げた。
まあ二人に見せるなら、どんだけ際どい水着でもノープロブレム。
ちなみにアリスの水着が他に何着かあったけど、私には入らない。
胸のサイズがほら、・・・ね?
なんて失礼なことを思っていると、アリスの声が後ろからした。
「じゃあ配信始めますねー」
「ふぁ!?」
私は後ろでカメラの準備をするとかいう凶行を開始したアリスを、羽交い締めにする。
「お主は何を、血迷っておるのじゃ!!」
「え、スウさんも配信するでしょう?」
「するわけなかろう! 拙者は今、水着姿でござるぞ!」
アリスは「えっ、なんでしないんですか」という本気の疑問の表情。
まあ貴女は、人前に水着で出るのが仕事ですもんね!?
私がアリスの暴挙を止めていると、背後から声がした。
「こんリッカー。配信開始しました~」
「こっちにも危険人物がおった!」
私がリッカを羽交い締めにすると、景色が回って河に叩き込まれた。
「ぶくぶくぶく」(忘れてた。このチビ、大男を片手で投げ飛ばすんだった)。しかも襲いかかると、無我の境地で投げてくるんだった。
とりあえず〖飛行〗を使って川から這い上がる。泳げないんだよ、私。
「あ・・・スウ、ごめん」
滅多に見れないリッカの悪びれ。
まあ本気で謝ってるから許そう。
浮いてる私にアリスが尋ねてくる。
「ほんとに配信しませんか?」
アリスが言って、白いパレオを渡してきた。
ふむ、これで股間を隠せと。了解した。
胸の装甲は帯みたいな形だから、若干下乳が気になるけど、布地は多いので・・・許容範囲かな。
「まあ防御も固めてもらったし、リッカが配信始めちゃったし良いよ」
すぐさま私の視界に、コメントが流れ始めた。
❝Herスウ!❞
❝Herスウ!❞
❝Herスウ!❞
❝突発配信、来ちゃー❞
❝スウたんどこ?❞
❝今日は、新惑星で川遊び?❞
――速っ。
❝おおお、スウのフェアリーテイルの水着だ!❞
❝フェアリーがいるぞフェアリー!❞
❝フェアリー・スウだ❞
「なにその、メアリー・スーみたいな生き物。あとこっちをあんまり見んな!」
ちなみにアリスは黒のセクシーなビキニ、絶対撮影で使ったやつ。
だってグラビア以外でブラが四角いビキニなんて、見たことないもん。
リッカは、普通にかわいい系の白いワンピース型。
可愛すぎて鼻血出そう。
❝いっつも、水着みたいな格好してるんだから良いじゃん❞
❝あー。あの、ぺーに住みてえ❞
❝俺は、あの太ももに住みたい❞
「やめろ、私の体はマンションじゃない!」
恐ろしい言葉を撒き散らすコメントたちを必死に成敗していると、リッカが河に突入して魚を追いかけだした。
結構急な流れなのに、全く問題としていない。
流石、人外。
私も川に入る。そして魚を追う、コケる。
コケて溺れかけて陸に上がると、リイムが流石にあの流れは怖いのか、私のほうへ走ってきて、泳ぐリッカを「信じられない」みたいな眼で観ている。
「獲ったどー!」
魚を手づかみで掲げたリッカに驚嘆していると、網膜に情報が映った。
MoB、ヴォーパル・フィッシュ。
「MoB! リッカそれ、MoB!!」
「えまじ?」
リッカが慌てて、魚を空へ捨てる。
かと思ったら瞬く間に〈次元倉庫の鍵〉から太刀を抜刀して魚を3枚におろした。
「リッカ流、ゲート抜刀術」
いや普通に凄い技だけど――ゲートで抜刀術するのも、空中で三枚おろしも普通できないけど。技に名前つける派なんだ?
❝88888888❞
❝流石リッカだわ・・・❞
❝嫁にしたいけど、怖すぎる❞
空中で砕けて消える、ヴォーパル・フィッシュ。
消えてくれてよかった。食べやすそうな切り方するから、リッカが食べようとか言い出したらどうしようかと思った。
(リッカなら、あり得るからなあ)とか思っていると、リッカの頭に何かが落下して行くのが見えた。
「あ、印石でた――」
リッカは頭に落下してきた、青い銀河のような石をつまんで言った。
「――〖水生成〗?」
暫く説明を読むように視線を漂わせていたリッカが、指鉄砲を構えた。
そうして「BANG」と言うと、指先から水鉄砲が放たれる。
「水鉄砲を撃つスキルかあ」とか思っていると、硬そうな岩の表面を30センチくらい貫通した。
(威力よ・・・)
実弾より強くない? いやまあ、実弾は人体を破壊する事に特化してる部分あるから貫通力はなかったりするけど。
更にリッカが、水を剣状にして小さな岩に斬りかかる。
見事に真っ二つ。
(威力・・・)
しまいには、大海嘯を起こしてそこら中を水浸しにした。
(・・・)
ちなみに私は、見事に流された。
私がほうほうの体で水浸しから抜け出すと、リッカはどこからか出した扇子で噴水を吹き上げながら頷く。
「これは便利だなあ。わたしにピッタリだし」
本名みずきだもんね。
リイムが、リッカに寄っていてクチバシで突っついている。
大海嘯に流された、リイムの猛抗議だ。
リッカは髪の毛をクチバシで摘まれながら、
「ごめんて(笑)」
って笑ってる。
私が、戯れるリッカを呆れながら眺めていると、恐ろしい事実がコメントに流れた。
❝スウたん。水着の上、無くなってる❞
「ぎえええええええ」
❝なんて色気のない叫び声www❞
大惨事が起きる前に水着をなんとか回収して、身につける。
❝くそっ背中向きだったし、なんだあの謎の光!❞
謎の怪奇現象GJ。
「あー・・・とんでもない目に遭った」
「でけー脂肪ぶら下げてるからそう――痛ひゃい痛ひゃい」
大惨事になりかけた原因の頬を引っ張りながら、河を眺める。
「でも、私も同じ印石が欲しいな。小説とかじゃ、水生成能力は結構チートだもん」
ていうか私の才能のない魔術に近いし、その上魔術より強力なんでしょ?
そんな風に思ってヴォーパル・フィッシュを探した。
川の中を〖飛行〗で無理やり泳いで泳いでみても、結局見つからなかった。
レア魚だったのかな。
その代わり巻貝みたいなのから、別の印石が手に入った。
「〖味操作〗?」
私が巻貝みたいなMoBから手に入れた薄黄色い印石を覗いていると、リッカも覗き込んでくる。
「料理人にでもなるの?」
「ならんけど」
物体の味を変える。かあ。
なんか食べ物あったっけな。
「じゃあ。ちょっと遅くなりましたが、そろそろお弁当にしますか?」
アリスが尋ねて来た。
そうだ、楓ちゃんのお弁当食べないと!
「そうだね、そうしよう!」
魚を探して泳いでお腹へったし。
「メープルの味付けは甘いから、スウちょっと味を変えて」
「そういう事はしないから。せっかくメープルちゃんが思いを込めて作ってくれたんだし、ちゃんと食べないと」
「――ちぇ」
❝まじで? メープルちゃんの手作りかよ❞
❝和風美人な女子中学生の手作り弁当とか、裏山❞
私は次元倉庫を開きながら、視聴者にいい笑顔を向ける。
「はっはっは、羨ましいだろう。私を崇めれば食レポ位ならしてやらんでもないぞ」
❝ヌググ❞
視聴者にハンカチを噛ませたところで、私はアリスにレジャーシートの端を渡される――地面に敷いて茣蓙にするヤツ。そうして一緒に広げた。
その後アリスが、お弁当と食器を並べていく。
私は〈時空倉庫の鍵〉に入れている携帯冷蔵庫(時間が止まってるから意味無し)を取り出して、中からペットボトルを取り出す。
あと紙コップも配る。
「二人はどの飲み物にする?」
「わたしは、緑茶をお願いします」
アリスは、相変わらず和風。
「マスター、いつもの」
「だれがマスターやねん」
リッカはアリスに教えてもらったイギリスのジュース――英国王室御用達で、本格的な果物の味が楽しめるっていうのが売りのオレンジジュースがお気に入り。
希釈(カルピスみたいに薄める)タイプで、リッカのために天然水と一緒に冷蔵庫に入れてある。
しかもリッカは天然水にもこだわっていて、イギリスの天然水。
リッカの舌は「日本の軟水だと美味しくない」と言ってはばからない。
私はどうしよう。爽やか炭酸か昼Teaか。今日は昼Teaにしよう。
こうしてお弁当を並べたアリスと、飲み物を出した私と、なにもしなかったリッカで座った。
パラソルを刺して、パーカーを羽織れば見事に行楽気分。
最初は、アリスがお弁当を取り分けてくれた。
「メープルちゃんのお弁当本当に綺麗ですね。スウさんは、どれを頂きますか?」
「おにぎりと唐揚げと、なんかそのきれいな卵巻き!」
卵巻きは、なんか薄焼き卵で具材を包んでるみたい。
「りょうかいです。リッカは?」
「おにぎりと、唐揚げと、ウサギさんウィンナー」
「はい。じゃあ、メープルちゃんに感謝しつつ、あとは各自好きなのを取りましょう。ではいただきます」
「「いただきまーす!」」
「おにぎりの中身は何かな、この一瞬がドキドキするよね」
「ですね。(はむ)――あ! わたしは、梅ですね無難に当たりです」
アリスが嬉しそうにおにぎりを頬張る。
その横でリッカがプルプル震えだした。
「あのガキ・・・・わたしの嫌いなひじきを入れやがった・・・」
笑いながら私も ぱっくん と一口。
食レポを開始してみる。
ワサビと――
「私はなんだろうこれ、コリコリした・・・辛めのタコ――ワサ? いや、なんか普通のタコより無駄にコリコリ・・・・」
――嫌な予感がするので、深く詮索するのは止そう。
これにて、おにぎりの食レポは終了。
コメントに真相に気づいているようなのが有るが、見ない。
さて唐揚げの食レポ開始。
「おお・・・この唐揚げ、火加減完璧だね。まだ衣がサクサクしてるし、中もジューシー。中学生でこの腕かあ」
「スウさんのお弁当も美味しいですが、メープルちゃんも凄いですね」
私とアリスがメープルちゃんを褒めると、リッカが胸を張った。
「ふふん」
「・・・なんでリッカが自慢げなの――謎のきれいな卵巻きの中身は、春雨とひき肉と野菜かな? こんな料理が有るんだね。本当に美味しい」
リッカが尋ねてくる。
「そう言えば〖味操作〗はしないの?」
「じゃあ、ちょっとこのお茶の味を甘くしてみようかな」
「じゃあ、ちょっとこのひじきの味を消してみようよ」
みればリッカはひじきのおにぎりを残して、他のおにぎりを貪っている。
「ちゃんと食べなよ、メープルちゃんに悪いでしょ」
「アイツは、わたしがひじきが嫌いなのを知ってて入れた。嫌がらせに付き合う筋合いはない」
「リッカの栄養を考えてだと思うけど」
「カルシウム、食物繊維、ヨウ素などどこでも摂取できる」
「やたらひじきに詳しいな。――ひじきからしか摂取できない栄養素も有ると思うけど」
「調べたけど、なかった!」
「じゃあ、私が食べるから・・・」
「よしきた」
私はリッカに押し付けられた、食べ残しのおにぎりを食べる事になった。またリッカと間接キスかぁ。
というか、なんで私、リッカのお母さんみたいな事してんの。妹みたいには思ってたけど、最早ママじゃん。
とりあえず昼Teaがストレートなんで(お弁当の時は、味を邪魔しないストレートが好き)カップに移した紅茶に甘さをちょっと加えてみる。
「〖味操作〗――おお、甘くなった」
「私の緑茶にもやってみてくれませんか?」
「りょかい、〖味操作〗」
アリスがコップを差し出して来たので、味を変えてみる。
「私のオレンジジュースにも」
「オレンジジュースを、それ以上甘くしてどうするん・・・・〖味操作〗」
すでに甘いオレンジジュースを、さらに甘くしろというリッカのリクエストにも従う。
「あー、甘い緑茶っていうのも美味しいですね」
「分かる。抹茶ケーキとか美味しいもんね」
「甘いオレンジジュースも美味しいね」
「知ってる」
私が生暖かい表情になっていると、アリスは真剣な表情になった。
「これ、カロリーを気にせず甘いもの食べ放題なんでしょうか?」
「多分そうだと思う」
「チートじゃないですか・・・」
アリスがお腹をつついた。
あっちの人は太りやすいっていうね・・・。
私は遠い目になった。
遠くでトンビみたいな鳥が キツキツキツ と鳴いていた。
アリスがボソリと呟く。
「〈真空回帰砲〉は、物質を宇宙誕生前の真空に戻すんですよね? わたしが食べたものも真空に戻してもらえないでしょうか」
この人は、何を言っているんだろう?
モデルの体型維持も、大変なんだなあ。
そこで私は、ふと思いつく。
「VRで食べれば、どんだけ美味しいもの食べても実質カロリー0だよ」
「!!!!」
アリスが、宇宙開闢でも目撃したかのような表情になった。
「涼姫、天才って謂われませんか!?」
「貴女から、よく言われます」
リッカが、オレンジジュースを飲み干して言う。
「野生の伊達み◯おがいる」
「てか、VRで食べながら本当に食事すれば、どんな味の物でも美味しく食べれるね」
「それは、VRと体を同時に動かせる涼姫しか出来ませんが」
私はまた閃く。
「あそうか、物質の味を変えられるなら別に食べ物じゃなくて唾液の味を変えてしまえば良いいじゃん?」
「な――なる程です。流石スウさん」
「流石スウさん。相変わらず小賢しい考えを――痛ひゃい、痛ひゃい」
私はリッカの頬を引っ張りながら、自分の唾液を甘くしてみる。
「ああ、やっぱり出来る」
「スウさんにはもう、飴もガムも要りませんね」
「だねえ。そう言えば辛くはできるのかな」
「辛味は、味じゃないんでしたっけ」
「らしい、痛覚のはず。〖味操作〗――あ、できた。これだと冷たくもできそう〖味操作〗あー、できるなあ。なるほどなあ――じゃあ思いっきり辛く。〖味操作〗」
私は叫び声を上げることになった。
「いたいいたいいたいいたい」
驚天動地な辛味を自分に与えてのたうち回り、冷蔵庫にあった飲み物を半分飲みつくしてしまった。
コメントは❝やると思った❞とか、笑いの渦に包まれている。
「あ゛ー、こんなに辛くできるなんて――これは・・・他人にやったら結構えげつない攻撃になるかも」
「わたしにやらないでくださいね」
「わたしにやったら、立花流の技が炸裂する」
「やらないって・・・」
私がお馬鹿さんみたいな事を自分にやって後悔していると、遠くから声がした。




