117 最終決戦に入ります
◆◇◆◇◆
メープルは天才だ。
彼女は天才だが、彼女が持っているのは運営の無料プレゼント機体。
――初心者用の機体。
加速力も、旋回力も、火力もない。回復力しかない。無い無いづくしの機体。
そんな機体では、彼女と同じくする天才3人が駈る特機から逃げ切れる訳がない。
たとえメープルが頭一つ抜けた天才だったとしても、相手は3人。
轟沈していくシプロフロート。
『楓!!』
VRの余りのリアルさに、仮想現実だと言う事を忘れて叫んだリッカをアリスが宥める。
『リッカ大丈夫です! これはVRですよ、メープルさんは死んでません!』
『そ、そうだった――ごめん・・・忘れてた・・・』
荒い呼吸のリッカ。
そこへ、容赦のない爆撃。
『―――きゃあああ』『ぃぃぃぃぃぃぃ』
スナークが、ナイト・アリスに爆撃を仕掛けながら、アリスに語りかける。
『アリス。分かっただろう、そんな弱小クランにいてどうする。戻ってこい』
『黙って下さいスナーク――いや、姉さん! そろそろ妹離れして下さい!』
スウは既に知っていることだが、スナークが一式アリスの姉だというのは一般に初めて公表された。
赤い閃光のアリスにして、モデルであり、歌手であり、声優であり――とにかく肩書の多い一式 アリス。
スナークにしても、有名なFPSプレイヤーにして作曲家でありスタントマンまで出来る。
クレイジーギークスのクランマスターが、スナークの妹だという事実が拡散されて大騒ぎになる会場と配信。
❝ふぁーーー!? スナークって一式 アリスの姉なの!?❞
❝つか、スナークって女性だったの!? 背ぇ高いし、声低いし男性だと思ってたwww❞
❝いやだって、スナークってあの体型と格好だもんw❞
❝顔変えアイテムで男にしてんじゃん❞
❝胸が姉妹だよな❞
❝二人共、お父さん似❞
❝ネタバレやめろw❞
『クレイジーギークスは、負けたクランに入る約束だったな。負けたら星の騎士団に入って貰うぞ、お前だけでも絶対にな。通信終わり』
『ふざけ――通信を切るな!』
プロのFPSプレイヤーであるスナークの弾丸が、ナイト・アリスを襲う。
アリスはバリアで防ぐが、もうシプロフロートは居ない。
ひたすらバリアが削られていくだけで、回復は出来ない。このままではジリ貧。
とうとうバリアが砕かれかけて、リッカメインのムシャ・リッカに変形。
しかしリッカの姿が消えるような体術でも、相手の砲手である天才スナークの目からは姿を隠しきれない。
このままでは、リッカとアリスには敗北が待っているだけだった。
ここで、アリスは或る手を思い出す。
「リッカ、特機とはいえ、相手は一機です。分離して、スウさんに教えてもらったあの策を使いましょう」
「なるほど・・・」
アリスとリッカが合体を解く。
そしてアリスだけが、フラグメントに突っ込んでいく。
「笑止千万。合体機が弱体化して、しかも片方だけが突っ込んで来てどうする!」
スナークが眼を鋭くする。
「油断するなジョセフ、相手も馬鹿ではない。なにか考えがある筈だ」
ユーが笑った。
「その考え見せてもらおうか」
ユーは迷わずアリスに突進、至近距離戦の距離まで来た。
ショーグンの〈刀リボルバー〉と、フラグメントの足についた〈励起翼〉が切り結ぶ。
分離した合体機のパワーでは、合体した特機のパワー――それも特機の特殊能力で強化された近接攻撃に耐えきれず、吹き飛ぶショーグン。
『どうしたどうした!』
フラグメントの繰り出すブレイクダンスのような動きの蹴り技が、ショーグンに雨あられと降ってくる。
一撃一撃が強烈な攻撃――硬いシールドを持つショーグンですら命中すれば、即シールドが砕ける。
たまらずショーグンは、背中を見せて逃亡。
『黯然銷魂。あの赤い閃光が、まさか尻尾を巻いて逃げるとはな!』
ユーがアリスを追いかけだす。
『まさか、背中を晒して俺から逃げきれるとでも』
確かにユーの操縦テクから、アリスが逃げ切れるわけがない。
それでもアリスは、大きく円を描くようにして逃げ続ける。
『無駄だ、円を描いた程度。そんなドッグファイトのドの字も分かってないような動きで、俺から逃げられるわけがない』
だがアリスの動きを見て、飛行機FPSのプロでもあるスナークが気づいた。
『まずい!! ユー躱せ!!』
スナークの予想は当たる。
フラグメントのサイドから、ダーリンが迫っていたのだ。
ダーリンの放つ矢が、フラグメントに命中する。
チャージ100%の強力な矢の一撃が、フラグメントのシールドの四分の一を削る。
アリスとリッカは、アリスを囮にして、リッカが攻撃する形を取ったのだ。
スナークが舌打ちをする。
『アリスがこんな作戦を知っている筈がない――誰だ、アリスにこんな入れ知恵をしたのは・・・・スウか!?』
『その通りですよ、姉さん。――これこそスウさんの教えてくれた、サッチウィーブ戦法です!』
サッチウィーブ戦法は、昔のアメリカ軍が生み出した航空戦術である。
2機1組で動き、2機の内1機が囮になり、相手の1機を効率よく攻撃する戦術だった。
数的有利を利用した、非常に強力な戦術である。
ショーグンとリッカが、互いに鏡写しにSか、二人で8の字を描くように――クロスする波のように飛ぶ。
そうして波の軌跡が交差する瞬間、リッカが矢を放つのだ。
攻撃できる瞬間は少ないけれど、奇しくもリッカの武器はチャージすることで威力の上がる弓だ。
僅かな時間しか攻撃できないのは、むしろ好都合だった。
リッカがわざわざ正面からユー達に迫り、弓を放ちながら告げる。
『幾ら弾丸を躱すお前でも――正面から狙撃され、そちらの速度とこちらの矢の速度が足し算されれば、到達時間が速すぎて簡単には躱せないだろう。それにわたしは、そちらの動きが何となく読める程度には武に習熟している』
リッカの矢が、またもフラグメントに炸裂する。
『くっ、まさか分離状態にこんな強みがあるとは・・・!』
だが、スナークが笑った。
『ふっ、ならこちらも分離だ!』
フラグメントが赤青黄――3つの飛行機に分離する。
『合体メカのアニメとかに詳しくない姉なら、ワンチャン気づかないかと思いましたが・・・・気づかれましたか』
アリスが呻いた。
『スウが言っていた通りの展開になったか』
リッカの表情も固くなる。
『さあどうする? 3対2だぞ。しかもコチラは天才飛行機乗りのユーと、戦闘機の操縦に非常に長けた俺がいる』
勝ち誇るスナークに、通信が聞こえてきた。
『ちがう、3対3だ!』
『なっ――』
スナークが振り向けば、黒いスワローテイルが猛然と近づいてきていた。
スナークは歯ぎしりをする。
『――っクラマスの奴・・・必勝の作戦だとか言って、負けたのか!! だが、どうやって〖読心〗と、〖騎士道〗を持ったクラマスを破ったんだ、スウの奴は!』
❝だってその子、人間か怪しいもん❞
❝でも確かにスウはおかしい。心読まれた位じゃ、なんともないとか何だよ❞
❝人間じゃないヤツの思考は、人間のウェンターには理解できなかったんだよ・・・❞
スウが直ぐ様、黄色い機体フラグボトム――ジョセフに向かう。
『不味い、ウィークポイントを狙ってきやがった!!』
『俺、ウィークポイントかよ』
『お前はドッグファイトを、全くできないだろう!』
そんな風にスナークとジョセフが言い合いをしている間にも、スウのバルカンの弾がジョセフのフラグボトムを撃ち続ける。
砕ける、フラグボトムのシールド。
ユーが嬉しそうに叫ぶ。
『――戻ってきたか、スウ!!』
「それ以上やらせません!」
『合体するぞ、このままではジョセフがスウに墜とされる!』
瞬く間に合体を始めるフラグメント。
けれどスウは、合体中というチャンスを逃す人間でもない。〈次元倉庫の鍵〉を開いて一斉掃射。
フラグメントのシールドを砕いた。
スナークが文句を言う。
『あまりロボットアニメを見ない俺でも知っているぞ――合体中は攻撃しないのが約束ではないのか!?』
「本当に知らないみたいですね。合体できないピンチは、合体メカのお決まりでしょう。攻撃されるようなタイミングで合体するほうが悪いんです。さあ、シールドが割れましたよ! そっちももうヒーラー機体が居ないんだからこれで終わりです。――もう一回、一斉掃射!」
畳み掛けてフラグメントを破壊しようとするが――
『〖次元防壁〗』
スナークの声で、フラグメントの周囲を覆う、謎のバリア。
スウの攻撃が謎のバリアに防がれる。
「な、なにこれ!? 〖次元防壁〗!?」
スナークが笑った。
『惜しいな、あと一歩だったのにな。――だがウェンターを倒した攻撃程度では、フラグメントは墜とせないぞ。特機と〖次元防壁〗――機体強度が違う』
「スキルでバリアなんて―――ずるい! ――でも、つまり私とアリスやリッカの攻撃を合わせれば、その機体を落とせるだけの火力が生み出せると―――?」
『どうだろうな?』
するとジョセフが説明してしまう。
『おいおい。明朗闊達堂々行こうぜブラザー。そうだ、2機の火力を以てすれば落とせるだろうな』
『ジョセフ・・・・お前、バラすな・・・!』
『けど、できるかな? リッカとアリスは俺たちに追いつけねぇぜGuy's!! サッチなんとかってのは、こっちが囮を追いかけられないとできないんだろう? もう、こっちは追いかけたりしない』
スウは「この人は女性でもGuyと呼ぶらしい」と理解する。
「なるほど、じゃあアリスとリッカをそちらに追いつかせてみせますよ!!」
『できるものなら!』
『ジョセフ、お前ちょっと黙れ!』
するとユーまで、ジョセフに賛同した。
『いいやまてスナーク、面白い。俺をリッカや、アリスの間合いに追い込む気か? スウ、俺を相手にやれるものならやってみろ!』
スウがフラグメントに向かう。
だが、フラグメントは後ろを取らせない。
並走する。
『どうしたスウ、並走でどうやって追い込むつもりだ?』
フラグメントのバルカンが、スウに飛んでくる。
スウはバルカンを躱そうとして、むしろアリスとリッカから離れてしまう。
歯噛みする、スウ。
(――どうすれば、この人達に勝てる?)
スウが思考している間にムシャ・リッカになったリッカたちの機体が弓を放つ、時折フラグメントに命中しかけるが、サイドや背後からでは、殆どはユーのテクニックで躱される。
命中すれば次元防壁は揺れるが、破壊するまでには至らない。
スウは、状況を整理しだす。
(分断された今のままじゃ、1vs3か2vs3のままだ。なんとか私達3人が力を合わせて戦闘に参加しないと、この人達には勝てない。どうやって3vs3になる? ――)
そうして気づいた。
(そうか!)
「確かに私一人じゃあの人達が力を合わせると、勝てない――でも、これなら!」
スウが反転――そして彼女が展開した行動に、この試合を見ているほぼ全ての人間が驚愕した。
『『『なに?』』』
❝えっ?❞
スワローテイルが、ムシャ・リッカに〝腕を伸ばした〟。
中途半端な変形で、飛行形態のまま――腕だけ動かしてムシャ・リッカを掴む。
そして、高速飛行を始めた。
『な、なんですかこれ』
『スウが私達を飛ばしてる―――?』
❝合体?❞
❝そうか、腕で掴んで運ぶ合体だ! これならスウの操縦と、アリスとリッカの攻撃力が生きる!❞
❝ここで、3人で合体するのかよ!❞
❝こんなのVRとリアルを、同時に操作できるスウにしか無理じゃんワロwww❞
❝これで、3対3になるぞ! ――相手の3人が力を合わせればスウも負けるけど、スウも同じく3人になれば――アリスやリッカと力を合わせれば、勝てるかも知れない!❞
❝スウ、アリス、リッカの力を一つに!❞
『なんて事をしやがる!』
『はっはっは、奇々怪々! やるなGuy's!』
「名付けて、ムシャ・リッカSです!」
❝自分をSって略しちゃう所が、凄くスウwww❞
❝控えめに言って、控えめすぎw❞
ユーがニヤリと笑う。
『なるほど合体メカの3対3という事か。しかし、これでハンデなしとは行かないぞ。こっちは特機対してそちらは、通常機で3機分の重み――』
「〖伝説〗!」
『そうだったな! スウ、お前はそうだった!』
通信からユーの嬉しそうな声が漏れてきた。
「――それにここは宇宙です。直進加速に関してはむしろ3機分の推進力で速いですよ!」
『機体のハンデすら無くなった! だが、後ろは取らせないぞ!』
リッカの底冷えするような低い声が、ムシャ・リッカSの横を、嬉しそうに並走するユーに掛かる。
『今はもう、合体メカだって事を忘れてないか?』
リッカが、横を飛ぶフラグメントを弓で撃った。
充填されたエネルギーで放たれた、巨大な矢が炸裂して、スナークの生み出した次元障壁を揺らす。
スナークが舌打ちをする。
『ち―――っ、お前らに出来る事をコッチに出来ないとでも!!』
スナークは右腕に付いたバルカンを放つ――が、スウは避けてしまう。
スナークがユーに文句を言う。
『もう少し当てやすい飛び方をしろ!』
『お前が俺に合わせれば良い』
『なんだと!?』
フラグメント内部で、天才たちの衝突が起こり始めた。
その隙を、スウとリッカは逃さなかった。
『リッカ!』
『応!』
スウは〈励起翼〉の右だけを展開。
特機化したスワローテイルの凄まじい出力で、横滑りが起きる。
『立花放神捨刀流。参の秘剣――小太刀二刀流、継木の木立』
タイミングよくスワローテイルがムシャ・リッカから手を離すと、霞のように姿を消したムシャ・リッカが逆手に持つ、2本の短い刀を燕返しのように動かした。
つまり二刀流による、燕返し。
(うわっ、宮本 武蔵さんと、佐々木 小次郎さんのコラボ!)
スウが脳内で余計な妄想をしている真横で、まず鋭い3連撃が次元障壁を破壊。
そうして、最後の1撃が繰り出される。
『小手ェェェェェェ!!』
切り飛ばされるフラグメントの右腕のバルカン。
リッカは最後の一撃をそのまま伸ばして、コックピットまで破壊しようとするが、火力が足りない。
『届かないか!』
だがフラグメントのメンバーを混乱させるのには、今の一撃で十分だった。
『〖次元障壁〗! ――くそっ!! ユーなんで避けねえ!!』
『見えねぇんだよ、あのリッカとかいうガキの動きは―――! スウ以外に、あんな化け物がいるとは』
ジョセフが蹴りを繰り出すが、リッカは小太刀で受け止める。
『ヒュー――なんだこの少女の動きは、モーションキャンセルでもしてるのか?』
スワローテイルが再びムシャ・リッカを掴んで、有利を取るためフラグメントから離れていく。
アリスが宣言する。
『両腕のバルカンがなくなりました。これでもう、そちらは並走しながらの攻撃ができませんね!』
『いいや、そうでもないぞ――ユー正面を奴らにむけろ!』
スナークが言うと、ユーがムシャ・リッカSにフラグメントの正面を向ける。
フラグメントが、ムシャ・リッカSに正面を向けたまま慣性だけで横向きに飛ぶ。
大気中なら長時間は不可能な飛び方だが、ココは宇宙空間なので無茶な飛び方も出来る。
フラグメントの肩の大砲が放たれる。
『無駄ですよ、こんな連射の効かない攻撃がスウさんに当たる訳有りません』
『――くっ』
ユーは好き勝手に飛ぶが、スウはリッカが狙いやすい軌道で飛ぶ。
スウと心を合わせたリッカの弓は、フラグメントを捉える。
そこからはフラグメントだけが、攻撃を受ける展開になるのだった。




