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107 とんでもない人が立ちはだかります

 ◆◇◆◇◆




 鮮烈な一回戦を終えたスウへの羨望で、コロセウムは猛烈な熱気に包まれていた。


「Her スウ! Her スウ! Her スウ! Her スウ!」

「Her スウ! Her スウ! Her スウ! Her スウ!」


 名前が、大合唱となって建物全体を揺らしている。


「たった一人で瞬殺したぞ! Har スウ!」

「流石、特別権限ストライダー!」


 そんな声は、Aブロックの控えロビーへと向かう廊下にまで聞こえていた。


「凄い盛り上がりですね」


 アリスが後ろを振り返りながら呟いた。

 スウは、いつものように怯えてアリスと同じように背後を振り返って、震えていた。

 アリスは、スウの豹変ぶりに笑う。


「あはは。スウさん、元に戻ってますよ」


 スウが、アリスのパイロットスーツを握りながら怯えた。


「だからなんで、NPPさんたちまで私に注目してるの・・・・」


 スウは疑問を口にしたが、NPPどころかここには一般市民もいた。

 アインスタであり、特別権限ストライダーであり、〖銀河より親愛を込めて〗の称号を持ち、ヘルメス戦での大活躍が次々とニュースとしてセンセーションに報じられるスウは最早、銀河連合にとってプレイヤーを宣伝する、格好のプロパガンダだ。

 市民等にもスウという英雄のファンや、傾倒する人間までいて、この大会はスウを見に来た市民で溢れていた。

 スウが居る日本戦のチケットは連合の人口が多いせいも有るが、抽選の倍率が10000倍となり入手の困難さが極まっていた。

 だから市民は、スウがたった一人で敵を圧倒した今の戦いを見て興奮のボルテージは加速。

 ハイレーンコロセウムが、空気を揺らす歓声に包まれる。


「「「Her スウ! Her スウ! Her スウ! Her スウ!」」」


❝Her スウ! Her スウ! Her スウ! Her スウ!❞

❝Her スウ! Her スウ! Her スウ! Her スウ!❞

❝Her スウ! Her スウ! Her スウ! Her スウ!❞

❝スウたん、アリスたんの事になるとマジで怖いんだなあ❞


「コ、コメントまで真似しないでください。と、とりあえず、一旦配信を切って、次の試合は11時以降なのでその位に再開します」


❝え~❞

❝なんで~?❞


「トークで間をもたせられないからです・・・」


❝でた、コミュ障www❞

❝コミュ障ならしかたないwww❞


 アリスが、私の意見に同意してくれる。


「じゃあ、休んだり着替えたりするんで、みんな一旦配信を切りますか」


❝見たい!❞


「見せるわけ無いでしょう」

「じゃあ、ウチ等も切るわー」


 控えロビーでは何が映るか分からないという感じなので、みんな配信を切った。


 やがてAブロック控えロビー前に着くと、そこにはクレイジーギークスのメンバーの誰もが見たことない男性が待っていた。


 日本人な顔立ちだけど、異様に色白な男性だった。


 恐らく天然ではないパーマの黒髪で、片目を髪で隠している。


 すらりと手足が長く、身長も高い。


 そっけない服装の男性だった。


 腕を組んで壁にもたれかかっていた彼は、スウを見つけるとテノール気味の声で尋ねてくる。


「お前がスウか?」

「え、はい」


 廊下を歩いていたクレイジーギークスの面々が、一斉に男を見た。

 皆は男性をモデル? と感じた。

 しかしスウだけは男性の姿を見て、「画家?」という印象を持った。

 どちらにせよ怖そうな見た目に、スウは怯えた。

 すると、男性からとんでもない言葉が発せられる。


「お前に勝ったら、お前が恋人になってくれるらしいな」


 意味不明な言葉に、スウは大困惑。


「はいい!?」


 するとアリスとリッカが、目にも止まらぬ速さでスウの眼の前に立ちふさがる。


「ありえません」

「早々に立ち去れ」


 ハイレーンでは街中での武器携帯は禁止されているので、2人は現在武器を持っていないけれど、問題を感じなかった。

 特にリッカは、素手で目の前の男を制圧するなど造作もない。


 しかし色白な男性は、臨戦態勢の2人を気にした様子もなくスウだけを見ている。


「どうなんだ。お前に勝ったら、お前は俺の恋人になるのか?」


 どうやらこの男性は、スウの言葉以外興味ないらしい。

 なのでスウは、きっちり否定する。


「どこで、どう話がネジ曲がって伝わったのか分かりませんど、私は誰かとお付き合いするつもりはありません・・・怖いので」

「そうか、残念だ。お前と並んで飛んでみたかった」


 言葉は残念そうだけど、表情が髪に隠れていて内心が読めないのであまり残念そうに見えない。


「あの―――貴方は一体?」

「香坂 遊真、IDはユー。神合機フラグメントのメイン機体、フラグトップの新しいパイロットだ。フラグメントの操舵を担当している」


 出てきた機体名にアリスが驚く。


「私が乗っていた機体の、新しいパイロット!?」


 しかし、香坂はアリスの事など全く気に留めない。

 そもそもスウにしか話しかけないし、スウの言葉しか聞く気がないようだ。


「なら仕方ないな、今はお前と戦うだけで満足しよう。だがスウ、いずれ俺はお前の隣を飛んでみせる」

「飛ぶって、普通に一緒に飛ぶだけなら別にいつでも」

「そんな飛翔になんの意味がある、飛翔は共に心を通じあわせてこそだ」

「こ、心を通じ合わせる!? ――私にそんな事ができるわけ無いです! こちとら『ATフィールド』の擬人化ですよ!?」

「意外だな、別にマニュアルでなくとも構わないと思うが、俺はオートマよりマニュアルの方が好きだな。お前もマニュアル派だと思っていた」

「いえ、私はオートマティックの方が撃ちやすいんで好きです」


 アリスとリッカが顔を見合わせる。


「とりあえずこの2人が心を通じ合わせるのは、不可能な気がします」「うん」


 すると、マッドオックスが言う。


「というか、香坂とかいうお前『勝負で勝ったら』なんて方法で恋人になっても心は通じ合わないぞ。通じ合わせる心ってのは、ゆっくり育む物だ」

「なるほどな、お前の言う事は道理だ」


 マッドオックスの言葉に、香坂が頷いた。


 アリスが「なんでマッドオックスさんの声は聞こえてるんですか、この人・・・」と呟いている。

 さくらが同意する。


「恋人になるのは、恋があるからですよね」

「お前も正しい」


「この男―――スウさんと、男性の言葉以外ガン無視するつもりですか・・・?」

「というか、さくらが男だと見抜けるとは凄い眼力だな」


 香坂がゆっくりとスウに歩み寄る。


 スウは顔面を引きつかせながら、警戒態勢で身を退かせる。

 アリスとリッカが、スウと香坂の間に立ちふさがった。

 女性としては身長の高いアリスが身長178センチだが、そんなアリスすら見上げる事となる身長195は有りそうな香坂が、身長171センチのスウに迫る。


 香坂は、スウの瞳の奥を見つめながら「ロマンティックな瞳だ」と呟く。


 つぶやきを聞いたアリスとリッカは頬を染めるが、当のスウはドン引き。


 香坂は、視線をそらすスウの瞳を見つめながら続けた。


「スウ、お前の心のなかに、俺の居場所をつくりたい」


 スウは、香坂の言葉にビックリして目をまん丸にしてそらしていた視線を香坂に向けなおす。


「それって、つまり私の心をあれこれ弄りたい的な意味ですか!? や、やめてください!」

「スウ、お前の心のなかを、俺の帰る場所にしたい」


 スウの全身に鳥肌が立った。


「マジで私の心は私のものですから、やめてください!」

「だが、恋や愛というのは、心の変化の一つだ。いや――別に恋や愛で無くとも良い。お前の心に俺の居場所があって、お前と繋がることができれば」


 スウの脳内は、もはや大混乱だ。こんな理解不能な人種は初めてすぎる。

 同性や異性の事もわからないけど、この人はそれにすら分類できない、圧倒的異質だと思った。

 理解できないものは、恐怖の対象だ。

 こんなに理解できない人が自分の心に住み着いたらと思うと、落ち着く暇などないではないか。他人といるだけで疲弊してしまって一人の時間が大事なスウには、身の毛がよだつ話だ。


「ぜ、絶対に嫌です!!」


 リあンが口元に指を当てて物欲しそうにした。


「イケ面だし、背も高いし、手足も長いし、顔も小さいし――うちなら、あんだけ熱烈にラブコールしてくれる人なら嬉しいけど。浮気もしそうにないし」


 星ノ空が、首を傾げる。


「いや、あれはラブコールなのか?」


 香坂は、スウの瞳を覗き込みながら寂しそうな瞳をした。


 リあンが、自分の身体を抱いて身をよじった。


「あぁん。イケメンの寂しそうな瞳って、なんでこんなにゾクゾクするの?」

「お前は、もう黙ってろ」


 リあンの肩が、星ノ空の鋭いツッコミで叩かれた。 

 香坂は、寂しそうな瞳のままスウに語りかける。


「ならスウ、今は俺を拒否していても良い。チャンスをくれ」

「嫌です」

「俺とスカイダイビングや、パラセイル、パラグライダー、ハンググライダーに行こう。複葉機に乗るっていうのもいい。生の風を感じるのは、戦闘機とはまた違った感動があるぞ」

「ノーチャンスです」


 リあンが笑う。


「吊り橋効果バリバリ有りそうだなあ。というかスウは、この男にドキドキしないの?」


 スウは、身を抱いて震えながら答えた。


「恐怖でドキドキバクバクですよ・・・!」

「スウに、まだ恋は早かったか」

「リあンさん、花も恥じらう16歳の乙女になんて事を言うんですか!」

「恋したこと有るの?」

「ありますよ、今期の『からくり創世期マテマキナ』の皇帝様とか!」


 あと、昔観てた配信者さんとか。


「蕾がまだ開いてないよ、16歳」


 香坂が、言い合いを始めるスウとリあンの言葉に割り込む。


「スウ、今は俺だけを見ろ」

「ええ!?」

「今は、俺以外を気にしなくて良い。俺以外は、お前にとって取るに足りない些事(さじ)だ」

「だから、それは私の決めることで!」

「じゃあ、こうしよう」

「また勝手に、なにを決めるつもりですか!?」

「俺のクランが今日の対抗戦で勝ったら、俺とパラセイル、パラグライダー、ハングライダー、複葉機どれかに行こう。どれに行くかはお前が決めて良い」

「絶っっっ対、嫌です!」

「そうか分かった、俺が決める。まずはパラセイルから試そう。俺が勝ったら、お前を迎えに行く。そして心を通じ合わせよう」

「人の話を聞いて下さい!!」


 香坂は勝手に納得した表情になって、廊下の奥に消えていくのだった。

 姿が消えてしまう。


「ああああああ、なんなのあの人!! なんで日本語通じないの!? 馬鹿なの!? アホなの!? 頭おかしいの!?」

「スウさんが、そんな風に男性を罵るのは珍しいですねぇ・・・」


 アリスが不安そうに言うと、リッカがスウに同意した。


「あれは罵って当然だと思う」


 リあンと星ノ空、コハクが(かしま)しくなりだす。


「イケメンだから、少々我儘入ってる方がいいわ。しかもゾッコンじゃん」

「顔に食いついてたら痛い目みるぞ」

「私はあんなにぐいぐい来られたら、逃げちゃいますよ。女の子は小動物なんですから」


 すると、リあンがニヤニヤしながら言う。


「女の子」

「女の子じゃゴルァ!!」

「やだやだ、おばさん」

「私は、お前の1歳しか年上じゃないだろーが!」


 すると星ノ空、アリス、スウの声がハモった。


「「「え――コハクさんって、リあンさんより年上だったの・・・?」」」


 マッドオックスは、騒ぐ女性陣を気にする様子もなく男性用の控室に向かう。


「じゃあまた後でな」


 スウが、恨みがましくマッドオックスを見た。


「オックスさんがビシっと言ってくれればよかったのに・・・」

他人(ひと)の恋路を邪魔するつもりは、俺には無い。今のところ香坂とか言う男は、スウに夢中なだけで害意は無さそうだったからな。変な奴だが」

「そばに寄られるだけで、害なんですよ・・・・」

「随分嫌われたな。まあストーカーと化すなら、俺に言え」


 なんだか変なことに巻き込まれそうだと、さくらもマッドオックスに着いていく。


「じゃ、じゃあ僕も行きますね」


 オックスとさくらが男性用のロッカーに引っ込んだ。

 スウは、香坂を思い浮かべ、身を震わせながら呟く。


「負けられない――本当に、あの人だけには・・・・」


 しかしスウは知らない。

 一般人程度のAIMの人間を連れて、<発狂デスロード>をクリアした香坂の恐るべき実力を。

 彼にはAIMは無いが、飛行機の操縦技術だけで言えば、スウにも匹敵する。

 そんな人間が、合体する機体に乗り、火器管制の遠距離も近距離も他人が担当しているという危険な状態を。

 さらに、アリスが付け加える。


「あの、スウさん――フラグメントは結構ヤバイ機体ですよ。あれはユニーク機体で・・・香坂って人は飛行技術が得意みたいなんで、以前通りフラグサイドに乗っているのが姉――スナークで、そしてあの香坂って人が操舵を担当すると言うなら、あの〝姉以上〟の飛行技術を持っているって事ですよね? 私がフラグトップに乗っていた頃は、姉が飛行時の操縦をしていたんです」

「え―――あ、そっか。フラグサイドは、スナークさんの可能性が大きいのか」


 スナーク――元、戦闘機のFPSのプロゲーマー。

 そうして、レースで見せたあの実力。

 彼――いや彼女は、FPSでは戦闘機の操縦技術も上手いのだけれど、AIMに関してはスウを凌駕していた。

 そしてFLでも、相当に強い配信者。

 スウはアリス目的だったが、彼女の配信を見て何度も「強い人だなあ」と思っていた。


「もしそうなら・・・スウさんでも危ないかもしれません。フラグメントの特殊能力は、近接武器の強化ですが、それが使えなくてもパワーも速度も一般機の1.5倍以上になります」


(確かに、特機の力もだけれど――レースで最短距離をほとんど完璧に攻める実力だけでも相当な物だ。それをやってのけたスナークさんが、操舵の席を譲るほどの人間・・・・香坂 遊真――覚悟しないと)


 真剣な表情になったスウを見る、アリスの表情が深刻そうになる。


「それにこの間から、姉のメールがひどくて」


 アリスがスウにスマホを見せると、メッセージ履歴にアン・テイラーという名前がずらりと並んでいた。


「・・・・なにこれ」

「アン・テイラーは姉の名前です。全部、PvP大会で負けたらお爺ちゃんの言う通り、星の騎士団に戻れっていうメッセージです」

「・・・そっか」


 スウが、手のひらを見つめながら、何かを掴むように拳を握る。


(以前レースで負けた時に言っていたのは、本気だったんだ。本気がもはや執念ぽい――)


 でも、自分を超えるAIMを持つ、スナークさん・・・・そしてもし、香坂 遊真という人の操舵が自分と互角か、それ以上だったなら――そんな二人が同時に乗る機体に、果たして自分は勝てるんだろうか?

 スウは、強く唇を噛むのだった。

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妹が自分で選んでクラン移籍してるのに、妹の所在を賭けて最初はレースでタイマン挑み、負けたから間髪入れずに仲間の力も借りれるクラン対抗PvPの勝負にゴールをズラす(しかもレースでの負けを賭けに反映しない…
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