102 ついに見つけます
リッカさんとメープルちゃんをフェロウバーグの医務室に運んだ後、アイビーさんにクエストの報告と、持ち帰った地図などを渡していると提督室のドアがノックされた。
「はて、どなたでしょう? どうぞ」
アイビーさんの入室許可に、入ってきたのは寝癖だらけの男性だった。
アイビーさんが立ち上がり、敬礼の姿勢になる。
「これは、ユタ中将!」
ユタ中将は軽く答礼を返して、アイビーさんに話しかける。
「うん。アイビー准将、ちょっとスウさんと命理くんに話があってね。彼女達を借りていいかい?」
「あ、こちらは構いません。よろしいですか? スウさん、命理さん」
「はい、全然」
ユタ中将と呼ばれた人が、私に向き直る。
「君がスウさんだね?」
「そうです」
ユタ中将の本物は巨大ホログラムで見た印象より、さらに気だるげに見えた。
でも、なにか諦めたような顔にも見える。疲れているような――後悔しているような。
「君と命理くんだけに話したいことが有るんだ、ちょっとだけ付き合ってくれるかい?」
「私と命理ちゃんだけ・・・・はい」
「ええ」
私と命理ちゃんは、ユタ中将の提督室に導かれた。
ユタ中将の提督室は、質素というか簡素な部屋だった。アイビーさんの部屋には盾とか賞状とか有ったんだけど、そういうのが全くない。置かれているのは、銀河連合の旗くらい。
「久しぶりだね、成田 命理くん。君に再び会えたのは本当に幸運だよ」
「はい、本当にお久しぶりです。ユタ提督」
「スウくんが助け出した時がほぼラストチャンスだったらしいからね・・・スウくん、命理くんを助けてくれて本当にありがとう」
私は中将に頭を下げられて、両手を旗のように振る。
「いえっ、別にっ、私はただ命理ちゃんとお話しただけで!」
すると命理ちゃんが首を振った。
「当機はあそこから出る気は無かったわ。あのまま朽ち果てるつもりだった。気持ちを変えたのはスウよ――スウがアイリスを笑顔にしようと言ってくれたからよ。スウでなきゃ私をあそこから出す事は出来なかったわ」
二人が望敬の眼差しで見てくるので、私は「・・・そ、そんな」と言って話を変える。
「お、お二人は知り合いなんですか?」
私の問いに、ユタ中将が頷く。
「ああ。成田くんは、かつて僕の部下だったんだ」
「沢山の恒星を失った大敗北の後は、よく気にかけてもらったわ」
なるほど、ユタ中将は命理ちゃんの味方なのか――なら私の味方の可能性も高いな。
敵の敵は味方であり、味方の味方は味方なのである。
「さて、君たちに話したいことなんだけれど――手短に話すね。でも、他言無用で頼むよ」
「――わかりました」
「了解よ」
ユタ中将の気だるげだった表情が、急に真剣になる。
私は、少し緊張を感じた。
「僕たち、銀河連合――というかクナウティア旗下の本当の目的なんだけれど」
「え―――っ、そんなの話しても良いんですか!?」
というかクナウティア旗下? ――なるほど、リアトリス旗下みたいな派閥があるみたい?
「だから他言無用で頼むよ。僕等は、この時間軸の宇宙に残った、たった一人の人間であるアイリスさんを人間に戻したい」
「―――あ」
「そう、目的は君たちと同じ」
「・・・よかった」
「ああ、君等の行動は僕らクナウティア旗下には全く問題ないのさ。――僕らはアイリスさんを人間に戻すという目的の為に、地球人を騙して協力をして貰っているって訳だよ」
「ユタ中将は、ハッキリと騙しているっていうんですね」
「僕はできれば銀河連合の人間だけで解決すべきだと思っていたからね。まあ、騙している分、協力してくれてる人にはできるだけ謝礼を渡したいと思っている」
正直な人だなあ。
「なるほどです・・・でも、地球はちょっと混乱してますけどね」
「そこは済まないと思っている。――ただ、君らの地球もこのままだと危ないからね」
「それは・・・どういう」
「僕らが戦った捕食的な平行世界人――つまりベクターが君らの方に行かないとも限らない。――もし奴等が君らの方に行ったら、君らだけじゃ対処出来ないだろう?」
「な・・・なんで私達なんですか?」
「ベクターの宇宙にはこの宇宙と同じく、新人類がいる。そして演算によると君等のところに行く確率が高いと出た。だから僕らは君たちの地球をプレイヤー募集に選んだ。君等がベクターと戦えるように」
「そ、そうなんですか!?」
「ああ、ベクターは強い。気をつけて欲しい」
「は・・・はい」
「話はこれだけ。時間を有難うね」
「いえ・・・・」
やっぱりユタ中将は、味方認定してもいいと思う。
私の心の中で小さな私が「ユタ中将は味方!」と判定をしていると、ユタ中将が立ち上がりながらため息を吐いた。
「問題はアイリス君を、どうやってもとに戻すかだけれど・・・」
ユタ中将が、私をみて謂う。
「何か方法が有ったりしないかい? ――噂通りなら君なら、或いは・・・」
それは流石に、銀河連合のほうが詳しそうじゃないですか・・・?
私が「・・・・見つかってません」と言おうとすると、ノイズのような声がした。
『あるよ』
まただ、命理ちゃんと初めて逢った日に聞いた声――それにケルベロスの時にも聴こえてきた声――。
「ある?」
私が疑問調で呟いたので、ユタさんが首を傾げる。
「ある? どうして疑問形で?」
謎の声は続ける。
『君はもしかしたらもう、ボンヤリと気づいているかも知れないけれど』
私がボンヤリと気づいている?
―――まさか。
――なら、やっぱりあの方法?
私は少し前から思っていた事を、口にする。
「〖再生〗」
私がつぶやくと、ユタさんが目を見開いた。
「へ」
ユタ中将が眼を瞬かせたなんだか、似つかわしくない――珍しい表情かもしれない。
私は若干キョドりながら返す。
「えっと――〖再生〗っていうスキルを持ってるんですが、それでアイリスさんを元に戻せる? かもです」
ユタ中将の目が皿のようになって、固まる。
やがてぽかんと口を開いた。
「さ、〖再生〗?」
ユタ中将は言って、アンテナの立たないスマホのように一瞬、無反応になる。
「ケルベロスから手に入れたんです」
私が返すと、一転ユタ中将の反応が激しくなった。熱暴走しているスマホみたいだ。
「〖再生〗? ・・・・〖再生〗!! ――いやっ、・・・・そうか―――〖再生〗――〖再生〗があったか!! ―――彼女が言っていたのは、なるほどそういう事か!!」
「彼女?」
私が彼女って誰だろうと思っていると、先程まで何か諦めたようだったユタ中将の瞳に生気が滾ってきた。
そうしてユタ中将は拳を握り込んで、それを見詰めながら震えた。
「そうか、そうか! アイリス君を元に戻す方法は、本当に存在したのか!!」
そこで私の隣で、スプーンと食器がぶつかる音がした。
隣を見ると、命理ちゃんがスプーンを取り落として瞳を揺らし、指も揺らしていた。
「――スウ、〖再生〗で戻せるの? アイリスを?」
「も、もしかしたら行けるかも知れない」
命理ちゃんが私を観ながら、呆然と呟く。
「・・・・いえ、そうよ。――確かに〖再生〗・・・〖再生〗ならいけるんだわ・・・!」
呆然としたままの命理ちゃんの瞳から、一筋の光。
やがて堰を切ったように、瞳から光が次から次へと溢れ出し、普段表情のない彼女の顔が大きく崩れた。
さらには除々に彼女の体が震えだし、喘ぐような呼吸を繰り返し、とうとう倒れるように私に抱きついてくる。
私は、命理ちゃんを支えて抱く。
彼女が私の耳元で、途切れ途切れの言葉を出す。
「ス、ス――あり、ありが・・・あ・・・り」
彼女は「ありがとう」と言おうとしているが、呼吸もままならず、唇が震えて言葉が上手く出せないせいで、なんども言葉を飲み込み、言い直そうとする。
「お、お礼はいらないよ。たまたまだよ」
(それに、上手くいくかは分からないし・・・)
するとまた、ノイズの掛かったような声だ。
『ああ、ただの〖再生〗じゃ、あれほど変わってしまった存在をもとに戻すのは無理だよ。だけどそれにだって特別な方法はある』
「その特別な〖再生〗とは?」
――だが、返事はなかった。
ノイズの声が言ったことは、命理ちゃんに秘密にしよう。彼女がやっと得た安心を消す必要はない。
私がなんども命理ちゃんの背中をさすっていると、やがて彼女は落ち着いた。
私達の様子を見ていたユタ中将の瞳にも、光る雫が浮かんでいた。
彼は小さく〔僕が庇いきれなかったせいで、あんな風にしてしまった、彼女を・・・〕とつぶやいていた。
もしかして、ユタ中将はアイリスさんをマザーMoBにしてしまったのは自分のせいだと思っているんだろうか。――だからこんなに、必死なんだろうか。
ユタ中将が私の手を握る。
「有難う! スウ君、本当にありがとう!!」
「いえ・・・・私は〖再生〗を手に入れただけで、ほとんど何もしてないんですけれども」
「君以外の誰が、あの連合すら知らないケルベロスを初見で撃破できたか」
「マイルズ辺りできそうですし、マイルズがいたから出来たわけですし」
「そうか、彼にも何かお礼をしておこう。とにかく本当にありがとう。僕は――連合の誰が君に敵対しようとしても・・・・僕だけは君と命理君の味方だと思って欲しい」
な、なんかえらい感謝されてしまった――でも連合の中将の立場の人が「命理ちゃんに危害を加えない、守ってくれる」というのは助かる。
昨日投稿し忘れてた!?
と思って焦って投稿したら、話一覧に2ページ目が有ることに気づいてませんでした・・・。
10:30にも投稿があります。
というかちょっと一気に投稿します。




