101 HERO
◆◇Sight:立花 みずき◇◆
「お姉ちゃん、みずきお姉ちゃん、しっかりして!!」
わたしは、ゆっくりと目を開いた。
楓の顔が、視界にあった。
楓は泣いているのか、透明なヘルメットの中が水滴だらけだ。
『隔壁封鎖を行いました。社員の皆様は安全区画に移動して下さい。シェルター射出までのこり10分です』
視界が霞む。
右腕と、右足が動かない、ヌルりとしている。
わたしは、相当な怪我をしているようだ。
パイロットスーツの機能なのか痛みはないけど、まともに体が動かない。
「とにかく、ここを離れなきゃ」
楓が言って、わたしの左腕を肩に担いで立ち上がる。
わたしは、尋ねる。
「―――楓――大丈夫――・・・? 怪我は、ない・・・?」
「お姉ちゃんのお陰で、殆ど無傷だよ」
「良かった―――」
「よくないよ、お姉ちゃんがこんなに怪我をして――お願いだから死なないで」
「FLは死なないわ」
「死ぬでしょ! 死なないように見えるのは、私達からだけでしょ!!」
「アリスと、スウは?」
「分からない、隔壁っていうのが降りてきて、分断された。とにかく今は喋っちゃ駄目!」
楓が出口を探しながら歩いていると、私達の前に銀色の女性のような械が1体、立ちはだかった。
楓は、わたしを廊下の壁にもたれさせ座らせる。
なのでわたしは、立ち上がろうとする。
「わたしも――」「座ってて!!」
楓が、わたしの腰から刀を抜いてしまう。
「これで戦えないでしょ。あんなの、私一人で十分だよ」
今日は実戦だから趣味の西洋剣は、スウから貰った<時空倉庫の鍵>に仕舞っているけれど、出せば武器が無いわけじゃない。
でも、確かにわたしは足手まといかもしれない。
だって楓は天才だ。
楓が械を睨み、長い息を吐いて下段に刀を構えた。
見事な構え、隙など何処にもない。
これが本物の天才という物だ。
「明鏡止水――入れ」
楓が呟いたかと思うと、妹の気配が消えた。
まるで湖面が広がるようなイメージが、幻視される。
さざ波すらない湖面を、械が走って楓に向かう。
「立花放神捨刀流――七教。天燕」
逆凪の一撃が、械の右足を切り飛ばす。
刀が反転、袈裟斬りが、バランスを崩した敵の左足を切り落とした。
倒れゆく械が指鉄砲を、楓の額に向けようとする。
「立花放神捨刀流――くくりの秘剣。夜標」
楓は刀を瞬く間に逆手に握って、倒れゆく械の頭に突き刺す。
串刺しになった女性の形の頭が、床にめり込んだ。
湖面の幻視が弾け跳んで、陥没した床がわたしの瞳に映った。
械は暫く震えていたが、やがて停止した。
刀を持った妹は流石だ、わたしの心配などまるで無用だった。
「さあ、お姉ちゃん急ご――」
言いかけた楓が、横に吹き飛んだ―――。
「え」
私は呟いて、唇をぽかんと開いた。
楓が床を転がる。
「楓!!」
何、何が起きた!?
何の気配もなかった!
――何だ!!
楓が痙攣して、動かなくなった。
「楓。楓、楓!!」
私は叫ぶけど、返事はない。
でも、胸は上下している、呼吸はしているんだ。
―――生きてる!!
わたしは壁に背中を押し付け、立ち上がろうとしながら、辺りを見回す。
敵? どこだ、何もいない、どこにも何も――。
「ダーリン! これは――」
呼んだけど、駄目だった。――ダーリンは故障していた。
彼は返事をしようとするけど、『ビーガーガー』と言うだけだ。
でも、情報は網膜に映された。
「ミュータント・スピリット? ――レムナント・ワイト・・・?」
おばけ?
私は、おばけというのが凄く苦手で、恐怖で身体が震える。
だけど、そんな場合ではない楓を助けないと――。
名前が表示されたお陰で、敵の居場所が分かる。
楓にゆっくりと近づいている。
「させるかァ!!」
わたしは左足で床を蹴って、転がった刀に跳ぶ。
左手に刀を握り、横薙ぎに払った。
確かに名前の下を切り払った――だけど、手応えがない・・・。
刀が効かない――!?
楓が、また吹き飛んだ。
レムナント・ワイトが、楓を蹴りやがった!
わたしのチャンネルでは配信が続いているらしく、コメントが悲鳴に変わる。
❝死ぬ、メープルちゃんが死んじまう!❞
❝誰か助けに行けよ!❞
❝場所も分かんねえのに、どうやって行くんだよ!!❞
敵は、あの名前の下にいるはずだ。楓を攻撃するために近づいたのだから。
なんで相手の攻撃だけ、コッチに通用するんだ!!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
私は刀を振り回して、名前の下を切りまくる。
自分が、まるで剣術を覚えたての素人のようだ。
だけど、どれだけ切りつけても、手応えがない。
レムナント・ワイトは悠々と楓に移動していく。
「なんなんだ、こんなの反則だろう!!」
絶叫した私のみぞおちに、突然、強い衝撃。
「ご」
私は弾丸のように後ろに吹き飛んで、廊下の壁に叩きつけられた。
口から鮮血が吹き出した。透明なヘルメットが血に染まり、球形である事を晒した。
内臓が破裂した?!
みぞおちから、脳を灼くような鈍痛が伝わった。
「ぎゃあああああああああああああああ―――!!」
あまりに恐ろしい痛み――意識を失いそうなほどの痛みで、私は廊下の床でのたうち回る。
回る視界の中で、楓の身体が浮くのが分かった。
楓の首に、指の痕のような物が現れる。
すると、電気ショックだろうか――青い稲妻のような物が楓を包んで、楓の身体が激しく痙攣しだした。
楓が電気ショックで目を覚ましたのか、痛みに絶叫する。
私は妹の受ける痛みに、悲鳴を挙げた。
「か、楓ェェェェェェ!!」
だけど、楓は震える瞳をわたしに向けて言ったんだ。
「お、お姉ちゃん逃げてぇ―――」
瞬間、わたしは咆吼を挙げて刀を握っていた。
「かぇでをぉ―――離せェェェエエエェェエエエ―――ッ!!」
だけど駄目だ、刀が素通りする。なんで、こっちの攻撃だけ通用しないんだ!! こんなのあんまりだろう!
わたしは楓の身体を左腕で引っ張る。
とにかく、あの指のような物から楓を離さないと。
電撃がわたしを襲うけど、知ったことか。
「お、お姉ちゃん、だめ、にげ――」「黙れ!! お前は妹だ、妹なら黙ってお姉ちゃんに任せろ!!」
楓が涙を流して「うん」と呟いた。
神様――神様、どうかわたしに力を下さい。――わたしは今まで神頼みをしてきませんでした。
神様に敬意を払っても、何も頼まず生きてきました。
全てを、自分でなんとかすべきだと生きてきました。
――だけど今の事態は、わたしにはどうしようもないんです。
そして、どうしようもなく大切な物を奪われようとしているのです。
今だけ、どうか!!
「楓を離せェェェ!!」
私は全力を出すけど、楓がびくともしない。
神様神様、どうか力を。
楓の首の指の痕が、だんだんと深くなっていく。
軋むような音まで響いてきた。
このままじゃ折れる、楓の首が折れてしまう。
首が折れたら死ぬ!!
「神様、お願い!! 今だけでいいんです。今だけで!!」
叫ぶが、無常にも楓はびくともしない。
楓が白目を剥いた。折れる――――
「お願い、楓を助けてぇぇぇぇぇぇ!!」
叫んだ時だった。
「〖超怪力〗〖念動力〗」
声がして、隔壁が持ち上がった。
「え―――」
鉄柱のようなもので、テコのようにして上げられた隔壁の向こうから現れた声の主は、「〖サイコメトリー〗」と言って、状況を理解したのか、すぐさま楓を握っていたワイトの指らしき部分に、自分の左手の指を突っ込んだ。
そして、やおら左手を拳にすると、「メキャ」という音がした。
どうやらワイトの指が、潰れたようだ。
現れたヒーローの右腕に、5本の指の痕が現れた。
ヒーローは、もう一方のワイトの手も同じように握りつぶす。
ヒーローが呟く。
「レムナント・ワイト―――またお前か!」
するとワイトがまだなにかしてきたのか、ヒーローが「〖念動力〗」と言って腕を振るった。
レムナント・ワイトという名前が瞬く間に、遠くへ吹き飛んだ。
そうか、超能力は通じるんだ・・・。
「もう大丈夫だよ、リッカさん、メープルちゃん」
「スウ―――!!」
❝スウが来たぞ!❞
❝スウならなんとかしてくれる!!❞
❝お願いだ、リッカちゃんとメープルちゃんを助けてくれ!!❞
スウにわたしの視聴者のコメントは見えていないだろうけど、スウは手のひらをレムナント・ワイトに向ける。そうして、
「〖超怪力〗〖念動力〗!」
何かを握る仕草をした。
すると、何もない空中で破裂音がしてグジュリと黒い液体が染み出してくる。
さらにスウが腕を引くと、衝撃波と共に何かが近づいてくる。
「〖サイコメトリー〗!!」
ヒーローが衝撃波と交差する瞬間、左手で何かを引きちぎるような動作をした。
すると、レムナント・ワイトという名前が消える。
「〖再生〗!」
スウがスキルを使う。
わたしと楓の傷が、瞬く間に癒える。
すると、わたしの視聴者が驚く。
❝え、そういうスキルあるの!?❞
傷を完全に癒やす凄いスキル・・・すごい、内臓の痛みが完全に消えた。
――けど、体力は戻らないようだ。スキルは体力を使うからだろうか・・・。
しかしわたしの目に、遠くからこっちに向かってくる無数のレムナント・ワイトの名前があった。
スウが、青ざめる私の手を引いた。
「逃げるよ、リッカさん、楓ちゃん!」
わたしと楓を抱えたスウが、とんでもない速度で飛翔しだす。
沢山のレムナント・ワイトという名前が、どんどん遠ざかって行く。
わたしは、自分が今にも気を失いそうなのを感じていた。
❝助かった、本当に二人が助かった!!❞
❝スウ、マジでありがとう、2人を助けてくれて本当にありがとう! ――早く、休める場所に運んであげてくれ!!❞
やがて爆発が有った場所に来ると、遺跡に穴が空いたのか、宇宙が見えている。
『スウさん、バーサスフレーム準備OKです!』
スウはアリスの声を聞いて、迷わず宇宙に飛び出す。
そうして、ニュー・ショーグンの手に乗ると。スワローテイルを呼んだ。
命理が私達の方へ、宇宙空間を飛んできて、
「目的の文書も見つけたわ」
チップと紙束を見せた。
スウが頷く。
「よし、こんな遺跡にもう用はない。帰ろう!」
アリスはダーリンと合体して、ワープ開始。
スウが楓と私をスワローテイルに運びながら、通信する。
「シプロフロートは、大きすぎるので、後で回収しに来よう。傷は治したけど、とにかく2人をハイレーンか、フェロウバーグの治療施設に連れて行かないと」
スウは、わたしと楓をスワローテイルのワンルームに寝かせた。
わたしは体力がもう無くて、霞んでいく視界でスウの優しい顔を観ながら告げる。
「スウ」
「なに――リッカさん」
「妹を助けてくれて、本当に―――ありがとう」
「お礼は、私を間に合わせた神様に。――ただ今は体を休めて、後は私に任せて」
「うん、任せる」
わたしは涙目で微笑んで、安心して意識を手放した。




