99 ホラーな遺跡に入ります
◆◇◆◇◆
さて、私達はドラムみたいな遺跡の入り口で遺伝子をチェックされ、侵入を許可され入ったわけだけど。
中では、
「あ゛ー」
「う~」
「ぅうぅう」
という呻き声が響き周り、死体が歩いていた。
「これは・・・」
私が顔を引きつらせると、アリスが「うわぁ」という感じで私に返す。
「完全にホラーですね」
「旧人類でしょうか」
メープルちゃんは案外平気そうだ。
私は、急に後ろから引っ張られるのを感じた。
銃のホルスターを付けているハーネスの部分を、ギュッと握られたようだ「ん?」と振り返ると、真っ青な顔のリッカさんが握っていた。
私はビックリして尋ねる。
「だ、大丈夫? リッカさん」
「う、うん・・・・だ、大丈夫」
リッカさんは、ホラーとか駄目な感じなのか。
大男をあっさり制圧するのに、怖いものもあるんだなあ。
私がリッカさんの意外な面に驚いていると、メープルちゃんがニヤニヤして姉を指さして指を回した。
「お姉ちゃん情けないなぁ~、これだから私がいないと駄目なんだよね」
「情けなくなんか無い、怖くなんかない」
メープルちゃんは中学生らしいのに、平気なのか。
ちなみにメープルちゃんは弓道が得意らしく、和弓みたいな大形のコンパウンドボウを背負っている。
コンパウンドボウにしては大きすぎるけど、凄く軽い素材で出来ているらしい。
さらに、しなりで威力を上げているらしくて普通のコンパウンドボウより扱いが難しいんだとか。
でも和弓に親しんだメープルちゃんには、しなりが有る方が良いらしい。
視聴者がゾンビを見て、❝怖すぎる❞ ❝コメを絶やすな!❞ ❝米を炊け!❞とか言ってる。
絵面が辛いのか、視聴者数が1万人ほど減った。
私だって辛い。映画とかの作り物じゃなくて、ガチの死体が歩いているんだから。
こっちは、普通の女子高生――かは才能がない私なので議論の余地はあるけど。ただの女子高生なんだよ・・・。
「イルさん、あのグールって――生前の人の意識とか残ってない? 撃っちゃって大丈夫なの?」
『一度死んだ存在に、MoBが単純な思考を与えた存在です』
「なら、本当に動く死体なのか・・・」
私達は今、バーサスフレームを駐機できるドックから出てきたばかりなんだけど、入り口は高台になっていて、眼下には中世・北ヨーロッパみたいな町並みが広がっていた。
アムステルダムみたいな町中は、白目を剝いて夢遊病者のように徘徊するグールで溢れかえっている。
ちなみにVRの情報にも〝グール〟と表示されている。
さらに町の奥、このドラム遺跡の最奥には工場らしきものが有った。
所々鉄骨がむき出しで、鉄で出来た死骸みたいだ。
工場だけが中世ヨーロッパな風景に似つかわしくない、異質な空気を放っていた。
「イルさん、目標はあの工場?」
『はい』
イルさんが答えると、メープルちゃんが弓を構える。
矢は、背中の何もなさそうに見える場所から取り出した。
どうやらアリスに<次元倉庫の鍵>を貰ったみたいである。
「じゃあ数を減らしながら、進みますか?」
言って、矢を引いて解き放った。
ヒュン という風を切る音がして、ふらふらと揺れながら歩いていた女性のグールの頭が弾け飛んだ。
―――どんな矢を使ったら、あんな事になるんだろう。
アリスも火縄銃みたいな銃を取り出す。
戦国時代の銃みたいな見た目だけど、中身はオートマチックのピストルだ。
ただ、普通のピストルより大型なので銃弾は60発入る。
「躊躇なく行きますねえ」
アリスは10秒ほど狙って放つ。
外れる。
「――なぜ当たらないのでしょう・・・」
わかんない。
私もニューゲームを取り出した。今は拳銃モード。
そうして、撃鉄を指で起こしてから撃つ。(弾丸は既に、発射準備完了の位置にあるので)
さすがロイドさんの作った傑作銃、撃てば当たり前のように当たった。
やっぱり照準どおりに飛んでいくんだもんなぁ・・・。
大きな照準器をつけると、ホルスターから抜く時引っかかったりするからアイアンサイト(銃に元々ついてる照準)で撃てるのは、メリット大きい。
――とまあロイトさんの銃の性能はいいんだけど、グールの歩みは止まらない。
銃弾がかつて脳だった部分を貫通したくらいじゃ、止まらないようだ。
アリスが乾いた笑いを発する。
「いや、ここ高台で地上から500メートルの高さなんですけど。2人ともよく当たりますね」
命理ちゃんも手を指鉄砲の形にして、指から銃弾を放ってグールを撃ち始めた。
――だけどグールは、やっぱりなかなか止まらない。
ちなみにリッカさんは怯えて、行動不能のデバフが掛かっている。
「うーん・・・。――数が多すぎる上に、なかなか止まらない――楽に倒す方法はないかなぁ」
燃やす? いや、ダンジョン(密室)で火を使うのは怖いっていうしなあ。
大量に燃やすのは、こんな閉鎖空間だと発生するガスが怖い。
某アニメでも、コロニー内では化学反応に気をつける描写があったし。
というかグール全部燃やすとか、街中が大火事になって移動しづらそう。
外からドラムの壁を破壊して空気抜いて、グールを宇宙空間に飛ばそうか?
いや、酸素がないのは探索しづらくなる。
酸素供給器の予備の固形酸素も<次元倉庫の鍵>に幾つか用意してるけど、無限じゃないし、ボンベ壊されたら死んじゃうかもだし、わざわざ自分の弱点を増やすこともない。
遺跡の回転力を失わせて重力を奪ったらグールが宙に浮いて、移動できなくなって安全になる?
いや、こんなでっかいのが宇宙空間で止まるのに、何千年掛かるんだ。
いくらバーサスフレームでも、居住区や巨大な工場までまである重そうなドラムの回転を容易に止められるとは思えない。
バーサスフレームの武器をこんなところで撃ったら、穴あくよね。
「あ――でもまって。そういえば外から見た時、回転は随分遅かった――あの回転の速さじゃGが得られないんじゃ?」
そうか、ここは静止軌道じゃない――極軌道だ。
重力を得るために、あんまり回転を早くすると、このドラム缶は軌道を離れどっかに飛んで行っちゃうか、惑星に落下するはず。
――なのに1000年以上もきちんと極に静止してて、中はほぼ1G。
すると、どっかに重力制御装置が有るはず。
「――イルさん。ここの重力制御装置の場所って分かる?」
『円筒の中央、柱のような部分、あそこに重力装置があると予想されます』
見上げれば確かに、ぶっとい円柱が架かっている。
「あれか、外から壊して質量や軌道を弄るのは怖いけど――」
私は円筒の中央にある、ごん太柱を観察する――すると。
「入り口、ここの真上じゃん」
私たちが出てきたドックから繋がる階段を見つけた。
「ちょっと行ってくる」
私がグラップルで飛ぼうとすると、アリスが首を傾げた。
「へ? スウさんどこへ」
私は上を、指で示しながら。
「あそこ」
いうと、リッカが私のハーネスを引いて、首を振った。
「やだ、スウ行っちゃ――やだ」
「え」
手が震えている――怖いのか・・・。
なんか、か弱い女の子みたいでちょっと(キュン)としてしまった。
「みんなが居るから、大丈夫だよ」
「やだ、スウがいい。アイツ等役に立たない」
「ちょ・・・・、そりゃスウさんみたいには戦えませんけど・・・」
「お姉ちゃんヒドーイ」
私は、命理ちゃんを観る。
「命理ちゃんは、滅茶苦茶強いよ」
「あの人のこと、よく知らない」
たしかに命理ちゃんとリッカさんはボス戦とかでちらっと顔を合わせただけで、会話もしたこと無いかもしれない。
「うーん」
今にも泣きそうに瞳を揺らすリッカさん。そんな目をされたら置いていけない。
「分かった。じゃあ私に掴まって」
リッカさんが、私の首に腕を回して抱きついてくる。
うーん、爽やか系の柑橘な匂い。ハー、スーーーーーー。
「行くね」
「うん」
私はリッカさんを左手で抱いて、グラップルで飛んだ。
〖超怪力〗もあるし、リッカさんは軽いんで余裕で抱っこできる。
ちなみにさっき勲功ポイントで買ったんだけど、2つ目のグラップルワイヤー。
両手に有った方が便利かな、と思ったんだ。
いや、これをリッカさんに渡さなかったのは、リッカさんを抱っこしたかったからじゃないよ?
いや・・・待って? 私〖念動力〗と〖飛行〗があるんだから、こっちで飛べばいいじゃん。
――アホちゃうか。
グラップルワイヤーは、あとでリッカさんとメープルちゃんにプレゼントしよう。
あいや、リッカさんもメープルちゃんも持ってたな。
私は、ワイヤーをしまって〖飛行〗で背中に光の翼を生やして飛ぶ。
〖念動力〗よりコッチのほうが飛びやすいな。
リッカさんが、ちょっと目を輝かせた。
「スウ、かっこいい」
「ありがと」
スイーっと飛んで、階段の上に着地。
リッカさんを降ろすと、不安そうにしていたんで尋ねる。
「手、握る?」
リッカさんが無言で頷いた。許可を得たんで、リッカさんの手を引いて階段を登っていく。
すると、ごん太柱のくぼみの中にドアがあり、鍵がかかっていたのでショットガンで撃ち抜いた。
「ショットガンはマスターキー」
ドアを開けると、
「ひっ!!」
リッカさんが小さな悲鳴を上げて、私の後ろに隠れた。
扉の奥では警備員らしき格好をしたグールが、揺れながら立っていたのだ。
彼はこちらに気づいたらしく、機械で動くシーソーのように肩を揺らしながらコチラにゆっくり歩いてくる。
私はニューゲームで、グールの両足を撃ち抜く。
対物ライフル並の衝撃を持った一撃は、グールから歩行方法を奪った。
だが、グールは歩けなくなった程度では止まらない。腕を使って床を這って来る。
私は両腕を吹き飛ばす――が、それでもイモムシのように這って噛みつこうとして来る。
首を吹き飛ばすが、まだ顎と舌を動かして近づいてこようとするので、顎と舌を吹き飛ばした。
すると瞼や眼球まで使って、近づいてこようとしている。
私が銃弾を3発打ち込んで、頭を半分にすると、やっと止まった。
「まじで止まらないじゃん・・・・何なん・・・」
ちなみにナンセンスなスプラッタでホラーな光景に、コメントも阿鼻叫喚。
ショットガンで削った方が良いかも知れない。
私は、ニューゲームからショットガンに武器を切り替える。
――ただ、その必要はなかったんだけど。
さらに奥に進むと、大きな部屋の中にグールがパニック映画みたいに溢れていた。
❝おいおい、こんなのどうやって進むんだよ❞
流石にこれは倒してらんないと、私は爆弾を使った。
酸素供給器用の予備として<次元倉庫の鍵>に用意しておいた、固形酸素のパックを扉の向こうに放り込んで、続けて火種を放り込んで。ドカン。
結構な大爆発が起きて、遺跡全体が揺れて、ごん太柱に穴が空いたのはちょっと予想外。
❝この人、大量のグールを見た瞬間、酸素パックを取り出したぞ❞
❝思考が容赦ないし、躊躇もないんよ❞
とりあえずリッカさんを抱え、〖飛行〗しながら先に進んで、操作基盤を見つけたのでイルさんに教わりながら重力停止。
重力制御室の窓から街を見れば、グールが「ぷか~」と空中に浮き上がりだしていた。
腐った脳みそで考えてるのかはしらないけど、たりない頭では移動方法が分からないらしく藻掻いている。歩こうとして、その場でバタバタしている個体がほとんど。
中には、物凄い速さで足を動かしている個体もいる。
名前がグール・スプリンターとかなっている。
重力がある状態で、あんなのに襲われたら堪らなかったな・・・。
「これで、安全に工場まで行けるね。戻ろっかリッカさん」
「うん」
私達は、さっき起こした酸素爆発で空いた穴で壁を蹴ってアリスたちの方へ。
私達のパイロットスーツには、腰の後ろに酸素を放出する機能があって、これを使えば無重力中を自由に移動できる。
それに遺跡の中に酸素が有るので空気抵抗は残っているから、手足で空中を掻けば少しだけ移動もできる。
自由に飛べる寸法だ。というか〖飛行〗(略。
「ただいま」
「おかえりなさい」
リッカさんを抱いて元の場所近くにくると、浮いたアリスがパイロットスーツの腰の辺りから酸素を放出して、ショーグンのカメラからコチラに向き直って返事を返してくれた。
ただ向き直ってもあんまり上手く止まれないみたいで、ゆっくりと回転する。
アリスはさっきまで、視聴者と何かを話していたようだ。
「何を話してたの?」
「スウさんの学校での様子の話です」
「へ?」
え、まってこの人今なんて言った?
「あの、アリスさん? 私の何を視聴者と話してたんですって?」
「学校での様子の話です」
「貴様、何をバラしてくれた!!」
私は発狂したように叫んだ。
私の私生活で、誰かに語っていいエピソードなど1つもない! あらゆる出来事が恥だ!
恥の多い人生どころか、ALL根こそぎ恥の人生なのだ!!
アリスが、私の抹殺方法を暴露してくる。
「休み時間は、誰にも話しかけられないように寝てるとか。体育でペアを組まされると、相手が居なくて毎回先生とペアを組んでいるとか。女の子なのに、いっつもトイレに一人で行ってるとか」
「なにを私の居ない場所で、私を殺戮してくれてんの!?」
トイレ事情は、もう本当に泣くぞ!?
「いいじゃないですか、それも青春ですよ」
「そんな暗くて凍えるような春が有ってたまるか――黒冬だ! むしろ私の学生生活は、黒冬だ――日本の言葉的には玄冬だ!」
するとリッカさんが「ぷぷぷ」と笑う。
「スウ、ボッチじゃん」
「をまいは、グールに襲われる危険がなくなったら、急に強気だな!」
私はリッカさんの両頬を「この口か! この口が悪いのか!」と引っ張っておく。
そうしてからアリスに向き直る。
「休み時間には大抵は寝たフリしてるけど。ちゃんと、起きてる時もあるでしょ!!」
「あ、昨日は模型のホビー雑誌読んでましたね」
「衝立してたのに、なんで雑誌の種類バレてんの!?」
「昨日が発売日じゃないですか」
「君は、なんで自分が読まない雑誌の発売日を覚えてるの!? というかなんで、私の休み時間の生態にそんなに詳しいの!!」
「――言わせないで下さいよ」
「言え、今すぐ吐け。それは、断じて可愛らしい隠し事などではない!!」
❝いやー、見事なボッチだなスウたん❞
❝涙拭けよ❞
❝もう、『スウの日常』とかいう切り抜き出てて笑う❞
まてまてまて!
「切り抜き出てんの!?」
❝流石は、日本で一番有名なフリー素材ワロwww❞
❝もう5万再生行ってて笑うwww❞
私は、頭を抱えて仰け反った。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
❝SANチェック入りま~す❞
「ひぎぃ」私は絞め殺された豚のような声を上げながら白目を剥いて、仰け反った。
❝はい失敗した❞




