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追うもの、追われるもの〜出産して魔力と職を失った魔術師、子の父親から逃避行〜  作者: wag


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『あのなあ、焚きつけてくれるなよ』


ハルバートが去った港町のギルド長室では、

ふたりのギルド長が通信箱を通じて話し込んでいた。


「すまんすまん、

 ついお節介したくなってな」


『まぁ、こちらとしても幸せになってもらいたいんだが。

 いかんせん障壁が多すぎるんだ、あの二人は』


「しかしなぁ。

 アメリア嬢が駄目男に搾取されてるなんて、

 見過ごせんだろう、ハルバート君としては」


『まずそこが違うんだなぁ』


「そこ?」


『アメリアはシングルマザーだ』


「は?じゃなんだ、マテオって奴は逃げたのか」


『マテオは・・・息子の名だ、夫じゃなく』


「は?じゃあの二人の気持ちさえあればくっつけるじゃねえか」


『馬鹿言え。

 最低限ハルバートが貴族籍から抜けるまでは無理だ。

 その上ダフネとかいう女狐に社交界がしてやられてる。

 結婚したとしても針のむしろだ』


「それを何とかしてやってくれよ、公爵の弟さんよ!」


『戦況は厳しいぞ。

 貴族どもに結託されると魔術師協会自体が危うい』


「あぁ、『あんな奴に横暴させるな、連れ戻せ!』ってか」


『そういうことだ。

 ついでにダフネと結婚させろとか、愛人を消せとかな』


「怖気が走るね。いやだねぇ、貴族ってのは」


『まったくだ』


ふたりの間に長いため息が落ちた。



ーーーーーー



「あぁ、今年は虫が出るのが本当に早いわねぇ。

 夏が暑くなるのかしら」



モーリーの保育所でお茶を頂いていたアメリアは、

そうモーリーが呟くのを聞き、

台所をぷーんと飛び回る虫を目で追った。


虫は大まかな分類で、その中には狭義の『虫』も『魔虫』も含まれている。まぁ、扱いとしては一緒だ。


「保育所には畑があるから、そこから湧いてくるの。

 こどもたちのお昼寝の時なんかすごいわよ。

 音を立てずに虫を倒すプロよ、私」


「あはは」



アメリアは笑ったが、頭の中ではどうにかできないかな、と考えていた。

一般的には蚊帳を使って虫を防いでいるが、魔虫はそうはいかない。

彼らは口から酸を吐いて、蚊帳を簡単に突破してしまう。

そうすると蚊帳ごと新調せざるを得なくなるため、

あまり蚊帳自体好まれないのだ。




翌日、マダム・カリファとまたもお茶をしていたアメリアはその話をしていた。


「確かに、今年は虫が多いわね。

 どっちかというと魔虫のほう」

「厄介ですね」

「あいつら大事な生地を食い荒らすからね。

 我が街の天敵よ」


この街はマダム・カリファを中心とした被服業が盛んだ。

魔虫は綿や絹を好んでかじる。

生地屋も縫製屋も、魔虫の多い夏の季節は頭を悩ませていたという。



ますます何とかしたい。


「うーん」

「どうしたの?アメリアさん」

「うーん、魔虫をどうにかできないかなと」

「あらぁ、できるの?どうにか」

「出来るかは分からないんですが」


期待してるわね、とマダムはアーモンドを一粒かじる。


「ところで売れてるわよ、あなたの商品」

「いつもありがとうございます」

「まだ小出しに、大事なお客様にだけお出ししてるわ。

 人気なのは意外とランタンね」

「そうなんですか」


またアーモンドを一粒口へ運ぶ。


「夜傘もストールも、べらぼうに綺麗だからね。

 悪目立ちを避けたい貴族令嬢たちは様子見よ」

「なるほど、照れますね」

「多分服飾品は王女様が最初に使うことになるわ」

「恐れ多いことでございます」


「あなたの名は秘匿しているわ。

 悪いけれど、しばらくは私の陰に隠れててもらうわよ」

「私もあまり多くは作れませんし、

 その方がありがたいです」




その日、アメリアは街で一張り蚊帳を買った。

試してみたい方法があったのだ。


「ママ、お仕事?」


夕食を食べ終えほかほかした体をアメリアにくっつけ、マテオは手元をのぞき込んだ。


「うーん、ちょっと実験、かな」

「じっけん」

「そう。新しい便利なものを作れないかと思ってね」

「すごいね」

「ちょっと熱いかもしれないから、離れてもらっていい?」

「うーん、嫌だ。背中にくっついて見るのは?」

「まぁ・・・ならいいかな」


というわけでマテオはソファに立ち、座るアメリアの背中にくっついている。


アメリアは今日買った蚊帳を取り出し、保護魔法で全体にコーティングをかけた。


この技術はランタンシェードを作った時に使ったものである。布でできたシェードが万に一つも燃えてしまわないよう、薄く保護魔法をかけた。技術自体はもともとあるもので、雨具や暖炉の前に敷くカーペットなどに掛けられていることが多い。


「気持ちいい」


マテオが嬉しそうに言う。

アメリアも最近知ったことであるが、アメリアが魔術を使う間マテオが触れていると、魔力の出力が安定したりよく持続したりする。そしてどういう訳かマテオも気持ちいいらしい。


多分ではあるが、アメリアの魔術を通じてマテオの豊富な魔力のガス抜きになっているのでは、と考えている。


「さあて、ここからが本番よ」


アメリアは一旦蚊帳を膝から下ろし、

指先からいつものように細い魔法を出した。

いつもの光魔法ではなく、火魔法である。


それを格子状に編んでいき、時間をかけて大きな火魔法のネットに仕上げた。

今日は調子がいい。こんなに大きなものが作れた。


それを今度は、蚊帳を少しずつ伸ばして順に付与していく。


「付与するのは外側だけ。内側は保護魔法だけ」

「これ、何するの?」

「見ててごらん」


そうして出来上がった付与付きの蚊帳を、アメリアはベッドにつるした。


「マテオ、この蚊帳は触っちゃだめよ。熱いからね」

「わかった」


試しにアメリアも魔力を込めて蚊帳の外側を触ってみる。

すると触ったところだけネットが赤く発光し、


「熱い!・・・でも良かった、火傷するほどじゃない」


温度にすると熱い飲み物に手を入れたくらいの感じだ。


「さ、今夜はこれで寝てみましょ」

「うん、なんかふにゃふにゃする」

「もしかして魔力を使いすぎたかしら。

 ごめんね、マテオ」

「ううん、気持ちよかった」


まるいおでこにひとつキスを落として、

うとうとし出したマテオをベッドに寝かせた。




…翌朝。


「大成功ね」


昨夜と変わらない蚊帳の下には、

2匹の魔虫の亡骸が転がっていた。

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