7
「おお、さすがの賑わいだ」
ハルバートは快晴の空高くから、目当ての街を眺めた。
イアンと別れて数日、ようやく南の港町までたどり着いた。
・・・実際は、もっと早く来れただろうと思う。
しかし、アメリアに会ったら何と言おう、どんな顔して会おう、と考えに考え、ウジウジして無駄に寄り道してしまったのだ。
しかも行く先々でアメリアへの土産を無意識に探してしまうもんだから、手に負えない。土産袋の数と一緒に、アメリアに会えるという喜びが膨らんでいった。
会ってするのが謝罪と失恋であると分かっていても、会いたい気持ちは止まらない。
柄にもなく緊張しているのがハルバート自身分かった。
冷たい手汗を握り込み、街へ降下していった。
ーーーーーー
「失礼する」
ハルバートはまず早速、街の魔術師ギルドに顔を出した。
受付の女性はハルバートの姿を見るなり、
「は・・・?」
と幽霊でも見るような顔をした。
すぐさま後ろを振り返り、建物中に響き渡る声で、
「ギルド長ーーーーー!!!
ギルド長ーーーーーーーー!!!」
と叫んだ。
その声を聞きつけた所属魔術師たちがガタガタ音を立てて現れ、
「は?本物?」
「嘘だろ?」
「あれって・・・『蒼の隊』?」
「ストライキ中じゃ」
「え、これどうしたらいいの?」
と口々にざわめいている。
すべて聞こえているハルバートとしては居たたまれない。
「ちょっと静まらんか」
奥から現れたのは、南の街らしくシャツを開襟にした浅黒い肌の男だった。
「ようこそ、『蒼の隊』。ギルドマスターのロッチだ」
「初めまして、ロッチ卿」
握手を交わす力が強い。戦闘系の魔術師だろうか。
「ここに貴殿がいると皆が落ち着かんのでな。
すまんが上がってくれ」
「ではお邪魔いたします」
促され入室した執務室は、雰囲気が王都のものとはまるで違っていた。
書類は最低限といった具合で、ところ狭しとなんだかよく分からない置物や宝飾品が並んでいる。人の顔が縦に5段並んだ模様のポールに、じっと見られている気がする。
なんだこの部屋は。
「さあて、すまんな、そこへ座ってくれ。
ああ、その鏡に触るなよ、卒倒するぞ」
無造作に棚の上に転がった鏡を指す。
なんでこんな危ないものが・・・
「なんでこんな危ないものが、って思ったか?
俺は『解呪師』だからな。国中から物騒なものが集まってくる」
はは、と快活にロッチ卿は笑った。
「魔術師もろくでもない道に走るものがいる。
物や人に変に複雑な魔術をかけて、危害を加える。
それを『呪い』と呼び、それに解除するのが俺だ」
「なるほど」
ロッチ卿は引き出しを開けると、引き出しに向かって「すまんが珈琲を二人分頼めるかな」と呼びかけた。また引き出しから「ご贔屓にどうもー!」と声が返ってくる。
「近所の珈琲屋だ。デリバリーに来てくれる」
「引き出しから呼びかけとは」
ハルバートは笑う。
「で、ようこそ、『蒼の隊』。休暇中のご旅行かい?」
「ええ、そんなところです。
あとはこちらに来ている同期に逢いに」
「・・・同期、か。名は?」
「アメリア・ハーバー。
こちらに任務で派遣されているはずですが」
ロッチ卿は答えず、曖昧に笑った。
「もしかしたら・・・名字が変わっているかも」
「『蒼の隊』、単刀直入に言おう。
アメリア・ハーバーは、この街には来ていない」
「え・・・しかし、辞令が」
「少し待ってくれ」
ロッチ卿は立ち上がり、デスクの中から小さな小箱を取り出す。
それをハルバートの前に差し出す。
「これは」
「開けてくれ。そうすれば分かる」
恐る恐る開けた小箱には、小さな手紙鳥がくつろいでいた。
手紙鳥はハルバートを見ると、手のひらに飛び乗ってその体を広げ、便せんへと変化する。
『ハルバート、すまんな。アメリアの辞令は嘘だ。
お前が彼女の事をただの同期だと思っているならいい。
それ以上の気持ちがあるなら、探さないでやってくれ』
それは、王都ギルド長であるスウェイン卿からの手紙鳥だった。
「スウェイン卿から、もし君がギルドを、
アメリア嬢を訪ねてきたらこれを見せてくれと言付かっていた」
「・・・ギルドマスターはお見通しって訳ですか」
「そうだ。・・・俺はアメリア嬢に会ったことがある。
1年前だ」
ハルバートは弾かれるように顔を上げる。
1年前。アメリアはすでに出産していたはずの時期だ。
「王都のギルドでな。
・・・産後魔力減退ってのは厄介だから、印象に残ってな。
色んな職員の雑用をかき集めて、背中を小さく丸めて仕事してたよ。
残酷だよな」
「アメリアが・・・」
「現場にはもう出てないと言っていた。
優秀だったらしいのにな」
そんな思いをしてまで、なぜアメリアはギルドにしがみついたのだ。
いったい彼女の夫は何をしているのか。
「そんな・・・あの、アメリアの夫のことを知りませんか。
マテオという名のはずですが」
「そいつは知らない。
だがアメリア嬢は働かなきゃいけない理由があったようだ。
主に経済的な理由だと聞いた」
ハルバートのこめかみで、ふつふつと音がした。
マテオ、アメリアの伴侶。
アメリアが屈辱に耐えてまで仕事をする必要があったのか。
アメリアを幸せにしてやれる器の人間ではなかったのか。
「世の中にはなぁ、どうしようもない奴に惹かれちまう女がいるんだよなあ」
ロッチ卿は腕を組んで大きなため息をついた。
コンコン、とノックの音がする。
「ギルド長、珈琲のお届けですよ」
「ああ、ありがとう。『蒼の隊』、君もどうぞ」
珈琲を手に入ってきた受付嬢は、ハルバートをちらちらとのぞき見ている。
「キキ、仕事に戻んなさい」
「はーい」
間延びした返事をして受付嬢が去ったあと、ロッチ卿は再び口を開く。
「その調子はアレだろう、昔の恋人ってやつだろう?
いいや答えなくて結構、色々あるだろうからな」
ハルバートはずずっと珈琲をすすって誤魔化す。
「さっきも言ったが、
女の中にはろくでもない男にばかり惹かれちまう奴がいる。
そういう女は大概いい女だ。優しくて、しっかりしてて。
だからつけ込まれちまうんだな」
ハルバートは答えない。
「でもよ、今のままじゃアメリア嬢は、
そのマテオとかいう奴に食い潰されちまうんじゃねえか?
子供もいるんだろう?」
ロッチ卿はずい、と詰め寄ってくる。
「『蒼の隊』、君、アメリアの子を愛せるか?」
「それは無論」
言ってからはっとした。思わず反射的に答えてしまった。
「いいねぇ。
もし君に気概があるなら、奪い去っちまえばいい」
「奪い去る・・・」
「そうだ。君なら彼女と子を養える。
連れ子と同等に愛せるなら、新たに子を授かることもできる」
アメリアと自分の子・・・
ハルバートは夢想した。
自分の銀髪とアメリアの亜麻色の髪、どちらを受け継ぐのだろうか。
いっそ混ざり合った色になるものいい。
瞳の色は?男の子?女の子?
彼女に会って、謝って、許しをもらえたら。
今幸せか聞いてみよう。
もし、彼女が幸せでないとしたら。
彼女の笑顔が曇っていたとしたら。
・・・その時は、己のすべてをかけて彼女を取り戻す。
「・・・ロッチ卿、お願いがあります」
「なんだろうか」
「『通信箱』を貸してください」
『通信箱』とは、主たる機関に置かれた緊急連絡用の魔道具である。
魔力消費量が大きいため、通常は魔術師ギルドにしか置かれない。
手紙鳥との違いは、リアルタイム通信が可能な点だ。
ロッチ卿はにやりと笑い、
「おうともよ」
と通信箱を投げてよこした。
ハルバートはそれを使い、ある人の持つ通信箱へ繋ぐ。
『なんだ、ロッチ卿。どうした』
箱の中から洞窟の中のように声が響く。
「ああ、僕です、ハルバートです。
ギルド長、進捗いかがですか」
相手は王都ギルドマスター、スウェイン卿だ。
『お、お前、本当に行ったのか!
じゃあ手紙鳥も見ただろ?
アメリアを探すんじゃないぞ、やめろよ』
「それはどうでしょうね。
あいにく彼女に会って確認すべきことができましたしね。
ところでギルド長、婚姻は撤回させられそうですか?」
『お前・・・あのな。
一応お前の父親は叩いておいたが、
厄介なのはあのダフネとかいうお嬢ちゃんだ。
また変な動きをし始めてるぞ』
「変な動き?」
『ああ。
お前が家と喧嘩して出奔中なのが隠せなくなると、
お前が他の女に気移りしたという噂を流し始めてる。
すごいぞ、今のお前の株は急落中だ。
「不在中支えた健気な婚約者を捨てて別の女に走った男」扱いだ』
「はぁ?!それでどうして彼女に理があるってんですか」
『いくつもある。
まず、救国の英雄の株を落とせる。
そうすると家に縛り付けやすいからな。
次に自分は同情を引ける。
お前、王都に帰ってきたら袋叩きだぞ。
下手すると「責任をとれ」とかでバージンロード直行だ』
「最悪だ」
『最後に。
今後もしお前の目撃情報が出て、その隣に女がいたとする。
どうなると思う?』
ハルバートはごくりと唾を飲む。
『間違いなく攻撃される。
アメリアは平民だ。あっという間に潰されるぞ』
ハルバートは思わず頭を抱えた。
策士ダフネ。




