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追うもの、追われるもの〜出産して魔力と職を失った魔術師、子の父親から逃避行〜  作者: wag


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「アメリアさん、問題ないかい?」

「ギルド長!ええ、問題ありません!」


マテオと一緒に顔を出したギルドで、アメリアは手を振り返事をする。



新しい街での生活は、すこぶる順調であった。

優しいギルドメンバーに恵まれ、また最初のお客さんであるマダム・カリファは無理ない程度に継続的に仕事を回してくれる。


「え、服じゃないんですか?」

「そうよ、まだ服にはしないわ」


最初の挨拶から2週間後、再びマダムの店で相まみえたマダム・カリファは、アメリアの生地を本格的に売り出そうと策を考えてくれていた。


「あの、あまりたくさんは作れないのですが・・・その、産後に魔力が減退しておりまして」

「聞いているわ。これを見てくれる?」


マダムがそう言って取り出したのは、布でシェードができた手持ちランタン、小ぶりな日傘、そしてストールだった。


「あなたの生地は本当に美しいけれど、豪奢なドレスに仕立てるのはまだもったいないわ。 何というか・・・もっと儚くて、静謐なものが似合う」


手持ちランタンを手に取ると、

「これは夜の寝室の明かりに」


日傘を手に取ると、

「これはね、夜に使うのよ。夜会の最中、庭園を散歩する時なんかにね。

 魔力を通して柔らかく発光する傘はきっと素晴らしいわ」


ストールを手に取ると、

「冬の時期の夜会でドレスを着るのは堪えるわ。

 ファーでもない、レザーでもない、

 ウールの生地だけれど品と華やかさを合わせ持つ、ああ素晴らしいわ!」


マダムは手を組み、うっとりして語る。


「というわけで、ちょっと作ってみてちょうだい」




マダムはそう言って、小物の作成から依頼を始めてくれた。

ああは言っているが、きっとアメリアの魔力とキャパシティを考えてくれてのことだろう。本当にありがたい。



「ママ、これから先生のところ?」

「そうよ、マテオ、お勉強楽しい?」

「楽しい!」



さらに幸運だったのは、マテオの保育施設が見つかったことだった。

アメリアが仕事をしている間、どうしても相手ができないこともある。

マテオは非常におとなしく物わかりの良い子供であったが、遊び盛りの子供を親の都合で室内に閉じ込めているのも気が引けていた。


そんなとき、女性魔術師ヤクモが保育施設を紹介してくれたのである。

それも、魔力が高い子の扱いに慣れた、特別な施設だ。


「ほら、私の魔力を持って行った下の子の話をしただろう?

 今うちの子も、そこの先生にお世話になっているのさ。

 魔力が高い子は癇癪と一緒に魔力暴走を起こすこともあるし、小さいうちから魔力の扱いに慣れておいた方がいい」



そう言ってアメリア母子が訪れたのは、なんと魔術師が営む保育園だった。


「あら!あなたがアメリアさんね!ようこそ!」


出迎えた中年の女性はモーリーと名乗り、高魔力児保育専門の魔術師だという。


「もちろんこの街のギルドメンバーよ。

 あら、ちょっとゴメンね」


といって徐にサンダルを脱ぎ、

スパーン!

と親指大の虫を豪快に叩き潰した。


「失礼、今年は虫が多いわね、しかも大きい」


とウインクしたモーリーはとてもチャーミングだ。


「私はね、特に秀でた魔法もなくて、でも子供が好きだったの。

 それに私自身、幼少期に自分の魔力の扱いでずいぶん悩んだから、

 そういう子の助けになれればなって。

 親も魔術師ならいいけれど、そうじゃない子は親も悩んじゃうからね」


ということで、小さな保育所を作ることにしたのだという。

アメリアは感嘆してしまった。

この街には、自分の力で人生を切り開く女性がたくさんいる。

そして相互に協力して生きている。


「というわけで、マテオくんはお預かりするわね」

「よろしくお願いします!」



そういう訳で、朝にモーリーの保育所にマテオを連れて行き、アメリアは仕事をする。

無理ない魔力の範囲で仕事を終えたら、日が高いうちにマテオを迎えに行く。

そこからは一緒にマダムの店に納品に行ったり、買い物をして家に帰る。

夕食を作り、一緒に食べ、お風呂に入って寄り添って眠る。


『アメリアさん、マテオくんとたくさん手を繋いであげてね。

 高魔力児は母親との肌の接触が多いほど、魔力も気持ちも安定することが多いから』


モーリーはそう言った。

この街に来てから、マテオはよく笑う。これまで言わなかった我が儘も言えるようになった。


アメリアにはこの街の生活は、既に手放し難いものとなっていた。



ーーーーーーー


「これはいったいどういう事かな、イーヴランド殿」


スウェイン公爵家来賓室にて、スウェイン卿こと王都魔術師ギルドマスターは中年の男性と対峙していた。


「愚息が申し訳ございません」


次男であったため、市中に降りてギルドマスターをやっているが、腐っても公爵家の一員である。高位貴族であるイーヴランド侯爵家当主にも、そこそこ強く出ることができた。


ハルバートは書き置きを魔術師協会に提出しろと言ったが、その前に父親を叩くことにした。


「我が魔術師協会が与えた『蒼の隊』という称号について、貴殿はどう考える」

「どう・・・とは。大変栄誉あるものと思っております」

「ほお。では、この単騎隊が成し遂げる仕事の規模はご存じか」

「規模、ですか。あいにく私自身は魔術師ではないもので」

「貴殿、ご子息がひとつの国を救ったのも知らないのか」

「は・・・」


知らなかったのか、自分の息子がする仕事なぞたいしたことはないとでも思っているのか、イーヴランド侯爵の口から出たのは乾いた嘲笑だった。


「『蒼の隊』は、ただの称号ではない。その仕事の規模も、重責も、並のものではない。だからこそ我々は彼らを敬い、尊重する。貴殿はどうだ」

「どうだ、と言われましても」

「望まぬ婚姻を強要したそうだな」

「そんな!婚約内定は愚息も同意の上です!」

「では婚約もまだの段階だな」


う、と言葉を詰まらせる。


「しかし、ダフネ嬢はこの数年、愚息の婚約者として社交界に出ておりまして」

「婚約もしていないのに?面の皮の厚いことだな」

「そのような言い方はないでしょう」

「それについてハルバートはどう言った?感謝でもしたか?」

「・・・いいえ。愚かにもダフネ嬢とは婚姻しない、と」

「理由は?」

「信頼関係が築けない、と。勝手に社交に出たのが許せんかったようです」

「ではそれに対して貴殿はどうした?」

「そのような自分勝手を許すわけには行きません。親の言うことを聞かず情けない」


スウェイン卿は深く背もたれに身を預けた。


「なるほど、意見は対立という訳だな」

「は・・・?」

「魔術師協会は『蒼の隊』の意思を尊重する。貴殿は我々が敬意を向ける『蒼の隊』を蔑ろにする。つまり貴殿は魔術師協会を蔑ろにするという訳だ」

「そんな、暴論だ!」

「いいや、彼ら単騎隊はまさしく魔術師の顔。親だかなんだか知らないが、簡単に侮ってもらっては困るんだよ」


さあ、話は分かった。お引き取り願おう。

スウェイン卿は膝を叩いて立ち上がり、自ら扉を開ける。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


イーヴランド侯爵は焦りだす。


だがスウェイン卿が踵を二回鳴らすと、イーヴランド侯爵の体は宙に浮き、勝手に屋敷のエントランスまで運ばれていった。


「さあ、どう出るかな」


イーヴランド家の魔術師に関わる事業からの撤退、魔道具の販売や修理の中止、追い込む術はいくらでもあるが、まだその時期ではない。


「あとは・・・ダフネ嬢か」


ギルドマスターの戦いはまだ、始まったばかりだ。


ーーーーーーー


「ダフネ嬢、ご婚約者様の具合はいかが?」


ダフネは茶会に出ていた。

ダフネは伯爵家の令嬢であるが、実家の地位はさほど高くない。

茶会に今のように頻繁に誘われるようになったのは、ハルバートの婚約者を名乗りだしてからだ。


「ええ、あまり良くないようです。

 時折魔力が暴走するとかでわたくしも近寄ることを許されませんの」

「まあ・・・よほどお疲れだったのね」

「彼はたった一人で砂の国を救ったのですから、仕方在りませんわ」

「でも、ダフネ嬢にお会いになりたいでしょうに、大切にされておられるのですね」

「危険な目には遭わせられないからと」


ダフネは困ったように眉を下げて笑った。

近寄れないのは事実ではあるが、実際は長期休暇に入ったはずのハルバートどころか、イーヴランド家と一切連絡が取れていない。先触れなしで来訪しても良いが、まだ健気な婚約者アピールをしていたいダフネとしては悪手だ。


「あら、しかしダフネ嬢、わたくし先日面白い噂を聞きましたのよ」

「噂?」


茶色の髪を高く結い上げた令嬢が、じとりと嫌な笑いで皆に聞こえるように言う。


「ええ、『蒼の隊』が、お家の方針に納得できず喧嘩中ですって」

「なんてこと!ダフネ嬢、何かお聞きではありませんの?」


令嬢たちがざわめき立ち、一斉にダフネを見る。


ダフネは曖昧に笑い、

「まだわたくしはイーヴランドの者ではありませんから」

とだけ答えた。


「ダフネ嬢は謙虚でいらっしゃる!」

とまた令嬢たちは嘆息を漏らすが、先ほどの茶色の髪の令嬢だけは薄ら笑いでこちらを見ている。


『思ったよりしぶといわね』


ダフネは思った。

絡め取ってしまえばこちらのものかと思ったが、さすがにそうは行かないらしい。

とはいえ、絡める糸をがんじがらめにしてしまえば結果は変わらない。


次の一手の時期かしらね、とダフネはほくそ笑んだ。



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