番外編2
「クラーケンだと?!なんでこんな浅瀬に!」
続けざまに2本目、3本目の足がびたーん、びたーんと甲板に張り付く。
「マテオ、中に入れ!」
甲板から船内に入るドアに向かってイアンとマテオは走る。
が、その直前に1本目の足が動き、またびたーん、とドアの目の前に張り付いてしまった。
「何だってんだ!」
二人(と一匹)はまた甲板へ逆戻りし、船長に導かれて隙間に身を屈めて潜り込む。
「おじさん、クラーケンってあのイカの魔獣?!」
「ああ、馬鹿みたいにデカいイカだ!
ちなみに食うと美味いぞ!
そんな事言ってる場合じゃないがな!」
ぐわんぐわん揺れる船体、海水が甲板にかかって流れてくる。
クラーケンの3本の足はなおもびたん、びたんと張り付いては離れ、甲板を彷徨っている。
「何だ?何かを探ってるみたいな動きだな」
イアンは訝しく見ながらも、
「この調子だと目撃者も多いだろうし、
魔術師ギルドに誰か走ってるだろう。
しかしラッキーだぜ、今この街にはバートがいる」
「パパ?」
「ああ、君のパパは豪腕だからな。
誰よりも頼りになる男だよ」
イアンがマテオにウインクを飛ばした直後、
「うわあ!!」
船体がまた強く揺さぶられた。
ーーーーー
「クラーケン?何ですって?」
宿で休んでいたアメリア夫妻の元に、港町魔術師ギルド長、ロッチ卿が駆け込んできた。
「ああ、東の国の帆船を襲ってる!
こんな浅瀬に出るのも妙だが、
その船以外には目もくれずに張り付いてる」
「ちょ・・・ちょっと待って、
東の国の船って・・・」
アメリアとハルバートは顔を見合わせた。
「マテオとイアンが乗ってる!!!」
ハルバートはすぐさま出窓を大きく開け放ち、「ロッチ卿、出ます」と脚を掛けた。
アメリアは慌てて、
「待ってハルバート、私も!」
「でもリファもいる、君は残ってくれ」
2歳になりたての二人の次子、リファは不安そうにアメリアの手を握っている。
「そ、そうだけど・・・!」
「あ、あの!」
その時、ロッチ卿を部屋まで案内してくれた短髪の女性スタッフが声を上げた。
「よろしければお嬢様は私が見ます。
リサさんと一緒に見ますから、
ご不安でしょうがどうか信じてください」
ハルバートはじっとスタッフを見つめると、意を決したように頷いた。
「・・・リファを頼みます。
アメリア、行こう!」
「え、ええ。
ありがとう、この子をよろしくお願いします」
「はい、ご子息のご無事をお祈りします」
「リファ、このお姉さんと待っていられる?」
リファも幼子ながらに緊急事態に感づいたのか、大きな亜麻色の瞳を揺らしてうん、と頷いた。スタッフの女性が膝を突いてリファに視線を合わせ、
「お嬢さん、パパとママは格好良くお仕事してくるからね。
お姉さんと遊んで待っていよう」
「うん」
リファが笑ったそのやりとりを聞いて、ハルバートとアメリアは出窓から勢いよく飛び降りた。
ーーーー
どれくらい時間が経っただろうか。
ぐわん、ぐわんとクラーケンの足が這う度船が強く揺れる。
「マテオ、大丈夫か?!
もう少しの辛抱だからな!」
「うーん、気持ち悪くなってきた・・・」
マテオはあまりの強い揺れに、すっかり船酔いしていた。
クラーケンは父がやっつけてくれると信じているものの、
この揺れを一刻も早く止めて欲しかった。
「マテオ、吐いてもいいからな。
そうだよな、気持ち悪いよな」
そのとき、マテオの腕の中でドー・ドーが「キャン!」と小さく鳴いた。
マテオに何かを呼びかけるように尻尾を振っている。
「あ、そっか。
パパを呼んできてくれる?ドー・ドー」
「キャン!」
「あ?」
その途端マテオの腕から飛び出したドー・ドーは、助走をつけながらそのふわふわ毛の背中から白い翼を広げ、空へ飛び上がった!
「ハア?!
おいマテオ、あれ犬・・・じゃなかった魔獣だった!」
「そう。ドー・ドーは飛べるの」
吐き気で白い顔をしながら、自慢の愛犬の勇姿を目を細めて眺める。
ドー・ドーは襲い来るクラーケンの足を器用に避けながら飛んだ。
・・・というか、
「・・・おい、なんか追われてねえか」
クラーケンの足が、見つけたとばかりに一斉にドー・ドー目がけて伸び上がる。
「・・・ほんとだ。全部の足が追っかけてる・・・」
さすがに困惑したのか、ドー・ドーも勢いを殺し、逃げ惑っている。
マテオは吐き気も忘れて這い出した。
「ドー・ドー!こっちに逃げてきて!」
声が聞こえたか、翼を傾けてこちらへ方向転換したその瞬間、
「ドー・ドー!」
一本の帆柱の頂上、見張りのためのバスケットの編み目にドー・ドーの翼が引っかかった!
キャン、キャンと鳴きもがくが、うまく抜け出せない。
クラーケンの足はどこか必死に、懸命に伸び上がり、にょろにょろと追ってくる。
マテオは駆け出した。
ふらつく足下に時折転びながらも、ドー・ドーのいる帆柱の根元に縋り付く。
マテオはその身体を巡る膨大な魔力を爆発させた。
「僕の・・・僕のドー・ドーに手を出すな!!」
マテオの得意な魔術は風魔法である。
マテオの身体を中心に渦を巻いた風は瞬く間に広がり、船全体の周りを吹き荒れた。
「お・・・おい、嘘だろ」
イアンは思わず物陰から呟く。
浮遊術は風魔法の応用である。
マテオの風を纏った帆船はクラーケンの脚から逃れるようにぐ、ぐと少しずつ持ち上がり、ついにその船体が水面より上まで浮いてしまった。碇が海面から顔を出し、ぷらぷらと揺れる。
クラーケンは水面から追い求めるように脚を伸ばすが、自身は浮けない分届かない。
「どうすんだこっから・・・」
いくらマテオの魔力が膨大とは言え限度はある。そうなったら落下するのか?これはいよいよ覚悟を決めないといけないかも、とイアンは祈る気持ちで両手を組んだ。
と、
「ごめーん、ここにドー・ドーいる~?」
マテオの風を突き破り、でっかい生き物が甲板に飛び降りてきた。
牛のような、馬のような、羽の生えた・・・何だあれ?
その背中に乗る長髪の男が辺りを見回すと、帆柱にしがみつくマテオを見つけたようで、
「あ、マテオ!何これ、大丈夫?」
とのんびり宣った。
「カインおじちゃん!」
どうやら知り合いだったらしいマテオが彼を見て安心したように呟く、
と、
「あ」
突如としてマテオの風が途切れた。
「お・・・おい・・・まさか」
船はガクンと高度を下げ、落下を始める!
『万事休す』
と思ったそのとき、ゴン、という鈍い音が船全体に響き、落下が止まった。
「大丈夫だ!安全に着水する!」
甲板の上に降り立ったのは、
誉れ高い『蒼の隊』、ハルバート・イーヴランドその人だった。
穏やかで力強い浮遊術で、船体を浮かせている。
揺れも全くない。さすがの実力だった。
「バート~~!!!」
もはや半泣きで、イアンはハルバートに縋り付く。
「急に着水すると高潮が起きるからな。
ゆっくり行くぞ」
「で、でも、下にはクラーケンが」
「それはほら、見てみろ」
促されおそるおそる海をのぞき見ると、
「クラーケンの目玉に碇が刺さってる。
上手く仕留めたもんだ」
クラーケンは目玉に碇を刺したまま、海面に伸びていた。
岸にはアメリアがいて、
「よいしょっ」
と一声、とんでもない大きさの光魔法の網でクラーケンを捕獲すると、うんしょうんしょと着水ポイントから離すように引っ張っている。
船はゆっくりゆっくり、時間をかけて着水した。
さぶうん、と大きな波が波止場を濡らす。だが、それだけだった。
その瞬間、
安全な場所から固唾を飲んで見守っていた観衆から、
やんややんやと大喝采が巻き起こった。
「マテオ、君のパパはやっぱすっげえなあ。
それに君もだ。クラーケンを仕留めるとは、凄いぞ」
イアンはマテオの銀髪をかき回し、撫で繰り回して褒めた。
ハルバートに翼の絡まりを取って貰ったドー・ドーもマテオに駆け寄ったが、マテオは浮かない顔だ。
「どうした?マテオ」
ハルバートは問いかける。
「ごめんなさい、みんなに迷惑かけちゃった」
うつむいたまま呟くマテオに、ハルバートは視線を合わせた。
「マテオ、そうだな。正直間一髪だった」
「ごめんなさい」
「だが、お前があの時魔法を使わなかったら、
この船はクラーケンに呑まれていただろう。
もちろんドー・ドーもだ。
お前はこの船を救ったんだよ」
ハルバートの後ろでは、船長が腕を組み、ハルバートの言葉にうんうんと頷いている。
「そっか」
マテオはようやく頬を少し緩めた。
「だが、危なかったのは確かだ。
お前は強く、大きな力を持ってる。
その使い方はこれから時間をかけて、パパと勉強しよう」
「うん!パパの浮遊術、凄かった!
あんなに揺れないんだね!」
「ああ。何てったって俺は魔術師だからな」
父の仕事を直に感じたマテオは、何かを確かめるように、自分の掌を握ったり開いたり繰り返している。その足下にはドー・ドーが、ぴったりと寄り添っていた。
「あ、そういえば」
マテオが顔を上げる。
「なんでカインおじちゃんがここに?」
視線を向けられた『銀の隊』カインは、
へらりと笑った。




