33
キースは呆然と、ただ見つめていた。
『何が起きてる』
自分を追ってくるはずの魔虫たちが、何者かに一網打尽にされている。
赤くほの光る網に囚われ、こちらへ来れないでいる。
網の足下を見ると、先ほどの親子が三人身を寄せ合っている。
母親は両手を大きく掲げ、父親と子が縋りついている。
よく見ると網はあの母親の手から繰り出されているようだ。
キースの頭に一瞬にして血が上る。
『あいつが』
ぎり、と奥歯を噛むと、強く地面を蹴って走り出す。
「俺の栄光を・・・
横取りするなーーーー!!」
走りながら魔力を練り、
「ふざけるな、俺の、俺が、どけー!」
思いつくまま罵りながら、キースは渾身の水魔法を親子に向けて放った。
『吹き飛んじまえ』
そう思った直後、脳天を刺す衝撃とともに体が地に衝突する。
「そうはさせねえよ」
自分の頭を押さえ込んでいるのが誰かの手だと悟り、キースは地面に頬を擦りつけながらその顔を確認する。
「『紅の隊』・・・!」
「わりいな、お前の魔法は届かねえよ」
その言葉に弾かれるように頭を上げると、
迎撃部隊の魔術師が大通りに立ち塞がり、キースの魔法をブロックしている。
その中からルーナが進み出てきて、
「なめんじゃないわ」
と一蹴した。
「うるせえ、格下が!
俺の邪魔をするんじゃねえ!」
押さえつけられたまま唾を飛ばして叫ぶキースに見せつけるように、魔術師たちは道を空けた。その先には先ほどよりずっと近くで、あの赤い網が広がっている。
『なんだ、この魔術』
近くに寄って見たその網は、恐ろしく緻密で恐ろしく規則正しく、そして恐ろしく強固だった。
『こんな魔術を使える奴がいるのか』
徐々に辺りが暗くなる中、網が放つ赤い光がキースの頬を照らす。
キースはその網に魅入られた。
まるで超絶技巧のからくり時計の中身を覗いているようだった。
『・・・凄え。誰だ、誰の魔術だ』
足下を視線で追うと、その先には先ほどの親子が相変わらず踏ん張っている。
と、父親のほうの姿が崩れるように変化した。
歯を食いしばって必死に踏ん張る、銀髪の美丈夫が現れる。
『ハルバート・イーヴランド・・・!
この魔術は彼が!・・・いや、違う』
きっと術者は母親のほうだ。
『こっち向け』
そう思ったからか、変わらずキースの指令に従ってこちらへ飛んできていた魔虫の勢いが急速に落ちた。
その機を逃さず、赤い網はいっそうその威力を増し、ついには竜全体を全方向から捕縛してしまった。
母親は地面にへたりこみ、その横顔がキースの目に映る。
『あれは・・・アメリア・ハーバー』
かつてキースが「無能」と罵り、退職へ追い込んだ女。
あの無能が、魔力を神に奪われた女が、なぜ。
「勉強になった?
あれがアメリアの本来の力よ」
ルーナが未だ這いつくばったままのキースをのぞき込み言った。
「な・・・なぜだ!
あいつにあんな魔力はなかったはず!」
「そうよねえ。
私も不思議だわ。これから問いたださなきゃ」
まぁ、あんたには関係ないけど。
その瞬間、キースは『紅の隊』の魔道具によって捕縛され、その視界を奪われた。
「な・・・なぜ俺が!離せ!
こんな扱いは不当だ!」
「不当かどうかは、カインの前で言うんだな。
あとな、お前に会いたがっている奴もいるんだ」
続いて聴覚も塞がれ、身動きも取れなくなる。
こうしてキースはしかるべき裁きの場へと連行されたのだった。
ーーーーーー
「終わった・・・?」
「ママ、終わったの?」
「ああ、終わった」
三人は抱き合いながら相変わらずへたり込んでいた。
アメリアの赤い網は未だ解除せず展開され、駆けつけた他の魔術師たちにより残党の駆除がなされている。
「火炎放射はちょっと危険だな」
「水は?」
「多分こいつら平気」
「ジル様の言うとおりにするか、
土で囲って窯焼き」
「そうしよう」
「まずは土があるところまで運ぶか」
周りがざわつく中、
「アメリア!」
ルーナが飛び出してきて、膝をついてアメリアに抱きつく。
「凄いじゃない!
あの魔力はどうしたの?戻ってきたって事?
ああ、マテオ、久しぶり!大きくなったわね!
すっかり男の子になって!」
矢継ぎ早にまくしたてるルーナの視線が、マテオを抱えるハルバートに向いた。
「あ・・・?『蒼の隊』が二人・・・?
いや、それより・・・」
ルーナも気づいたのだろう、マテオとハルバートがあまりに似ていることに。
「え・・・?そういうこと・・・?」
ハルバートはあえて答えず、マテオをぎゅっと抱え直した。
「ぜんっぜん気づかなかった・・・!」
ルーナが頭を抱えるのを見て、三人は顔を見合わせて笑った。
ーーーーー
「おおよそ目星はついてたんだよな」
『紅の隊』ジル・ロウリーズは言った。
「なぜ・・・!」
目覚めた地下牢で、キースは噛みついた。
「これ、なーんだ」
ジルが懐から出したのは「自動火付け玉」。キースが度々王都の至る所に投げ込んでいたものであった。
「・・・!」
「これはパトロールの際に複数見つかった魔道具だ。
無造作に放り込まれてた」
恐らく不発に終わったものだろう。だがぱっと見は土の塊にしか見えないもののはずだ。
「これなぁ、制作者の刻印があるんだよな」
「なに・・・!」
「さあ、ゲストだ」
キイ、と重い木の扉が開くと、そこにはかつて火付け玉の作成を依頼した、あの魔術師のなりそこないが立っていた。
「こいつで間違いないか?」
「は、はい、間違い在りません。
僕の道具がこんな風に使われるなんて・・・!」
「聞かせてくれ。
こいつはどんな依頼を君にした?」
「はい。冬の暖炉に火を入れる道具だと。
この冬に向けて売り出したい、
試したいからいくつか作ってくれと」
「なぜ君は自分の刻印を残した?」
「・・・自己顕示欲です。
誰でもいい、この商品が売れた時、
これを作ったのは自分だと気づいて欲しかった」
「・・・ということだ。言い逃れは難しいぞ」
「ま、待て!僕が誰かに譲った可能性は!」
キースは足掻く。
ジルは虫を見るような目でキースを見下ろすと、
「どうでもいいんだよなあ、
お前が認めるか認めないかは」
と、地下牢の鉄格子に背を向けた。
ーーーーーー
「やはり呪いの姿であったか」
「さようでございます」
国王、および主要貴族を前に、魔術師総帥は厳かに断言した。
「で、呪いをかけた者は見つかったか」
「いいえ、それは見つかっておりませぬ。
しかしあれだけ強い呪い。
呪者の命を代償に成った可能性もございます」
「なるほど、命を引き換えに、か・・・」
「まぁ、ひとつ言えるならば。
呪いの竜は消えども恨みは消えず。
あの日屋敷が火災に見舞われた御仁は注意したほうがよろしいかと」
じろり、とジャバ侯爵一派やイーヴランド侯爵、ダフネの父などを睨めつける。
彼らは皆顔を青くして小さくなっている。
こうなれば、『後ろ暗いことがあります』と大々的に宣伝されてしまったようなものだ。しばらくは肩身狭く過ごしてくれるだろう。
「しからばごめん」
総帥は立ち上がり、去ろうとする。
「ま、待て!
あの呪いの竜を退治した女魔術師はいかがした!」
「そうだ、彼女はどこの者だ?
報償を与えねばなるまい」
魔術師総帥は振り返り、告げた。
「彼女は魔術師クロシェ・サンドイッチ。
お察しの方もおありでしょうが、
あの虫除け生地の制作者です」
おお、というざわめきを背に、
総帥は退室した。
ーーーーーー
「というわけで、
魔術師内のやらかしはぜーんぶもみ消したって訳」
あれからアメリアは王都に滞在している。
事後処理と安全確保のためだそうだ。
服飾の街にはフリッカーが戻り、辺りの安全を確認してくれている。
マテオをハルバートに任せ、今日はルーナとお茶をしに来ていた。
人気だというフルーツパフェをつつきながら、ルーナは言った。
「連日の火事とあの虫の犯人が、
魔術師のキースなんて知れたら貴族が煩いじゃない。
しかも『銀の隊』も盗難被害なんて醜態さらしてるし」
「まぁ、そうね」
アメリアはショートケーキを前にふふふ、と笑う。
「誰かの呪いってことにしちゃったから、
アメリアの拐かしを企てたジャバ侯爵家も一睨みできて、
魔術師協会としては一石二鳥よ」
「清濁併せ飲んだ、って感じね」
「まぁ、魔術師は聖人じゃないもの」
ルーナはさくらんぼをひとつ口に放り込む。
「ところで、どうなってんのよ」
「何が?」
「『蒼の隊』のことよ!
結局マテオの父親は彼ってことでいいんでしょ?」
アメリアは少しためらい、
「・・・ええ、そうよ」
と曖昧に微笑んだ。
「以前から?それとも突発的?」
「学生時代からよ」
「ええー!」
ルーナは大げさなほど驚いて見せる。
何も話していなかったことを詫び、これまでのいきさつを話して聞かせた。
「なるほどね。
貴族令嬢との婚約も結局白紙になったし、
出奔までして拒否したものね。
『蒼の隊』はずっとアメリアを想ってたのね」
「・・・でも私、怖いのよ。
彼は貴族令息だし、私は孤児だし。
彼に迷惑をかけるのも嫌だけど、
マテオと引き離されるのはもっと嫌」
「アメリア・・・」
「もし引き離されそうになったら、
私はまた逃げるかも知れないわ。
お世話になった人たちをほっぽり出して。
薄情よね」
「でも、逃げなくても、まぁいいんじゃない?」
「いいのかしら?」
「だって、逃げたってきっと追ってくるわよ、あの男は」
きょとん、としたアメリアに、
ルーナは楽しそうに告げた。
「だから、堂々としちゃいなさいな。
英雄クロシェ・サンドイッチ」
ぱちん、と飛んできたウインクに、アメリアは赤面したのだった。




