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「次はいよいよ王都だぞ!」
「魔術師どもは何をしておる!」
王宮の会議室では貴族たちの怒号が響く。
『何をしておるって、
何もしてないわけないじゃない
それに魔術師「ども」って何よ、「ども」って』
王都魔術師ギルド長スウェイン卿のお供としてやってきた王宮会議にて、ルーナは彼らの身勝手さに辟易していた。
正体不明の魔虫を連れた竜が現れて以降、調査・対策・討伐までのすべてを魔術師協会が丸投げされている状態だ。王都の火事騒ぎから続く過重労働に、王都の魔術師たちは疲弊しきっている。
魔術師協会総帥はゆったりと構え、
「無論、対策しております。
次は総戦力を投入するつもりです」
と告げた。
「単騎隊を全員投入するということか」
「ええ、まぁ。
未だ王都の火事騒ぎも沈静化しておりませんので、
そこは抜かりのない範囲となりますが」
「『蒼の隊』は招集に応じそうか」
「既に応じる旨の返答ありましてございます」
「ならば良い。
そうでないと、お父君が浮かばれまい。
せっかく整えた婚姻を反故にされたのだ。
多少は役に立って貰わんと困る」
『「蒼の隊」が戻ってくる。
貴族令嬢たちが邪魔をしないといいけど』
ルーナは知っていた。
ダフネが彼の婚約者として失脚した後、その後釜を狙う者が少なからずいたことを。
「彼に他に女がいたとしても、
消せる相手ならば消してしまえばいいわ」
と高らかに笑っているのを聞いてしまった。
彼女らはあれだけダフネを持ち上げていたにも関わらず、彼女に瑕疵在りと見た途端に漁夫の利を狙いにいく様はもはや見事だった。
「では、どのように動くか申してみよ」
大臣のひとりがふんぞり返って言う。
総帥は即座に返答した。
「住民および物品の保護については、
『金の隊』率いる王都魔術師ギルド数隊が担当。
討伐作戦につきましては秘匿させて頂きます」
「なぜ秘匿とする」
「此度の災い、
何者かの思惑が働いている可能性がございます」
「な・・・!」
『なによ、それ。
聞いてないんだけど』
ルーナは思わず上司であるスウェイン卿を見る。
素知らぬ顔をする彼は、このことを知っていたようだ。
「思惑というよりは、呪いですな」
「ま、まさか、
あの竜は誰かの呪いの姿だと申すか」
「可能性は高いかと。
そしてその呪いの矛先は、
まっすぐ王都に向いている。
お心当たりある方もおるかもしれませんな。
これほど大きな呪いになるほどの恨み、
いかほどのものか」
総帥の鋭い視線が会場を走る。
自省せよ。
誰かに恨みを買ってはいないか。
貴族たちは鼻で笑いながらも、
その口元がひくついている。
『まぁそうよね、
後ろ暗い事がない人のほうが少ないでしょう』
ーーーーー
幸いにも、それから1週間は雨続きだった。
その後晴れたとしても、夕方には雨模様の日が続いた。
朝空が晴れるたびに竜は今日現れるかと人々はおびえ、昼頃に黒い雲がたちこめると安堵した。
ギルドの魔術師たちは都市の保護を行う班と戦闘に備える班に分かれ、準備に追われている。
ルーナは戦闘班に属された。
「皆、長く姿を隠して申し訳なかった。
協力を頼めるだろうか」
久しぶりに見た『蒼の隊』は、招集されるなり魔術師たちに頭を下げた。
皆が不安と疲労に張り詰めるなか、彼の存在は頼もしい。
「『蒼の隊』、休暇はどうだった?
アメリアには会えた?」
ルーナは隙を見計らってハルバートに話しかけると、
「あぁ、君たち同期だったな」
と不思議な返答を返された。
君たちって、あなたもでしょうに。
受付から「ルーナさん」と声がかかる。
「なあに?」
「またお客様です」
「またか・・・」
それにしても、とルーナは肩をいからせる。
『準備に専念させて欲しいもんだわ』
応接スペースに入ると、
いつぞやのハルバートを探していた令嬢が待っている。
「ルーナ嬢、お久しぶり」
にこやかな素振りで始まった面談は酷いものだった。
彼女の要求はふたつ。防虫カーテンを個人的に卸して欲しいという頼みと、ハルバートに引き合わせて欲しいという話だ。
『最近こんなんばっか』
先の会議以降、虫の竜が誰かの呪いの姿かもしれないという評判が広まった。するとどうだろう、すねに傷のある者たちが魔術師協会に殺到したのだ。あの防虫カーテンを大量に売ってくれと。
彼女もその類いであったが、さらに『蒼の隊』との顔つなぎを要求するとは面の皮が厚い。
憤りのままルーナは訊ねた。
「今『蒼の隊』は迎撃準備で忙しいはずだけど、
会って何を仰るの?」
彼女はにたり、と粘っこく笑うと、
「特別なことは何も。
休暇中の事をお聞かせ頂きたいだけよ。
ほら、休暇中に何かロマンスがあったかも?
同期ならお話しくださるかもしれないわ」
「なるほど、お耳にだけ入れておくわ。
単騎隊は今大忙しだから」
「頼むわよ。
それと防虫カーテンも」
「それは私は融通できないわよ」
「何よ、役立たずね!」
いきり立つ令嬢を丁重にお帰しし、
ルーナは何度目かわからないため息をついた。
ーーーー
「いいか、お前ら!」
『紅の隊』が檄を飛ばす。
「下手に暴れると二次被害が及ぶ。
単騎隊が前線に出る。使うのは土壁だ。
奴が来たら土のドームで閉じ込める。
そしたらそこに俺の火炎放射器を突っ込む。
窯焼きだ」
ルーナはじめ迎撃隊は神妙にその声を聞いている。
「竜の本体部分を押さえる土壁を『蒼の隊』が作る。
『銀の隊』がサポートだ。
突っ込むのは俺。
だが必ず取りこぼしが出る。
そこはお前らに任せた」
『紅の隊』の両隣には『蒼』『銀』の両隊が控えている。ルーナは深くフードを被った『銀の隊』を初めて見た。
一見総戦力を投入した豪華な作戦に見える、が。
『なんか・・・ちょっと違和感ある作戦ね』
経験のある魔術師であるルーナには、その作戦には粗があるように感じていた。
「『金』は都市機能の守備に徹する。
いいか、仕留めるぞ」
「応!」
とにかく、失敗は許されない。
魔術師たちにも気合いが入る。
「しくじれませんね」
ルーナのすぐ後ろ、興奮を隠しきれない声がした。
「キース」
キースはまだ除隊身分であるが、今回ギルド長に直訴し迎撃隊に名を連ねていた。
「しかし、
間近で単騎隊の本気が見られるなんて。
ちょっと楽しみでもあります」
「あんたねぇ、気を緩めないでよ」
「当然です」
そしてついに、
晴天のまま夕刻を迎えたある日。
ついに王都に、
「虫の竜迎撃体制指令」が下された。




