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「正体不明の竜ですって」
ここのところ連日新聞を賑わせる話題について、朝刊の紙面を睨みながらアメリアは呟いた。
「ああ、おかげで大忙しだよ」
アメリアを背後から抱え、にょきっと頭を突き出してハルバートも紙面を睨む。
「ハルバートは配達中見たりしてないの?」
「さすがに見たら上に報告するさ」
最近のハルバートはイアンとともに『空飛ぶ商人』稼業を再開していた。この、大量の魔虫を引き連れた竜による食糧被害で、街から街へ飛び回っている。
「1、良く晴れた日の夕日とともに現れる
2、大量の魔虫を連れている
3、最初の被害の街から、王都方向に進行中、
らしいわね。確かに王都にまっしぐらだわ」
新聞には地図上の被害があった街に赤い×が記されている。
「この街は進路から逸れているからまだ良いが、
これ以上被害が出ると不味い。
他国からの食糧支援も無限ではないからな」
「・・・ねえ、ハルバートは招集されないの?」
アメリアはハルバートの顔をのぞき込んだ。
「まだされていない。
だが、招集がある可能性はあると思ってる。
アメリア、どうだ?
招集がかかったら俺が行くのは嫌か?
・・・俺はもう功を急ぐ意味もない。
君たちが嫌ならば、行かない選択肢だってある」
アメリアはふふ、と笑って言った。
「いいえ、行って。
私この街で、たくさんの人に助けられたわ。
みんな助け合って生きてる。
多分他の街だって一緒よ。
その人たちの被害を食い止める力があるなら、
手を貸してあげて欲しい」
「アメリアらしいな。
だからあの防虫生地も協会に送ったんだろう?」
「まぁ、あれはね。
私ひとりで作りきるのは無理だから」
「ひとまず、お声がかかるまではのんびりするさ」
笑い合う二人のところに、
「おはよう、ママ、パパ」
とぽてぽてとマテオが起きてくる。
「おはよう、マテオ」
幸せな家族の朝だった。
ーーー
マテオを保育所に送り出し、
アメリアは本日の仕事の支度を始める。
ハルバートは今日は午後から配達の予定のため、少しゆっくりしていた。
リーン、とドアベルが鳴る。
「俺が出よう」
ハルバートは赤髪の姿に変化し、ドアを開ける。
そこには、
「ごきげんよう、『蒼の隊』」
「えーと、ハルバートか?」
「久しぶり~」
ドアの前には『金』『銀』『紅』、そしてドアの内側に『蒼』、四人の単騎隊が集合していたのだった。
ーーー
アメリアにとりあえず状況を説明し、
三人を家に引き入れる。
「まあまあ!
ジル様、お久しぶりです。
今は魔術師クロシェ・サンドイッチと名乗っています」
「久しぶりだな、アメリア嬢。
こないだの防虫カーテンには痺れたぜ」
「ジル様なら何とかしてくださると思ってました。
で、えーっと?ほかの単騎隊の皆様は・・・
え?マダムのとこの助手さん?」
「申し訳ありません、アメリアさん。
私は『金の隊』フリッカー。
訳あってマダムのところに身を寄せていました。
こちらは『銀の隊』カインです」
「え・・・えぇ?
『金の隊』って男性なんじゃ・・・」
「アメリア、『金の隊』は変化の天才で、
ころころ姿を変えるんだ。
誰も男女どちらか確証はないんだよ」
「そうそう」
フリッカーは軽く踵を鳴らすと、ハルバートの姿に変化する。
「わ、凄い」
「だからこの人には注意してね」
「え・・・えーと・・・
あ、『銀の隊』、初めてお目にかかります」
「初めまして、カインと言います。
ごめんねえ、急に押しかけて」
「いいえ、お気遣いなく。
どうぞ、私は席を外しましょうか?」
「いや、アメリアさんもいてくれますか」
「わ、分かりました。
とりあえずお茶をお出ししますから、
おかけくださいな」
ーーーーー
アメリアの淹れた素朴なお茶を飲みながら、
『金の隊』が切り出した。
「早速本題に入りますが、
『蒼の隊』、虫の竜については聞いていますね」
「はい、あくまで一般的な範囲ですが」
「昨夜、王都のひとつ前の街が襲撃されました。
『紅の隊』が周辺魔術師たちを率いましたが、
討伐には至りませんでした」
『紅の隊』が身を乗り出して話し出す。
「ここからは俺が。
あいつが来ることは想定していたから、
晴れた日は夕方近くから住民は避難させた。
街の食糧は一カ所に集めて防虫生地で保護した。
だから防衛戦としては成功だった。
俺が陽動して、陰からカインに見定めてもらった」
ぐい、と茶を飲むと、カイン、と促す。
カインは間延びした声で、
「結論から言うと、
あれは竜ではないと思うんだよね。
多分たくさんの魔虫たちの集合体。
あと、誰かが意図的に操作してると思う」
「あいつは知能が高すぎる。
こっちが暴れにくいところばかり行くんだ。
畑とか民家の隙間とかな。
魔術師がチームで動くこととか、
俺が単騎隊で道具使いであることとか、
全部知っているかのような動きだった」
「あ、あの」
アメリアが口を挟む。
「竜を操作なんて・・・
できる人物は一人しか思い当たらないんですが」
そういってちらり、とカインを見る。
「その通り。
そんなチート能力、
国の歴史を見てもひとりしかいやしない」
隣のハルバートも頷いている。
実はカインの能力については、魔術学園で一度しか講義に登場しないと決まっている。使い方によっては簡単に国ひとつ滅ぼせるチート能力であるため、深くは追求しない方針なのだ。
「じゃ、じゃあ、カイン様が?」
「それがさあ。
彼らと仲良くなるための餌を、
盗まれちゃってねえ」
「ま、まさか、
それが悪用されたっていうんですか」
「そのまさかなんだよねぇ」
「馬鹿なんですか・・・」
ハルバートが呆れたように眉間を揉んでいる。
『金の隊』はなだめるように、
「まぁ、何にせよ次は王都だ。
確実に次で仕留めるぞ。
と言うわけで、はい」
ハルバートに文書をほい、と渡す。
「これは『蒼の隊』に」
そしてアメリアにもほい、と文書を寄越し、
「これはクロシェ・サンドイッチに」
首をひねるアメリアに、
「召集令状です。
きみたち一家に力を貸して欲しい」
アメリアは驚愕した。
「わ・・わたしまで・・・?!」
もちろんマテオ君もね、とウインクする『金の隊』目がけて、ハルバートの拳が飛んだ。




