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「領主を出せ!」
「金を出せ!食糧を出せ!」
最初に竜の被害に遭った街で、住民たちの怒号がこだまする。
領主の館の前に詰め寄る住民たちの手には、鍬や鋤、肉包丁といった物騒なものが握られている。
「領主様、どうされますか」
普段王都の屋敷で暮らす領主、ダフネの父は、竜の被害にあった領地屋敷の面々に請われ渋々ながら領地へ戻った。
その馬車を見るやいなや集まり始めた住民たちに、領主は怯えた。
「出ん。出んぞ、僕は」
自室のカーテンを締め切り、そこから一歩も出ようとはしない。
「なぜ!
あれほどいつも領民に良くしてくださったではないですか」
言い募る若い侍従は、自身も身寄りを亡くした際に領主に拾われた身だ。
領主のことは、領民思いの人格者だと信じてやまなかった。
主人がいない間の領主屋敷を守ることに誇りを持っている。
街のみんなが被害に遭ったならば、いの一番に助けてくださると信じていた。
「もう出せる金がないんだ」
領主は小さく告白する。
「・・・金が、ない?
いつもは金がなくとも、
どこからか調達してくださったではないですか」
「・・・もうできない」
「どうして!」
その言い争いに、王都から帯同してきていた侍女が口を出す。
「あなた、ちょっとこっちにきなさい」
領主に対する不敬を叱責する体をとり、侍女は若い侍従を部屋の外に連れ出した。
あたりを見回し、低い声で語り出す。
「ダフネ様がもうおられないからよ」
「ダフネ様・・・お嬢様が?」
「知らないでしょう。
あなたの言う金がどこから調達されたか。
ダフネ様の服飾費、学費、生活費。
そういうものに手を付けていたのよ」
「そっれは・・・当然だ!
領主の娘であれば領民のために喜捨すべきだ!」
「ダフネ様にはもう何も残っていないわ」
「であれば!まだ差し出せるものがあるでしょう!」
「ほう。
それは、身を売れということかしら」
ぐ、と侍従は口ごもる。
良くない発言だとは分かっているのだろう。
だが、とかしかし、とかぼそぼそと繰り返している。
「残酷ね。あの方はもういないわ。
あなたの言うとおり、領主様はあの方を売ったの」
「その金は?!」
「まあまあ、全く、主とそっくりな考えね。
あの方は奪われ続ける人生に絶望して、
姿を隠されたわ」
「なんて方だ!
じゃあ領主様は金を受け取れていないと?
探させましょう、そして償いを!」
「・・・あなた、勉学は好き?
学園での生活は楽しかった?」
「なんですか、藪から棒に。
ああ、領主様のおかげで学園に行けた。
勉学は好きですよ」
「あなたのその綺麗な服は給金で買った?」
「いいや、領主様が支給してくださるんだ。
立派な方だよ」
「あなた、給金は十分出ている?
最近自分のための買い物はした?」
「・・・ええ、なんですか、不気味だな」
「ダフネ様は学園を出ていらっしゃらないわ。
学費がなくなったといって中退させられた」
「え・・・」
「あなた、ダフネ様とは年齢差は?」
「・・・同い年と聞いています」
「あなたは、卒業できたのね。
あと、ダフネ様はもうずっとご自分のための服は買えなかった」
「嘘だ!綺麗なドレスで夜会に出ていると」
「貴族令嬢にとって夜会は仕事、ドレスは仕事着。
それもダフネ様はご自身の金銭で買われていたわ。
本来親が仕立てるはずのものもね。
あなたの仕事着は支給、と言ったかしらね」
「・・・そうです」
「ダフネ様の部屋にはね、
領主様がよく来るのよ。
『ごめんな、ダフネ』。そう言って、
色んなものを持って行くの。
宝飾品、筆記具、ドレス、インテリア。
ダフネ様はいつも何もない部屋で寝起きしてらしたわ。
最後には鏡も持って行かれた」
「それを・・・」
「領主様は売っていたわ。
あなたの学費や、仕事着や、給金のためにね」
侍女は若い侍従の胸を人差し指でぐいと押す。
「あなたに想像できる?
部屋中のものを売られ、
入った学園から連れ戻され、
仕事はさせられ、
最後に身を売れと言われる。
あなた、これを聞いてもダフネ様に言える?
その身すら差し出せと」
「いや・・・だって・・・
ダフネ様は強欲で、喜捨をしないと・・・」
「その話が正しいと思う?
あの方は最低限の尊厳すら奪われ続けたのよ。
そしてあんたたちは好きなように貶めた。
・・・あの方はもう戻られないわ。
生きているのかすら分からないわよ」
「・・・・・・」
黙ってしまった侍従を前に、侍女は深いため息をつく。
「行ってらっしゃいな。
門の前にたむろしている、
あなたの善良なるお友達に言ってやればいい。
自分たちが何をしたのか」
ー侍従は踵を返し、とぼとぼと歩き始める。
そうして門の前に出て、期待に顔を上げる住民たちに告げた。
「・・・もう、領主様が出せる金はないそうだ」
そうして、語った。
自分たちが当てにしていた金が、一人の少女から搾り取られたものであったと。
ーーーーー
「陰気な空気で満ちてるなぁ、この街は」
「本当だね。僕の棲む森のほうがまだ明るいんじゃない?」
真っ赤な飛行機に乗った二人の男が、
最初の被害に遭った街に舞い降りた。
『紅の隊』ジル・ロウリーズ、そして『銀の隊』カインである。
魔獣絡みの知識はカインの右に出るものなしと、謎に満ちた竜の調査に差し向けられたのである。ジルはそのお守り役だ。
隠匿魔術で飛行機を隠した後、旅人に扮した二人は街へ入る。
ひとまず目抜き通りを歩くと、農具や包丁を持った男たちの集団が落胆したように向かってくるのが見えた。
「なんだあいつら。
ちょっと声掛けてみるか」
ジルは言い、彼らに向かっていく。
カインはついていく道すがら、ちらりと脇道にうごめく魔虫を見た。
『あれ?この子たち、僕の魔力の匂いがする』
ずいぶん遠くまでお出かけしたものだ、と感心していると、
「おおい、カイン。
この御仁たち、竜の被害者だそうだ。
被害に遭った家を見せてくれるってよ」
と前からジルが呼んだ。
・・・ついていった先は、ごく平均的な民家だった。
「こっちだ。食物庫がいの一番にやられた」
案内された食物庫では、未だ魔虫があちらこちらにひっくり返っている。ふんふんと食料庫を嗅ぎ回るカインを横目に、ジルはヒアリングを開始する。
「こいつら、家の中でも繁殖しやがって。
叩いても叩いても出てきやがる」
「魔術師協会からの防虫カーテンは?
まだ手に入らなかったのか」
「ああ、民家まではまだだ。
街の大きな備蓄庫とか、食品店に先に使って貰った。
だから苦しいが、最低限の飯は確保できてる」
だが相当厳しい、と舌打ちする。
「領主は何か対策してくれそうか」
「・・・いや、期待できない。
俺たちが悪いんだが」
「ほう。とは?」
「気のいい領主なもんで、
何かあるごとに援助を頼んでたんだ。
そしたらその金を作ってたのが、
一人娘の令嬢だって言うじゃねえか。
もう金を作れないとなったら、
領主はその娘さんを売っちまったらしい。
それで絶望して娘さんが消えた」
「それは気分の良くねえ話だな」
「ああ。領主も悪いが俺たちも悪い」
目頭を押さえる男の肩をぱん、ぱんと叩いて励ます。
すると辺りを嗅ぎ回っていたカインが声を掛けてきた。
「ねえ、ジル君」
「どうした、カイン。何か分かったか」
「この子たちみんな、僕の匂いがするんだけど」
「はぁ?」
「間違いない。
この子たちみんな、僕の魔力を取り込んでる」
「えーっと。
・・・そりゃあ、まずいんじゃねえか?」
気まずい沈黙が、狭い食料庫に沈んだ。




