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子連れ魔術師は今日も編む〜出産して魔力と職を失った魔術師、子の父親から逃避行〜  作者: wag


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「アメリア・ハーバーなる者を知らんか」



買い忘れを思い出し、ほんの少しだけ、と思って市場に出た矢先、そんな声が聞こえてアメリアは縮み上がった。


今はちょっとだけ使える変化魔術を使い、髪の色と目の形を少し変えている。ちらりと声のほうを見ると、恰幅と身なりの良い男性と、若い女性が連れ立って歩いている。女性のほうは綺麗な日傘を使っていて、身分が高そうだ。


『あれは・・・確か』


女性のほうに見覚えがある。


学生時代、アメリアに執拗な嫌がらせをしてきた貴族身分の女学生の一人だった。


先日助手が言っていた、


『あなたの顔を知る人物を雇い、

 探させているようです』


という言葉はこういうことか、とピンときた。



彼らは市場の八百屋さんにアメリアの所在を訪ねている。


「アメリアさんって人は何人か知ってるよ。

 ハーバーかどうかは知らんが」


八百屋さんは間延びした声で答える。

背筋が冷え、みぞおちがきりきりする。


「おお、その中で子がある女性は幾人だ」


アメリアは素知らぬ顔で隣の屋台で果物を見る振りをする。


「ひとりだね。

 でも息子はもう独り立ちして王都に行っちまった。

 アメリアばあちゃんは今、姪御さんと住んでる」


「そ、そうか。それはだいぶ高齢だな。

 幼児くらいの子がいるアメリアを探してるんだが」


「そいつは知らねえな。

 あとは未婚の若い娘か、それこそ幼児だ」


「そうか。悪かったな、また聞かせてくれ」


「ちょいと待ちなよ、

 今日の芋が大きいから見てってくれ」


「い、いや、儂は・・・」



普段から押しの強い八百屋さんがアメリアの事を誤魔化してくれたのが分かり、アメリアは感謝でいっぱいになった。できれば今すぐ握手を求めたいくらいだ。


『何でそんなに私にこだわるのかしら』


確かにちょっとコツのいる作業ではあるが、魔術での編み物はアメリアにしかできないものでは決してない。ギルドのみんなも出来るようになったし、あのハルバートだって細い糸を出すことまでは習得していた。



だというのに、

このように確かにアメリアを探す手合いの者の話を聞くし、このところは助手から貰ったドアベルを鳴らされることさえも増えてきたのだ。


不思議なことに、

ドアベルが鳴ってアメリアがこっそり様子を窺う間に、


『なんだ、留守か』


と言って去って行かれることばかりだったが。



それにしても、いつまでこんな生活を続ければいいのか。

貴族社会に疎いアメリアでも、彼らに見つかればろくなことにならないであろうことは分かる。ましてやマテオもいるのだ。彼に危害が及ぶことは絶対にしたくない。


隠れるように自宅に入り、マテオの息抜きに遊びに来てくれたヤクモと二人の子たちに感謝してお土産を渡した。


「なんだか悪いねぇ」


「いえ、マテオと遊んでくれてありがとう。

 この子を閉じ込めておくのが可哀相だったの」


「そうだよね。

 アメリアさんも顔色が悪い。

 あんたも相当我慢してるんだろう」


指摘されてアメリアはぐっと奥歯を噛む。

その通りで、最近アメリアは体調を崩しがちになっていた。

 

「でも、きっともう少しの辛抱だよ。

 この状況も、あんたの体もね」


ヤクモはアメリアの肩を抱いて慰めた。



ーーーーーー



「・・・考案者の名前については秘匿している」


防虫蚊帳の作成者がアメリアだと確信し、呆然と眺めるハルバートに対してラスタ卿はぴしゃりと言った。


「この技術を狙う不埒な輩がいてな。

 我々は考案者を守らなければならない」


ハルバートはようやく腑に落ちた。

レース編みの技術を買おうとする奴らの狙いはこれだったのか。


あの貴族ども、意外と鼻が利くと見える。

この防虫生地から、アメリアがかつて作った生地を結びつけたのは忌々しいが正解だったのだ。


「いいんです。

 考案者は無事でいますか」


「不埒な輩のせいで隠れてもらっているが、

 我々が全力で守っているよ」


「・・・そうですか」


ありがとうございます、という言葉を出していいのかは分からなかった。

自分はアメリアに振られた、何の関係もない身なのだから。



イアンもなんとなく察したのだろう、何も言わずに黙っている。


全員が何とも言えない感傷を味わっていたところに、

カラン、とギルドの扉が開くかすかな音が響いた。


「おじちゃん」


あどけない声に振り向くと、そこには小さな男の子が立っている。


「マテオ!どうしたんだ!」


ラスタ卿が驚いたように声を上げる。


「おじちゃん、ママが大変なの。

 お熱が出て苦しそうなの。

 ママを助けて」


ラスタ卿に駆け寄るその子は、銀色の髪に紫の、少しつり上がった瞳の男の子だった。


「ひとりでここまで来たのか。

 偉かったな、マテオ」


ラスタ卿は腕にその子を抱え上げ、抱きしめた。


「マテオ・・・?」


イアンが小さく漏らす。

分かっている、ハルバートも引っかかりがあった。


「ギルド長、その子は?」


イアンが訪ねる。


「うちの魔術師の子だ。シングルマザーなんだよ

 助けに行ってやらないと」


「おじちゃん、ありがとう」



涙声のその子の顔を見つめる。


似ている。


髪の色、瞳の色、その目つき。


自分の幼少期に、あまりにもそっくりだった。




「おい・・・バート。

 マテオってのは、彼女の夫の名前だったよな」


「そうだと、思っていたが」


ルーナとの会話を思い出す。


『アメリアの家族の事を知らないか』

『マテオのこと?とっても綺麗な顔で、利発でー』


確か自分は、勇気が出ずに「夫」と聞かずに「家族」と聞いた。


まさか、マテオとは夫ではなく・・・


「マテオくん、ごめんな。

 ママの名前を教えてくれるか」


イアンが気を利かせて、マテオに視線を合わせ訊ねてくれる。



「アメリアだよ」


ハルバートは殴られたような衝撃で、立っていられなくなった。


ふらりと視線がぐらつき、思わず膝を突いてしまう。



「ど、どうしたんだ、バート君」


ラスタ卿が怪訝な顔をする。

イアンの仕事仲間として軽く紹介されただけの男が突然ふらつき始めたら、それは怪訝にもなるだろう。


「すみません、ラスタ卿」


そう言ってハルバートは変化を解いた。


赤毛の短髪はさらりと銀色の髪に変わり、痩せぎすの体つきもがっしりと変化する。紫色の瞳は変わらないが、顔つきもだいぶ変わったはずだ。



「『蒼の隊』・・・」



ラスタ卿は姿を見るなり天を仰いだ。


「しくじった・・・」


と悔しそうだ。


「なんで君がイアン君と一緒にいるんだ」


「色々ありまして。

 姿を変えて彼と商売をしながらアメリアを探していました」


「俺としたことが・・・」


「おじちゃん、

 このお兄さんどこから来たの?

 さっきのお兄さんは?」


マテオは心底不思議そうだ。


「ラスタ卿、教えてください。

 アメリアはこの街にいて、

 ひとりでこの子を育てている。


 父親はいない。

 父親は・・・僕なんですね」


「そんなプライベートな事が言えるか!

 あとは・・・」


ちらりとマテオとハルバートを見比べたラスタ卿は思わず吹き出す。


「あとは彼女自身に聞け。

 しかし、笑っちまうくらいそっくりだな」


「ああ、本当だ」


イアンも思わず笑う。

マテオはまだ不思議そうな顔をしている。


「とりあえず、アメリアさんのところへ行こう。

 バート君、君はまた姿を変えてくれ。

 マテオ、このお兄さんに抱っこして貰え」


そう言ってマテオをハルバートの腕に寄越した。


自分をのぞき込む、自分そっくりの瞳。

だが少し優しげな口元はアメリアに似ている。


「マテオ・・・というんだな」


「うん、僕はマテオ。お兄さんは?

 僕と髪の色とか似てるね」


「俺は・・・バート。

 ごめんな、ちょっと姿を変えるぞ」


そういってマテオを抱えたまま、姿を変化させた。


「すごい!顔が変わった!」


「ごめんな、驚かせたか」

 

「ううん、お兄さんの魔術気持ちよかった。

 ママと同じ」


ラスタ卿はこほん、と咳払いすると、


「とりあえず、俺と行こう」


とギルドを後にした。



ーーーーーー


アメリアはハッと目を覚ました。


頭が、体の節々が痛い。



朝から熱を出してしまった。

マテオには最低限の食事と世話をし、一緒にベッドに入ったはずだ。


しかしベッドには自分ひとりしかいない。


時間を見るとずいぶん経ってしまっている。


「マテオ?」


お腹がすいただろうか、おむつが濡れてしまったのだろうか。


家中を探すがマテオの姿が見当たらない。


「マテオ!どこ?!」


呼びかけても返答がない。

見ると、マテオの寝間着が脱ぎ捨ててあり、靴もない。


「まさか!外へ?!」


アメリアは着替えもせずに飛び出した。

熱で視界が歪む。体に力も入らない。


だが行かねば、マテオを探さねば。


彼には自分しかいないのだ。

母親が寝込んで、怖かったのかもしれない。


危険があると分かっていても、変化の術は使わなかった。

熱のせいで魔力が安定しないし、マテオが自分を見つけられないといけない。


いつも行く市場へ走った。


大きな声で叫びたかったが、腹に力が入らない。


「マテオ、マテオを見てませんか」


近くの屋台の、行きつけの卵屋に縋り付く。


「しっ!ごめんね、見てないんだ。

 それよりちょっと待って、クロシェさん。

 あいつらが君を探してる」


通り名をあえて使った卵屋が顎で示した方向には、先日見た日傘姿が歩いている。まだこの街にいたのか。


「でも、マテオがいないんです。

 探さないと。

 マテオには私しかいないの」


「分かるが、君が捕まったらだめだ」


卵屋は市から離れるよう言って、アメリアの背を市の外の方へ押し出した。


押されるまま市を出たアメリアは、重い体を引きずり考えを巡らせる。


マテオが行きそうな場所。モーリーの保育所、マダム・カリファの店、魔術師ギルド。


どこから行こう、と踏み出した脚に力が入らず、膝を突いた。



探さないと。

どこかでマテオが泣いているかもしれない。


でも力が入らない。

悔しくて涙がこみ上げてくる


すると、


「ママ!」


と小さく声が聞こえた気がした。



弾かれるように顔を上げ、かすむ視界の端、誰かが走ってくるのを見つける。


「ママ!あそこ!」


マテオが誰かに抱っこされている。

ああ、隣に走るあれはラスタ卿だ。


良かった、見つけてくれたのね。


あまりの安堵にさらに力が入らず、地に伏せる。


「アメリア!」


マテオを抱いた誰かが自分を呼ぶ。


あれは誰だ、背の高い、痩せた赤髪の・・・


至近距離まで近づいたその男を見て、アメリアの頬を涙が伝った。



「・・・ハルバート」


アメリアの子を、その父親が抱いていた。




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