表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子連れ魔術師は今日も編む〜出産して魔力と職を失った魔術師、子の父親から逃避行〜  作者: wag


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/39

21

その日仕事を終え、キースはとある森の奥深くへ向かった。


土を踏みしめると、地を這う無数の虫が四方八方に逃げていく。

黒土だと思っていた地面が虫が埋め尽くした色だと気づいた時、あまりの気味の悪さに失神しそうになった。


なんとか一歩一歩踏みしめて歩いて行くと、『お友達』が言っていたとおり、開けた場所に小屋がある。不思議なことにその小屋の周囲には虫がおらず、本来のものであろう柔らかい腐葉土が積もっていた。



「なるほど、これはなかなかの魔術師らしい」


曲がりなりにもキースも自称優秀な魔術師である。小屋を囲むように広い魔方陣が敷かれているのにはすぐに気づいた。薄い魔力が通っている。魔方陣の陣形は土に紛れて見えないが、恐らく結界や防御魔法の類いだろう。これを常時維持するのは並大抵ではない。



「誰かいるか」


キースは小屋の少し離れたところから呼びかけた。


誰も出てこない。反応もない。



「・・・留守か」


さてどうしようかと小さく息を吐いたその時、小屋の後ろから何かを引きずるような物音がした。やはり誰かいる。


「・・・誰か、誰かいるか!」



さらに声を張って呼びかけると、先ほどの引きずり音が大きくなる。そうして小屋からのそりと何かが現れた。



最初に見えたのは大きな翼の陰だった。そして暗い影から覗く二つの赤い瞳、そして鋭い嘴。


『オオワシ・・・いや大きすぎる、鳥形魔獣か?

 ・・・いや、違う!』


月光が木々の隙間を縫ってその下半身を照らす。

毛皮に覆われた、太くたくましい四本の脚!



『あれは・・・グリフォンだ』



魔獣の中でも圧倒的なスピードを持ち、その飛ぶ姿の雄々しさから一部では神格化された魔獣。鷲と獅子の姿を併せ持つグリフォンが、キースの前に現れた。


『グリフォンは無理だ。

 ひとりでは討伐できない』


グリフォンの赤い瞳はキースを正面から捉えている。獅子の尻尾がゆらりと揺れる。

キースは片足を引き腰を低く落とし、警戒態勢に入った。


『まずは待避。

 だがグリフォンは速い、逃げ切れるか』


冷や汗が背中を伝う。息が浅く途切れる。

雲が晴れ、月光がさらに周囲を明るく照らす。


『一か八か』


キースは両手に魔力を込めた。


『少しでいい、時間を稼いでくれ!』


渾身の力で得意の水魔法を放とうとした、その時。



「あんまり危ないことしないでほしいなぁ」



耳のすぐ後ろで、間延びした声が響いた。




ーーーーー


「ごめんね、驚かせて」


「急に真後ろに立つなんて、マナー違反だろう!」



極度の緊張感の中で思わぬ方向から声を掛けられたキースは、あまりの驚きに魔法を暴発させてしまった。全身びしょ濡れになったキースを笑った声の人物は、


「ご用でしょう?中へどうぞ」


と小屋へ導いた。

いつの間にかグリフォンは姿を消している。


情けないことに、キースは腰が抜けて立てなくなっていた。


「あぁ、そうだよね。

 すぐには立てないか」


じゃぁ動けるようになったら来て、

と言って、男は小屋の中へ入ってしまう。


月明かりを浴びたまま、動けぬキースは乱れた息を整えながら考える。


『あいつは何だ。

 あいつにもグリフォンは見えていたはずだ。

 なぜ動じていない』


どうやらあの小屋はあの者の居宅らしい。

綿の黒シャツに黒パンツ、柔らかそうな皮の靴。

女のように髪が背にかかっていた。


キースは思惑を巡らせる。


あの小屋に入って、無事で済むのか。

目的の依頼はできるのか。

得体の知れない者への恐怖心はある。


しかし、いかに奴がそこそこの魔術師であったとしても、このような森の中に居を構えて闇に紛れて生きているような者にキースが引けを取るはずがない。



きっとそうだ。

そうに決まってる。



ようやく少し動くようになって来た手足とともに自尊心を取り戻したキースは、ゆっくり立ち上がり小屋へと向かった。



ドアの蝶番がきぃ、と音を立てる。


「早かったね。まあ座って」


先ほどの男は垂れ目気味の優しげな顔をした男で、まだ20代そこそこのように見えた。

勧められるがまま、ダイニングの椅子に座ったキースに、温かい飲み物の入った木のカップを差し出す。



「改めて、さっきは驚かせてごめんね。

 僕はカイン。ここに住んでる」


「俺はキース。王都ギルドの魔術師だ」


「へえ。優秀なんだね。

 まあ、冷めないうちに飲んで」


カインが美味そうに口にするのを見て、キースもカップの中で湯気を立てる白い飲み物を恐る恐る口にする。味の濃いミルクだ。ほのかな甘みが実に美味い。


「これは美味いミルクだな。

 牛か?少し風味が違うようにも見える」


「これ?アウズンブラの乳だよ」


キースは思わず空気を飲んだ。

アウズンブラとは神話にも出てくる牛の魔獣である。その豊富な乳はあらゆる生き物の赤ん坊を育てるという、魔獣でありながら豊穣神としても祭られる生き物だ。


「なにを馬鹿なことを」


「あれ、さっきのグリフォン見なかった?

 僕はね、魔獣の友達が多いんだ」


カインはにこやかにこちらを見ている。


「友達、だと?」


「うん。

 昔から僕の魔力は魔獣に好かれやすくてね。

 色々呼び寄せちゃうから、こうして森に棲んでる」



で、君は僕に用があるんでしょう?


カインは優しげな目でキースを見るが、何か腹の底を見通されているようで不気味な視線だった。


「君に依頼が、ある」


深呼吸をして、キースは語った。


「魔獣を操る方法はないか」


「・・・興味深い話だね。何の目的で?」


「今は言えない。だが必要なのだ。

 一人の女性を救うために」


「ますます興味深いね。

 どんな魔獣を操るつもりなの?」


「たとえば、

 ・・・さきほどのグリフォンとか」


「強い魔獣?」


「ああ、それも複数いればなお良い」


「彼らを操った後、どうする?

 無事に帰してくれるの?」


「・・・いや、恐らく無事ではすまない」


「じゃあ協力できないね。

 言ったでしょう?僕は彼らの友達だ。

 害されると分かって協力はできない」


キースはぎり、と奥歯を噛んだ。


格下が、偉そうに。


そう言いたかったが、目の前の男の得体の知れなさがそれをさせなかった。


「・・・君はどうやっているのだ、 

 その、友達とやらになるのに。

 君の魔力が引き寄せると言っていたな」


「うん。

 僕の魔力を馴染ませた餌をあげるのさ。

 そうすると仲良くなれる」


アレ、と顎で指した先には、窓の外の袋にたっぷりの穀物が詰まっているのが見える。


「魔獣によって餌は違うけどね。

 あの穀物は魔虫や小型の魔獣用。

 鳥の魔獣なんかは胡桃や木の実、

 大型の魔獣はたいてい肉だ。

 色々あるけど、大抵仲良くなれる」


「あんな風に無造作に餌が置いてある割には、

 この小屋の周りは食い荒らされていないが」


「ああ、彼らはお利口さんだからね。

 僕の餌を食べて『お願い』すれば、

 僕の家の敷地には入ってこないよ。

 さっきのグリフォンは僕が不在中のお留守番役さ」


キースは腹の奥が興奮でむずがゆくなるのを感じた。


こいつは持っている、魔獣を操る術を!


『出し抜いてやる』


キースは重ねて聞く。


「ひとつ聞くが。

 君の魔力が馴染んだあの餌を俺が与えても、

 魔獣は言うことを聞くだろうか」


「多分聞くんじゃないかな」


「そうか、そうか。

 ・・・それは良いことを聞いた」


キースは机の下で密かに魔力を練る。


「どうする?僕は協力できないよ」


「・・・そう言うなよ」


キースは瞬時に大きな水玉を浮遊させ、カインをその中に閉じ込めた。


アウズンブラの乳を飲んだからか、普段の5割増しの強度の水玉だ。

カインは泳ごうと足掻くが、脱出を許さない。


「悪く思うなよ」


キースは小屋を飛びだし、先ほどの餌を根こそぎ風魔法で浮かせて持ち上げ、自身も魔力の続く限り身体強化で走って逃げ去った。餌は穀物だけだなく様々なものが置いてあった。キースのお目当ては大型魔獣用の肉塊だ。


森の魔獣たちは一斉に襲ってきた。


彼らの標的はキースではなく、カインの魔力が馴染んだ餌である。

不思議なことに彼らは餌を食べることなく、ただ奪い返そうとしてくる。


「やめろ、奪うな!」


逃げながらキースは叫ぶが、魔獣のスピードにはかなわない。



森を出る頃には、キースの手元にのこったのは大量の穀物袋だけだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ