20
「ええい、まだ見つからんのか!」
ジャバ侯爵と言われる男は大きな腹を揺らし、執事を叱責した。
「申し訳ございません、
アメリア・ハーバーの行方は南の港町を最後にぷっつり切れてございます」
虫除けカーテンを作らせようと、配下の家の当主に夜会を催させマダム・カリファを囲んだが、運悪く会場が火事に遭い言葉通り煙に巻かれてしまった。
その後マダム・カリファに何度連絡しても返っては来ない。
念のためジャバ侯爵自身はその夜会に出ていなかったものの、どうやら使用人の顔から関与を見抜かれていたらしい。
ここで乱暴な真似でもして魔術師協会に告げ口されてもたまらない。ジャバ侯爵は作戦を変更し、生地屋をあたることにしたのだった。娘のランタンを取り上げ、見本として見せて回ったところ、王都のとある生地屋からアメリア・ハーバーなる女学生の情報を得た。
どうやら孤児の魔術学生であったらしく、生活の糧に売っていた生地に似ていると。
『孤児か。ならばどう扱っても構うまい』
ジャバ侯爵はアメリア・ハーバーを見つけたら、有無を言わさず拐かす事に決めた。魔術学園に通う子女は貴族身分も多いため気を遣っていたが、孤児なら何も気にする必要はない。
だが一向に見つからない。
「魔術師ども、隠しておるのか」
「それが・・・
アメリア・ハーバーは産後魔力減退に見舞われ、
魔術師としては到底働けないほどだったと。
ギルド全体のお荷物扱いだったそうです。
そう王都ギルドの若手魔術師が申しておりました。
魔術師は廃業したのかもしれません」
「ならば名簿から除籍されているのも仕方がない、か」
普通の仕事をしているとなると、見つけ出すのはより難しい。だが良い情報を聞いた。
「子がいるのか」
「そのようでございます」
「都合が良い。見つけたら子を人質に使える」
ジャバ侯爵は気分良く笑い、
「引き続き探せ。儂は食事だ」
「は」
執事の合図で、侍女たちにより食事が運ばれてくる。
「また煮込みか」
このところ毎日煮込み料理だ。
本日は鶏、昨日は魚、そしてスープ。
まるで歯が使えなくなった病人のような食事だった。
「申し訳ございません、
厨房の調理魔道具の調子が悪いのです。
高温を保てず、煮込み料理くらいしか上手く作れないのです」
『火で調理するなど野蛮よ』と取り入れたジャバ侯爵家自慢の魔動システムキッチンの調子が悪いらしい。
「明日は従来通り直火で調理致します」
「ううむ、魔術師どもに修理するように言え」
「要請はしたのですが、昨今の火事騒ぎでしばらく手が空かないと」
「ちっ、忌々しい」
偉そうにしおって、と煮込まれた鶏を口に放り込んだ。
ーーーーーーー
「ありがとう、恩に着る!」
穀物の袋を倉庫に積み込み、バートことハルバートは額の汗を拭った。
夏も本番近く。
魔虫の被害はここにきて国中の食糧事情に深刻な打撃を与え始めていた。穀倉地帯では畑がやられ穀物庫がやられ、穀物の流通量が著しく減った。さらにやっとのことで買った穀物も、店や家で保管中に魔虫に食われてしまう。
どこもかしこも食糧難に喘ぎ、まだ被害の少なかった根菜を食べて人々は凌いでいた。
「また虫にやられたらやっかいだ。
できれば扉は二重にしたほうがいい」
「ああ、ありがとう。そうするよ」
バートはイアンとともに、他国から仕入れた穀物を各地に売って回っている。
どこでも歓迎され感謝され、また各地それぞれで飢えを凌ぐ工夫をしている様子も見せてもらった。
ある土地では、
「この葉野菜は苦いからな、虫も食わん。
だが湯通しして叩くと苦みが消える。
スープに入れれば栄養が取れる」
と発育の早い野菜の種をもらい、
ある土地では、
「うちの村は芋が豊富だからな。
それより鶏を守らなきゃいかん。
卵が大事だ。芋も擦って卵と混ぜて焼くと腹にたまる。
良ければ卵を持って行ってくれ」
と言って、残り少ない穀物を卵のために鶏に食べさせる村もあった。
ハルバートは皆たくましく、助け合って生きる平民たちを眩しく思った。
一方、
「また買い付けの申し入れだ」
イアンがひらひらさせて寄越した手紙の内容が「穀物を寄越せ、言い値で買う」といった貴族からのものだったりして、鬱々とした気持ちになったりもした。
ハルバートは飛び回る傍らアメリアを探したが、魔術師協会が対策しているだけあって一向に見つからない。
『ある意味安心かもしれんが』
とも思ったが、不安は尽きなかった。
港町に戻り、次の配達先を考える。
「ほかに危ない街はないか」
「どこもギリギリだ。
・・・が。妙な場所が一カ所あってな」
「妙?」
「この服飾の街なんだが、やけに被害が少ないんだ。
毎年絹や綿が魔虫に食われて多少の被害が出るんだが、
今年は例年より少ないくらいだ」
「確かに、この魔虫の数で無事でいられる訳はないな」
最近は飛んでいる最中、大きな黒い塊が浮いていると思ったら魔虫の群れだったこともある。おぞましくて強めの火魔法で焼いてしまったくらいだ。
「配達ついでに行ってみよう。
何か効果的な防虫策を取っているのかもしれん」
「ああ」
こうして二人は服飾の街へと、
・・・アメリアとマテオが暮らす街へと飛び立った。
ーーーーーーー
夜半、キースは路地裏の酒場で『お友達』と会っていた。
「ほお、そりゃ難しいんじゃねぇか」
「そこを何とか」
「第一失敗でもしてみろ。並の処分じゃすまねえ」
「もちろん対象は選ぶさ。危険がないようにね」
キースがその日持ちかけたのは、
『魔獣を操れる者を紹介してくれ』
というものであった。
「魔獣なんか操って何すんだ。
クーデターでも起こす気か?」
「まさか。
今度レジャーとしての魔獣狩りがあるんだ。
それだけならいいんだが、
参加者に高位貴族の子息がいてね。
万に一つも怪我をさせられないんだ」
「なるほどな」
「ついでに彼に手柄を取らせてやれればなおいい」
「出来レースじゃねえか」
落花生を奥歯でかりっと噛み、『お友達』は笑った。
「で、心当たりはあるか?」
この『お友達』は、魔術師のなり損ない、つまり非正規の脱法魔術師に詳しく、その仲介をして生計を立てている。
「力になってやりてえが、思い当たらんなぁ」
またひとつ落花生を噛み、咀嚼しながら腕を組む。
『欲張りすぎたか』
キースは己の欲に忠実になりすぎたことを思い知った。
上の話は全くの嘘で、キースが立てた作戦はこうである。
魔獣を操れる者に依頼し、王都を襲わせる。
ただの魔獣では駄目だ。竜なんかの大きなものがいい。
それも何頭もだ。
要は『単騎隊』の招集を掛けられればいいのだ。
特に戦闘力に秀でた『蒼の隊』を呼び寄せねばならぬような事態にすればいい。
そしてあわよくばトドメは自分で刺し、自分の功績にしてしまおう、と。
『直情的すぎた。別の手を考えよう』
目の前の『お友達』は酒を飲み、
「しかし、お前も可愛いところがある」
「可愛い?」
「『魔獣を操る』なんて、おとぎ話の中の話じゃねえか」
「いや、そんなことはない。
どこかで・・・聞いたことがあったような」
「だからそれがおとぎ話だって言ってんだ」
カカカ、と笑う『お友達』の無精髭を眺めながら、
確かに魔獣を操るなど、魔術学校でも習うことのない荒唐無稽な話だ、と自嘲した。
だがキースは確かに、
そのような話を以前どこかで聞いたような気がしていた。
だからこんな作戦を考えたのだ。
「あぁ、操るというものではないが」
「なんだ?」
「森の奥深くに、魔術師がひとり住んでる。
そいつは魔獣と共存しているらしい。
魔獣が狩ってくる動物を一緒に食ってるなんて話もある」
一度話を聞いてみるか?
という言葉に吸い寄せられるように、
「頼む」
と答えたキースだった。




