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追うもの、追われるもの〜出産して魔力と職を失った魔術師、子の父親から逃避行〜  作者: wag


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深い森の奥。


「ひとーつ」


手のひらに金色の胡桃を弄びながら、

鼻歌交じりで土を踏む者がいた。


「ふたーつ」


そういって胡桃を高く投げると、

飛んでいた鳥型の魔獣がそれを空中でぱくりと食べた。


「みーっつ」


鳥型の魔獣は大きく旋回し、足下に舞い降りる。


「さあ、君はもう友達」


そう呟いたその人物は、大人しくなったその魔獣を従え、黒く堅い木で作られた小屋へ消えていった。



ーーーーー


「貴殿がマダム・カリファであるな」


「まあ、光栄ですわ、紳士の皆様」



その日、ある貴族の屋敷でクローズドな夜会が開かれていた。


屋敷の門ではかがり火も焚かず、闇に紛れてひっそりと案内人が出迎える。


このマダム・カリファが招待されていたからこその、秘匿された会であった。

小規模なものとはいえ、貴族の夜会に平民の商人が呼ばれることは異例。


マダムは自らデザインしたと思しき体のラインを拾わない直線的な単色のドレスに、頭をコンパクトに見せるタイトなシルエットのヘッドドレスの装いで現れた。


「さすが、気鋭のデザイナーは身の程のわきまえ方も一流と見える」


「さよう。

 貴族のご婦人方を立て、かつ品のあることよ」


「恐縮に存じます」



普段はご婦人方やご令嬢と多く取引しているマダムであるが、本日はどうも様子が違う。ご婦人方は遠巻きに、紳士たちが待ちかねたとばかりにずいずいとマダムを取り囲んでいる。


さあ飲め、食え、煙草はどうだ、しきりに男の趣味を勧めている。女人には刺激が強いかと紳士たちは小馬鹿にしたように笑ったが、何でもないようにマダムは強い酒を飲み珍味を食み、紫煙をくゆらせる。


少し挨拶代わりにからかってやるか、と思っていた紳士たちは少々日怯んだ。



「さて、マダム・カリファよ。

 先日のランタンは素晴らしかった」


「ありがとう存じます」


「あのレース模様の素晴らしく巧緻なことよ。

 魔術に疎い我らでも、素晴らしい仕事だとわかる」


「お気に召したならようございましたわ」


「で、だな。

 あの生地はどこで仕入れているのだ?

 ぜひあの生地でドレスを作りたくてな」


「あら、でしたらわたくしにご用命頂ければ。

 奥方様でしょうか?それともお嬢様?」


「い、いや、仕立ては別で考えておってな」


「そんな意地悪なことを仰らないで」



眉を下げ肩をすくめ、マダムは口から細く煙を吐く。


「しかしあのような生地を貴殿が独占しているのは勿体ないだろう」


「あら、独占はしておりませんわよ」


「そうなのか?」


「ええ、たまたま商人がまとまった量の生地を仕入れたまでのこと。

 ですから小物にしているのですわ」


「そ、そうか。ではその商人を教えてくれ」


「致しかねますわ」


「な、なぜ!」


「だって教えてしまったら、

 わたくし以外のところでドレスにするのでしょう?」


そんなのドレス職人としては指を咥えて見ているわけにはいきませんわ。


そう言って唇を尖らせた。


その後も様々な手を使ってあの生地の出所を吐かせようとするが、マダムはのらりくらりと受け流して答えない。



業を煮やしたひとりの貴族がついにその本性を表した。


「御託はいい。

 生地の制作者を差し出せと言っているのだ!!」


「何のために?」


対して恐れるでもなく、マダムは切り返す。


「決まっておるであろう、商売のためよ」


「制作者をどうするのです」


「なぁに、仕事を頼むだけよ」


「どのような」


「ちょっと我々が望む生地を作って貰うだけだ」


「制作者がその仕事を受けなければ?」


「我々貴族に直接依頼されて断る者などおるまい」


「それでも断れば?」


「そうなれば、我が家にご招待するまで。

 少々手荒になるかもしれんがな」



マダムは大きくひとつ息を吐き目を伏せると、


「いったいどんな生地を作らせたいのです。

 その様子だと、ドレスにするのではなさそうですわね」


流し目をその貴族に寄越した。

ようやく観念したかと、紳士は饒舌に語り出す。


「巧緻な模様はいらん。

 規則的な編み目で良いのだ。

 それでだな、光魔法でなく火魔法にしてもらう」


「なんのために?発火して危険なのでは」


「いや、そのあたりは発火させぬようにするのが制作者の腕だろう」


「火魔法なのに発火させない?」


「ああ、魔術師なら出来るだろう。

 出来ぬなら出来るように努力させるまで」


「いったい何の目的か分かりかねますが」


話に乗ってきたと思った貴族は得意げに声を潜め、


「実はな、虫除けのカーテンを作らせるのだ」


「虫除け?」


「我々も詳しくは分からんがな、

 今年は魔虫が多いのであろう?

 食料庫を守るための防虫カーテンよ。

 

 どうやら魔虫とやらは酸を吐くとき魔力を使うらしい。

 その魔力に反応させ、火魔法で虫を殺すと」


「まぁ、そのような素晴らしいアイデアをどこで?

 卿は魔術師でいらっしゃいますの?」


「い、いやな、

 そのようなアイデアが匿名でもたらされたのだ」


「でしたらそれは魔術師協会案件なのでは?

 最もご専門でしょうに」


「いや、だからな、魔術師協会に知られずに作りたいのだ。

 貴族の権威を示すためにな。


 魔術師協会にこの話が行けば、

 やれ農村部だの食品卸業者だの、

 平民どもに優先してカーテンが渡るだろう。


 それではいかん。

 まずは貴族が守られなければ」


「・・・なるほど」


「善は急げ、なるべく迅速に作りたい。

 マダム・カリファよ、

 そういう訳で作成者を差し出すように」


「このプロジェクトはこの夜会の参加者の方が共催、ということですの?」


「ああ、その通り」


「なるほど。

 アーロン伯爵、フェリチェ伯爵、ドガ伯爵、

 ウルスラ子爵、サザーランド男爵・・・

 あのご婦人はクック子爵の奥方様?

 あぁ、あちらの案内人はジャバ侯爵家の方でしたわね」


マダムは会場中をぐるりと見回し、

こちらを窺い見る人物たちをすべて言い当てた。

 

「なるほど、なるほど」


マダムは手袋をした右手でそっと口元を隠す。


「分かるであろう?

 ここで是と言わねば、貴殿も無事ではいられまい」


「そのようですわね。

 でも」


マダムは口を隠したまま、


「ご自身の心配をなさるが先ではなくて?」


と小さく呟いた。


その時。



「み、皆様!

 緊急事態でございます!」


と下男が飛び込んできた。


「何事だ!」


良いところを邪魔された貴族たちはいきり立つ。


「この屋敷にて火事でございます!」


下男が飛び込んできた扉の向こうで黒い煙が上がるのが見え、会場は恐慌状態に陥った。皆が使用人の誘導に従い急ぎ避難する中、マダム・カリファはひとり佇んでいた。


「それでは、皆様。ごきげんよう」


そうカーテシーをし、煙に紛れて姿を消した。



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