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「ほほう、魔術師協会は思い切ったな」
イアンはごとごと揺れる荷車の上であぐらをかき、
新聞を広げていた。
「『蒼の隊』の父親とやら、
よほど馬鹿げた対応をしたんだろう。
そうは思わんか、バート」
前で荷車を引く、バートことハルバート・イーヴランドは苛立ちを隠さず舌打ちをした。
「つまらん妄想話をするんだったら、
そこをどいてもらいたいもんだな。
重いんだが」
「はは、悪い悪い」
イアンはひらりと荷車から飛び降り、ハルバートと並んで歩き出した。
「しかし本当のところ、
先に水面下で実家には交渉に行ったんだろう?
あんたの上司とやら」
「ああ。『父親のほうは叩いておいた』と言っていた。
それでこの記事だ、決裂したんだろう」
「ってことは親父さんはあんたの婚姻を諦めていないと」
「そういうことだな」
昨日、森沿いのこの街へ到着したふたりは、先ほど商会へ商品を卸す仕事をしていた。空になった荷車がもったいないため、このままこの街で仕入れも行う予定だ。
車輪をごとごと言わせながら、この街の名産品である絹織物の工場へやってきた。
「・・・なんだって?卸せる品がない?」
「ああ、イアン、すまねえ。
いつも世話になってるあんたにも、
卸せるまともなものがねえんだ」
工場の親父は申し訳なさそうに頭を下げた。
「親父さん、頭を上げてくれ。
しかしどうしたっていうんだ、何があった」
「・・・こっちへ来てくれ」
案内されたのは完成品を置く倉庫だった。
親父が絹の巻物をひとつ手にとり、さらりと流していく。美しいベージュの絹の川の中に、点々と黒い縁取りの穴が空いていた。
「・・・魔虫か」
「ああ。今年はどういうわけか魔虫がひどく多い。
倉庫の扉は厳重にしてるが、入り込まれちまった。
入ったのは1匹や2匹じゃねえ。
在庫のほとんどがやられちまった」
次々に巻物を手に取り広げていく。そのどれもに同じような穴が空いていた。
「そんなわけで、
まともな絹織物を卸せそうにないんだ。
すまねえな、イアン」
イアンは口元に手を当ててしばし考える。
伏せた目をぱっと開けると、
「よしきた、親父さん。
被害が少ないのを出してくれ。
できる限り買い取ろう」
「ええ、いいのかい」
「ああ。
これからきっと食料がやられる。
従業員たちにたんまり備蓄食料を買ってやってくれ」
イアンは親父さんに金を渡すと、「これで買えるだけ」と荷車に商品を積み込むよう言った。
「ありがとう、恩に着る」
「いいってことよ。
ちっとやることがあるんでな、
すまねえが急いでくれるか」
「わかった」
荷積みを親父さんに任せ、イアンはハルバートに向き合った。
「バート、俺はちょっと出てくる。
荷が出来るまで休んでてくれ。
彼女を探しに出てくれてもいいが、
出来たらすぐ出発だ」
「あ、ああ」
早足で出て行くイアンを横目に、ハルバートは首をかしげた。
ーーーーーーー
「えーい、やっ!」
かけ声ひとつして、
アメリアは編んだ火魔法を一気に生地に付与した。
「いやいや無理ですって」
「なんでそんな芸当が出来るんですか」
何をしているかというと、
街のギルドメンバーにも虫除けカーテンの作り方を伝授中なのだ。
ひとりが無理ならみんなを頼らせてもらう。
そう考えたアメリアはマダムに頼んで匿名で王都ギルドの魔道具開発室にカーテンを送って貰い、彼らの技術力を頼った。
さらにこの街でも、みんなが作れるようになれば食料品店や民家も守れる。そう考えた上でのこの講習会である。
より手間無く作れるように製造方法も改案した。
「では、もうちょっと簡単に行きますね」
できたカーテンを回収し、床に新しいカーテン生地をしわなく広げた。
「しわなく広げるのがコツです。
ではここにコーティングをかけます」
そういって保護魔法をぶわー、と掛けた。
「この時点で結構難しいはずなんだが」
誰かが呟いた。
「では、参ります」
アメリアはひとつ息を吐いて、両の手を体の前で並べ、指10本からそれぞれ細い火魔法を出す。それらを扇で仰ぐように大きく動かし、直線の火魔法を長ーく伸ばしていく。
「一旦ここで付与です」
ながーく伸ばした10本の火魔法を、
「えいや!」
と付与する。ストライプ状である。これを何回か繰り返し、生地の端まで付与を終えた。
「これが縦糸ですね。
同様に横糸も付与して、」
同様にえいや、えいや、と付与していって、
「完成です」
と一仕事終えたいい顔をした。
魔術師たちは互いに顔を見合わせ、
「できるか?」
「いや・・・」
と首を横に振った。
「アメリアさん、
これを一日どれくらい作るんでしたっけ」
「私?
最近は10くらい」
ヤクモが慌てた声でアメリアに言う。
「あ、あのさ、アメリアさん。
いやクロシェさん?
まずその細ーい火魔法を出すのから練習させとくれよ」
「あら」
そうだった。
あのハルバートだってこの糸を出すのには最初苦労していたのだった。
「思い至らずすみません」
「いやいや、凄いもんを見せて貰ったよ。
私らでもできるようになるかね?」
「なります!必ずできます!」
そう意気込み、まずは1本ずつ、火魔法を出す練習を始めたのだった。
ハルバートに教えた時を思い出しながら、ひとりずつ、丁寧に。
『目の前のろうそくを揺らす感じ。
消さないように』
ハルバートに伝えた時のことを思い出す。
彼との時間は本当に穏やかだった。
具体的な方法を伝えられず、あいまいなイメージでばかり浮かんでしまうアメリアの魔力の使い方を、上手に言語化する手伝いをしてくれた。
「魔力は指先ではなく、
ひとつ手前の関節に貯めるの。
そこから少しずつ流すのよ」
「なるほど、その方が安定しますね」
これもアメリアが無意識にやっていたことを、ハルバートが言い当ててくれたことだ。
彼は今どこで、何をしているのだろうか。
望まない婚姻とは、あの貴族の姫とのことだろうか。
胸の奥がきしむ音がした。
会いたい、という言葉が頭をよぎったが、気がつかないふりをした。
「クロシェさん、見て、できた!」
「なるほど、コツを掴むとできるもんだな」
わいわいと魔術師たちはああでもない、こうでもないと思考錯誤している。
ラスタ卿はそれを見て、「なんだか学園みたいだなぁ」と笑った。
ーーギルドの魔術師たちはそれから目覚ましい上達をし、ひとりでは作れなくとも、三人が細い火魔法を編み、また別の三人がそれを付与するという方法でカーテンの作成に成功した。
そして同時期、王都ギルド魔道具開発部では。
「お手上げだこんなもん!」
こちらはカーテンの再現に難渋していた。
「どうしましょう、部長」
「仕方ない、『紅の隊』を呼んでくれ。
呼びたくはなかったが」
もうひとりの単騎隊が、動きだそうとしていた。




