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王国の議会にて。
国王は頭を抱えていた。
「魔獣退治ならノウハウがあるが、
魔虫は難しいな」
「ええ、小さく神出鬼没なのが虫ですからね。
魔虫を元から絶つとなると、
森を焼き払うほかありますまい」
大臣の一人が言う。
「当然それはできんがな。
焼き払ったところで、隣接する穀物畑に延焼して終わりだ」
「しかしどうして今年はこれほど多いのだ?」
「魔術師協会総帥よ、何かあるか」
注目を浴びたひとりの老人が、
そのふさふさした白い眉毛を持ち上げる。
「無論、各地で調査に当たっております。
特に変わった様子は報告されておりません。
発生の偏りもないようですな」
「それでは根本対策は難しいか。
画期的な虫対策はないかのう」
「それについて」
魔術師総帥は軽く咳払いをすると、後ろに控える助手に合図を送った。
助手は総帥に大きな布地を差し出す。
「これをご覧くだされ」
広げたそれは、レースカーテンのような薄い布地だった。
「これが何か」
何の変哲もなさそうなカーテンを、国王も大臣も?という顔で見つめる。
「王都ギルドの魔道具開発部宛に匿名で送られてきたものです」
総帥は指先に魔力を込めると、そのカーテンに触れた。触れたところだけ赤く色づく。
「これは魔虫を防ぐ道具であるようですな。
添えられていた書簡によると、
どうやらごく弱い火魔法をネットのように編み、
付与したものだと。
魔虫が酸を出す時に出す微量の魔力に反応し、
周囲を焼かず魔虫のみ熱で殺虫するらしい」
おぉっ、と場がざわめく。
「これは効果がありそうか?」
「しばらくギルドで試しましたが、
確かに魔虫の侵入を防げます。
扉の奥にこれを掛け、
床に垂らすほど長くしておくとより効果がありました」
「畑の虫を防ぐことはできずとも、
穀物庫はある程度守れよう」
「そうだ、あの虫ども、
扉を閉めていてもどこからか侵入するからな」
「これは誰が作成した?
早く作らせねばなるまい」
「匿名だと申し上げたが。
魔道開発室に直接送られてきたということは、
我らにこれを再現し量産せよとのことでしょうな」
「では、速やかにかかれ」
国王が抑揚に告げる。
周りの大臣たちも良かったこれで解決だと、気の緩んだ顔をしている。
総帥はそれを鼻で笑い、
「陛下、さてはド素人ですな」
「な!」
「これを見てそんなことが言えるのは、
ド阿呆かド素人のどちらかですわい」
不敬な、何を、と場がざわめく。
「何が言いたい、総帥よ」
魔術師総帥は立ち上がり、
その布を広げて浮遊させ、全員に見えるように掲げた。
「よく見ておれ」
布全体に魔力を込めると、そこには美しく規則正しい編み目が刻まれている。
それらが均一に赤く発光し、神々しく輝いた。
「貴殿らの中で魔術学園出身のものは?
このような細い魔力を一定に出し、
美しく編み込み、しかも安定して付与できるものか?
火魔法の強さも絶妙だ。
発火させず、しかし魔虫を殺す程度の熱を持つ。
こんな仕事は並の魔術師にはできまい。
はっきり言おう、これは神業だ」
これを簡単に再現せよというのは無理な話だ。
総帥は吐き捨てた。
「で、ではその神業を持つ魔術師を呼ぶがいい。
褒美はいくらでも取らせる。
昼夜を問わず作らせろ」
「またド素人ですな」
「な・・・!」
「こんなものがポンポンできてたまるか。
恐らくひとりで作るならば、
ひとつにつき10日以上はかかるでしょうな。
魔力も消耗するでしょう」
「それでは間に合わない!」
「ですからな、
我々魔術師協会に送ってきたのです。
ひとりの力では難しいことが、
多くの人間の協力ならば叶えられる。
それを望んで制作者は我々に託したのですよ」
それを聞き、一人の大臣が鼻で笑った。
「全く馬鹿だな、その魔術師は。
自分一人の名誉とすれば、
下手したら恩賞ものだというのに。
愚かなことよ」
「貴殿ら貴族はそれでいいかもしれんがな。
我々労働身分はそうして相互に助け合うのだ。
他者を出し抜くことしか考えない貴殿らとは違う」
また大臣たちは不敬を声高に唱える。
総帥は涼しい顔をしてそれらをやり過ごしている。
騒然とする中、国王は机をひとつ叩いた。
「静粛に!」
皆が一斉に静まりかえる中、国王は静かな声で続けた。
「総帥、言いたいことは良く分かった。
お主の言うとおり、
こうした危機の中では貴族の称号など無価値だ。
力を持たぬ者が、力を持つ者を不当に搾取してはならぬ。
総帥、そなたの胸の内には、
『蒼の隊』のこともあるのであろう」
総帥は答えない。
先日、『魔術師協会をコケにした貴族どもを許さない』とも取れる挑発的な新聞記事が公開されたばかりである。
「王の名の元、イーヴランド侯爵を説得し婚姻を撤廃させよう。
このカーテンの件はそなたらに一任する。
国の危機に協力してはくれぬか」
「『民の暮らしの危機に』、協力致しましょう。
ですが言っておきます。
この件に関わる魔術師たちに良からぬ介入があった場合には、容赦致しませんので」
「それでよい」
総帥は貴族たちをじろりと睨めつけ、再び口を閉じた。
ーー会議後。
「まったく、魔術師どもの生意気なことよ」
場所を移した数人の貴族大臣たちは、
酒を口にしながら先ほどの総帥の立ち回りに憤慨していた。
「とはいえ、あのカーテンは欲しいだろう」
「欲しいのは欲しいが、やり方が気に食わん」
「全くだ。
作れる魔術師を捕らえて、
必要な分だけ作らせればいいのだ」
「しかしひとりで賄うのは難しいという話では?」
「だからこそ希少価値が付くというもの。
今売り出してみろ、いくらでも儲かるぞ」
「正味、買える者にだけ行き渡ればいいのだ。
それが世間というものだろう」
また酒をあおり、大臣たちは腹を揺らす。
うち一人が周りを気にする様子で声を潜めて言った。
「実はな、思い当たる節があるのだ」
「何だ?」
「先日娘にねだられて、ランタンを買ったんだが。
それには緻密な光魔法が編み込まれておってな。
魔力を通すとレース模様に淡く光るのだ。
どうだ?似てると思わんか」
「おお!
似ているな!」
「もし制作者が違ったとしても、
そのランタンを作った者なら再現できるやもしれん」
「それはどこの商人から買ったものだ?」
「マダム・カリファだ」
厭らしく笑い合う大臣たちの談合を、
窓の外からじっと見つめる眼があることに、
誰も気づいていなかった。




