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「・・・という訳で、このプロジェクトはもはや街の政治的施策と言って良いわ」
「そこまでなのかい、このカーテンってのは」
「革命よ」
小さな魔術師ギルドの応接室で、
マダム・カリファとギルド長であるラスタ卿は向き合っていた。
マダムが本日ギルドに持ち込んだのは、例のアメリアが作った虫除けカーテンである。
「我が街が虫の季節に被る経済的損失をご存じ?
どの店も多かれ少なかれ、被害ゼロの年はないわ。
私の店でしばらく試してみたけれど、
これまでの虫対策グッズと比べても効果は歴然よ」
頻繁に店周囲の掃除をしないといけないのは邪魔くさいけどね。
とマダムは肩をすくめる。
「この製品を服飾関係の店すべてに卸す。
お代は私が持つわ。
虫が多い年だし、安い投資よ」
「おお、気前がいいねぇ」
「でね、今日来たのは相談があって。
この事業、恐らく評判になるわよ。
作り手のアメリアさんも注目を浴びるのは時間の問題かもしれない。
でも、アメリアさんはそれを望むかしら」
「・・・多分望まないな。
彼女から、この街にきた理由を聞いたか?」
「いいえ。でも訳ありでしょう?」
「そうさ、特大のな」
「だからこの事業、
うちと魔術師ギルドの連携ってことにしてくれるかしら」
「うちの魔術師たちに隠れ蓑になってもらうってか」
「その通り。
作り手については口を割らないと約束の上でね。
これを正式な依頼とするわ」
「なるほど。『アメリアさんを守る』依頼だな」
「ええ、そうよ」
「よし、受けた」
マダムとラスタ卿は固く手を結ぶ。
小難しい話はおしまいだと、ラスタ卿はマダムに茶を勧めた。
「しかし、特大の訳ありとは気になるわね。
どの辺まで彼女を隠すべきかしら。
ほら私の顧客、そこそこ地位がある人も多いから。
圧力ってものもあるのよね」
マダムは王都貴族にも人気のドレス職人である。
製品を欲しがる貴族連中が脅しをかけてくる可能性だってあるのだ。
「そうさな。
・・・上からふたり。
ここまでにしといてくれ」
「はぁ?国王夫妻以外全部ダメって事?
そりゃまた厳重ね。
・・・つまり、全貴族から守らないといけないわけね」
「そういうことになる」
「何しでかしたのよ、彼女・・・」
マダムは美しい指先で軽くこめかみを押さえる。
「しでかしてはいないんだがな。
厄介な奴に入れ込まれちまったのよ」
「・・・あぁ。そういうことね。
分かったわ、私も頑張るわ」
「よろしく頼む」
ギルド長はそれ以上を明かす気はないようで、
再度握手をして席を立った。
マダムはギルドを出て店に戻る途中、
野菜を買うアメリアとマテオ母子を見かけた。
「マテオ、晩ご飯に食べたいものある?」
「バナナ!」
「それはご飯とは言えないかなぁ」
楽しそうに手を繋いで歩く背中を眺める。
『彼女の力を利用しようとする私もまた、
彼女にとって敵になるかもしれない』
虫除けカーテンを卸す店には、
バックヤードでのみ使って秘匿するように言おう。
そう決めたのだった。
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「まだ見つからないの?!」
ダフネはクッションをベッドに投げつけて喚く。
「申し訳ございません、お嬢様。
招待者リストをすべて当たりましたが、
該当するご令嬢がおられないのです」
侍女が深々を頭を下げたままで詫びる。
ダフネは焦っていた。
正直、風向きが悪い。
先日、ダフネとハルバートが実際は婚約していないことを暴露され、さらに浮気疑惑についても事実ではないのでは?と焚きつけられた。
これでイーヴランド侯爵家がダフネを支持してくれれば良かったものの、かの家は現状我関せずを貫いたままである。それが「ダフネが勝手に婚約者面していただけ説」に拍車を掛けているにも関わらず。
あの諸悪の根源である茶色の髪の令嬢を何とかしようと使用人に探させたものの、未だに見つからないのである。
「誰に聞いても知らないのよ、あんな令嬢」
「お嬢様と年頃は同じように見えましたが」
「学園でも見たことはないし、あの場にいる誰もがあの女の名を知らなかったわ」
「しかしながら、あれだけ盛装して夜会にいるとなれば、正式に招待されているはず」
「訳が分からないわ」
ダフネはどさりとベッドに腰を下ろす。
「見つけたら只じゃ置かないわ」
「お嬢様、こちらが本日のお手紙でございます」
「ありがとう」
手紙はほとんどが茶会・夜会の招待状だった。
大丈夫だ、まだダフネの人気は失われてはいない。
これ以上虚仮にされて、たまるもんですか。
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「納得いくわけがないでしょう」
「これは決定事項だ」
「そんな横暴が許されるはずがない!」
「何とでも言え」
王都の魔術師ギルドで、新人魔術師キースは怒りで大げさに踵を鳴らして歩いていた。
誉れ高い王都魔術師ギルドに就職したはいいものの、ちっとも上手くいかない。
ようやく理不尽な謹慎から解放され、これからという時に。
『キース、お前を隊から外す』
所属する第3隊のリーダーから先ほど宣告され、キースは激高した。
『じゃあ仕事はどうすればいいんですか!』
王都ギルドは請け負う仕事の難易度も高いため、基本は隊編成で動いている。例外は管理職、そしてエリートである「単騎隊」のみだ。
『基本は内勤だ。他の魔術師たちから頭を下げて仕事をもらえ』
どいつもこいつもふざけている。
ただキースはすべきことをしただけなのに。
大きな足音のまま魔術師の集う部屋に戻ったキースは、どっかりとデスクに座り込んで頭を思い切りかきむしった。
「その様子じゃなかなかの処分だったようね」
先輩魔術師であるルーナが言う。
「今話しかけないでください。
燃やしますよ」
「あんたごときに燃やされるほど耄碌してないわよ」
ルーナを睨み付けてやるが、動じていない様子にさらに腹が立つ。
「生意気なんですよ、女魔術師風情が」
「あら、やっぱり反省していないのね」
今回キースが処分を食らった理由は、
『隊の調和を著しく損なう』というものだった。
キースは基本的に女性というものを見下している。
正確には女性「も」、見下している。
世の中の大抵のものを見下しているのだ。
キースは不幸にも、『あいつなんかに俺が負けるはずがない』という負けん気で並々ならぬ努力ができてしまう男だった。結果、『ほら、俺は凄い』と彼の自尊心は山のように高くなり、自分は『周りを見下しても良い人間』と自認してしまった。
「あんたねえ、任務中に嫌がらせした自覚あるのよね?」
「嫌がらせじゃありません」
「じゃぁ腹いせ?」
キースはまだ新人だ。
任務中、指示や指摘、叱責を受けることもある。
だがそれがキースは受け入れられなかった。
先日連携不足を指摘された。
相手は女性魔術師で、以前から無意識に見下していた存在だった。
気に入らない。
お前ごときが俺に指図するなよ。
任務に当たりながら、キースは考えついてしまった。
『わからせてやろう』と。
それで、その女性魔術師が指揮をとる魔獣討伐の際、
連携の号令をわざと聞こえないふりをした。
そうして隊の動きから逸れ、魔獣に向けるべき攻撃魔法を、
あろうことか女性魔術師に向けて発動した。
幸い女性魔術師には怪我はなかった。
優れた戦闘系魔術師である彼女は、背中からの攻撃も見事に回避して見せたのだ。
しかし隊のメンバーは見ていた。
それがキースによる攻撃であり、回避された瞬間『仕留め損ねた』という顔をしていたことを。
ギルドに帰ったキースは、得意げな顔で言った。
「連携の号令が聞こえなかった。
これは指揮をした側のミスです」
当然これは聞き入れられず、除隊処分を食らったのである。
俺はただ、あいつの無能を知らしめてやっただけなのに。
「腹いせでもありません」
「じゃなに?」
「・・・強いて言うなら、あぶり出しですよ。
隊の不安要素のね」
ルーナは呆れた。
こいつは本気で言っている。
「そう、じゃぁ頑張ってね」
立ち去るルーナは考える。
『まぁ、キースっていう不安要素のあぶり出しには成功したし、あながち間違ってもいないか』と。
ルーナの立ち去る姿を見て、キースは考える。
このギルドはお荷物が多すぎる、と。
先日のアメリア・ハーバーは良かった。
自分の無能をわきまえて退職したし、『蒼の隊』の眼を汚すことなくその姿を消した。
あれは気分がよかった。
ただ、アレのせいで自分が謹慎処分になったのは納得できないし、それがきっかけでキースは見くびられるようになった気がする。
やはり、忌々しい奴らには徹底的に自分の立場を分からせたい。
キースの凄さを認めさせ、逆に奴らの無能を暴いて追放してやりたいが、下手に魔術師としての経験がある以上、上手くやらないと返り討ちにあう。
さて、どうするか。
「あぁ、いたじゃないか、うってつけのが」
キースはほくそ笑んだ。




