砂時計とハンカチと
ダニエルは王都の平民街の片隅にあるガラス工房で働いている。
見習いとして工房で使ってもらうようになって早五年。長かった下積みがやっと終わり、厳しくも愛情持って指導してくれた親方から、ついに「一人前」との太鼓判をもらうことができた。
一人前になると給金が上がる。給金が上がれば生活に余裕ができ、生まれ育った孤児院に仕送りができるようになる。
孤児院の経営状況はかなり厳しい。孤児たちが貧しい暮らしを強いられ、常に空腹に苦しんでいることをダニエルはよく知っている。
着古した服に穴が空いても新しい服が買ってもらえるはずもなく、ツギハギだらけの服を着た痩せぎすの孤児たちは、親がいる町の子供たちから忌諱されイジメられることも多い。
そんな孤児たちの空腹を一時でいいから忘れさせてやりたい。ツギ当てのない小綺麗な古着を購入してあげて、親のいる子たちへの羞恥心や引け目をなくしてあげたい。
そういった強い思いを胸に、ダニエルはこれまでずっと、ガラス工房での仕事に励んできた。
辛いことはたくさんあった。
工房の先輩には親切な人もいれば意地悪な人もいた。孤児をバカにする先輩からは、本来ならダニエルがしなくていいはずの面倒な仕事や雑用を毎日のように押し付けられた。ちょっとしたことですぐに罵倒されたり、暴力を振るわれたりするのも日常茶飯事だった。
特に工房に入ったばかりの十三才の頃など、満足な食事がとれていないダニエルの体は小さくて弱々しく、脅されて逆らえずに給金を巻き上げられたことも何度だってあった。
くだらないイジメはやめるように親方が注意しても、あまり意味はない。そういった輩は表では笑顔で良き先輩のフリをして、陰では「親方にチクるなんて生意気だ」などと言って、それまで以上に酷いことをするようになるだけだった。
悔しさとやるせなさで涙を滲ませながらも、ダニエルは歯を食いしばって耐え続け、ガラス職人としての技術を学んでいった。
いつか立派な職人になって、高い給金をもらえるようになって、育ててくれた孤児院に恩返しがしたいと、そんな思いがあったから。だからダニエルは挫けることなくがんばってこれたのだった。
そして実はもう一つ、ダニエルの辛い修行の日々を支えてくれたものがある。
それは仕立屋の娘、エリナ―の存在だった。
エリナ―は幼い頃からとても優しい娘だった。町の子供たちが孤児を毛嫌いする中、エリナ―だけは笑顔で優しく話しかけてくれた。
「ねえ、ダニエル。孤児院の子たちってすごいよね」
「すごいって、なにが?」
「だって、ほとんどの子が針と糸を上手に使って繕い物をするでしょう? それに料理もできるし洗濯もできるし、お掃除だって上手。孤児院の裏庭の畑で野菜や果物を育てるのも上手だし、小さい子や赤ちゃんの面倒をみるのも上手じゃない。それってすごいことよ!」
「そ、そうかな?」
かわいい女の子に褒められて嬉しくないはずがない。テレるダニエルの頬が赤く染まる。
エリナ―は瞳をキラキラと輝かせながら、ダニエルに尊敬の眼差しを向けた。
「あたしなんて、なんにもできないもの。家が仕立屋だから縫物は得意だけど、それ以外はなーんにもできないわ。何日か前に卵料理に挑戦したんだけど、しょっぱすぎて食べれたもんじゃなかったし」
その時のことを思い出したのか、エリナ―は「うへ~」と体を震わせながらしょっぱい顔をする。
飾らない素の顔を見せてくれるエリナ―がかわいくて、ダニエルはクスリと笑った。
それを見たエリナ―が頬をぷうと膨らませる。
「あ、ダニエルったら笑ったわね! どうせあたしは料理が下手ですよーだ!」
「ははっ、料理なんて慣れだから、すぐにエリナ―も上手になるよ」
「よーし、みてなさいよ。絶対にお料理上手になって、ダニエルをギャフンて言わせてやるんだから!」
二人は年齢が同じこともあって気が合い、よく話をするようになった。いつしか二人はお互いを親友と呼べる関係になっていった。
ダニエルがガラス工房で働くようになり、意地悪な先輩からの嫌がらせを受けた話を聞いた時には、エリナ―はまるで自分のことのように怒ってくれた。
「見習いで入ったばかりの年下の男の子をイジメるなんて……その先輩って卑怯者だわ!」
「まあでも、孤児院出身の人間を見下す人はどこにでもいるもんだよ。なんとか上手く付き合っていくしかないよ」
「どうして? どうして孤児だと見下されるの? 孤児の子たちは親がいる子よりもすごくがんばっていて色々なことができるのよ? むしろ尊敬されるべきなのに!」
眉を吊り上げたエリナ―がダニエルの右手を両手で握りしめる。
「ダニエル、あたしに任せといて! その嫌な先輩がお金を落とすとか、転んでお尻を打つとか、寝坊して親方さんに叱られるとか……とにかく嫌なことがその先輩の身に起きるように、わたし今日から夜寝る前に必死に神様にお願いするから!」
あまりに真剣な顔でそんなことをいうエリナ―に、ダニエルはつい笑ってしまう。
不思議だった。どんなに怒っていたり落ち込んだりしても、エリナ―と会って話をするだけで、いつもダニエルは楽しい気持ちになれてしまう。
今だって、ついさっきまでは先輩の仕打ちに憤っていたのに、エリナ―に愚痴を聞いてもらい、エリナ―が自分のことのように怒ってくれただけで、あっと言う間にダニエルの気持ちは落ち着いてしまった。
「お祈りはしなくていいよ。エリナ―の大切な時間を、あんなヤツのために使って欲しくないから」
「う~ん、確かにそうかも。嫌な人のために時間を使うくらいなら、刺繍してたほうが断然マシね!」
「刺繍?」
「実はね、ダニエルが工房でがんばってる話を聞いてから、あたしも家の仕事を真面目に手伝うようになったの。それで最近になって刺繍の練習を始めたんだけど、よかったらダニエルにあたしが刺繍したハンカチをもらってもらおうと思って。ほら、人にプレゼントする物だと気合が入るし、丁寧に最後まで仕上げられるじゃない?」
それを聞いたダニエルは、驚きと喜びで一瞬だけ言葉が詰まってしまった。
「俺に刺しゅう入りのハンカチをくれるの? ほ、本当に?」
「初めての作品だから下手くそだと思うけど……もらってくれる?」
「もちろんだよ! すごく嬉しい!!」
「ふふ、じゃあ、がんばって作るわね。ダニエルも嫌な先輩に負けずに仕事がんばって!」
「うん!」
数日後、仕事を終えたダニエルのオンボロアパートの一室に、エリナ―がハンカチを持ってきてくれた。確かにかなり歪なデキだったけれど、そこに込められた真心をダニエルは感じることができた。
ダニエルは仕事に出かける時、そのハンカチを必ずズボンのポケットに入れておくようになった。
先輩から嫌がらせをされたり、技術不足から思う通りのガラスが作れなくて落ち込んだり、ミスして親方に叱られたりと、嫌なことや悲しいことや辛いことがあった時など、ポケットに手を入れてハンカチにそっと触れる。それだけで不思議と「がんばれる、まだやれる、負けるな、落ち込む暇なんかないぞ」という気力が湧いてくるのだ。
すぐ近くでエリナ―が応援してくれているような気がして、いつも元気と勇気と根性をもらえた。
どんなに辛いことがあっても、工房を辞めることなく踏ん張れたのだった。
その時以降、エリナ―は毎年ダニエルに新しいハンカチを贈ってくれるようになった。
ダニエルは新しくもらったハンカチをポケットに入れて、過去の物は家の引き出しに宝物として大切にしまっている。
これまでもらったハンカチを並べて見れば分かる。エリナ―の刺繍の腕前は年を追うごとに上達している。今では仕立屋でも一番腕のいいお針子となっていて、エリナ―の刺繍した布やドレスは高値で売れると評判だ。
「でもね、それって全部ダニエルのおかげなのよ。ダニエルに喜んでもらいたくてがんばっている内に、いつの間にか刺繍とか縫物が得意になったんだもの」
そう言って笑顔をみせるエリナ―が、ダニエルにはとても眩しかった。
ダニエルには夢がある。それは、家族をーー自分の家庭を持つという夢だ。
幼い頃に両親を亡くして孤児院で育ったダニエルにとって、それは切実な願いや憧れともいえる、とてもとても大切な夢だった。
そしてもし家庭を持つなら、相手はエリナ―がいい。エリナ―にそばにいて欲しい。いつしかダニエルはそう思うようになり、それがエリナ―に恋しているからだと気付いた。
エリナ―への恋心を自覚したダニエルは、これまで以上に懸命に働き、貪欲にガラス技術を吸収していった。いつかエリナ―と家庭を持ち、家族を守って幸せにするためには、安定した給金が必要不可欠だという思いからだ。
いつか親方に一人前と認めてもらえたら、その時にはエリナ―に求婚しよう。そんな思いを胸に、ダニエルは歯を食いしばって励み続けた。
そうして五年に及ぶ見習い期間を終えて、ダニエルはついに一人前と親方に認められるほどの腕前を手に入れることができたのである。
一人前と認められたその日は、エリナ―の十八才の誕生日のちょうど三ヵ月前だった。
ダニエルは決意した。エリナ―の誕生日がきたら求婚しよう。そしてその時までに、一人前になった自分の腕前を披露する意味でも、エリナ―になにかガラス製品を作って贈ろう、と。
まずはなにを贈るべきかをダニエルは考えた。次にデザインを考え、どの素材が最適かを試行錯誤し、最高の品を作るために何度も何度も作り直した。
日中は仕事があるため、作品作りは思うようには進まない。
それでも終業後の短い時間や休みの日などを使って、頭の中に思い描いていたものを少しずつ形に変えていった。
そうこうしている内に、ついにエリナーの誕生日がやってきた。
ここ数年、お互いの誕生日には短くても必ず一緒の時間を過ごしてきた二人である。今年もこれまでと同じように、ダニエルは仕事が終わるとすぐにエリナ―の家に会いにいった。
「誕生日おめでとう、エリナ―」
仕立屋の裏口から出てきた愛しのエリナ―に、まずは持ってきた花束を渡す。エリナ―は顔をほころばせて花束を受け取った。
「ありがとう、ダニエル。とってもきれいだわ!」
去年までも花束は渡していた。でも、見習いだったダニエルには花束の代金を貯めるだけで精一杯で、他にはなにも贈れなかった。
でも、今年は違う。
ダニエルは懐からリボンで飾った小さな箱を取り出した。それをエリナ―に差し出す。
「エリナ―、今年はもう一つプレゼントがあるんだ。実は俺、親方に認められてやっと一人前になれたんだ」
エリナーが目を丸くする。そして大きく破顔した。
「すごいわ、すごいじゃない! おめでとう、やったわね、ダニエル!」
「ありがとう。だから今年はもう一つプレゼントを用意できたんだ。俺の手作りなんだけど、よかったら開けて見てくれる?」
「ええ、ぜひ!」
エリナ―が箱を開けると、中から砂時計が出てきた。よく見る砂時計よりは少し大きめのそれは、土台となる木の部分には細かい飾り彫刻が入れられていて、ハッと目を引くほど美しい。
なにより素晴らしいのは、本体のガラス管の中に入っている砂だ。
町で売られている安価な砂時計には、たいてい黒い砂が入っている。しかし、ダニエルが作った砂時計は違う。薄っすらと青く色付いた美しい粒の細かな砂が入っていたのである。
「ダニエル……これ、すごいわ。どうやって作ったの?」
驚きに目を見開いて砂時計を見つめるエリナ―に、ダニエルは照れくさそうに笑いながら答える。
「それね、着色したガラスを砕いて作った砂なんだ。親方に教えてもらって色を付けてさ……ちょっと大変だったけど、でも、なかなかのデキだろう?」
実際は「ちょっと大変」どころではない。
気に入る色を作るために何度も作り直した。砂の粒にしても、砂時計の中でスムーズに流れる砂の形やサイズになるように、溶かしては固めて砕き、気に入らなくてまた溶かしては固めて砕く……それを何度も何度も繰り返した。
「なんて素敵なの……。こんなに美しい砂時計を見たのは初めて。本当にもらっていいの?」
「うん。だって、エリナ―のために作ったんだ。ねえ、気付かないかな。その砂の色、どこかで見た色じゃない?」
「色?」
少し考えて、あっ、とエリナ―が声をあげた。
「これ、ダニエルの瞳の色じゃない?」
「正解!」
そう言うと、ダニエルは真剣な表情でエリナ―を見つめた。
「その砂時計ね、普通の砂時計の二回分の時間をかけて砂が下に落ちるように作ってあるんだ。それでエリナ―にお願いがあるんだけど」
「お願い? なに?」
「眠る前に、その砂時計の砂が落ちる間だけでいいから俺のことを考えてくれないか。そしてもしいつか、それを嫌だとか面倒だとか思わなくなる日がきたら、その時は俺と結婚して欲しい」
え、とエリナ―が目を見開く。
「エリナ―が俺を親友としか思っていないってこと、よく分かってる。でも、俺はエリナ―が好きだ。結婚して家庭を築くならエリナ―がいい。エリナ―じゃなきゃ嫌なんだ」
「ダニエル……」
「二年だけ。せめて二年だけでいいから、砂時計が落ちる間だけ、俺を友達じゃなく男として意識してみて欲しい。それでやっぱり無理なようなら、俺もすっぱりあきらめるから。どうかエリナ―、考えてみてくれないか。お願いだ」
頭を下げるダニエルを見るエリナ―の瞳が揺れる。
しばしの沈黙の後、エリナ―はポツリと言った。
「ごめんね、ダニエル。それは無理よ」
どくん、とダニエルの心臓が嫌な感じに跳ねた。
下げていた頭をダニエルがゆっくりと上げる。その顔には絶望が浮かんでいたが、すぐに作り笑顔に変わった。
「そ、そっか。そうだよな。俺たちは友達だもんな。急に男として見てくれなんて言われても、困るだけだよな。変なこと言ってごめん」
「あのね、ダニエル――」
「俺が言ったこと、忘れてくれると嬉しいな。そして、これからも友達でいて欲しい」
「そんなの無理よ……」
「頼むよ、もう絶対に変なことは言わないって約束する。困らせたりもしない。だからせめて友達をやめるのだけは――」
「だから、そんなの無理なんだってばっ!」
そう叫んだエリナ―がダニエルに抱きついた。
驚いて固まるダニエルの耳元で、エリナ―が囁くように震える声で言う。
「砂の落ちる間だけダニエルのことを考えるのも、これからもダニエルを友達だと思うことも無理なの。だってあたし、もうすでにずっと前からダニエルのことが好きなんだから! 今までだって、いつもダニエルのことばかり考えてた。だから、砂が落ちる間だけしか考えないなんて、そんなの無理!」
「!!」
「両想いだって分かった今、もう幼馴染や友達でなんていられない。これまで言えなかったけど、あたし本当はダニエルの恋人になりたいってずっと思ってたの」
これ以上できないというくらい、ダニエルの瞳が大きく見開いた。
「エリナ―、ほ、本当に……? 今言ったことって、本当に本当なの……?」
「本当よっ! ダニエルのことを考えるのが面倒だったことなんて、今まで一度もない。毎日暇さえあればダニエルのことばかり考えてた。だからダニエル、あたしたち、結婚しよう? お願い、結婚してよ!」
ダニエルは震える腕をエリナ―の背中に回した。彼女の細い体をそっと抱きしめる。
「夢みたいだ……エリナー、好きだよ。ずっとずっと大好きだった。俺の……家族になってくれる?」
「なるわ。ダニエルの家族になりたい。あたしもね、すっとダニエルが好きだった。イジメられても見下されてもへこたれず、いつも笑顔でがんばるダニエルが好きだった。尊敬してた。ずっとそばにいたいって、いつだって思ってたの」
「エリナ―……」
「大好き、ダニエル」
ダニエルの瞳に涙が浮かぶ。
自分より小さく、柔らかいエリナ―を抱きしめながら幸せに浸る。
涙が出るのは悔しい時や悲しい時、辛い時や痛い時だけだと、これまでダニエルは思っていた。幸せで人が泣くのなんて、お話の中だけのことだと思ってた。
でも、違った。
本当に人は幸せでも泣けるものなんだと、ダニエルは初めて知った。
エリナ―が教えてくれたのだ。
いつだってエリナ―は素敵なことばかりダニエルに教えてくれる。
「エリナ―、俺の大切な人。絶対に幸せにするから」
「うん。あたしもダニエルを幸せにしたい。一緒に幸せになろうね」
「ああ」
二人は喜びをかみしめながら、そのまま静かに抱きしめ合っていたのだった。
さて。
大好きなダニエルに求婚されて浮かれたエリナ―は、プロポーズを受けた時のことをお針子仲間たちに話しながら、同時に美しい砂時計のことも自慢した。するとお針子たちは「恋が叶う縁起物」として、ダニエルに砂時計を作ってもらいたがった。
「え、でもあれはエリナ―にだけ贈る特別な物だから……」
渋るダニエルにエリナ―は言う。
「作ってあげれば? 幸せは皆で分かち合ったほうがいいもの。どうせだったら、ダニエルが勤めているガラス工房の商品として、大々的に売り出せばいいじゃない」
「エリナ―がいいって言うなら、俺は構わないけど」
「ああでも、あたしがもらった砂時計と同じ色の砂だけは作らないで。あれはあたしだけのものだから。だって……」
こしょこしょ、とエリナーがダニエルの耳元で囁く。
「ダニエルの瞳の色の砂を持ってていいのはあたしだけだから」
ダニエルの頬が赤く染まった。
そこにエリナ―がちゅっと口付けたものだから、ダニエルの顔は熟れたトマトのように真っ赤になってしまう。
数日後、ダニエルは数個の砂時計を作ってエリナ―の友達に販売した。すると偶然だろうか、砂時計を購入した娘の内の何人かが恋を実らせた。すると噂が噂を呼び、いつの間にかダニエルの作る砂時計は「恋愛成就の縁起物」として、数ヵ月の予約待ちになるほどの大人気商品になってしまったのである。
しかも、その噂を聞きつけた貴族の令嬢までが「こんな綺麗な色の砂は見たことがないわ。しかも、恋が叶うなんて素敵!」と砂時計を買い求めるようになり、果てには国外からの旅行者までもが土産品として買っていくことが定番になった。
おかげでガラス工房の儲けは前年と比べて何十倍にも膨れあがった。
当然、ダニエルの懐にも大金が入るようになった。今ではもうダニエルを孤児だとはバカにする者は皆無である。
しかしダニエルは驕ることなく、すべては恋人のおかげなのだと謙虚に言う。
「だって、エリナ―のためでなければ俺は砂時計なんて作ったりしなかった。エリナ―が素敵で、どうしても結婚したいと思うほどかわいいから、だからあの砂時計はできたんだ。つまり、全部エリナ―のおかげだよ」
「んもうっ、ダニエルったら……大好き!」
その後もダニエルは、エリナ―を喜ばせるためにと様々なガラス製品を生み出した。
どうやら芸術的センスを持っていたらしいダニエルの手から作り出される商品はどれも繊細で美しく、店頭に並ぶたびに評判を呼んで売り切れ続出となった。
そのおかげで、二人は家庭を築いてからも、それなりに裕福な暮らしができるようになったのである。
もう欲しいものはなんでも買えるし、孤児院にもたくさんの寄付ができる。
数年後にダニエルは自分の工房を持てたし、弟子だって何人も抱えるようになった。
子供も三人生まれた。今や五人の仲良し家族だ。
ダニエルたちの住む家の居間の暖炉の上には、これまでダニエルがエリナ―に贈ったガラス製品が所狭しと飾られている。もちろん、一番最初に贈ったあの砂時計もだ。
そして、今もエリナ―がダニエルに贈り続けている刺繍した美しいハンカチは、今年の分を除いて額縁に入れて壁にかけてある。
砂時計やハンカチが目に入るたびにダニエルは愛する妻に感謝して、その想いを言葉で伝えるようにしている。
「俺と結婚してくれて、家族を与えてくれて、本当にありがとう。愛しているよ、エリナ―。君のおかげで俺は毎日がとても幸せだ」
エリナ―は微笑みながらこう答える。
「わたしも幸せよ。だって未だにわたし、あなたのことを考えることを嫌だとも面倒だとも思わないもの。むしろ、いつもあなたのことばかり考えていたいくらいだわ。今は子供がいるから、あなたのことばかり考えていられないのが残念なくらいよ」
「だったら、子供たちが無事に自立して巣立っていったら、また俺のことばかり考えてくれる?」
「ええ、喜んで」
二人は胸を幸せでいっぱいにしながら微笑み合ったのだった。
end
読んで下さってありがとうございました。