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■第六話:中学生時代を想う 

 中学に上がってからも、俺は勿論バスケを続けていた。

 あの頃、俺にはバスケをする上で、新たな目標が出来ていた。

「海冬に相応しい男になる」事。

「海冬に相応しい男」の、俺なりの定義……それは、「バスケ部でキャプテンになれる」ような男。かつての海冬のように。

 そう決めてから、死に物狂いで練習した。

 自分の才能の無さは、自分で認めていた。だけどそれを言い訳にはしたくなかった。海冬は俺より遅くバスケを始めたのに、人一倍努力した事でキャプテンに選ばれるまでに成長したのだから。海冬の姿を想うと、才能を言い訳にする事が恥ずかしく思えた。

 中一の時は補欠入りも果たしていなかった。ただの応援担当。

中二に上がり、補欠入り。

中三に上がり、スタメンに選ばれ……更にキャプテンにまで上り詰めた。

やっと……海冬と対等な男になれた気がした。

だから思い切って告白したんだ。彼女の家のポストにラブレターを入れた。

【小学生の頃から気づいていたと思うけど、君が好きだ】【君のようになりたくてこの三年間陸上部を頑張ってきた】【来週の日曜日の二十時、青春(あおはる)公園に来てください】——こんな事を当時、書いた気がする。

 青春(あおはる)公園——俺と海冬の家の近くにある公園。夏になると祭りが開かれるくらいには規模のある公園。

 夜の青春(あおはる)公園。木々に囲まれていて、一本の街灯だけが夜の公園を照らしていた。

街灯の下で海冬を待つ俺の心臓は異常なまでに高鳴っていた。

時計を見て時刻確認。後十秒で二十時。三……二……一……、 


 その時、背後からズサズサと草むらを踏む足音が聞こえた。俺の心音の速度は、更に拍車がかかった。

「——ハル……君……?」

静寂の公園に、三年ぶりに聞く少女の声。少し声変わりを感じる。振り返ると、

海冬の姿が。三年間で背がかなり伸びていた。

「手紙、ありがとう」

「あ、いや……俺の方こそ、急にごめん」

 上手く会話が続かない。自分の心音が速すぎて言葉を上手く紡げない。

 テンパる俺は唐突に街灯のすぐ左にある木製のベンチを指して、

「ここ、座る?」

 気まずそうな顔の彼女は何も言葉を発さない。言葉選びを間違えた。

 あたふたする俺は、次にどうするか頭の中で巡りに巡らせ——それでも言葉が出てこない。

 すると海冬が先に——、


「ごめん……私……付き合っている人がいるんだ……」

 それから先は頭が真っ白になってよく覚えていない。海冬は、逃げるように公園から去って行った。


 その後、小学六年の時のクラスメイトだった男友達から、海冬の彼氏がどんな男かについて聞いた。彼は海冬と同じ、地元の中学に進学している。

 容姿、学業、部活動、全てにおいて一位を取っている、理想の王子様のような男だとか。海冬と同じクラスであり……バスケ部でキャプテンの男。


それでも未練がましい俺は十一月、もう一度告白した。彼氏持ちの女子にだ。

 坂の下の、海冬の家のポストに手紙を忍ばせた。

 こう書いた。【俺と同じ高校に来てください】【もう一度あの公園で会って下さい。日曜日の二十時に待っています】、と。

 それから一か月間、日曜日の二十時に俺は公園に向かった。正確な日付は指定しなかった。

何日でも待つつもりだったから。

そのまま、十二月を迎えてしまった。彼女は公園に姿を現さなかった。

 最終的に、思いきって直接家に電話する事を選んだ、小学生の時の連絡網があったから、彼女の家の電話番号は知っていた。彼女は電話に出てくれた。

「ごめん、突然電話して」「ううん」「……」「……」「最近……どう?」「……普通……かな?」

 相変わらず会話が下手だ。電話越しの沈黙が三分程続いてから、

「高校は……」

 彼女が口を開いた。

「高校は、もう進学先が決まっちゃっていて……」「そう、か……」

 分かっていた、同じ高校に来てくれなんて常識外れな事を言っている事は。だけど想像せずにはいられなかった、制服姿の彼女と毎日一緒に登校する自分の姿を。

 歩いて三分かからない、坂の下にある彼女の家へ、毎日迎えに行く自分の姿を。

 分かっていた——それでも、苦しい。吐きそうなくらい胸が痛い。

「じゃあ……責めて……」

 乾ききった声で、

「最期に……もう一回……会えない?」「……うん」

 彼女の声も、俺の声と同じくらい、泣き出しそうなくらい乾いていたのを覚えている。

 十二月二十五日の朝六時に、青春(あおはる)公園で会う約束をした。

 そして二十五日――クリスマスの早朝を迎え、公園に向かった。

 朝の六時になったが、誰も来ない。八時まで待ったが、彼女は姿を現さなかった。

 自宅に戻ると、俺の家のポストに一通の、緑色の封筒が入っている事に気づいた。朝起きた時には入ってなかった封筒が。差出人の名が記載されていない、俺宛の手紙。

 手紙にはこう書いてあった。



【やっぱり今日は行けません。ごめん。

理由は予定が入ったとかではなく、私自身に問題があるからです。

ハル君がこの三年間、バスケを頑張ってきたように、私もバスケを頑張ってきました。

この三年間は小学校の時以上に頑張ってきたつもりです。

それは胸を張って言えます。

とても充実した中学校生活だったと思います。

私は今の中学校に来て、性格が少し変わりました。

小学生の時のままでもあるとは思うけど、やはり変わった所もあると思います。

極端に変わったわけではないけれど、今までと物のとらえ方が変わったと思う時も自分で感じます。

この三年間で少しでも変わった性格をハル君は知らないと思います。

だからこそ、本当に今のままの私でいいのかをよく考えてみて下さい。

ハル君が好きなのは今の私ではなく、小学校の時の私を好きだったんじゃないかな。


もし今のままのわたしが好きなのだとしても、今の私のどこが好きなのか言えないと思うんだ。

 責めてるんじゃないよ。

 ただ、ハル君が好きだったのは小学生の頃の時の私だったと思うんだ。

 だって今の私が好きだとしたら、それは会ってないのに何故わかるの?

「昔のままの私」だとしたらその考えは成り立つと思うけど、私は昔のままではありません。

さっきも言ったけど、私も変わりました。

身長も、性格も、物のとらえ方も。

そのままの小学生の時と同じくなんてできません。

ハル君が成長したのと同じように、何かが毎日変わっていくんだと思います。



だけど、五年間も想い続けてくれてありがとう。

本当にありがとう。

そんなことができるハル君だったら私よりもっといい人が見つかると思います。


私もようやく見つかりました。

今思っているだけかもしれないけれど、本当に一生に一人の人だと思っています。

これから先、変わるつもりはありません。


だからこそ、今日ハル君には会えません。

告白を私なんかにするのではなく、私よりもっとすばらしい人にして下さい。今日また私があいまいに会いに行ったらいけないと思います。

もう手紙も書かないで下さい。私が優しくして期待させたら最低だと思うから。

ハル君が私よりいい人を見つけたら、又会いましょう。

ごめんね】


「ごめんね」という文末には、「さようなら」という言葉を消しゴムで消した痕があった。



 クリスマスから三か月後。三月下旬、二十時。

学校からの帰宅途中、海冬の家近辺で暗闇の中、海冬と、背の高い男がキスしている所を見かけた。世界が砂になった。



 高一になってからの俺は、何かにとりつかれたように、バスケに集中していた。

 そして冬、オーバーワークで怪我して、しばらく休部した。

 休部期間中、俺は人生の目的を見失い、途方にくれていた。


 そして高二になり、彼女————小和田 彩花と同じクラスになった。

 彼女と初めて同じクラスになり、ようやく気づいたのだ。

 彼女の容姿が、あまりに高木海冬そっくりである事に。

 俺は小学生時代の高木海冬の姿しか思い浮かべる事が出来ないけど、もし俺の記憶の中の高木海冬を成長させたら、小和田彩花になるのだと、気づいた。

 けど、そんな感情は、あまりに彼女に失礼だ。

 だから俺は一年間、彼女の容姿に魅了されつつも————高三に上がり、隣の席になるまでは、一度も小和田に声をかけなかったのだ。

 

 今だって、小和田と海冬を同一視している罪悪感にまみれながら、俺は小和田と会話するのだ。


 




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