■第四話:皆で初詣に行こう!
本日1月1……元旦。
俺は初詣に誘われた。いつものメンバー……イツメン四人。
イツメンと呼ぶにはまだ早すぎるだろうか?
まず、分条学園のある三犬駅で待ち合わせ————、
「お待たせ~! ウチ皆を待たせた?」「私もさっき来ました!」「相変わらず松田が一番かよ」
電車に乗り、移動。
目的地は関東某所にある「彦星神社」。何でも、「日本で三番目に恋愛成就に強い神社」なのだと。
今回も、例によって黒居の発案だ。どうしても卒業までに雛方さんと付き合いたいらしい。
俺は……どうなのだろうか?
俺はきっと、小和田が好きなのだろう。
けれど、彼女に告白する資格が、俺には無い。
……鳥居の前に到着。
「うわ~、おっきい神社だね~!」
未知なる物に胸を躍らせる小和田の瞳は、純粋な子供のようだ。
小和田が「何もせず」……加えて、鳥居の「真ん中」をくぐろうとしたので、俺は静止する。
「待て小和田! そこは通るな! そして、まずは『一礼』だ!」
「へ? どうゆうこと?」
「鳥居の真ん中は神様の通り道だから、通っちゃいけないんだ。右か左ならばオーケー」
「そうなんだ……」
「後、入る時と出る時に毎回一礼するんだ。鳥居の内と外は別の世界と考えられているから」
「松田、お前随分博識だな」————と黒居。
「この日の為に色々調べておいたんだ。神社内での礼儀作法について」
……実は、今までの人生、正月の神社参拝でそこまで気にしてはいなかった。
だが、今日行く神社が「日本で三番目に恋愛に強い神社」である事……そして「三月には高校を卒業してしまう」事……この二つが、俺を信心深くさせたのだ。
今の俺は、神様に縋りたくなるくらい追い込まれている……のだろう。
「……失礼致します」
俺達より先に雛方さんが一礼し、鳥居をくぐった。
お辞儀の角度から表情一つまで、その所作全てが、お手本になる程に美しい。
和風美女と神社……そりゃ相性良いよな。
「くぅ~っ! 巫女さんのコスプレして欲しいぜ~」
黒居が俺にだけ聞こえる声で呟いた。それは男として同感だ。
「なんか……アンタ達からいやらしい気配がするんだけど?」————ジト目の小和田。
「……気のせいだ。雛方さんに続こう」
彼女のマネをして、一礼してから「失礼します」と呟いてから、鳥居をくぐる。他の参拝客は、流石に口にしてはいなかった。
☆
俺達は手水舎まで来た。
「これってさ、いわゆる禊?」————小和田が尋ねる。
「そうだな。ここで体にこびりついた邪気? 穢れ? を取り除いてから拝殿まで行くんだ」
「……」————俺が説明するより先に、雛方さんが所作を披露してくれた。
彼女はまず、右手で柄杓を取り、水をすくい、左手を濡らした。
次に柄杓を左手に持ち替え、右手を濡らし、清めた。
最後に、再度右手で柄杓を持ち、左手に水を溜めてから————、
それで口をすすいだ。
「水を飲むんだ!?」
「『飲んでいる』んじゃなくて『口をすすいでいる』んだよ。当たり前だけど、柄杓に直接口を付けるなよ」
「ウチにだってそれくらいの常識はあるし!」
「いや、もっぱら黒居に向かって言っている」
「俺にだってそれくらいの常識持っているっつーの!」
コイツ、雛方さんのおかげで、最近まともになってきている気がする。
恋のパワーって、人を変えるのだなぁ……。
にしても雛方さん、本当に所作が美しいな。
呉服屋の娘だと、神社関係の知識も豊富なのだろう。
☆
いよいよ拝殿の前まで来た。
当然、行列が出来ている。
「もしかして俺達さ、1日じゃなくて4日とかに来た方が空いていたかな?」
「それじゃご利益薄くなっちゃうんじゃない? なるべく1日に来る人の願い事を優先して叶えてくれるんだよ、きっと」
「そういうもんかな?」
「そーいう事にしとくの!」
「いてて!」————小和田のヤツが俺の右頬を軽く引っ張る。
「……ヒヒ」————小和田の真後ろに並ぶ黒居のイタズラ笑いが見える。「お二人さん、お熱いね」と無言で語りかけて来るような笑み。こっち見んな。
列が進み、俺達が最前列となった。
俺は五百円玉を取り出す。
札束だと参拝らしくないし、投げにくい。かといって五百円より下だとご利益的に不安。
なので、五百円玉を選択した。
小和田と黒居には、前もって参拝作法を説明してある。二礼二拍手一礼。
俺は、まず五百円玉を賽銭箱に投げ入れてから————、
二礼し————、
パンッパンッと、二回拍手し————、
ここで目を瞑り、手を合わせ、願い事————。
暗闇の中、ふと考えた。「俺の願い事とは?」、と。
実は、この神社に到着してから俺の頭の中では、ずっとその問いの答えを探す事で一杯だった。
だって俺に「小和田と付き合いたい」なんて願う資格は無い。
……資格は無い……けど、望んではいる。
神様はきっと、俺の事なんて全てお見通しだ。「小和田と付き合いたい」等と願ったら、「お前のどこにそんな資格がある?」と言われてしまいかねない。
……そんな俺が願って良い事は、「この一つ」だけだろう。
(……【アイツ】の事を、忘れられますように……)
☆
拝殿を出てからは、授与所でお守りやおみくじを買った。
出口までに売店があったから、そこで季節外れのあんず飴を買ってから————、
鳥居を出て、再度一礼。
駅へ向かう。
「ねえ、松田は何をお願いしたの?」
「……秘密」
「…………」————顔をしかめる小和田。俺の心を見透かそうと試しているような目だ。
「小和田は?」
「自分は言わない癖に、ウチには聞くの?」
「……黒居と雛方さんのお願いは、大体予測が付くから」
黒居は「雛方さんと付き合いたい」。雛方さんは「大学合格」だろう。
「じゃあ、交換条件。卒業までに松田が何をお願いしたのかウチに教えてくれたら、ウチも何をお願いしたのか教えてあげる」
「『卒業まで』……か。三ヶ月も時間をくれるんだな」
「どうせ今すぐ白状する気になれないお願い事なんでしょ? 『他人に簡単には話したくないくらいに大切なお願い事』……って事でしょ?」
「……」
そうだよ小和田。お前の言う通りだ。
この事を、俺は他人においそれと話せない。
ましてや、お前には他の人以上に、なおさら————。
卒業まで……か。あとたった三ヶ月で、「この事」をお前に話せるようになれと?
可能だろうか?
今日お参りした神様に貸して欲しい力があるとしたら、後たった三ヶ月で「この事」を小和田に話す事が出来るだけの「きっかけ」……あるいは、「勇気」……だろうな。