■第三話:クリスマスは、皆で映画を見に行こう!
季節は12月————冬。
俺達のクラスで今日、席替えがある。三学期の卒業式まで同じとなる、最後の席替えが。
☆
「で、ウチと松田、また隣の席なワケね。……どう? 嬉しい??」
左隣の席でイタズラ笑いを俺に向ける小和田。
「うっっ嬉しくねえし!」
また小和田と隣の席になった……なれた。
理由が不純だろうと、俺は間違いなく小和田の事が好きなのだろう。
でなければ、小和田が俺に恋愛相談を持ち掛けた時、あんなに胸がざわついたりしなかった筈だ。
一緒にバスケの練習をしている時、少し体が触れただけであんなドキドキしなかった筈だ。
もし、小和田に告白するなら、これが最後のチャンスとなるだろう。
けれど……俺は未だ、過去の女を忘れきれていない。
それどころか、過去の女と小和田の姿を重ね合わせてしまっている。
今も日本のどこかで生きている【アイツ】は、今頃この小和田のような見た目に成長しているのだろうな……等と。
そんな俺に、小和田に告白する資格等、あるとは思えない。
「でもさ松田さ、ウチへの詫びチョコ作る練習初めてからもう三ヶ月経つけど、随分美味しく作れるようになったよね」
「……マジ?」
「マジマジ! 料理部部長のウチが保証するよ!」
コイツ、俺に美味しいチョコレート作れるようにさせて、一体何が目的なんだ? 最終的に俺をどうしたいんだ?
……考えるだけ無駄だな。この小和田は「楽しい」を優先して生きる人間だ。
俺を育て上げる事を、ただただ楽しんでいるのだろう。
「で……お前が俺の前の席とはな」
前方席の男に声をかける。不良男に。
「あ? 何か文句あんのか松田ぁ?」
不良男————黒居 亮。
俺の小学校からの幼馴染。
「で……君は確か……雛方さん?」
斜めの席————小和田の前方席の女子に声をかける。
「……ハイ、雛方有紗です。よろしくお願いします」
眼鏡を掛けて、スラリとしたモデル体型の女子だ。
雛方という苗字だからか、どこか雛祭りの人形を連想させる顔立ち。
和風美女という印象。初対面だが、おしとやかな性格を連想させる。
この四人で、今後給食を摂る事になるな。
クラスで四人班を作る時も、俺達で組む事になりそうだ。
☆
その夜。実家の俺の部屋。
『良かったな松田。学園生活最後に小和田と隣席になれて』
通話越しに、黒居のせせら笑いが聞こえる。
「……」
『お前さ、小和田に【アイツ】の姿重ね合わせているだろ?』
「……ハア?! 何言ってんだよお前?」
『ぶっちゃけ、小和田と【アイツ】、見た目そっくりじゃん? 俺達は私立に、【アイツ】は公立に進学したから、【アイツ】の事を知ってるのは、この学園にお前と俺しかいないけど』
「……何が言いたいんだよ?」
『お前は【アイツ】と結ばれなかったけど、小和田とはそうじゃないって事だよ。可能性がある』
「お……俺は……」
『ま、俺に何か出来る事があったら手伝ってやるよ』
「不良のお前が、無条件で俺を助ける?」
『無条件じゃねえよ。もしお前と小和田が結ばれたら……』
「?」
『……俺と雛方さんが結ばれる手助けをしろ』
「……ファッ!?」
声が裏返った。
『一目ぼれしたぜ。あの和風人形のような見た目、めっちゃ俺のタイプだ』
「意外だな。お前はもっとこう、入れ墨とか入ってたり、鼻ピアス付けてる女性がタイプだと思ってた」
『お前ン中の俺はどんなイメージだよ……』
「お前ってきっと……ファッションで不良やっている男なんじゃね?」
黒居という男は、あくまで「進学校」における不良だ。ヤクザや極道予備軍の不良とは違う。
学校の校則は破るが、国の法律は破らないレベルの不良————というべきか?
故にコイツは「不良」なのではなく「小悪党」なのだろう。
☆
日曜、朝。天気は良好。
本日12月25日、クリスマス。ここは映画館付きショッピングモールの入り口。
俺の視界に広がる、駅とショッピングモールを繋ぐ広場は、クリスマスムード全開だ。
広場中央には、イルミネーションで彩られた巨大クリスマスツリー。サンタの恰好をした人が、キレキレのダンスでお客を盛り上げている。
俺は今、小和田、黒居、雛方さんの三人を待っている。
どう約束を取り付けたのかは知らないが、黒居のヤツが二人を映画に誘ってくれたのだ。
女子二人を映画に誘える度胸————俺には無い度胸だ。さすが不良。
「松田さん、お待たせしました」
始めに到着したのは、雛方さん。
「まだお二人は来ていないんですね。松田さん、何時からいらしていたんですか?」
「十一時くらい……かな?」
約束の時刻は十二時。現在、十一時半。俺が早く到着し過ぎてしまったのだ。
「「…………」」
お互い、沈黙に入ってしまった。気まずい。
黒居は女子にズイズイいけるタイプだから女子と沈黙になる事は無いだろうが、俺は考えてから喋るタイプだ。
さて、どう会話を切り出したものか……。
「雛方さんは……進路どうするの?」
これが無難な所か? 最終学年である俺達の共通話題としては。
「私は大学に進学します。……というより、私達の学園のほとんどの学生がそうなんじゃありませんか? 松田さんは?」
「俺も大学……かな? でも俺、あんまり勉強出来ないから良い大学にはいけなさそうだ。雛方さんは勉強出来るよね?」
「自分で言うのは気恥ずかしいのですが……平均よりは良い点数、ですね……」
顔を赤らめて言う。本当に恥ずかしそうだ。
「推薦入試で、もう合格してるんだっけ?」
「いいえ、二月に普通入試を受けます」
「え? じゃあこんな所で遊んでいる場合じゃ……」
……等と口を滑らせて後悔した。
「ゴメン。俺に言う資格は無いよな。大学受験組の俺達が、この時期に遊んでいて言い訳ないし」
「……でも、今日誘って貰えて私、少し嬉しいんです。ずっと机に座って勉強していると、だんだん呼吸するのが苦しくなってしまって……」
「そっか……。じゃあ、今日は思い切り楽しもう。試験日まで勉強の集中が続くくらい、めいっぱい……」
「はい! 楽しみましょう!」
とその時————、
「あ! アリサっちと松田、めっけ!」
俺達の声を呼ぶ声。小和田だ。
「アヤカさん!」「アリサっち!」————二人がハイタッチ。
女子という生き物は、仲良くなる時はあっという間だ。
それとも、小和田が誰にでも気さく過ぎる性格なだけか?
「十分前か。意外と早かったな」
「何よ? 遅刻すると思ったワケ?」
「二週間前の、部活が無い日の放課後、学園の調理室で待ち合わせしてただろ? あの時お前、三十分くらい遅れてやってきたから……」
「センセイに呼び出しくらってたんだってばー。何度も謝ってるじゃない?」
頬を膨らませる小和田。
「根に持っちゃいないよ。でも理由はどうあれ最近の事だから、そこら辺も加味しながら、ココで待っていただけ」
映画は一度の回を逃すと、三時間は次の上映を待たなければならない。
黒居の指定した映画は十三時からの回だ。誰かが三十分遅刻すると、ギリギリになってしまう。
「……てか、黒居のヤツはまだ来てないな?」
「黒居君って、約束の時間に遅れて来るタイプなの? 松田が一番詳しいでしょ?」
「いや、アイツは不良タイプの人間だからこそ、時間にはうるさい」
「黒居さん……事故か何かに巻き込まれていなければ良いですけど……」
雛方さん……君に想って貰えるだけで、仮に事故に巻き込まれていたとしても、黒居のヤツは本望だろうよ。
とその時、やっと聞き慣れた男の声————。
「ワリィ皆、待たせたな!」
俺達三人、同時に声の方に向く。
そこには————お婆さんを背負った黒居がいた。
「ゴメンねぇ、迷惑かけちゃって……」
「重たい荷物持ったお年寄り見かけて助けねえ男はいねえっすよ!」
黒居がお婆さんを降ろす。
「コレ、お礼。駅前のくじ引きでたまたま当てたんだけど、良かったら使ってね」
お婆さんはそう言い残し、ショッピングモールの中に入って行った。
お婆さんが黒居に手渡したのは————映画の券だった。
しかも今日、俺達が観る予定の……。
「黒居、お前……」
「黒居さん、尊敬します」
雛方さんが、微笑みを黒居に向ける。
「ああいや、俺は男として当然の事をしたまでで……」
その微笑を受けて、黒居が気恥ずかしそうに頭を掻く。
「実は私、黒居さんについては学校で悪い噂ばかり聞いていました。ですがそのイメージは、先程の行いを見て、塗り替えられました。『ただ勉強が出来る』とか、『ただ運動が出来る』とかより、貴方の先の行いの方が、何倍も素晴らしい行いです」
「……あの、雛方さん良かったらコレを……」
「?」
「このチケットを貰ってくれませんか?」
お婆さんがくれた映画券を、雛方さんに渡す。
「え? そんな……。その券は、お婆さんが黒居さんに敬意を表してお渡しした券で……」
「黙って、受け取ってください……」
————普段悪い事をしている人間が良い行いをすると、普通の人間が良い行いをするより何倍も素敵な人物に映る————。
心理学で言う所の「ゲインロス効果」————いわゆる、「ギャップ萌え」だ。
お前の恋が成就する事を願っているぜ————黒居。
☆
映画館、スクリーン前。
横一列の席に座る俺達。俺の左に小和田が。
映画は終わり、エンドロールが流れている。
作品名は、「桜花抄」。
あらすじを一言で言うと、「初恋を忘れられずに大人になった男の一生」。
三部構成になっている。一部目は小学生時代。二部目は高校生時代。三部目は社会人時代。
一部目で、主人公の男の子の、都会の小学校での初恋————ヒロインとの日々が描かれ————、
二部目で、転校先の島での高校生活……主人公が遠くにいるヒロインを想う日々が描かれ————、
三部目で、初恋に苦しめられ会社を辞める主人公……別の男と幸せになるヒロインが描かれる。
正直、後味の悪い恋愛映画だった。
☆
映画館を出てからすぐに、黒居が「ちょっと雛方さんに俺の服、じっくり見て貰いたいから」と言い出して、俺達は十八時待ち合わせで二手に分かれた。
これも黒居の計画通りだ。雛方さんの実家は和服専門店……呉服屋だ。和服限定とはいえ、彼女は一般人より服に詳しい。
俺達と黒居達を二手に分かれさせる口実としては悪くない。
「さっきの映画、なんか悲しい映画だったね」
「……うん」
フードコートの椅子に座る俺達。ガラス越しに広場が見える。
ここからだと巨大クリスマスツリーもよく見える。
「二部の、主人公の高校時代編でさ、小学生時代のヒロインとは別のヒロインが出てくるじゃん?」
「……ああ、昔のヒロインを想い続ける主人公の事が好きな女子高生の事?」
「うん、それ。二人目のヒロイン。なんであっちのヒロインの事を、主人公は好きになってあげられなかったのかな? 遠くにいるヒロインなんかより、今、目の前にヒロインの方を、どうして大事にしてあげられなかったのかな?」
「……それは、あの主人公と同じ立場になった人にしか分からないじゃないかな?」
「……松田には分かるの?」
「……」
あの映画を通して、俺は、「俺自身の末路」を見ているようだった。
初恋に呪われたまま生きる人間には、あの主人公の「社会人時代」のような結末が————、
想い人を失い、心を病み、仕事もままならなくなるような……そんな結末が、待ち構えているのだろう。
「ウチは、恋愛ってもっと楽しいものだと思う。沢山恋愛して、泣いて、笑って、成長していくんだと思う」
「あの主人公は、成長しないまま社会人になったって事?」
「そうは言わないけどさ……。ていうか松田、やけにのめり込むね?」
真剣なまなざしが、俺を見つめ、貫く。
俺の胸の内を見透かすようなまなざしだ。
「恋愛って……回数が重要なのかな?」
「回数だけとは言わないよ。でも、忘れられない恋愛なんて、重くて辛いだけの……呪いになっちゃうよ」
「…………」
その呪いは、俺自身が小学校の卒業式にかけた呪いだ。
永遠に解ける気のしない、呪い。