表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/10

■第二話:女子のバスケは、片手打ちより両手打ちの方が疲れない。

 私立 分条学園ぶんじょうがくえん。頭が良すぎず、悪すぎず。校則も緩すぎず、厳しすぎない、どこにでもある学園。

 俺————松田 ハルは、ここの最上級生だ。

 夏休みを終え、部活は引退した。今はテキトーに受験勉強中。


「えい!」

 小和田こわだ 彩花あやか————俺のクラスメイトの女子。彼女は今、バスケットゴールに向かってボールを放り投げている。11月の秋空の下で。

 俺の方は腕を組み、彼女の練習姿を観察している。

 ただいま、校内にある外付けバスケットコートにて、二人きりで練習中。

 俺達二人共体操着。

 小和田がバスケ部の俺に教えを乞うてきたのだ。

 何故そんなシチュエーションになったのか? 答えは、もうすぐクラス対抗での球技祭が始まるからだ。

 女子はバスケを、男子は野球をする事になっている。

 俺のクラスの女子にバスケ経験者はいない。身長も皆低い人ばかり。

 が、形式上キャプテンは必ず選ばなければならない。小和田はキャプテンに抜擢されてしまったのだ。

 コイツは、クラスで男女問わず人気者だ。必然っちゃ必然。

 それで、「キャプテンとして皆を引っ張らなければならない」という想いから、俺にマンツーマン指導を乞うてきた。

 ……乞う……ていうか……。


(だ~れがウチの好きだった人をクラスの皆にばらしたんだっけ~??)


 半強制的に。

 これから何かある度に、あの謳い文句を使われる気がしてならない。

 ちなみに、あの事件から五か月経った今でも「詫びチョコ」は作り続けている。

「ねえ松田! 今のシュートはどうだった?」

「手首のスナップが上手く効いていない気がする。もっとこう……『鶴のくちばし』をイメージしてさ……」

「『鶴のくちばし』……ねえ」

「こう、やるんだよ!」

 ボールは俺と小和田の分、二個分用意していた。俺がスリーポイントラインからロングシュートを放つ。

 そのボールは天を舞い————、

 リングに吸い込まれた。

「ス……スゴイ! 松田スゴイよ! そんな遠くから!!」

「まあ……な……」

 正直、見栄を張った。あのシュートは狙って打ったシュートじゃない。

 いや~ほんと……入って良かった。小和田の信頼を勝ち獲る為のシュートだったが。

 ともあれ、バスケ講師としての信頼は、小和田から得る事が出来たようだ。

「もう一回打ってみて~! もう一回!」

「人に打たせるより、自分の練習に集中しなよ」

 ……と言って誤魔化す。二度目を打ったらボロが出ちまうからな。

「は~い」

 再度ゴールに集中する小和田。

 

————三十分経過。

「うわ~~疲れた~~……」

 大の字で寝転がる小和田。

 ……長時間集中して練習していたが、正直小和田はあまり上手くなっていない。

 打率が、変わっていないのだ。

 変わっていないというか、一本も入っていない。

「ふ~む」

 立ったまま頬杖をつき、考え込む俺。

 小和田は、片方の腕でシュートを放っていた。

 片手打ち……男子のフォームのシュートだ。

 ……それが問題か!

「小和田、疲れている所悪いけど、今度は『両手打ち』でシュートしてみてくれないか?」

「……『両手打ち』?」

「ええと……『こう』やるんだ!」

 教えるより、視て覚えて貰う事にした。

 両手打ち————女子のフォームのシュートを放つ俺。

 普段慣れない打ち方だから外れる覚悟でいたが、ちゃんとリングを通過してくれた。

「さっきは『鶴のくちばし』って言ったけど、今度は『蝶の羽』をイメージしてみて欲しい」

「蝶の羽か……。そっちの方が何かカワイイね!」

 小和田が、ボールの持ち方を変え————、

 放つ!

 しかし、外れてしまう。

「アレ? どこが悪いんだろう?」

 俺は居ても立っても居られず、彼女に近づき————、

「こうやるんだよ!」

「……え?」

 彼女の細い両手首を握り、「手取り足取り」の文字通り、教える。

「ボールを持つ時、両手の間にお結びの形をした隙間を作る!」

「ええと……こう?」

 とその時、強い風が吹いた。

 そのせいで、彼女のミディアムヘアがなびき、俺の鼻をくすぐった。

 ————異性の香り? がした。

 その香りで我に返り————、

「うぉわ!」

俺が彼女を「手取り足取り」教えてしまっている事に気付いた。

「悪い。つい夢中で……」

 数歩後退してから、謝罪する。

無意識だった。女の子の両腕を握ってしまうなんて。

「松田って、こんな大胆な一面があったんだね。意外……」

 小和田の顔は、いつになく赤かった。


 それから三十分、口頭で指導……「彼女の体に触れずに」指導していると————、

 初めて小和田のシュートがリングの内側を通った。

「うわ! 入った!」

「両手打ちの方が片手打ちより筋力を使わないんだ。料理部の小和田は運動経験が少ないから、片手打ちはきつかったんだ。悪い、早く気づいてやれなくて……」

「……そこ、謝るトコじゃないよ! もっと堂々としてなよ!」

 俺の腰をひっぱたいて、気合いを入れてくる。


 ああ、俺ってどうも、自分に自信が持てない。

 それなりにバスケを練習してきた。人一倍練習してきたつもりだ。

 少なくとも、放課後残って、終電バス二十一時まで自主練するくらいには。

 それでも……いくら積み重ねても、上手くなっている気がしない。 

 何故だ? 何故上手くなっている気がしないんだ?

 その理由はきっと————、

俺がいくらバスケを上手くなったとしても————、

————俺が【アイツ】と結ばれる理由にも、【アイツ】を忘れられるきっかけにも、なり得ないからだろう。

 むしろバスケを続ける事自体が、【アイツ】を記憶に残し続ける要因になっているのだ。


【五年間も想い続けてくれてありがとう。本当にありがとう。】

【そんな事が出来るハル君なら、私なんかよりもっと良い人が見つかると思います。】

【私もようやく見つかりました。これから先、変わるつもりはありません。】

【ハルちゃんが、私より良い人を見つけたらまた逢いましょう。】

【ゴメンね。】


 それらは、いつまでも俺の内側で鳴り続ける、少女の声。


 しかし、皮肉だな……。

 初恋を叶える為に練習してきたバスケが、「初恋の延長線上にいる少女」と仲良くなるきっかけになっている事が。

 この小和田彩花は……【アイツ】じゃないのだ。

小和田に【アイツ】の姿を重ね合わせている俺に、コイツを好きになる資格なんて無いのだ。


「ねえ松田! 今のシュート見た? めっちゃ遠くから入ったよ!」

 無邪気に笑って見せる「初恋の延長線上にいる少女」。右目の泣きボクロが、コイツの笑顔の眩しさを際立たせている。

 彼女の容姿のせいで……俺の内側でうごめく「背徳感」は、一層強まる。

 俺と小和田は、ほぼ同じ身長だ。同じ目線でしか会話が出来ない。

 俺には、女性を守れるだけの体格が無い。

もっと俺に身長があったなら……何かが変わっただろうか?


あの夜、【アイツ】とキスをしていた【アイツ】の彼氏の身長はとても高かったのだから。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ