■第二話:女子のバスケは、片手打ちより両手打ちの方が疲れない。
私立 分条学園。頭が良すぎず、悪すぎず。校則も緩すぎず、厳しすぎない、どこにでもある学園。
俺————松田 ハルは、ここの最上級生だ。
夏休みを終え、部活は引退した。今はテキトーに受験勉強中。
☆
「えい!」
小和田 彩花————俺のクラスメイトの女子。彼女は今、バスケットゴールに向かってボールを放り投げている。11月の秋空の下で。
俺の方は腕を組み、彼女の練習姿を観察している。
ただいま、校内にある外付けバスケットコートにて、二人きりで練習中。
俺達二人共体操着。
小和田がバスケ部の俺に教えを乞うてきたのだ。
何故そんなシチュエーションになったのか? 答えは、もうすぐクラス対抗での球技祭が始まるからだ。
女子はバスケを、男子は野球をする事になっている。
俺のクラスの女子にバスケ経験者はいない。身長も皆低い人ばかり。
が、形式上キャプテンは必ず選ばなければならない。小和田はキャプテンに抜擢されてしまったのだ。
コイツは、クラスで男女問わず人気者だ。必然っちゃ必然。
それで、「キャプテンとして皆を引っ張らなければならない」という想いから、俺にマンツーマン指導を乞うてきた。
……乞う……ていうか……。
(だ~れがウチの好きだった人をクラスの皆にばらしたんだっけ~??)
半強制的に。
これから何かある度に、あの謳い文句を使われる気がしてならない。
ちなみに、あの事件から五か月経った今でも「詫びチョコ」は作り続けている。
「ねえ松田! 今のシュートはどうだった?」
「手首のスナップが上手く効いていない気がする。もっとこう……『鶴のくちばし』をイメージしてさ……」
「『鶴のくちばし』……ねえ」
「こう、やるんだよ!」
ボールは俺と小和田の分、二個分用意していた。俺がスリーポイントラインからロングシュートを放つ。
そのボールは天を舞い————、
リングに吸い込まれた。
「ス……スゴイ! 松田スゴイよ! そんな遠くから!!」
「まあ……な……」
正直、見栄を張った。あのシュートは狙って打ったシュートじゃない。
いや~ほんと……入って良かった。小和田の信頼を勝ち獲る為のシュートだったが。
ともあれ、バスケ講師としての信頼は、小和田から得る事が出来たようだ。
「もう一回打ってみて~! もう一回!」
「人に打たせるより、自分の練習に集中しなよ」
……と言って誤魔化す。二度目を打ったらボロが出ちまうからな。
「は~い」
再度ゴールに集中する小和田。
————三十分経過。
「うわ~~疲れた~~……」
大の字で寝転がる小和田。
……長時間集中して練習していたが、正直小和田はあまり上手くなっていない。
打率が、変わっていないのだ。
変わっていないというか、一本も入っていない。
「ふ~む」
立ったまま頬杖をつき、考え込む俺。
小和田は、片方の腕でシュートを放っていた。
片手打ち……男子のフォームのシュートだ。
……それが問題か!
「小和田、疲れている所悪いけど、今度は『両手打ち』でシュートしてみてくれないか?」
「……『両手打ち』?」
「ええと……『こう』やるんだ!」
教えるより、視て覚えて貰う事にした。
両手打ち————女子のフォームのシュートを放つ俺。
普段慣れない打ち方だから外れる覚悟でいたが、ちゃんとリングを通過してくれた。
「さっきは『鶴のくちばし』って言ったけど、今度は『蝶の羽』をイメージしてみて欲しい」
「蝶の羽か……。そっちの方が何かカワイイね!」
小和田が、ボールの持ち方を変え————、
放つ!
しかし、外れてしまう。
「アレ? どこが悪いんだろう?」
俺は居ても立っても居られず、彼女に近づき————、
「こうやるんだよ!」
「……え?」
彼女の細い両手首を握り、「手取り足取り」の文字通り、教える。
「ボールを持つ時、両手の間にお結びの形をした隙間を作る!」
「ええと……こう?」
とその時、強い風が吹いた。
そのせいで、彼女のミディアムヘアが靡き、俺の鼻をくすぐった。
————異性の香り? がした。
その香りで我に返り————、
「うぉわ!」
俺が彼女を「手取り足取り」教えてしまっている事に気付いた。
「悪い。つい夢中で……」
数歩後退してから、謝罪する。
無意識だった。女の子の両腕を握ってしまうなんて。
「松田って、こんな大胆な一面があったんだね。意外……」
小和田の顔は、いつになく赤かった。
それから三十分、口頭で指導……「彼女の体に触れずに」指導していると————、
初めて小和田のシュートがリングの内側を通った。
「うわ! 入った!」
「両手打ちの方が片手打ちより筋力を使わないんだ。料理部の小和田は運動経験が少ないから、片手打ちはきつかったんだ。悪い、早く気づいてやれなくて……」
「……そこ、謝るトコじゃないよ! もっと堂々としてなよ!」
俺の腰をひっぱたいて、気合いを入れてくる。
ああ、俺ってどうも、自分に自信が持てない。
それなりにバスケを練習してきた。人一倍練習してきたつもりだ。
少なくとも、放課後残って、終電バス二十一時まで自主練するくらいには。
それでも……いくら積み重ねても、上手くなっている気がしない。
何故だ? 何故上手くなっている気がしないんだ?
その理由はきっと————、
俺がいくらバスケを上手くなったとしても————、
————俺が【アイツ】と結ばれる理由にも、【アイツ】を忘れられるきっかけにも、なり得ないからだろう。
むしろバスケを続ける事自体が、【アイツ】を記憶に残し続ける要因になっているのだ。
【五年間も想い続けてくれてありがとう。本当にありがとう。】
【そんな事が出来るハル君なら、私なんかよりもっと良い人が見つかると思います。】
【私もようやく見つかりました。これから先、変わるつもりはありません。】
【ハルちゃんが、私より良い人を見つけたらまた逢いましょう。】
【ゴメンね。】
それらは、いつまでも俺の内側で鳴り続ける、少女の声。
しかし、皮肉だな……。
初恋を叶える為に練習してきたバスケが、「初恋の延長線上にいる少女」と仲良くなるきっかけになっている事が。
この小和田彩花は……【アイツ】じゃないのだ。
小和田に【アイツ】の姿を重ね合わせている俺に、コイツを好きになる資格なんて無いのだ。
「ねえ松田! 今のシュート見た? めっちゃ遠くから入ったよ!」
無邪気に笑って見せる「初恋の延長線上にいる少女」。右目の泣きボクロが、コイツの笑顔の眩しさを際立たせている。
彼女の容姿のせいで……俺の内側でうごめく「背徳感」は、一層強まる。
俺と小和田は、ほぼ同じ身長だ。同じ目線でしか会話が出来ない。
俺には、女性を守れるだけの体格が無い。
もっと俺に身長があったなら……何かが変わっただろうか?
あの夜、【アイツ】とキスをしていた【アイツ】の彼氏の身長はとても高かったのだから。