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■第一話:美味しい詫びチョコの作り方

 私立 分条学園ぶんじょうがくえん。頭が良すぎず、悪すぎず。校則も緩すぎず、厳しすぎない、どこにでもある中高一貫校。

 俺————松田 ハル、身長167センチは、ここの最上級生だ。


「でさぁ聞いてよ松田まつだ~、アイツったらウチが勉強してたらさぁ~」

「へぇー」

 二十一時、中高一貫校のスクールバス最終便。闇夜の中、バスは今最寄り駅に向かって運行している。

 季節は春、学校の帰り。俺と目の前の女だけしかバス内にいない。

 俺達は最後列から二番目の席に。俺が窓際、女が通路側。

 女の名は小和田こわだ 彩花あやか

先天性の栗毛で、ミディアムに整えた髪の女。

俺のクラスメイト。多分学年で三番目くらいに男子の人気を得ている。

右目の泣きボクロが目立つ女子。身長は165センチと、女子の平均より少し高い。

「そういえば新任の田中先生、スゴイ真面目だよね~。結構イケメンだし!」

「そうだな~」

 窓の外の、映り変わる夜の街並みを眺めながら、適当な相槌を打つ。

 小和田は一方的によく喋る女だ。俺はいつもこうやって、適当に相槌を打って流している。

 毎日最終便に乗る生徒なんて、俺とこの小和田くらいだ。

俺はバスケ部、小和田は料理部なのだが、おそらく二人とも、お互いの部内で一番ストイック。部活終わってからも自主練しているから、帰りが二十一時の最終便になってしまう。

 ただし部内での成績は対称的だ。俺はバスケ部内で下から数えた方が早い実力。身長も167センチと男子の平均より低い。

一方、小和田は中学料理コンテストで一位を取る程の腕前。料理部でも部長。

 コイツの料理の才能を俺のバスケの才能に変換して分けて貰いたいくらいだ。

「あ、松田。いつもの上げる!」

 小和田はスクールバックからチョコレートの入った、手の平サイズの箱を取り出し、俺に渡す。いつものチョコ。

他の友達にも上げているだろう義理チョコ。

コイツとここまで仲良くなったのは、席が隣になってからだ。

「さんきゅう」

 その場で箱を開けてチョコを味わう。バスが目的地に着くまでに約一時間。チョコを味わい尽くす時間は充分ある。

 パキッ! ムシャリ、ムシャリ。

 ……うまい!

 甘すぎず、苦すぎない、いつもの味。

 ————小和田にチョコを貰うようになってから調べた事ではあるのだが————、

世界的に有名な、フランスのパティシエ「ニコラ・クロワゾー」によると、美味しいチョコレートとはカカオの割合が70%を超えないチョコレートのことを指すらしい。

完璧な調和を持つ美味しいチョコレートには、1グラム単位の調整が非常に重要なのだと。

小和田のチョコは、まさにソレだ!

……と、俺は思う。俺、「二コラ・クロワゾー」さんのチョコ食った事無いけれど。

ともかく、何度食べても飽きない味だ。

「うん、いつも通り」

「え~何その無表情。少しはリアクション取ってよ!」

いつも通り、上手い————何故か正直に言う気になれない。


————しばらく、バスに揺られる俺達。

沈黙の中、小和田が先に口を開いて————、

「ねえ松田、ウチの悩み聞いてくんない?」

「どうしたん?」

 視線を手元のチョコに向け、頬張りながら適当な相槌。


「ウチさ……好きな人が出来た」


 咀嚼を止め、視線を小和田へ向ける。

「へえ~、誰?」

「三―Bの水城みずしろくん。この間体育の授業のバスケで一緒のチームになってさ、スゴイカッコ良かった!!」

 恋する乙女のように目を輝かせる小和田。

「ウチ、今度水城くんに告ろうと思うんだ」

「そう……水城君のどこが好きなんだ?」

「それはもちろん————」

 バスが最寄り駅につくまで、俺はひたすら水城君が如何に性格イケメンかを語られ続けた。


 その後、電車に乗り————、

「……」

地元駅から歩いて帰宅したワケだが————、 

「……」

 その後の記憶は、あまり無かった……。


 夜二十三時、自室。

飯も食ったし風呂も入った。後は寝るだけ。

 ベッドに寝転がり、天井を見上げる。

(水城君……か……)

 水城君はサッカー部のエース。見た目よし、スポーツよし、勉強よし、三拍子揃っている。それでいて誰にでも優しい。

二年生の時アイツと同じクラスだったから良く知っている。体育のサッカーで同じチームになって、俺がノーマークのシュート外した時も「ドンマイ!」と爽やかな笑顔で励ましてくれた。隣の席になった時なんか、学校休んだ次の日に「松田、昨日授業休んだだろ? ノート写させてやるよ!」とわざわざ向こうから声をかけてくれた。

非の打ち所がない程、人間として良く出来たヤツ。

……まぁ、アイツと小和田ならお似合いだろう。小和田はおてんばだが、根から明るいヤツだ。裏が無い女。水城君となら裏が無い者同士、上手くやっていけるだろう。

(……アレ?)

 おかしい。胸が痛い、熱い。

 水城君はサッカー部の活動が終わるとすぐ帰る。きっと小和田は水城君の帰宅時間に合わせるだろう。最終バスの時間まで残って自主練なんかやらなくなるだろう。

(モヤモヤする、モヤモヤする……)

何で小和田に対してこんな気持ちになるんだろう?

俺には【アイツ】がいるのに。

「……バカが。『いるのに』じゃねえだろ。『いたのに』……だろ」

一人だけの部屋で、思わず自嘲してしまう。


 その時、スマホがバイブする。

俺の悪友、黒居くろいからの着信だ。

学校帰りに、校則で禁じられているゲーセン行く為、私服をバッグに詰めて登校したり、あるいは宿題を解答丸写して提出したりと————ずる賢い男。一応、高校のクラスメイトだ。

法律は破らないが、校則は破るレベルの不良。故に、「小悪党」と呼ぶべき男。

 俺だけが唯一ヤツと小学校からの腐れ縁だから、「小悪党」である事を知っているが……。

「もしもし」

『おい松田。お前最近部活ばっかで付き合いわりーな。なんか小和田と一緒に帰ってるらしいけど……デキてんのか?』

「いやいや、小和田も俺も自主練で最終バスまで残ってるから、たまたまバスが一緒になってるだけだよ」

『ふ~ん……』

 疑われている。

『でさ、小和田とどんな話するんだ?』

「……別に、何も」

『一緒にいて「何も」なんてあるワケねえだろ? 教えろよ?』

「……アイツの恋愛相談だよ」

『恋愛相談? 小和田って、誰か好きな人いんの?』

「……」

『聞かせろよ、小和田の好きな男。お前、小和田のコト好きなんだろ?』

「ハア!? 何で俺が……」

『お前の心の中なんか、教室で観察してたらすぐ分かるんだよ』

「……」

『俺に「小和田の好きな男子」、教えてくれたら、お前に協力出来ると思うぜ?』

「……」

この黒居と俺は、小学校からの付き合いなだけあって、それなりに長い信頼関係を構築している。俺が不利になる事は、絶対に広めない。

小悪党だが、まだ俺が付き合い続けている理由でもある。加えて、俺はこの黒居と幼馴染である事を、小和田も含め学校の誰にも話していない。黒居が誰から「小和田の好きな人」の情報を得たか、誰も知る由も無い。


 何より、黒居は口が軽い。


色恋沙汰を話せばあっという間に噂を広めるだろう。

 そして小和田という女子は誰にでもフランクだ。きっと自分の好きな男子が誰かなんて、アイツの周りに集まる女子の一人や二人に、既に話しているに決まっている。

 だから、学年中に噂が広まったって、発信源が俺だなんて分かりっこ無い筈。

「小和田の……好きな人は……」

 俺は自分の欲望に負けて、悪魔の誘いに乗った。

……フッ。思わず自嘲してしまう。

な~にが『悪魔』だ。黒居が『悪魔』なら、俺はただの『クズ男』じゃないか。

『へえ……水城か。小和田のヤツも、良い趣味してんなあ』

 電話越しに、悪友の楽し気な声が聞こえる。「台風が来る日の前にテンションが上がる子供」のような声が。

 ……ああ……しかしこの台風を起こそうとしているのは、間違いなく、この俺だ。

こんな性格だから、【アイツ】と結ばれなかったのだろうな……。


【五年間も想い続けてくれてありがとう。本当にありがとう。】

【そんな事が出来るハル君なら、私なんかよりもっと良い人が見つかると思います。】

【私もようやく見つかりました。これから先、変わるつもりはありません。】


 優しい少女の声が、脳内で木霊する。


「ゲホッ! ゲホッ……!」 

『おい! お前大丈夫か!』

「わ……わるい……」

……思い出したくもない事、思い出しちまった……。


「バラしたでしょ?」

 二日後、夜二十一時のバス停。最終バスの到着を待つ俺と小和田。

「え……なんで……?」

「ウチ、松田にしか好きな人の話してないもん」

 小和田の眼圧で、後退る。

 ————俺にしか————? 

 いつもは意気揚々とした表情で、見てるこちらを元気にさせる笑顔の小和田が、今日は表情一つ変えない。真顔だが、間違いなく怒っている。

「……ウチ帰る」

 俺に背を向け、バス停から去ろうとする小和田。

「待てよ! どこ行くんだよ?」

「歩いて駅まで帰る」

「夜道だぞ⁉ それに歩いて一時間はかか————」

「松田といるよりはマシ!!!!」

 彼女の罵声が暗闇に響き渡る。


 家に帰ってからすぐに、黒居のヤツに電話した。黒居から聞いた所によると、小和田の水城君への想いが、水城君本人に知れ渡り、その上で水城君は小和田をフッたらしい。

小和田は自分から告らずして、フラれたのだ。


————俺は————、

俺はきっと、【アイツ】の面影を小和田に重ねているに過ぎないのだ。

俺は中学時代……そして、今どこかの高校にいるだろう【アイツ】の姿を思い浮かべる事が出来ない。 

もし【アイツ】と再会したら、きっと小和田から右目の泣きボクロを取ったような容姿に成長している事だろう。

小和田彩花は俺にとって、「初恋の延長線上にいる少女」なのだ。 


 それから一週間。小和田は俺を無視するようになった。

すれ違っても目を合わせない。口も利かない。帰りは終電から二本前のバスに乗っているようだ。

(嫌われた、嫌われた……)

 授業中。一番後ろの席の俺は、最前席の小和田の後ろ髪を見る。

 まさか……あの友達にはまるで困らない小和田が、俺以外の生徒に恋愛相談をしていなかったなんて。

 どうすれば良い? どうすれば?

 小和田に謝る方法。きっと「ゴメン」だけじゃ済まない。

 ちゃんと心から謝りたい。どうすれば?

 ……ふと、小和田が俺にくれたチョコを思い出す。俺が一番小和田にして貰って嬉しかった事を。

(それだ!)


 帰宅して、すぐにキッチンに向かい、取り掛かる。砂糖、ココアバター、粉乳、etcエトセトラを取り出し、料理本を開きながら。

 料理なんて生まれて一度もした事がない。でも、やるっきゃない。超一流中学生料理人の小和田に美味しいと言わせられる程の詫びチョコを、作るしか。


 その日、俺は一睡もせずにキッチンで朝を迎え、五十五回目にして最高の詫びチョコを完成させた。


「なに? 用って?」

 次の日の、小和田と俺の部活が休みである水曜日。放課後、家庭科室にアイツを呼び出した。

 鋭い眼光の小和田。声色にはおごそかな怒りが宿っている。

「あ、あのさ……ゴメン」

「何にゴメンよ?」

「……」

「はっきり言いなよ?」

「喋っちゃって……ゴメン」

「……」

 無言。

 無言が室内を包む。気まずい。

 俺はリュックからリボンで包んだプレゼント箱を取り出し。

「コレ……お詫び」

 箱の蓋を開けて中を見せる。黒い、ダイヤ型のチョコを。

 箱の奥をまじまじと見つめる小和田。箱の中に右手を突っ込み。

 パキッとチョコの端を割り、欠片を持つ。

 更に欠片を二つに割り、左手のチョコをゆっくり口に入れる。

 モグモグと、数十秒味わう小和田。

「どう?」

 味加減を訊ねる。

 すると彼女は咀嚼を止め、目を大きく見開き――、

 残る右手のチョコを俺の口に突っ込む。

「うぷっ!」

 俺の口の中で塩辛い味が広がる…………塩?

「かっらっ!!」

 たまらず叫んだ。

「松田、砂糖と塩、入れ間違えたでしょ?」

「えっ? うっそ? 何で……?」

 寝不足で舌ボケしてたのか⁉

「ゴメン! また作り直すから!」

「いいよ、松田の作るチョコよりウチが自分でチョコ作る方が美味しいに決まってるし」

 ごもっともだ。でも、何とかして謝りたい。許して欲しい。

「ていうか、何で詫びチョコ? 普通に謝るだけで良いじゃん」

「それは————」

 それは……の続きが出なかった。

(小和田が好きだから?)

 でもそれを彼女に伝える事は出来ない。フラれるのが怖いから。

ふと、ある事に気づいてしまった。

(フラれる事を怖がっているような男が、女の子を男にフラれるように仕向けてしまうなんて……。それも、ただの「嫉妬心」から。最低のクズだ……俺……)

 俯く。

 再度、家庭科室に静寂がやってきた。

 小和田がフーッとため息をつき。

「帰る」

 俺に背を向ける。

「ま、待って!」

「?」

 振り向く彼女に向かって、

「お、俺を料理部に入れてくれないか?」

「……ハァ!?」

 咄嗟に思いついたのがその言葉だった。

「料理部で腕鍛えて、小和田に許して貰えるくらい美味しいチョコ作るから!」

「……プッ!

 アハハハハハ!」

 なんか、爆笑されてる。

「松田、ちょっと必死過ぎじゃない? ウチの事好きなの?」

 人差し指で自分の涙目を拭う小和田。

「いや、チッ、チゲェよ! 本当に申し訳なく思ってるんだよ!」

 慌てふためいて弁明する。ダサィなぁ……俺。

「……いいよ。料理部部長として、先生達に松田が家庭科室使えるように頼んであげても」

「え! いいの!?」

 彼女は「ただし」と付け加え————、

「今まで松田の為に作ってあげたチョコ分、これから毎日ウチの為にチョコを作って貰います」

 

 この日から、俺の「美味しい詫びチョコの作り方」を学ぶ料理修行の日々が始まった。

 


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