勘違いさせないで! 出世街道まっしぐらの騎士さまが、私と付き合いたいだなんて絶対変です! 好きってそれ、嘘ですよね? どうか、私をからかうのはやめてください。
「アリス、俺と付き合ってくれないか?」
ヒューバートさんの言葉に、私の体は固まった。
ここは南区にある騎士団の詰所で、そこへポーションを運ぶのは毎週のこと。
まさかその詰所で騎士のヒューバートさんにそんなことを言われるなんて、露ほどにも思っていなかった。
付き合うって……え、私とヒューバートさんが?!
って、勘違いしそうになったけど、きっとこれはそういう意味じゃないと思い直す。
「付き合うって、どこにですか?」
「いや、俺と付き合ってくれという話だ」
まさかの勘違いじゃなかった!
本気なの? まさか、ね。これで調子に乗って嬉しいなんて言っちゃうと、冗談だった時につらすぎる。
「あのそういう冗談はいらないですから、補充のポーションがいくつ必要なのかを教えてください」
私がそういうと、ヒューバートさんはひとつ息を吐いてから、奥へと引っ込んでいった。
それはどういう態度なんだろう。私に冗談が通じなくて、呆れてる?
少しするとヒューバートさんは大きな木箱を三つ重ねて戻ってきた。それを私の目の前にドッシリと置かれて、中に入っているポーションの空瓶がカチャリと音を鳴らした。
「うわぁ、たくさん使いましたねぇ……」
「今週は魔物討伐を行ったからな」
「作り甲斐がありますよ。毎度ありがとうございます。また来週に納品させてもらいますね」
その大きな箱三つ分を持ち上げようと木箱の取っ手を持ったけど、私が力を入れる前に箱は浮き上がった。
亜麻色の前髪を靡かせるヒューバートさんが、貫くような瞳で私を見てる。心臓が勝手に跳ねるから、そんな目で見るのはやめてほしいんですけど。
「家まで運ぼう」
「や、大丈夫ですけど」
「三ヶ月前、ぎっくり腰になった奴が何を言う」
「うっ」
言い返せない私を横目に、ヒューバートさんは荷物を全部持って詰所を出ていく。
私は彼を追いかけながら、当時のことを思い出して顔が熱くなった。
ちょうど三ヶ月前、作り終えたポーションを納品しようと持ち上げた瞬間のこと。私の腰はビキッと音を立てて、そのまま一歩も動けなくなってしまった。
ポーションは外傷には効果を発揮するけれど、病気や骨のズレなんかには効き目がない。
どうすることもできずにその格好のまま半泣きになっていると、ヒューバートさんが様子を見に来てくれた。
「あの時は驚いた。いつもの時間にこないから心配して家に行ってみると、箱を上げようとした体勢のまま泣いているんだもんな」
「うう、二十歳でぎっくり腰とかもう、恥ずかしい……っ」
「俺は役得だったが」
「役得って……」
「アリスを抱き上げられたからな」
どうしてこの人、平気でそういうことをさらりと言っちゃうんだろう。
本当に勘弁してほしい。勘違いなんて、したくないのに。
ヒューバートさんをチラリと目の端で見上げると、太陽の光が亜麻色髪を反射して、いつも以上にキラキラとして見える。
そして、どうしてそんなにも優しく微笑んでるんですか? もうやだ、反則じゃないですか。
勘違いしちゃだめ。平常心を保つのよ、私。
「あー、あの時はアリガトウゴザイマシタ。オ世話ニナリマシタ」
「嫌そうに言われると、傷つくぞ」
「いえ、本当に感謝しているんですけど」
嫌そうに言ったつもりはないんだけど、当時のことを思い出すと恥ずかしすぎて。
ぎっくり腰になって動けなくなった私を、ヒューバートさんは抱きかかえて医者にまで連れて行ってくれた。
それでもしばらく動けず、安静を言い渡された私を気遣って、ヒューバートさんはなんと五日間の休みをとってくれた。
両親を五年前に亡くした私は、遠くに暮らしている体の不自由な祖父母に来てもらうことが不可能だったから、本当に助かったんだけど。それにしても面倒見が良すぎない?
「けど、なんだ?」
「消し去りたい黒歴史です……」
私はその五日間、ヒューバートさんに面倒をかけまくった。
寝たっきりで動くこともできなかったから仕方なかったんだけど、食べさせてもらって飲ませてもらって、なんでもやってくれた。トイレに行きたいときは抱っこで連れて行ってもらったあと、意地でも自分で用を足したけど。
用を足す間、『ここから離れておくから、終わったら呼んでくれ』とは言ってくれたけど、それはもう、泣きたくなるくらい恥ずかしくて死にそうな時間だったんだから。
「ぎっくり腰にくらい、誰だってなるだろう」
「うう、二十歳でぎっくり腰になる人、いますかね?」
「さあ、いるんじゃないか? 俺はなったことはないが」
お世話をしてもらっていた時の会話で、ヒューバートさんは二十六歳だと知った。十六で騎士という職に就いて、ちょうど十年らしい。現在は分隊長で、近々区隊長に昇進するって教えてくれた。
いわゆる出世コースに乗っている人みたいなのよね。他の騎士や市民からの評判も軒並み良くって、見た目も……うん、羨ましいくらいに整ってる。
そんな人が五日間もの休みを取って私のお世話をしてくれたとか、なんの冗談? 人が良いにも程がある。
きっと、人はこうやって勘違いしていくのね。ええ、でも私は勘違いなんてしませんから。
「アリスの仕事は意外に力が必要だから、無理はするな。手が必要ならば、いつでも来る」
「そんな、これ以上迷惑はかけられないですから」
「付き合えば、『迷惑かける』だなんて思わなくて済むか?」
だからそういう冗談はやめてもらえません? わかっていてもドキッと胸が鳴ってしまうから!
私はまっすぐ向けられるヒューバートさんの目から、顔を背けた。
「付き合うとか……ないですから」
「なんで? キスまでしたのに?」
「ひゃ、ひゃぁああ!!」
私はその口を閉じようと、ヒューバートさんの腕を引っ掴んで慌ててブンブンと揺らした。
ヒューバートさんの持っている箱の中の空ビンが、カチャカチャと笑うように音を立てている。
う、小瓶にまでからかわれている気分なんだけど!
「あ、あれは、ヒューバートさんが要求したんじゃないですかー!」
「アリスが、お礼に何かすると言ってくれたからだろ」
「にしたって、普通キスしてなんて言わないですよっ」
「仕方ないだろ? キスしたかったんだから」
キスをしたかったと言われて、カアっと顔が熱くなる。
五日間看病してくれて、なんとか起きられるようになった私は、ヒューバーさんにキスを要求されてしまった。
無理強いはしないと言われて、断る事もできた。
あの時私はどうしてキスしてしまったのか……今さらながら、悔やまれる。
まぁ、キスと言ってもギリギリで思いとどまって、唇は避けて頬にしましたけど!
「っく、黒歴史……!」
「けっこう酷くないか、それ」
「忘れてください、あの時の私はおかしかったんです」
「……」
私の言葉に、ヒューバートさんはほんの少し眉を下げている。
その顔はなんでしょうか。なんだかわからないけど、私の胸が勝手にじくじく痛むのでやめてもらっていいですか。
「キスしてくれたから、少しは望みがあると思ってたんだがな」
「な、なにを言ってるんですか……ただの頬にキスじゃないですか。ただのスキンシップ的な?」
「それでもキスはキスだろう。なのにあれからなにも変わってない。俺には全く興味ないか?」
「きょう、み……っ」
興味とか、そういう言い方やめてもらえます?!
そりゃヒューバートさんの目は凛々しいし。亜麻色の髪は綺麗だし。体つきはがっしりとしていて、逞しい。手も大きくて、節のある指が男の人だなぁって思う。
ああ、思わずヒューバートさんを頭から爪先までじっくりと見てしまった。勝手に顔が熱くなって、私は両手で頬を押さえる。
「興味ありそうに見えるんだが……」
「ない、ないですよ……った、たぶん……」
私の言葉に、ヒューバートさんの口の端が上がった。
言い方を間違えちゃった……なんか喜ばせてしまったかも。
もういやだ、恥ずかしい!
「どうした?」
「ヒューバートさんが、変なこと言うから……!」
「アリスのかわいい顔が見られて、満足だ」
「も、もう……っ」
わかってる。これはきっと、からかわれているだけ。
平常心を保つために、私は口をぎゅぎゅっと結んだ、その瞬間。
「そんなかわいいアリスが、好きだ」
とんでもない言葉が耳に飛び込んできて、私はポカンとヒューバートさんを見上げた。
「……はい?」
「好きだ、と言ったんだ。付き合ってくれ」
「な、なにを言ってるんですか、こんなところで!」
さっきもそうだったけど、勤務中に付き合ってだの好きだのと言うのってどうなの?!
それも、区隊長になろうとしているような人が、ただの二十歳の小娘に向かって。
周りの目が気にならないの? 私はもうドキドキしすぎて、キョロキョロと周りを確認してしまうんですけど?
「じゃあ、アリスの家に着いたら改めて言おう」
「ええ〜……こ、困りますって……」
「どうしてだ?」
どうして、と聞かれると、また困っちゃうんですが。
「お、おかしいですよ……区隊長にもなろうって人が、私のことを……す、好きなんて」
「そうか? 別に、誰が誰を好きになろうと自由だろう」
「そうですけど、どうして……」
からかってるんじゃないとしたら、どうして私なんかを……。
私が南区の詰所にポーションを卸し始めたのは、両親が不慮の事故で亡くなった五年前から。それまでもポーション作りを手伝っていた私は、生きていくために親の跡を継いだだけのこと。
その頃からヒューバートさんはよく声を掛けてくれてはいたけれど。
「よく頑張ってるなと思ってた。両親を亡くしても懸命に働いて、体の不自由な祖父母に仕送りまでしてるんだろ?」
「……同情、ですか」
なんだ、と私は乾いた笑いをもらしてしまった。と同時に、胸が突き刺されるように疼くのを感じる。
人の良いヒューバートさんは、大変な思いをしている人を放っておけなかったってだけなんだ。
ぎっくり腰になったときにお世話をしてくれたように、ただ可哀想な人の面倒をみたり、手助けを当然と思って行動してるだけ。どれだけ聖人君子なんだろう。
わかってたよ、そんなこと。でもその他大勢と変わらない対応だったんだと思うと、ヒューバートさんから目を逸らしてふいっと下を向いてしまった。
「同情……そうだな、最初はそんな気持ちもあったかもしれない」
「さいしょ、は……?」
「着いたぞ、開けてくれ」
いつの前にか、うちの家兼ポーション工房が目の前にあった。急いで鍵を取り出すと、扉を開けて中に入ってもらう。
「ここに空き瓶を置いてもらえますか?」
「ああ」
ヒューバートさんが丁寧に木箱を置いてくれた。私はヒューバートさんの丁寧な動作をじっと見つめる。
「今はもう、同情じゃないぞ」
「……え」
私に振り向きながら、ヒューバートさんはそう言った。その真剣な顔はずるいよ。
射抜くような瞳に、私の心はどくんと打ち鳴らされる。
「アリスが困った時、つらい時にはそばにいたい。助けを必要としているときは、すぐに手を差し伸べたい。そう、強く思ったんだ」
それは、やっぱり三ヶ月前の出来事がきっかけなのかもしれない。でも結局それって同情じゃないの?
「いくら騎士だからって、そんなことで人を助けていたりしては、身が持ちませんよ?」
「騎士だから言っているんじゃない。一人の男として、アリスが好きだから言っている。アリスだから、助けたいと思うんだ」
アリスだから……その言葉に、私は胸が震えるのを感じた。
ずっと一人で生きていかなくちゃって、思ってた。だから同情なんかいらないって肩肘張って生きてきた。一人で生きていけるって。誰の助けなんかもいらないって。
なのにヒューバートさんは、助けを必要とした時には手を差し伸べてくれるって……そばにいたいって、言ってくれてる。
それが思ったよりもびっくりするくらい嬉しくて、ほろりと涙が溢れてきた。
ヒューバートさんの手が伸びてきて、私の涙を指で優しく拭ってくれる。
「俺はアリスと、結婚を視野に入れた付き合いをしていきたいと思ってる」
「ヒューバートさん……」
「迷惑だったら、もう二度とこんなことは言わない。でももしオーケーなら……」
ヒューバートは、あの日のようにそっと笑って。
「キスしてくれないか」
そう、訴えてきた。
心臓が、ドッドと波立てる。
だけど、嫌な鼓動じゃなかった。
耳が熱くなって、胸が張り裂けそうなほどの……喜びの、鼓動。
私、本当はずっと憧れてた。
男らしく、爽やかでいてどこか無遠慮なヒューバートさんのことを。
両親を思い出してふと寂しくなると、優しく話しかけてくれて。
仕事を頑張っていると、必ず褒めてくれる。笑ってくれて。撫でてくれて。
恋にうつつを抜かしている暇なんかないって、ずっと押し込めてきた。
その心が……もう止まらないよ。
「ヒューバートさん、屈んで、ください……」
背の高いヒューバートさんにお願いすると、その整った顔が私の目の前にまで迫ってくる。
あの日も、こうやってキスをした。
その時にはもう、心は半分開いていたのかもしれない。
私はそっとヒューバートさんに唇を合わせようとして……
やっぱり恥ずかしくて唇を掠めた。
そして頬にキスをする。あの時と同じように。
「アリス……」
ヒューバートさんの細められた瞳が飛び込んでくる。優しくて、嬉しそうです、私の顔は燃えるように熱くなる。
「こ、これが限界ですけど……でも、その……これから、よろしくお願いします」
「ああ。まぁ、ゆっくりいこうな」
ヒューバートさんがそう言ったかと思うと、私の右手が奪い取られてぐんと引き寄せられた。
その掌の下の手首のあたりに、チュッと音を立てて口づけされる。
「ひゃあっ」
思わずそんな声を出すと、ヒューバートさんはくつくつと笑っていて耳が熱くなる。
手首へのキスは欲望だって、どこかで聞いたことがある。そんな人が、本当にゆっくり進んでくれるのか、疑問なんですけど……。
「大事にするよ、アリス」
その一言で、私の心は奪われた。
真っ直ぐに紡いでくれた言葉は、嘘じゃないって感じとることができたから。
熱く疼く手首が、こんなにも嬉しい。
ひとりで生きていかなくてもいいって、安心できることだったんだ。
「ヒューバートさん……っ」
私は自分から、ぎゅっとヒューバートさんを抱きしめた。
この人が私の運命の人なんだって思えたから。
優しく撫でてくれる大きな手は、私に幸せを与えてくれた。
お読みくださりありがとうございました。
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