セイラカフェ(パルメザン 1)
【1】
ミゲルを介して商談を進めてきたが、ほとんど進展は無かった。
再三にわたって商会主の来訪を求めてきている。力で脅して契約を決めるつもりなのだろう。
多忙を理由に断り続けていたが、結局パルメザンのセイラカフェで会見の場を設ける事に合意した。
まあ向こうも領地を出る事に同意したのだからこちらも譲歩しよう。
そう言う事で貸し切り状態で伯爵一行を迎え入れる事になった。
リコッタ伯爵と弟のペコリーノ・リコッタ、そして執事のタイラー。
そしてその随員が五人。随員と言っても文官では無く武官の様である。まあヤクザの手打ち式みたいなもんかな。
私も対抗してペルージャのセイラカフェからナデタをゴッダードからは双子の妹のナデテと武闘派のルイーズをミシェルと入れ替えて呼んできた。
攻撃魔法の使えるアドルフィーナが居ればさらに心強いのだが、ダルモン市長が長期間の帰省は許してくれない。仕方がないのでメリージャのセイラカフェの管理の兼任をお願いしている。
職員もルイスとミゲルに加えパウロも呼び寄せている。
刃物さえ抜かせなければメイドと職員で簡単に無力化できるだろう。
【2】
「お久しぶりでございます。リコッタ伯爵様。ライトスミス商会、商会主セイラ・ライトスミスでございます」
「其の方、どこで……。いや、どこかで……。」
このオヤジすっかり私の事を忘れてやがる。
「レッジャーノ家の出資者会議の折にお会い致しました」
「おお、おお、そうじゃったなあ……。確か茶を入れて……」
多分それはミシェルだよね。身長も、髪の色も違うし普通に考えて商会主がメイド服着てお茶を入れないだろう。
「旦那様、最後の九株を購入されたのがこのセイラ様で……」
「おお、そうであった……!? えっ、あの小娘か! いや、分かっておったぞ」
「それでは契約の詳細を詰めてまいりましょう。私どもの提示できる基本条件はこの記載になります」
黒板には機種・スペック・価格・製作期間・納期などの諸条件が書かれている。
その条件をルイスが大きな声で読み上げて行く。
何故か? もちろん伝声管を伝わって二階のライトスミス商会の事務所に待機するパルミジャーノ紡績株式組合の面々に聞かせるためだ。
説明を聞いているリコッタ伯爵の顔は、怒りで赤黒く変わってゆく。
「一台に金貨四十枚などと法外ではないか。わが領に収める紡績機は金貨二十枚にせよ。他領に収める時に金貨六十枚を支払わせればよいではないか。他領の購入先はわしが紹介してやる」
このオヤジは何を言っているのだろう。あまりにも理論が身勝手すぎて話にならない。
「そう申されるのならば、紹介していただけるその領主さまとご相談の上当方にお申し入れください。わが商会では一台で金貨四十枚に相当する金額ならば内訳はこだわりません。ただその交渉はそちらで納得がゆくようにお話し合いになられた上で当方にご提案ください」
「そんな事は商人の仕事ではないか!」
「私は適正なものを適正な価格で必要としている方に売ることが商人の仕事だと思っています。その道から外れる交渉は致しません」
「生意気な」
「なんとおっしゃられようと、金貨二十枚では材料費すら足りません。それに手付金も無く製作にかかる事も出来ません。手付金として一台につき金貨二十枚で機械の製作にかかります」
「支払いは機械の納品の後じゃ。秋に払う」
「それでは製造にかかれません。最低限の材料費はいただかなければ作れません」
「紡績機四台なら手付金八十枚で今から製作にかかって秋から冬にかけて納品させていただきます。仕方がないので残金の金貨八十枚は機械の引き渡し時にお支払いいただいて構いません」
「ふざけるな! 夏までには納品せよ。収穫に間に合わん」
「今からかかって急がせても秋になります。夏では間に合いません」
「職人の手を増やせ! わが領の紡績機を最優先でな」
「割増料金をお支払いいただけるなら検討だけは致します。他にも契約が有りますから確約は致しかねます」
「兄上、少し落ち着いて下され。セイラ殿どうにかならぬか。直ぐに支払える現金が足りない。それに亜麻の収穫は夏の初めなのだ。せめてその頃に何台か納品して貰えんだろうか。支払いも分割に出来れば……」
「馬鹿者が! わが家は伯爵家じゃぞ。商人に頭を下げるなど其の方は貴族の自覚が有るのか」
弟君は少しは常識が有るようだが、この伯爵はお話にならない。
「ペコリーノ様、それならば手付金一台につき金貨十五枚でお引き受けいたしましょう。四台分で金貨六十枚を前金で頂ければ、夏には二台は納品させていただきます。残りの二台は冬前の納品になりますが、今年の収穫分は冬までには紡糸で出荷できます」
「夏に二台の納品では収穫のすべてを紡ぐことが出来ん。先に二台なら初夏の収穫前には引き渡してもらおう。競りに間に合わん。遅れれば値が下がる」
「旦那様。競り市の頃に契約をすませば、商人に引き渡し時期を遅らせて貰って出荷に間に合わせる事が出来ます」
「それでも金貨六十枚を払わねばならぬではないか。その金をどうせよと言うのだ」
「伯爵様。先ほど私どもに紡績機の購入先を紹介できるとおっしゃいましたね。ならばその方々を対象にして株式投資を依頼なされては如何ですか」
「むっ……」
やはり初めからたいした伝手が有る訳では無かったのだろう。伯爵は口籠ってしまった。
「もしも、旧型の中古で間に合わせるならば二台確保できます。整備し直して、夏までに納品できます。中古の二台分はお値引きして金貨二十枚で、旧型の新品なら金貨三十枚でお引き受けいたしましょう。中古の納品が初夏までに、旧型の新品は夏の終わりの競り市の終了頃には納品いたしましょう」
「それは助かる。それならばなんとか金貨百枚で紡績が始められる」
「出来るなら初めからそう申せ!」
「これはあくまで旧式の値段です。旧式は十六連に対して新型は二十四連のシリンダーが有るので能力は1.5倍です」
「ああ、ああ、意味が解らん。安く買えるならそれでよいわ!」
弟はともかく兄は駄目だ。典型的な権威主義の愚かな貴族だ。
「中古品ならば整備部品の代金が有れば改善修理に入れます。まずは手付に金貨十五枚あれば二台分の整備部品は調達できるでしょう。新品の二台については材料費二台分で金貨三十枚支払われ次第製造にかかりましょう」
「四台分の支払額、金貨百枚で折れてやろう。ここまで譲歩してやったのだ、四の五の言わずに直ぐに作り始めろ。納品されれば金は全額秋には支払ってやる」
何が譲歩だ。金貨百六十枚分の支払いを百枚に減らす算段をつけてやってこれでは話にならない。
「前金で金貨十五枚。春の内に金貨三十枚いただけなければ仕事は出来ません。無理ならばこの商談は無かった事に致しましょう。お時間を取らせてすみませんでした」
「ふざけるな! ふざけるな! 伯爵であるわしがここまで言っておるのだぞ! 言う事を聞けなければどんな目に遭うか思い知らせてやっても良いんだぞ」
伯爵が随員の一人に目配せする。
「兄上! なりません!」
「黙れ腰抜け!」
弟君のペコリーノは伯爵のひと睨みで竦んで黙ってしまった。
「お前たち、少し懲らしめてやれ」
五人が一斉に剣の柄に手をかけた。
ナデタとナデテが近くにいた随員の柄にかかった手首を握り締めると関節を曲がりと反対の方向に捩じ上げた。
リオニーが手にしていた分厚い木のお盆は、真っ直ぐに宙を舞って伯爵の後ろに立っていた随員の口元に投げ込まれた。テーブルの周辺には鮮血と共に白い歯が幾本も飛び散った。
一番後ろにいた随員はルイーズに柄頭を押さえられて、首元にナイフを突きつけられている。
最後の一人はいつの間にかパウロに袈裟固を決められて泡を吹いていた。
「オイ! 俺の相手はどうしてくれるんだよ」
手柄を取られたルイスが怒鳴っているがあっと言う間に片が付いてしまっている。
伯爵は陸に上がった金魚のように真っ赤な顔で口をパクパクさせている。
「ルイス。衛士を呼んできて。ロマーノ子爵に状況をお話ししたいので騎士団もお願いしようかしら」
「待ってくだされセイラ殿。行き違いがあった様だ。兄にはよく言い聞かせる」
ペコリーノが私に頭を下げる。
「ペコリーノ様が責任を持つと言われるならばこれ以上事を荒立てません」
「タイラー、どうにか金貨十五枚を早急に用立てよ。それから来月には出資者を募る会議を開いて株式組合を立ち上げる。リコッタ株式組合じゃ。これで契約をお願いしたい。出資者会議の案内は後日致す故是非参加していただきたい」
どうにか取引成立の目途は立った。
リコッタ伯爵頑張りました。
待望の新株式会社設立記念パーティーを開催いたしましょう。
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